先週末、長野県の安曇野というところに「パーマカルチャー塾」なるものに参加してきました。

自然のシステムをよく観察すること
伝統的な生活や農業の知恵を学ぶこと
現代の技術的知識を融合させること

パーマカルチャーとは、植物や動物、建物、水、エネルギー、コミュニティなど、生活全てをデザインし、それぞれがその価値を充分に発揮し、永続するシステム、ライフスタイルであり、経済的にも成り立つ実際の手法です。
自然の多様性や生産性を素直に活用し、人間の生活の質や精神的な充実を豊かにするライフスタイルです。

実際には自然農と言われる農業や、建築の基本、エネルギーの循環的利用方法等について学び、自給自足や自然暮らしを現実的なものとして捉えられ、実践できるようになるような感じがします。

実際にそれらを実践している方々を見ていると、それはもう理想的な姿であり、もちろん最近の言葉でロハス的なものであります。


「最先端」という言葉もぴったり当てはまると思います。職場の一部を六本木ヒルズにも置いてますけど、安曇野ー六本木、この両極端な最先端が非常にドラマティックであり、エキサイティングです。

日本もそして日本人もまだまだ捨てたもんじゃあない!って勝手に思っていますが、生活の様式美をDNAに刻み込んでいる日本人にはとても馴染み深いライフスタイルであるように思います。

スローライフやロハス、天然生活や自休自足・ソトコト等の相次ぐ出版、ムーブメントにその潮流は確かに見えてきていますが、実際に生活に取り入れる・移行する、そんな現実的な段階にもう少しだと思いながら、今年一年学習することになっています。

資本主義に凝り固まることなく、テクノロジーを否定することなく、全ての価値を認め共存、共生する。こんな発想が特異なものでなく、あたりまえに成っていて欲しいとか思いまっす。
そういえば、10年前に、バイエルの本を買ったことがある。
そうピアノの初心者が練習する教則本です。

教授のように、まったりとピアノが弾きたいと思いつつ、
シンセとかいろいろ鍵盤楽器を所有していたのですが、めっきり打ち込みでピコピコやっていたので、ちょいとピアノをちゃんとそれなりに弾けるようになろうと思ったのです。

ピコピコやってても弾けば、タリラリラ~ンとなれば、そりゃかっこいいと。
指の動きはわりとなめらかなんですが、左右のバランスが悪いのと、そもそも基本をしらんので、、、やはり練習をと。


そのときは、まぁ、そんなに早くは弾けないけれど、
10年もやっときゃ、その頃には、音楽として成立するくらいのことはできるはずだろうと思っていたのでした。10年間3650日もたてばね。




あ、



そだ、もう10年たった。

ピアノは弾けない・・・いつから練習さぼったんだろうかと振り返ったけど、思い出せません。いつから途切れたのか・・・・

途切れるほど続けてさえいなかったのかもしれません。



ま、こんなことは日常茶飯事で、英語もしかりです。


しかし10年もやれば、なんでもそれなりに普通にできていいと思いますが、
今から10年かけて何かやろうとか思いますか?


今、やってなかったことに後悔しているので、多分10年後も同じような後悔をすることになると思います。


おっさんになったときに、いろんな積み重ねで、
あれもこれもできたら、どこいっても、スマートなんでしょうけどね。
久しぶりにタイ茶漬けを食べた。

お、おいしかった・・・

エビやイモ、そしてココナッツミルクと青唐も入っててとても辛かったけど。

まぁ、こんなもんか
旧暦のカレンダーを作成している。
友人がものすごい暦表データを作ってくれたので、様々な暦のリズムで計画や期限や開始日を決められるようにしたいと思って。


なんとなく明日からとか、来週からとか、そういったリズムでなく、もっと生態系リズムに関与した自然なもの。自我も通り越した、生物体としての人の体がまっとうにストレスなく行動できるような気がするから。


で、調べてもらうと、自分の誕生日の旧暦を調べると旧暦3月30日で丁度新月にあたるらしい。もちろん旧暦周期で換算すると、毎年その新月の日が誕生日ということになる。

新月の日は、珊瑚の産卵があったり、なんとかの繁殖があったりするらしいけど、そんな生物としての自然の姿で生まれたかもしれない。


もう少し突っ込んで考えてみると、
この旧暦で誕生日を調べてみる。そしてその暦にシンクロして、健康状態とか性格の傾向とかが計れたりしないだろうかという話になった。一種統計学にも近くなるかもしれないけど。先天的要因の部分で何かがわかると面白い。

新月生まれの人
満月生まれの人
下弦の月うまれの人
上弦の月うまれの人

とか。どうなんだろう。
ひとつ前の記事を書いた次の日に読んだ本に、美を感じることについてかかれてあった。

つまりその好きなものを繰り返し、見たり聴いたりすることで、造詣が深くなり、それが単なる固形の茶碗で終わるのか、そこにクリエイティブな美を見出すのかという個人差が生まれると。ま、まさにそのとおりかと思われるのですが、音楽なり、絵画写真なり、好きなことを繰り返し接することで初めて見えてくる領域というのがあって、そこに感性を揺さぶられるか否かは、そういう経験を経て達成するものかなと。

