先日の日曜日、嫁さんと郷ひろみのコンサートに行ってきました。

別に私は郷ひろみファンというわけではありませんが、以前、お話した

かと思いますが彼の考え方、生き方に感銘を受けた一人です。

若干、15歳でデビューして以来、彼はなんと40年以上に渡り、トッ

プ歌手を維持しています。


彼と同年代の多くのアイドル歌手が消えていく中で、アイドル歌手とし

てデビューして、未だ第一戦に立ち続け、ヒット曲を飛ばしているのは

彼ぐらいです。

私はそんな彼の生き方、考え方を実体験したくてコンサートに行ったわ

けで、夫婦とも初めての郷ひろみのコンサートです。


会場は超満員で、ほとんどが50代の女性です。

それが一曲目というか、郷ひろみがステージに上がった時点で全員総立

ち。

私もこの歳で2時間半、立ちっぱなしのコンサートを体験するとは思っ

てもいませんでした。

恐るべしおばちゃんパワーなのですが、郷ひろみも負けていません。

あれだけ踊って、走っても、息一つ乱れず、しかも声量は若い時よりは

るかに増しています。


毎日200回の腹筋をしているとどこかのインタビューで答えていまし

たが、さもありなんと納得です。

ボイストレーニングのために、何度もニューヨークに足を運んだ成果を

十分に聞かせてくれます。


デビュー当時、歌はへたで、甘いマスクだけが売りのアイドルの姿はそ

こには微塵もなく、素敵に歳を重ねた味のある、それでいてパワフルな

魅力的な男性歌手が私の目の前のステージに立っていました。

そして長年、自分を支えてくれたファンの方々に、謙虚に、何度も何度

も、「ありがとう」を繰り返し、手を合わせていました。

精進を重ねるとよく言うけど、私は人はここまでやれるんだと感心せず

にはおれませんでした。

感動すら覚えました。


今年10月で58歳、私の嫁と同じ年の郷ひろみは言います。

「僕はこれから来る60代を人生で一番素晴らしいものにしたい。その

ためには今から始めないと・・大きな船が曲がる前に舵をきるように」

「今まで自分が歌っていないミドルバラードに挑戦したい。この新曲は

こうして生まれました」

「僕はね、今のキャパシティーから出ることが変化するということだと

思う。そして変化の先に進化がある。その結果、自分のキャパシティー

が広がることになる。それが人としての年輪を重ねていくということな

んじゃないかな」


素晴らしいな~と、感銘しながら彼の話を聞いていました。

「現状を維持するということは、脳から見ると人として退化するという

ことに等しい」(脳科学者、茂木健一郎)


新しいビジネス、新しい技術に私達は常に挑戦し続けなればならないと

いうことを改めて郷ひろみのコンサートに行って感じました。

彼はきっと、素晴らしい60代を生きるでしょう。

私達夫婦はすっかり”ひろみGO!”のファンになってしまいました。

だから私も負けてはいられません。

先日の土曜日、家内と二人で映画を見に行ってきました。


で、今朝はその映画の内容の話ではなく、えらく映画館の中が寒かったという話です。


私も家内も寒いだろうという予想はしており、一枚多めに持って入ったのですが、予


想以上に寒くて、家内なんぞはほとんどカーデガンにくるまって映画を見ていました。


終わった時には身体は芯まで冷えてという状態でした。



なんであんなに冷やすのでしょうか?


ホテルなどでもここは冷蔵倉庫か、というところもあります。


私は今時、そうした場所に出くわすとそこの経営者のセンスすら疑います。



電気代の節約というのはもちろんですが、福島の事故により、原子力エネルギーを中


心にエネルギー政策そのものが見直しを迫られています。


一方で円安効果で輸入原油や天然ガスは高騰し、今や日本は貿易赤字に陥っています。


こんなご時世に電気をバンバン使って、震え上がるぐらい冷房をきかすというのは、


日本が今置かれている立場、日本人が今考えなければいけない問題、それぞれについ


て私はまったく無頓着ですと宣言しているようなものです。


まさに日本人としてベクトルがあっていない人だと思います。



さらに健康的にもエアコンの害が問題視されており、慢性的な冷え性や夏風邪、さら


には幼児の手足口病など、その弊害が問題になってきています。


必要以上に身体を冷やすことが免疫力の著しい低下を招き、それが様々なやっかいな


症状を引き起こすのだそうです。



もちろんエアコンを我慢して熱中症になっては大変ですが、経費節減といったコスト


的な問題解決だけでなく、現代人の健康面も含めてエアコン対策が夏を乗り切るひと


つのポイントになってきています。



このような傾向からか、先日、テレビでエアコンによる冷え性対策をやっていたので


紹介したいと思います。


手の指の爪の横を親指と薬指で強く挟み、ぐりぐりとひねるようにもみます。


これを左右すべての指で、30回づつやるといいそうです。


効果はてき面で、テレビでは実施した後のサーモグラフィがいずれも血流効果を示し


ており、全身に体温上昇効果をもたらしていました。


是非、冷え性や血流に不安のある人はやってみてください。


昨日の盛和塾福井での輪読会でお客様第一主義が話題になりました。
結論的に言えば、お客様第一主義に反対する人はいないだろうが、お客様第一主義
か、社員の物心両面の幸せかどちらが優先かと言えば、それは間違いなく社員の幸
せです。



そこまではいいとしてでは、何をもってお客様満足度向上を図るのか。
品質か、サービスか、安さか、はたまた安心感や心和む雰囲気か。
実に様々な意見が上がりました。
私は結論的に言えばどれも正しいと思います。



