今朝のフィロソフィは「能力を未来進行形で考える」です。


私達が新たな仕事に向かう時、一番してはいけないことは、現時点での能力から


考えて「これはできない。無理だ」と判断してしまうことです。


新たなことへのチャレンジは当然、苦労や苦難が伴います。



中には自分が好きなことならやろうとするが、振られた仕事が嫌いなことだった


り苦手なことだったりすると出来ない理由をまず頭に浮かべてしまう。


そしてその苦労や苦難を恐れて自らの可能性に自らふたをしてしまう。


一種の自己保存の本能が働き、楽な方を私達は選択しがちです。



このことが習慣化されている人はいつまでも現状維持に止まりますから、結果的


に成長することはなく、周囲からの評価も得られなくなります。


ポストや給料も上がっていかない。


そして不満を募らせ、愚痴を言い、仕事へのモチベーションが上がらない。


この悪循環を繰り返してしまう。




これを断ち切るには、自分の可能性は未来に向かって広がっていると思えるかど


うかです。


自分の可能性を自ら信じられるかどうかです。


これが能力を未来進行形で考えるのいわんとするところです。



会社も同じことです。


変化の激しい今日、現状に止まるということは、衰退を意味していることを私達


は忘れてはなりません。

今朝はフィロソフィの「闘争心を燃やす」について話をします。


正月休みに読んだ物理学者の謝世輝さんの本に「人の成功のカギは、信念と執念


と愛だ」との言葉がありました。


「あっ、この人も稲盛さんと同じこと言っている」と思いながらその本を興味深


く読みました。


謝さんの本は2冊目なんですけどね・・


信念とは、出来るという強い思い、目標を定めて頑張るという情熱です。


執念とは、石にかじりついてでもやり続けるという不撓不屈の精神です。


そして愛、これは周囲への感謝、思いやりの心で「愛をもって思考し、愛をもっ


て行動する」ことを常とすることだと言っています。


この三つがあればすべてうまく行く、というか、神様が、仏様が、あるいは宇宙


の真理が導いてくれると宇宙物理学者の謝さんが言っています。




大阪市の高校でバスケ部のキャプテンが体罰が理由で自殺をし、大きな社会問題


になっています。


殴った先生はきっと、信念と執念はあったのでしょうが、残念ながら愛が欠けて


いたから、あのような事態を招いたと私は思います。




私達も目標を達成し、経営理念に従うのであれば、この三つを持たなければなり


ません。


当社の現状を見る限り、私自身も含めて三つともまだまだではありますが、私が


当社に一番欠けているのは執念だと思います。


何が何でもやる、実現する、ビジネスで勝つぞ、そのような不撓不屈の精神が私


達にはまだまだ欠けている。


稲盛さんは時にそれを燃える闘魂と呼び、闘争心を持ってビジネスに臨めと言っ


ているわけです。



「やるべきことが決まったならば、執念をもってとことんまで押しつめよ。問題


は能力の限界ではなく、執念の欠如である」


これは土光敏夫さんの言葉です。



ビジネスにおいて、時には鬼の形相になって、すっぽんのように食らいつき、絶


対に負けないという闘争心を燃やすことが絶対に必要になります。


これぐらいの思いがないと、仕事の成功なんておぼつきません。


仕事で苦しんだ時、失敗した時、闘争心を燃やしましたか?


「やっぱだめか」「最初から難しいと思っていた」「世の中甘くはないか」


そう自らに言い聞かせあきらめたり、止めてしまったりしませんでしたか。


もちろん時には負けることもあるでしょう。


でも、本当に燃えに燃えた負けと途中であきらめた負けとでは大きく違います。


私達はどんな苦境にあっても常に闘争心を燃やして挑んでいかなければならない


と私は思います。


仲間とそして自分のために・・



今朝はシスケンフィロソフィⅢの8「仕事を好きになる」について


話をします。


皆さんは仕事が好きでしょうか?


では、今の仕事を自分の天職だと言いきれますか?



