”投資家列伝” 研究して実践する "まさ" のブログ -5ページ目

思い出が詰まりすぎた場所で驚いたこと

昨日、自分が20代を過ごした高円寺を数年ぶりに歩いた。

馴染みだった店のいくつかはもうなくなり、2番目に自分が住んでいたアパートは建て替えられていた。

最初に住んでいたアパート(大家はマンションと言っているが、雨漏りする3回建て)は、28年前と同じまま建っていて、
僕の住んでいた部屋には明かりがついていた。

自分のこの28年間が何もなかったように感じられた。

馴染みだった、すごく狭くて旨い餃子屋は未だやっていて、
マスターはすっかりヨボヨボになっていけど、
僕をよく覚えてくれていた。

「○○君は 自分は**が好きだとか、**はすごいとか、目を輝かして話してくれたよ。」

自分で忘れていたことまで、よく覚えていて話してくれた。

それどころか、自分が目を輝かして、この街の誰かに熱く語る情熱があったことを全く忘れていたけど、話の整合性から考えてマスターの記憶の方があたっていることになる。

この街に、そういう自分を覚えていてくださる人が今もいるありがたさを感じていると、その狭い店内で初めて会った人が、まあまあと自分のビールを僕のコップに注いで、金は受け取らない。

そのビールを飲む時の気持ちは28年前と一緒に思えた。
そう思いたかっただけかもしれないけど。

無能の人

紹介を受けるままに、色々な方にお会いさせて貰ってはいるが、
そこから、自分が本当にこれをやりたいというものも
見いだせないまま、時間が経過していっている。

自分は本当は何をやりたいんだろう。
いや、何もやりたくないだけなのに、
その問を自分に発して時間つぶしの言い訳にしているだけなのかすら
もう自分でもよくわからない。

僅かな種銭で、再度、株のトレードをする気にもなれない。

さりとて、生活費で種銭を浪費すると、さらに挽回できる可能性がなくなる。
日々刻々とそうなってきている。

以前は、ピンチの時ほど、情熱が湧いてきたのだけど、

今は、力が入らない。

歳をとったからだけでなくて、
あまりにも、今まで、自分が喜べることでなくて、
やるべき目の前の課題にばかり、自分を追いこんでくる経験を
繰り返してきたことで、

もう同様のことはしたくないと、身体が拒否しているようなのだ。

無能の人に なった。

もし株のトレードを再開するなら

もし僕が株のトレードを再開するなら、どうすべきか条件を考えてみた。

1.精神的な負担の少ないものにすること。

元々、ギャンブル嫌いで、お金に臆病な自分が、
そもそもよく実質専業トレーダー7年もやっていたわけで、
絶えず株価が気になって、これでは儲かっても
心が消耗して決して幸せでないことを、ずっと感じていた。

利益を得ることが、人生を豊かに幸せにするためなら
本来これは基本とすべきことだった。

2.”少なくとも”心が回復するまではデイトレードに徹すること。

市場が閉じてから、決算発表や、業績修正発表、災害やら、事故やら
起こることがほとんどで、そうなると逃げようがない。

実際自分で、資産の90%を失う失敗をしたので、
もし再開するとしても、持ち越したら、リスクだけでなく
1.の精神的負担も増大することしになってしまう。


と書いていくといくらでもかけてしまいそうなので、ここまでしておく。

明日を決められないから、今日は 家を少しでも片付けて
心を整理して、少しでも良いあすとできるように動いてみる。



ずっと気になっているある投資法紹介もの

内容がアメブロでは表示してはいけないとのことなので、
こちらに移動してみました。

心ダイエット

美人とおあずけ感

トレードでしくじってから、仕事を作らねばと、
色々な方にお会いさせてもらっています。

それで、またちょっと横道にそれながら、思ったことなんですが、

感じの良い女性は本当に親切で優しくて、
今の私のような者になんとか協力してくださろうとするのですよ。

感激しちゃいますね。

それで、ちょっと誤解しかねない、俺って、すっからかんの
52歳でも、まだ女の人に相手してもらえちゃったりするのかなとか
勘違いしちゃったりもしかねないわけです。恥ずかしながら。

ところが、感じの良い女性は、ことごとく、結婚しているか、
パートナーがいるか、仕事に夢中か、それらを口実にやんわりと
一定以上は近づかないでねと言われているだけだか、

という現実に直面するんですね。

まあ、生活費なくなる前に、仕事作り出さないといけないのだから
なにまた余計なこと考えているんだろうなという話でした。

しかし、自分で52歳になってつくづく思うのは、心は若い頃と大して変わってない、
でも身体がついていかない。

茶飲み友達でもできたらありがたいので、男でも女でも皆さんよろしく。
(じゃなくて仕事作ることが喫緊の課題なんだった。)

しくじり先生のその後

株であまりに失敗したので、
とはいえ、もともとの種銭よりいくらかのこって、過去7年間実質専業だったので、
証券口座から生活費を落とし続けてもそれでなんとかやってこれてはいたのだけど、