ま、でも天性のものもあってか、初めて見て聴いて感動するものも存在すると思いますが。

そういう美を感じるという状態がどういうものかということはさておき、なんだかそういう感性を感じられるということが一種の豊なのかなと思ったり。

そういう感情が表に出てきたときは、その時間を大切にしてみる。そんなこと言わなくても、それは一種快感なので、皆、その機会を堪能するんだと思うけど、そういう機会を多くもつにはどうすればいいのかとか考えたわけです。

簡単です。

それに取りかこまれた部屋にいるとです。
そういう部屋をつくるとです。

たまんないです。^^

ひきこもりそうです^^;


部屋につくれなければ、そこに行って家をつくりたかったりしますね。
これは現実逃避ではなく、積極実現です。

何を基準にするかということですね。
寝るときはよくこれを聞く、
somafm.com の Drone ZONE 超アンビエント。


これを最小のかすかな音で流しながら寝ると、寝つきがいい。
そして起きたときも、かすかに心地いいサウンドが聞こえだすのが幸せ。

今日は以前からCDでは聞いていたとある曲が流れた。
solerQuest の singtree という曲なんだけど、これが問題なのだ。

この曲を聞くと、胸が張り裂けそうになる。
悲しい、辛い、切ないのどれでもなく、もちろん楽しい曲でもない。
ただ何か大事な事を思い出しそうになるのです。
その風景とか場所とか人とか、そしてやるべきこととか、その一連の隠れた記憶を刺激して、とても苦しくなる。

でもそれはどこか圧倒的な優しさとか愛とかがそこにあり、何かそれにおびえている恐怖とか、これ以上ない感謝とか、複雑な感情にさいなやまされるのです。


そんな音楽ってありますか?


それが何を思い出そうとしているのかがとても知りたい。

この曲の作者は何を見て思って感じてこの曲を書いたのかも知りたい。ヒントがあるかもしれないから。

「singtree」という曲名からいうと、
いままで見てきた、山とか島とか都会でないところで、月夜にシルエットになった木々の揺らぎを思い出す。深夜ではなくもっと明け方。
音は無く、風もなく、ただそこに立っている木なんだけど、もうすぐ明けてくる予感を感じて起きようとしている、そんな木々のキモチ。を思い出した。


そういう木々とその時間を沈黙を持ってともに過ごした経験はある?


不思議なことをたくさん発見するのです。
多分日々の生活に沈黙がなさすぎるのはきっと不幸かもしれない。


もう朝方だけど、この曲のせいで神経がかき乱されて目が覚めちまった。
あーその思い出すことって一体なになのか。どんな記憶なのか。
寒いな。

久しぶりに朝7時頃、地下のクラブから出てきて朝の六本木を徘徊。

朝のなんともいえない独特の雰囲気。
おつかれな感じと、遊びまくったヒトの流れ。
冷たい空気がキモチいい。少し寒いかったけど。

フレッシュネスバーガーでたたずんでいると、面白いヒトが立ち代り入ってくる。
やたら日本語を使いたがる外人。
泥酔状態のお兄ちゃん。それをかばう連れ。
超ばかでかいかっぱえびせんを持ってるおねーちゃん。
やたら短いスカートのおねーちゃん。
まったりしている、おいら達。
チャイとホットレモンを飲みながら、いい選曲の有線?を聞き込む。

あきらかに家の近所のフレッシュネスバーガーとは人種が違うわけで。
見渡す限りまじめっぽいヒトが見当たらない^^

まじめなヒト:警察官
道路工事のガードマン

警察官はこれでもかくらい、お兄ちゃんの車を物色している。
トランク、座席の下。荷物を全部だしている。
補助席には不安げなおねーちゃん。降りなくてもいいのだろうか。
何を探しているのだろう・・・

ふーん、六本木の朝はこんなもんか。
しかし天気が良くてキモチがいい。

まぁ、そんなことをチルアウトっていうわけで。それを堪能・・・
エスプレッソをトリプルで飲むのは異常か?

知人にそういわれ、「!!??」って思ったけど、
本当は普通にコーヒーの量で欲しいわけで、、。(つまりもっとたくさん・・)

なぜエスプレッソが少ないのかは、
その濃さもさることながら、
エスプレッソが生まれた時代の作法的なものでないかと思ったり。。

ストレートグラスでウォッカを飲むと同じようなものか。

確かにウォッカをストレートで普通の水のようなコップでがぶがぶ飲みたいとは思わないかも。
しかしエスプレッソを普通のコーヒーカップに注いでくれても平気な気分。
これって異常?
刺激物中毒か?
それともコストの問題?

