この夏、いつもの夏ならコンテストの作品作りに一生懸命取り組みながら、アトリエでワイワイ賑やかに過ごすところ、まだコロナの影響で例年取り組むコンテストが中止となり、代わりのコンテストなにかないかな~と探してました。
絵画コンテスト色々探していたときに
ふと「LOHAS」についてテーマにしているコンテストに目がとまりました。
そういえばしばらくロハスなんて言葉聞いてなかったような、ずいぶん前(昔⁉️😅)に流行っていたのをなんで今更?と興味をひかれて目をとめて、調べてみました
自然が好きというのだけど
ファッション性の中での質感のみを重視した毛皮や爬虫類の革、インテリアに自然の美しさを飾りたいからと剥製や毛皮、牙や角などを何かのステータスのように飾りたがってみたり、昆虫や鳥の羽などを使いたいがために乱獲してみたり、、、
そこまででなくとも
表面的に綺麗でナチュラルな感じが好きという、いわゆるファッション的なテイストを自然派志向と捉えてる人が多いと思います
もちろんそれはそれでもいいとはおもうのですが、
自然は美しくて癒されるものというのは
氷山の一角でしかなくて、
自然の中には過酷さ、神秘さ、厳しさ、知恵など色々な面も持ち合わせています
そんな自然を理解しようとするとき、
自然の中の生態系や循環環境のバランス、
生存競争の厳しさなどの理解や大切さを
ないがしろにしていたり
自然のありのままを受け止めるのではなく、人間の感覚では抵抗感あるものは毛嫌いしたり、都合よく綺麗に見えるフィルターを通してみていると、自然の解釈が片寄る気がします。
自然の中ではすべての命は無駄ない何かの命の糧になる役割みたいなものがあります。
そしてそれらは自然の摂理の元に
絶妙なバランスを保ちながら存在しています
でも人間はそれを自分の都合のいいように解釈しがちです
アオムシの姿も蝶の姿も
同じ命の個体なのですが
成体はいいけど幼体は嫌って
人間のエゴな捉え方ですよね。
(でもイモムシ、、、本当に苦手です💦)
でも中には幼体に大事にしている木を食い荒らされて退治したいと思う人もいらっしゃるでしょうが、それはそれで退治も大事なことだったりします。
自然を大切にするというのは、過保護に何でも命あるものは全て絶対に生かさないといけないというのともまた違うと思うのです。
自然のもつバランスを感じとりながら生きる感覚を人間以外の生き物は持っているようにおもうのですが
人間はその感覚を
いつから忘れているのでしょうか?
自然の生き物たちは
自然の摂理に従って、物凄く過酷な生存競争を生き抜いています。卵から成体になるまでの確率は1%にもならない生き物が多いことでしょう。かなり過酷な世界です
私たち人間は自然が好きというのをまだ単なる表面的にナチュラルで人間都合のいいものだけを並べていうことが多いかもしれません
自然派志向という感覚ではこれも有りなのかもしれません。
でもLOHASはそうではありません
人間の健康を保つために地球上の自然を持続可能な形で恩恵を受けつつ、その自然を末長く大切にしていくライフスタイル
それがLOHASです
持続性を可能にするためにも
まずは自然を理解することが大事だと思います
単なる流行でロハスと言われていたときには
またナチュラル志向ブームかなとくらいにしか思わず流してましたが、
改めて見直すとLOHASって奥が深いですね
サスティナビリティ
この頃よく聞かれる言葉です
持続可能
次世代にも引き継げるような環境を守りつつ自然の恩恵をえることが持続できるスタンス
例えば
企業でも
絶滅危惧されているまぐろをサスティナブルに漁獲できる独自のやり方を考えられたり、
個人でも自分の庭で育てた植物をドライフラワーにしてワークショップされていたり
サスティナブルな在り方を模索している人や企業は増えてきていると思います
サスティナブルというのはこれからの
生き方、在り方としてはキーワードになりそう
自然環境を健康に保つことが
長い目でみた人間の健康を保つことに
つながってくる
すなわち人間も自然の一部としての役割を果たすべく生き方を考えることが大事
というのがLOHASの考え方でしょう
例えば
私は最近モスグラフィティで苔とよく向き合っています。
サスティナビリティなモスグラフィティとするならば、やはり苔が育つ環境を大事にするところから考えなくてはいけません。
苔といういかにもナチュラル素材を扱えば
自然派志向みたいで、一見ロハスな雰囲気にも見えそうですが、
それを販売している業者があるのかしらと思わせるほどの大量にかきむしり取られた無惨な痕だけが残る所をみると心が痛みます
扱われてるのは確かにナチュラル素材ではありますが
環境を大切に考えたやり方ではありませんから
こういうのは自然素材を扱っていても
考え方、やり方がLOHASではありませんね