数ヶ月前の失敗があまりにひどくて、それから数ヶ月間一切トレードをしてない。

当然、貯金は減って来ている。

トレード以外で収入の道をつくろうと勉強したり試したりしたが、
これが難しい。

じゃあ残された僅かな資産でまた株に挑むかというと、
なかなかその気にもなれない。

トレードでメンタルが大切とは言い尽くされた言葉だけど、

メンタルは実はなかなか鍛えられるものでもないし、
鍛えられたつもりが、実際はリスクに鈍感になっていただけかもしれない。

要するに、メンタルに負担をかけ過ぎないで、利益を得られる手法を見いだせなかったこと
自体も大きな敗因だった。

また、これは負け惜しみだが、日本の株式市場は思っていた以上に、不公正なものだと
あとから、わかってきた。

優れたトレーダーであれば、それすら見抜ける洞察力や、
事故に遭遇してもトレードを続けられる、分散した資金管理が必要だった。

さらに、自分が50代になったことで、既に半分は過ぎた自分の人生で、
何かもっと心の温まる何かをしたいなあという気持ちも強く、

それが、あとちょっとで、もう一生トレードしなくても安泰と思った資金で
とてつもない無理なポジションを、以前の自分ならありえないことをしてしまった。

それは僕が結局トレードを苦しいものと感じ続けていたから、
ここから一生脱出できると思って、トチ狂ってしまったせいだった。


さて次にやることが決まらないまま、一気に減った資金を生活費で
減らす日々。

これだけ悩み多き50代になるとは。自業自得なんだろうが。

実は重症で

私は結局資産を吹き飛ばしてしまい。
どうやってこれから、稼ぐか、試行錯誤を続けています。

あんまり派手な失敗だったこともあり、
トレーダーつながりから紹介されて、

NHK(正確にはNHKの番組制作会社の)プロデューサーと2時間程話すこともあでありました。

大きく負けたトレーダーはみんな、妙なことを口走るものですが、
それでも、やっぱりおかしなことは起きていて、それで、
なんだか、そちらにもがっかりして力が抜けてしまい、

さりとて、お金なくなった今、稼ぐしかなく、厳しい状況となって、
ブログ書く気にもなれないまま時間が経過していて、

でも、何故か今日書く気になりました。

書きたいことは、書くべきことはたくさんあるのですが、
流石に、私でも書いちゃまずいのかなと。

NHKのプロデューサーも色々調べておかしいとはいいながら、
番組には当面出来そうもないということは意見が一致しました。

結局、大金絡むと、いろんな思惑が絡むんですね。

ともかく、仕事を作らねば、

今も相場に取り組んでいる、あなた、それが、
株でもFXでも

熱くなりすぎませんように。

私は結局は、宝くじも、嫌いなほどのギャンブル嫌いなのに、
無理な勝負をたくさんして、まともな判断力を失ってしまっていました。

「生きねば。」

一年ぶり

すっかり忘れされているかと思いますが、
急にブログを書きたくなって出現しました。

私は、その後も自分の精神の不安定がそのまま
トレードに出てしまい。

激しい、資産の増減を繰り返してきました。

どのくらい激しいかというと、3倍になったり、30%になったり、
それでも、お金が減ると、生存意欲が高まって、ギリギリなのに
運にも大きく助けられて、またすんでのところで、資産がそこそこ
回復してきてを繰り返してきています。

某有名実力派トレーダーさんに向かって、

「おれも歳はとったけど、君たち若いトレーダーみたいに、リスクとって頑張るよ。」

と言ったら、

「僕たちはそんなにリスクをとったことはありません。 年齢的にも守らなければいけないものがあるでしょうから、そんな危険なことをやらないでください。」


といわれ、いつしか私のトレードは、不甲斐ない自分の人生に復讐するかのような自傷行為の
ようなものになってきていました。

それでもこれ以上減ると生活に困るというところまで来ると、真剣になって増えるのですが、
そのときのストレスはあまりにもつよくて、自分の脳の形が変形してような気がするほどです。

それを少しでも解消するために、スポーツ、音楽、旅にのめり込んだりもしました。

たくさんライブで音楽聴いてたなかで良かったものを、ちょこっと紹介します。

この方の歌はハイファイで歌を聴かせてもらっているような感じがしました。
おそらく、音程とか、正確で綺麗にそれを表現しているからそう感じたのだと思います。

聴いている女性が何人か泣いてました。
多分歌詞の 「私はあなたに何ができるだろう」 と
切々と歌ったあたりで、涙が出ていたようです。

この動画はそれとは違う歌で、はライブほどではないですが、
その雰囲気の一端が伝わります。
宣伝もしてないのに再生回数1000回超えてたそうです。
https://www.youtube.com/watch?v=RA_edgNeTwU&feature=youtu.be