ただ最近、このトリプルっていうメニューが出てきたのも、そういう需要の表れではないかと思うのです。
Seattle'sBestや、Tully'scoffeeでトリプルが飲めます。

スローライフに移行する先人の知恵と秘密というblogの2月28日の記事は、わかりにくいかもしれないけど、うまく感情がリレーされたなぁって自負してしまった。

キーワードでつながるっていうと、どこか機械的で検索的で、なんかネット風だけど、書かれてある「感情」でつなげるには、感情を察しながら人力で探すしかない(今のところ)

読み手がうまく感情を誘導されるようなメディアとは・・・

例えば音楽とか映画とかその時間軸に沿って人は感情を誘導されるわけで、それがいわゆる感動。blogというメディアはニュース記事と違って、思い思いの感情がそこにある。それを読み取れると共感したりできるわけで、共感されるだろうという主観で他のblogを繋げて行くと、勝手なストーリーが出来上がる。

それを時間軸と捉えるならば、blogも立派なストーリーになる。
blogは個人的主観なので、日によってマチマチ。時には感情の無い記事を書いたりもする。しかしこれだけ膨れ上がったblogページの中なので感情共感つながりなページを探すことはさほど苦労しない。

スローライフなキーワードはライフスタイルな手法を言ってるのではなく、もっと感情的なディティールを求めている。安っぽくない自分の考えをもっていることがスローであり、それを実践していなくてもしていても、blogという感情日記にはその一端が現れるのである。つまり誰でも人である以上安っぽくないということ。


それをかいつまんで並べているメルマガ「スローライフに移行する先人の知恵と秘密」は、ひと時共感に出会えるかもしれない時間。
共感は忘れていた感覚に共鳴するということもある。想いだすとか、気付くとか、そういうもが、ひとときのスローなディティールを浮き上がらせてくれる。

今日もいいコト書いている(感じている)人がいますねぇ。知らせなきゃ。
RSSとかblogリーダーとか検索とかではなかなか出会えませんから。
昨日、コミュニティビジネスについてのフォーラムに参加してきた。



コミュニティビジネスは、地域振興の一環で、地域の資源や人材を元に自立した経済活動を行おうという発想のもの。



僕は中央での経験を生かしつつ地方自治体との協働でこのコミュニティビジネスの一端を担いたいと計画している最中なのです。



人がそこにいる限り、様々な知恵や技術があるわけで、就業・就職するという働く概念が大きい日本では就職先が無い限りそんな自分の力を眠らせてしまうという傾向があるようです。

そこで、、

・その地元で一握りの起業感覚やモチベーションを発掘しリーダー選定

・中央で培ったプロジェクト進行やマネジメント、

・IT活用、マーケティング

・現地法人(NPO等含む)の設立

といった外部の息吹からお手伝いする。

それらの仕事は「実地作業」であったり、「教育」であったり、「起案計画」であったりするわけで、スタッフは現地民。

弊社は現地駐在で「実地進行」と「計画成果」に責任を持ちます。



僕はそういう地域に眠るロハス的な感覚とか、スロービジネスなコンセプト発揮の機会も欲しいわけで、最先端事例や、ほんもの商品の販売機会等を生み出したいと思っています。





コミュニティビジネスは、地方行政のアウトソースのようなところから始まり、中央に委託している作業を洗い出すところから始まるとか。まさに様々な事例も聞けたことで非常に有意義なフォーラムでしたが、地方は決して弱者でなく、あたらしい仕事方法の情報不足であるということもわかりました。つまり経験が乏しい。あたりまえですが、その地元出身で東京勤務な人と地元のつながりや、Uターン斡旋とかとか。







できることは自分達でやる。作る。売り込む。が基本。

外来者は限られた者(エッセンス)だけ。

就労は営利目的だけとは限らない。

有償ボランティアという発想もあるそうで、参加希望者はできる限り拒まない。プロジェクト毎に現地NPOを設立するとかとか。方法は満載。







最終的にはそこに仕事があればいいわけで、財源は当初は税金とNPO基金。

・赤字にしない、

・じいさんばあさんまで働ける。

・何かをコンスタントに生み出していく。

・デジタルディバイド等を解消していける。

・なにより生きがいとか豊さを追求して、他の地方のモデルになる。

・そしてそこに移住したくなるような場所にして、移住者の斡旋も行う。

・他、その地域が理想とする活性化を具体化するプロジェクトマネジメントを手伝う。

そんな活性化計画を各所で展開できないものかと。もちろん事業が採算ベースにのった企業活動へと発展すれば言うことないのですが。





今、地方自治体単位で、人と知恵と資源をまとめる算段を考えています。

もちろんどこでもこれが実践できるわけではなく、地元民や行政の理解があってですけど。

もし興味あるような方がいれば様々な地域からのアドバイスや協力要請なんかお待ちしております。行政に一緒に提案してもらえる協働者を求めています。

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