きてくださってありがとうございます!
※今回はただの思い出話でリノベーションの話に至ってないんで、アレやったら全然スルーしてください!
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いつの話やねんというぐらい遡りますが、去年、築51年のマンションの実家を3年ぐらいかけて大幅リノベーションしまして。
「差し支えなければ実家リフォーム写真もっと見てみたいです」
「もしよければ、お部屋のリフォームの特集もして欲しいです」
とコメント頂いてたんで、ものすごく今更ながら、ビフォーアフターの写真とかキッチンとか、サラッといろいろ載せていきます!
もともとは、玄関から入ってリビングのドアをあけるとこんな感じ。
どんな感じやねん。逆光過ぎるやろ。
こんなん。
(写真やとめっちゃ広く見えるけど、特にそんなことはない、ザ・一般的なマンションです)
私が小学校の頃に1回リフォームしてるんですが
子ども部屋からリビングまでクーラーかなんかの配線が張ってるせいでリビングの扉がピッタリ閉まらんかったり、祖母の部屋の扉も配線がはさまっててピッチリしまらんかったり、天井にも這わせてたり…あらゆる配線がわけわからんかったわ。
台所はピンクとグレーの間みたいな謎色(父てつやチョイス?)。電子レンジが2個あって、1個は置く場所ないからL字のコーナーにどーんと鎮座してて、その上にトースターが乗ってる状態。
ちなみに魚焼きグリルはお馴染みのこれ
…を母が掃除して、全部とっぱらってただの鉄の引き出しみたいになってました。
ちなみに祖母は上記の状態もまだ使ってたからな。
とにかく祖母の台所の使い方が酷すぎて。(そのぶん美味しいご飯もつくってくれてたんですけども)
鶏肉を凍ったまま熱々の油に入れて焼こうとするから床じゅうに油バッチバチ跳ねまくるし(冷凍ガチガチゴンシリーズの元祖。凍ったまま魚焼きグリルにも突っ込んでた)
その油まみれの床を靴下で踏んで、すり足で家じゅう歩き回るからすべての床が油まみれになるし
床に新聞紙ペラっと1枚敷いて野菜切ったりするんです。ほんま傷だらけ。屋外調理か。
学校から家帰ってきたら家じゅう煙だらけとかも日常茶飯事。(お味噌汁を火にかけたまま爆睡で、お鍋焦げてもひたすら熱されてる)
だいぶ大きくなるまで、フライパンは焦げだらけで何を焼いてもくっつくもの、包丁はギコギコしても全然切れないものと認識して育ちました。家庭科の授業でヨソの包丁初めて使って驚愕した。
認知症になってからはさらに色々あって。詳細は書かれへんけど「うーわ…」と絶句し、床の雑巾がけをしながらイラついてよく泣いてたのを思い出します。
逆に上記の魚焼きグリルうんぬんは認知症ちゃうんかいて話やけど、全然元気な時の話です。ただの豪快おばあちゃん。
リビングのビフォー。
この右のベランダ前の床で料理写真を撮ってブログを始めました。
上記写真は母が一人で何年もかけて片づけまくったあとで、窓とか玄関もマンション自体の工事でキレイになってるんですけど
私が幼い頃は色々ワヤクチャで。
家のどこかに隙間が空いてたんか知らんけどコバエなんかは常に何匹もとんでたし、蛾もクモも常に家の中にいたし、でっかいムカデもよく出て祖母は何回も刺されてて。
酷い時期はゴキブリが巣を作って…(以下自粛) 毎日とんでもない数の…(以下自粛) カサカサいう音も気にせず眠れるほど…(以下自粛)←はよ自粛せえ
防犯面なんて終わってたから、よく鍵忘れて窓から侵入してたし、朝起きたら知らない近所のお婆さんに見下ろされてたことも。(「きよこさんいてはるー?」ちゃうねん)
そんな色々あった我が家ですが、何年もかけて母が断捨離を重ね、最後の3年は私の友達のちよりんにもめちゃくちゃ協力してもらい
壁も全部壊して間取りも変更し、玄関からリビング、台所、お風呂もトイレも洗面所も全面改装。
2ヵ月ぐらい別のマンションを借りて引っ越しする形やったんですけど、家を一度空にするのがほんまに大変そうで。
もっと年取ってからやったら絶対できへんかったやろうから、元気なうちにやっといてくれてほんまによかったと思います。
続きます!
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