船井幸雄さんは「どんな仕事でも天職になる」と言っています。


稲盛さんは「天職とは出合うものではなく、自らつくり出すものだ」


と言っています。

この二人のように何かを成し遂げた人というのは、好きな仕事を始め


たというよりも、たまたま与えられた仕事を好きになって、あるいは


好きだと思いこんで、一心不乱になって突き進んでいったということ


です。



私達凡人は自分にあった好きな仕事を探そうとします。


あたかもいもしない青い鳥を探すように。


そして見つからない、見つからないと文句を言い、はたまた与えられ


た仕事は自分にむいていないと不満を口にします。


彼等は違います。


与えられた仕事を好きなるところからスタートしています。


これが決定的に違います。

「仕事をまず好きになれば苦労いとわず仕事に打ち込める」

         ↓

「おのずと力が付いてくる」

         ↓

「すると必ず成果が生まれ、周囲が評価してくれる」

         ↓

「益々、仕事が好きになる」



彼等はこれを繰り返している。


稲盛さんは言います。


「仕事と心中するぐらいの深い愛情を持って働かないと仕事の真髄


はつかめない」


我が社は、全員がこの気持ちを持って仕事に臨みましょう。


与えられた仕事を好きなる、まず、そこからです。

新年を迎え、まず、次の言葉の言わんとするところを全員で共有するところか


らこの一年のスタートを切りたいと思います。


「物事を実現できるかどうか否かは、まずそれをやろうとした人ができると信


じることから始まる。自らできると信じた時、その仕事の半分は終わっている」


これは一代で日本電産という大企業を育て上げた永守重信の言葉です。




私達は経営理念を掲げ、会社の目標として経常利益率10%と株式上場、を目


指しています。


この目標が実現できるかどうか、それは私達自身がその実現を信じるところか


ら始まります。


同時に、全員が思いを一つにして努力を重ね続けなければなりません。


それは全員でなければなりません。


全社員の物心両面の幸せを経営理念が目指しているように社員一人でも不燃の


人がいては実現できません。



では何故、私達は努力しなければならないのか。自分自身の成長の為であるこ


とはもちろんですが、同時にそれは、同じ仕事、同じ目標を共有する仲間のた


めだと思います。



人が本来持つもっとも美しい心と言われる利他の心です。


仲間がいてこそ自分があるのです。


これまで何度も言ってきましたが、周囲への感謝の念がすべての出発点です。



稲盛さんは次のように言っています。


「一人がやれる仕事というのはしれていますが、大勢が一致団結して取り組む


ことによって、またそれを続けて行くことによってやがては偉大なことを成す


ことができる」それはまた、賽ノ河原の石積みのように一つ積んではまた次の


石を積む、という地味な作業の繰り返しでもあると。




社長の私もひとつの石を積む、役員も積む、マネジャーやリーダー、一般社員


の方々、時間短縮勤務の方々もみんな同じように石を積む。


この春には新人が二人入社します。


その二人にもこうして石を積むのだと皆さんが率先垂範で示して上げて下さい。




京セラが上場した時、社内で多くの資産家が誕生しました。


古参の社員の持ち株が何十倍、にもなってその多くが退職後も悠々自適の老後


を過ごしたそうです。


その人達が感謝の思いで稲盛夫妻を温泉に招待するくだりが昨年の12月号の


盛和塾の会報に載っています。



今の当社の現状では夢に過ぎませんが、いずれ上場への道筋が見えてきたら私


は積極的に皆さんに自社株を持って欲しいと願っています。




私達のITと通信に関わる仕事は辛い部分も多々あります。


この年末もあるお客様のシステムのトラブルでMさんやKさんにご苦労をおか


けしました。


でも、この分野で客様の悩みや問題を解決し、お客様の発展につながる我々の


仕事はこれから益々重要性を増して行きます。


社会の発展に貢献する意義の高い仕事と私は思っています。


ITと通信技術の発展なしにこれからの社会の発展は語れません。



経営理念にある「企業価値を高める」とは、私達の企業の付加価値を高めるこ


とが、まさに福井という地域社会さらに日本社会の発展への貢献そのことを指


すのです。私達の仕事はその一翼を確実に担っているのです。


日本経済の環境は益々厳しく、とりわけ地方は課題が山積しています。


でもそんな時こそ益々当社の出番だと思っています。


この一年も夢の実現に向けてみんなでひとつ、ひとつ石を積んでいきましょう。


頑張りましょう。



先日、亡き母の3回忌の法事をしました。


早いもので母が亡くなって丸2年が経過しました。


その節は皆さんに大変お世話になりました。


母を亡くしてから親不幸をわびる毎日でしたが、母には会社事でも心配をかけ、世話


をかけました。


創業当初からしばらく、会社の保証人の問題やらでも苦労かけたな~と、思い出した


りもしました。


まさに親孝行したい時に親はなしです。



その後、何かと世話になった伯父さんが亡くなり、さらに当社の大切な客先であるY


社の常務のお父さんが亡くなったりと葬祭ごとが続きました。


そのせいもあってか、人の一生ってなんなんだろうなあ~と、考えてしまいました。


稲盛さんは、「人が生きる価値は、生まれてきた時の心をより高めて死ぬことにある


と言われいています。


なかなか奥が深すぎて凡人の私にはすぐに腹に落ちない言葉でしたが、「人が働く目


的は仕事を通して心を高めて行くことにある」とも稲盛さんは言われて、生きて行く


意味、仕事をしていく意味を前よりは少しは感じるようになりました。




果たして私はこの一年でどれだけ心を高めることができたのか・・


あまり自信がありません。


なんか一年前とたいして変わらないような気がします。


それでも日々反省、日々精進ですから、年の瀬を迎えて、今日は最後の朝礼ですから


もう一度一年間を振り返り、至らぬ点は、来年に向け今一度、頑張ってみたいと思


っています。




心を高めるための道しるべがフィロソフィですが、この通り出来るかどうかと言え


ばできないことの方が多いと思います。


稲盛さんすら「私も出来ていない、でも日々、少しでもそうありたいと願うことが


自分の心を高めることになる」と言っています。


ましてや私なんぞは、社長という立場上、誰かがこうした役割を担わなければなら


ないとの思いからこの一年間、いろんな場を通してフィロソフィの意図するところ


を皆さんの前で語ってきました。


やってる私自身、しんどいなと思ったことも正直あります。


うまく伝える言葉が見つからなくもどかしい思いも多々ありました。


果たして語る資格が私に有りやナシやと悩んだこともあります。


説明不足も多々あったかとは思いますが、今一度、自分の心は、言動はどうであ


ったかと反省し、そして来年はこうありたいと願ってみるいい機会だと思います。


そして来年もみんなで切磋琢磨し、自分が生まれてきた価値を高めていけたらと


思います。