問題はこれすべて追いかけたら会社は成り立ちません。
その会社はどの分野でお客様満足度を目指すのかです。
このお客様第一主義は、値決めは経営と私はついだと思います。
つまり企業にとって値決めがその商品の販売戦略、つまり売り方・宣伝すべてを
決めます。



薄利多売か、それとも高収益高品質なのか。
同じように薄利多売で勝負する企業は当然安さでお客様満足を得ようとします。
高額品を売るなら至れり尽くせりのサービスや雰囲気づくりが大切です。
価格ではスーパーで負ける八百屋さんは多少高くとも品質のいい、新鮮な野菜で
勝負しないといけません。
それは企業様々で、最終的には値決めに対する考え方がお客様満足の方向性も左
右するのです。



当社は、価格で勝負しても大手さんに勝てるものではありません。
もちろん世間相場より高く売るということではありませんが、かゆい所に手が届
く提案・企画力と納めた後のアフターフォロー、サポートでお客様満足を得るべ
きだと思います。



そのためにサポートの役割は大なのですが、現状、サポートする人がそのシステ
ムの開発の背景、提案・企画まで頭に入れてサポートしているかというと心もと
ない限りです。

これをなんとかしないといけません。
ただのとおり一辺倒のサポートになっていないでしょうか。



一方、値決めの感覚をもっと磨くべきだと痛感しました。
在る人が、仮に7万で仕入れた商品があり、8万で売れれば販売管理費が出る。
要するに営業利益がでるというので8万で値決めしたとします。
お客様が10万でも喜んで買ってくれてたとすると、その売った人は会社に2万円
の機会損失を与えたのだー、それぐらい思わないといけないという話をしました。
なるほどな~、と思いました。



もちろん10万円が世間相場とかけ離れていれば別ですが、値決めと言うこと
に私達はもっとシビアにならないといけない。


どうしてもシステム開発は、PGの仕事が空いていれば仕事がないよりはいい、
開発では赤でもこれを機会にこのお客様に入りこむチャンスといった視点が多々
あり、どうしても値決めが下振れしやすいですし、ましてデフレの影響もあって
弱気になりがちですが、今一度、利益が出ているからと言っても、会社に損失を
与えている場合があるのだということを頭に叩き込んでおいてください。



「変わらない事実は、毎日変化しているということだ」


これはアメリカの大統領ケネデイの言葉だそうです。


世の中は常に変化しています。




柔軟な構造の脳がつくり出す人間の世界は、その世界を作りだした人間の脳と


同様、柔軟である。


こんな言葉を皆さんに紹介したこともあります。


つまり常に社会が変化する以上、変化すること拒む人は社会から取り残されて


いくということです。




仏教では無常、常に在るものは無しと戒めています。


この厳しい現実を正面から受け止め、常に止まることを良しとせず、社会の変


化に柔軟に対応した人と企業が唯一勝ち残るのです。


現状に断じて止まってはなりません。



変化や変革を拒むことはもちろんダメですが、むしろ積極的に受け入れるぐら


いの気構えが必要です。


新しい技術、新しいサービスに失敗を恐れず次々にチャレンジしなければなり


ません。


そのことが私達と会社を発展させる唯一の方法なのです。


そんな思いでシスケンフィロソフィのⅢの10、「常に創造的な仕事をする」


を読みたいと思います。


今朝のフィロソフィは手の切れるような製品を作るです。


まず、読みます。


(中略)


ここでは手の切れるような製品としていますが、サービス会社である当社にとって


手の切れるサービスってなんでしょうか。


私はおそらく質の高さを超えて感動すら与えるようなサービスだろうと思います。



身近な例を上げます。


皆さんご存知の通り私は毎朝、会社前の掃除を担当しています。


その掃除が最近、大変なのです。


国道沿いの側溝の工事が入ってからです。


毎回、工事の後片付けが悪く、細かいホコリや砂利が堆積していてその掃き掃除


が結構負担なのです。


おまけに工事業者が当社の植え垣の一部を燃やして枯れさせた結果、その細かい


枯葉が風に煽られて当社の玄関先を散らかすのです。


この掃き掃除も大変なのです。



その工事もようやく大詰めを先週末に迎えたのですが、月曜日の朝に見ると、


またまた跡形付けが乱雑で大きなコンクリートの塊がほってあったりする。


植え垣については「もう少し様子を見てください」という業者側の言い分を聞い


てそれもそうかと思っていたのですが、後片付けの悪さもあって強くクレームを


付けるように指示を出しました。



公共工事であれなんであれ、周辺住民にご迷惑をかけないよう毎回、工事が終わ


ればちゃんと清掃し、時には汚れを水で流すことぐらいしていると、なかなかし


っかりした業者ということで感心するのですが、そんな気遣いもまったくないと


なると手落ちに対してのクレームもきつくなります。



結局、手の切れるようなサービスとは、対価以上の過剰なスペックのサービスを


付けることではなく、ちょっとした気遣いなのだと思います。


誰でもミスはあるでしょう。


それを指摘を受ける前に謝る、人のビルの玄関先を汚したら自ら清掃する、そう


した気遣いが大切なのだと今回は教えられました。



人様への気遣い、技術系の社員が多い当社にとってこれが一番苦手というか、


できていない人が多いのではないでしょうか。


でもこれができないことには感動のサービスなんて夢のまた夢なのです。



我々も今回の工事業者を参考にお客様がどう見られているか常に考えながら仕事


を進めなければなりません。