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shutdown-r 再起動

shutdown-rコンピュータを再起動すること。

JW(エホバの証人)の頃のコントロールされた考え方、思い、傷を手放して再起動しよう!


一昔前のエホバの証人の子どもたちは、飛び込み営業的な事を、ひとりでやらされていました。

商店街の店を一件、一件訪問して歩きます。

「こんにちは、お忙しいところすみません。近所にすむ◯◯と申します。今日は奉仕活動に参加しています」

行く先々で、疎ましさと軽蔑と哀れみの視線を投げかけられる。

「これは、命を救う重要な業なんだ!使命があるんだ!」と、一生懸命に自分を奮い立たせて訪ねます。

小学生や中学生の子どもが、健気なものです。


笑顔を貼り付けて、嫌だ、怖い、惨めだ、恥ずかしいという気持ちをひたすら押し殺して。

更には、そう感じてしまう自分を恥じて。

バカにされ、いじめられて迫害されて、それを喜ばなければならないという思考を強要します。

わたしは、JWを辞める少し前、解離症状が出て多重人格になりかけました。

自分の感情を一切認めないように教育されるので、自分の心を守るために、別人格を作り上げます。

「自分を信じてはいけない」

これを毎週の集会でのマインドコントロール、または体罰付きで、子どもの心身にしっかりと刻み込みます。

だから、離れたとしてもずっと苦しいのです。



奉仕に行く前に撮った写真



子どもの頃は、
大人はなんでも出来るし、
悩みなんて無いと思っていたけど、

実際、自分が大人になると、
将来への不安と、
過去の後悔とで心はいっぱいだ!
ということがわかった。

エホバを辞めて、
今まで全幅の信頼を
寄せていたものが無くなって、

これから、どう進めばいいか
ぜーんぜん見当付かないときの、
心細さと不安。


親も、きっとこんな感じで
不安に飲み込まれて、
エホバの教えに
ハマってしまったのだと思う。

依存したかったんだろうな、
何かに。

自分で人生決めて、
不安に打ち勝ち、
責任を引き受けるのではなく、

得体の知れない、
アメリカの神さまにそれを丸投げした。


むしろ、
得体の知れないものだからこそ、
なんか特別感もあったんだろうし。

そこらへんにある、
「普通」の
浄土真宗とか仏教とか?だと、
知ってるだけに特別感は
何ら無かったんだろうね。


あっという間に、
「青い爆弾」にやられて、
積み上げてきたもの、
すべて捨ててさ、

きっと、親、ものすごい
ワクワクしたんだろうね。

平凡な人生に、
なんか新しいコトが始まる!って。

そんな人間の心理も
わかってたんだろうね、
組織は。


エホバに依存したのは、
親からもらえなかった
承認欲求を満たしたり、

仲間的なアガペー愛ごっこも
きっと楽しかったんだろう。


あの頃の親と同じ年齢になって、
わかるようになった。


親は許せないけど、
まんま、そんな残念な親も、
ただの人間だったと、
自分と切り離して
考えられるようになって
少し楽。


自分の不安は、
自分で何とかしなきゃね。





昨日、ひょんなことから、

孔子の言葉が出てきて、

「吾、十五にして学に志す。
三十にして立つ。
四十にして惑わず。
五十にして天命を知る。
六十にして耳順う。
七十にして
心の欲する所に従えども、
のりをこえず。」


四十にして惑わず。
五十にして天命を知る。


全然、惑ってばっかりじゃん!!

迷って、右往左往!
人生詰んでる!
どうしていいかわからん!

天命なんて、知らん!


という、今の状態に、
なんだか、自分がちっぽけで、
出来損ないで、
アホなんだなぁって、
ちょい、色々
落ち込んでたのもあるし。

でもね、
気がついたのよ。

15で学に志した人が、
40で惑わず、
50で天命(使命)を知れるとな。

JW辞めたのが、
ほぼ30過ぎなんで、
単純に考えて、
15年遅れてる!

惑わなくなるのが、55歳。
天命を知るのが65歳!