GWに音楽とダンスの新感覚衝撃体験に参加する話

PerfumeのPV見ていると、ずっと見てしまう。

あのテクノダンスとミュージックのおかげで、
彼女のたちの魅力が何倍にもなってしまうから。

彼女たちのPVは世界で見られている。
きゃりーぱみゅぱみゅもそうだよね。

そして、心にワクワク感を与えてくれる。
音楽とダンスにはそんな力がある。

その力を、生で感じてみたいとずっと思っていたけど、
でっかいイベントのチケットとりなんかしたくなかった。

それをこのGWにカンタンに最高のライブ感で試す方法がある。

4月29日にウィーンでずっとクラシック音楽をやっていたのに、
急にヒップホップで生きていこうとしている女の子の生演奏と
ダンサーの生コラボレーションを手を伸ばせば届きそうな近くで
聴いて観るだけじゃなくて ”体験” できるのだ。

一度、彼女のライブをきいたら、
モータウンのテンプテーションズパクってしまって
とかすまなそうに言っているるけど、
どこパクっているのか全然わからず。

わかったのは、挑戦と戸惑いを抱えて一生懸命歌っているということ。

全部の曲のうち、たしか最後の一曲以外は全部失恋の歌で
ヒップホップで失恋の歌なのか? と??????

そして最後の曲が、”Don't waste time" (時間を無駄にするな)
だったけど、これが、留学中、他人の悩み事ばかり聴いていて
作った曲だそうで。悩み事聴きすぎて、爆発したらしい。

新しい、才能の感性が むき出しになるのを恥ずかしがっている
ような感じにもとれたのです。

それが、今度は、ダンスパワーを仲間に注入してもらえることで、
きっと弾けちゃうんじゃないかと楽しみにしているのです。

何人入れるイベントか知らないけど、入れないと残念なので
すぐ申しこんだ。GWにやることもなく家でまたぼやぼやしてるなら、
1500円でこれに参加して、悔いることは絶対ないだろう。

参加しないで、家でぼやぼやしたら、絶対後悔する。

(実は僕がセミナーやった日の夜に彼女のライブがあったことがあって、
僕は疲れていたので行かないで帰ったのだけど、簡さんに残念だなあと
からかわれて、次の彼女のライブあったら絶対に 絶対に 絶対に行くと
決心していなのだった。)

ただ、参加者のほとんどが、僕よりはるかに若い人ばかりかと
思うとちょっと恥ずかしい。 恥ずかしい仲間集まって欲しい。

JAMSTEP

明日のことは誰も知らない わけでもない? セミナー後のあれこれ

もう一週間前の話ですが、セミナーは盛り上がりました。

参加者の方々からも良い反応をもらいましたが、
中でも一番意外な反応がご参加頂いた芸術家の人からのものでした。

「ハイテンションな姿が面白かったので、次のセミナーもまた来ます。」

内容よりもそこにくるとは、想定外。
自分の姿を自分でわかってないのです。

私は、セミナーで、2つの企業も取り上げてしまっため、
このタイミングで、参加者が買ったら損するかもしれないしと、

そこから、徹夜で考え続けたのですが、結局結論はでませんでした。

あの時点では、テクニカルにはチャートは ナスダックも含めて
危険極まりなく、

さりとて、日経構成銘柄の割安感も半端なく、

ウクライナはやばく、

アメリカ金融緩和縮小は予定通りで、

日銀は”追加の” 金融緩和をしないことを表明し、

とはいえ、日経14000円から下へさらにいったら、
そもそも、アベノミスクや日銀の金融緩和自体の効果を
否定されるから、政府や日銀が本当に何もしないとは思えないし、

そんなことを、セミナー後ずっと寝ないで考え続けて、

頭がパンクしそうになって、しょうがないので、投資家さんの飲み会に参加しました。


それで、セミナー参加者の皆さんには、個別に今、買うことも、売ることも積極的に
僕はすすめているわけではないから、自己判断でとメールをだしたわけです。


ところが、僕は実は、デカすぎる買いポジションを抱えたままだったのです。

自分が損する分には、自分が馬鹿だからしょうがないからいいや。
すごく怖いけど、と思っていました。

ただ、今の自分のセミナーに参加してくれた人に損させるようなことが
あってはならないと、買うことを薦められなかったのです。

そんな心の葛藤激しすぎて、次のセミナーの予定がたっていません。


ただ、とても良い経験でした。

仮に僕が、自分の人生の目標を、

”生涯、生き残れる投資家であること”

と定めたとしたとしても、他者への関わりを持たなくては
健全な生きがいをもって生きていくことはできないことは確信しているのです。

だから、これを自分の目標としても、セミナーやら、誰かを助ける活動は
その自分の目標のためにもやるべきことだと実感しているのです。

ただ、それと同時に、何かを人に教えるということは
本来、僕にはとても困難なことであることも実感しました。

真剣すぎて、ハイテンションになりすぎている自分の姿を
面白がって参加してもらえることが僕の現在の理想の
セミナー像かもしれません。

さて、明日のことは、誰にも絶対にはわかりませんが、
一部の権力者には、シナリオがあるんだろうなあと

頭がオーバーヒートするまで考え続けてぼんやり思いました。

ただ、彼らは、ここまで限界まで考え続けるエクスタシーを経験できないのさ。