自分都合に自然のものをエゴでコレクションしたり、雰囲気だけ真似して、根こそぎとってたり、枯れたら、死んだら新しいものに置き換えればいいというのはLOHASとは言わないでしょう。
人間も自然の一部なのだから
自然の恩恵を受けられるのだけど、
やはり恩恵を受ける分、
その自然を大切にする生き方やり方を
心がける必要があると思います。
人間のエゴは下手したら
そんな恩恵を与えてくれる自然を
自分のものだと勘違いしたり、
コントロールしようと
振る舞うことがよくあります。
苔を大量に欲しいなら
苔の性質を理解すれば
自分で大量に撒き苔をして育てたらいいことはすぐわかりますが、その労力を面倒だからと
環境破壊のようなやり方で奪っていくのは
あり方として持続しないと思います。
この再生されてきている苔を見ると
人間のエゴすら受け入れる自然の大きさを感じて涙が出そうになります
「どうせまた生えてくるでしょ」
そんな人間のエゴすら包み込んでくれる自然も
その寛大さに甘んじてばかりいると、
いずれ自然自体も弱まり再生することができなくなり廃れてしまうことでしょう。
自然から、ただ恩恵を好きなだけ好きなように奪い取るのでなく、
その自然を理解し、大切に守っていくなかでバランスを壊さないよう恩恵をうけるスタンスを持たないと永続きしませんよね。
自然って何だろう⁉️
自然について少しでも理解深めてみようと
このコロナ期間中に色々な大人の自由研究みたいなことをやってました
🔷テントウムシの羽化の観察
🔷カマキリの産卵位置と積雪の関係と孵化の観察
🔷花から天然酵母をおこす
🔷モンシロチョウの卵から蝶になるまでの観察
🔷モスグラフィティ
🔷インセクトホテル作成
記事最後にリンク貼ります
これらをやってみていたのも
コロナがきっかけで単なる時間があったからというよりも、コロナが地球の自助作用としておきたように思えたので、自然をもっと理解したいと色々な方向から興味ひかれてることを調べたり作成したりして色々考えをめぐらせてました。
調べれば調べるほど自然のパワーや叡智にただただ感動するばかりでした。
自分の感じたことを後押しされているようで嬉しくなりました。
地球の自然環境を守ることは自分たちから将来の子孫たちがかけがえのない自然からの恩恵を授かることができる環境を持続することになります
自然、 地球、環境 、愛、 優しさ、 健康を
同時進行で考えるのは小難しいことのようにも聞こえるかもしれませんが
自然の一部として生きる
自然と共に生きる
というのは
思いやりと心地よさに溢れた
ライフスタイルだと思うのです
その自然が人間のエゴにより今脅かされ
自然が自ら生き残るため私たち人間を排除しているようにさえ思えます
宮崎駿監督がナウシカの中で
表現されてることが
まさに現実になってきているような
人間が汚染させた自然を浄化するために毒素や脅威をもち人間と距離をおく自然
オウムとは巨大なダンゴムシみたいなとかでなくこんなコロナのような脅威を表したものなのかもしれません
コロナだけでなく、
未知なるウィルスの脅威
台風や地震、活火山噴火などの災害
地球温暖化による異常気象現象
異常発生した昆虫のもたらす作物被害
私たち地球に生きるものとして
まさに現実としてある問題もまた自然が起こすものです。
自然との共生、
サスティナブルな在り方こそが
地球の自助作用を必要なくさせ
私たちも安心して暮らせるようになるのではないでしょうか
蝶の大群の羽ばたきからでる空気振動で台風の進路を変えるような
一人一人の力は小さくても
それが集まれば
物事の流れを変えていける力になる
今まさにLOHASの考え方が
新たな生き方のフェーズにあるように思えてなりません
これからはエゴでなくエコに
そしてサスティナブルな生き方、在り方を考えていきたい、それをアートで表現したりライフスタイルとして提案したりや自然の考察など発信していきたいと改めて思いました
人にも自然にも優しい生き方
命あるもの全てがその種を
安心して存続させていけるための
思いやり、優しさをもちながら生きる
世の中になりますように✨
そのためにもまずは自分から
自然への理解をより深め
サスティナブルな在り方、考え方、生き方を、
心がけて追究していきたいと思います✨
今頭に思い付いたことが
今までのことにリンクしてきたので
思い付くまま書き記してみました。
分かりにくい所や読みづらい部分ありましたらご容赦くださいませ🙇
長い文になりましたが
最後までお付き合いまして
ありがとうございました
最後までお読みくださったみなさんは
きっとLOHASを理解してくださってる事と思います。
是非みなさんのLOHASを、
自然に対する優しさを
これからも更に輝かせていてください✨✨
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