耳順うとは、
他人の言葉を、
自然に受け入れることが
できるようになることらしい、

そうなるのが75歳!

んで、
悟りを体得できるのが、
85歳!!

人生短いねー。
まぁ、
別に悟らんでもいいけど。


改めて、子どもの頃の
自己を育む教育を
間違ってはいけないんだなぁと
強く思うよ。

子どもをコントロールして、
カルトの教えで洗脳するって、
罪だなぁ。

ま、でも、色々
スタートが遅くなった分
厳しいけど、

55歳くらいまでに、
人生迷いなく、これで良いと
自分で思えるくらい
意識して生活してみようと
思いました。

一般人と比較しても
仕方がないんだよねぇ。

あたしは、
確かに、精神年齢は
周りの人より
15年くらい遅れてるような
気がするよ。


毒母について色々と調べたり

自分の母について思い出してみる

だいたい似たような特徴がありました。



毒親の娘たちの傾向も似ています。

回復のステップは似たような

経過をたどるようです。


ケースによっては色々と変わりますが。

だいたい、


苦しみ(感覚、体感)→不信(自責)→(毒親のせいだと)気付く→絶望(アイデンティティーの崩壊)→認識(理解する、受け入れる)→悲しみ(愛されなかったことを悲しむ)

→自己受容(自分を受け入れる)→自己肯定(この自分で良いと腑に落ちる)→癒し



みたいな。

順不同だったり、ステップ飛んだり戻ったり、

一進一退、途中で下車(察し)してしまう人もいる。




特に女性は、子育てで悩み
自分の母との関係性を
振り返り、改めて考えることが
あると思います。

虐待などの事件は
産まれながらに
サディストなどというケースを除き
ほぼ親との関係で
起きているのではないかと
わたし自身は感じています。


虐待で、
殺してしまった親の大半が、
実際には子供のことを
深く愛していることが
とても悲劇です。

(もちろん、そうでない場合もあるが)



愛しているのに叩いてしまう
暴言を言ってしまう
その自分の不甲斐なさを
ごまかすために、

しつけだ、自立させるためだ
と言い訳をします。

親もなぜ愛しているのに
同時に子どもに憎しみを
感じてしまうのか、

そんなことをする自分に
日々罪悪感を感じ
自分を責め続けます。

それは、母親に愛されなかった
子どもの頃の自分が
今暴れているのだと、

その小さいときの悲しい記憶を
受け止め、悲しみ、感情を出し尽くし、
消化することによって、
生きること、子育てが楽になりました。
(あたし個人の経験ですが)


JWでも、親御さんが人格的に
出来た方とは、
また違う悩みなのかもしれません。


JWの毒親は非常にやっかいです。

神の名の元に子どもを壊していきます。


こてんぱんに、粉々にします。

程度はあれ、子どもは病みます。


JW毒親のもとに運悪く生まれた方は、

全力で逃げましょう。


自立のために一生懸命準備して、

何でも理由を付けて、親から離れるのが

人生を自分自身に取り戻す第一歩だと思います。



グアテマラに行かれて、亡くなったエホバの証人の美しい若い女の子。

ヤフコメなんかでも、自己責任と言われてるけど、JWでの意味は、自己責任であって、自己責任じゃないんだ、ということを、ふのりさん、見事に文章化されてて、すごいと思いました。


やはり、実際に行かれた方の意見は説得力があります。


エホバの証人の組織は、神権宣教学校で、文章を作る教育を、幼い頃から、それこそ強制的にさせたけど、それがブーメランで返ってきてるような気がしました。


まるで他人事のようなコメントを出し、臭いものにフタで、無かったことにしようとしている組織や信者に比べ、元二世たちは色んな意見はあるものの、真摯に受け止めて語っています。


たくさんの文才のある二世が、今や組織の理不尽さを、「真理の響き」を持って語っている。

協会の出版物と元二世のブログを比較すれば、それこそ心の正しい人は、どちらが真実を語っているか、わかるはずです。