黒猫物語 外伝 抜き身 2
NEW! 2016-08-24 21:43:14
テーマ:クロネコ物語
この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。
そのビルの上がり口には、
一階の焼き鳥屋から出された
ビールケースが
雑然と積まれている。
階段を登る少年から滴る水に
上板のめくり上がった段は濡れていく。
二階はバーだ。
BAR PIETA
PM9;00~AM3;00
古びた樫の板に
墨で黒々と書かれた看板が
かけられている。
ドアを押すと
カランカラン
とベルが鳴る。
「どうしたのぉ!?」
いっせいに
女たちが
さんざめく。
夜の蝶々たちが
狭い店内を
埋め尽くしていた。
着物にドレスに勝負メイク
彼女たちは
うらぶれた階段を
ふわりふわりと
舞い上がってくる。
それぞれに務めを終えて
深夜に集まるのが常だ。
その目当ては
今
登場した。
夜の蝶々には
厳然たるランクがあるものだ。
が、
マスターは
彼女たちを
一様に扱う。
女たちは
店のルールに従う。
互いに気遣うものはあるが、
この程度の機会なら
チームプレーも
できる。
「マスター
なんかないのー?」
少年は
女たちの寄るに任せて
入り口を動かない。
タオルが
次々と手渡される。
「マスター
着替えー」
お仕着せに
下着らしき袋が
添えられて
華やかな波を越えて
届いた。
少年は
女たちに先導され
すっと割れた華やかな海を歩き
奥のテーブルまで
進んだ。
「隠してあげるから」
蝶々たちは
羽を広げ
少年を覆い隠す。
少年は
華やかな羽のカーテンから
頭一つ抜きん出る。
身長は
180近い。
手入れされ、
女の所作を叩き込まれた
美しい手が
少年のYシャツを
その肩から
外した。
カランカラン
蝶々たちは
さっ
と入り口に顔を向ける。
開襟シャツに
汗を滲ませ
薄くなった頭を
雨に濡らした
中年男性が
ひょっこり
頭を
中に入れていた。
「失礼します。
作田です。
神山さん
すみません。
ちょっと
ありまして
彼と
話したいんです。
お願いします。」
口を開かないマスターは
ただ頷く。
さあ、
と少年に向かおうにも
まだ
壁はある。
女たちは
羽のカーテンを
さらに固める。
「すみません。
今日は
ほんとに
すぐ
済みます。
開けてください。」
作田は
頭を下げる。
先ほどの
Yシャツを脱がせた手の主が
「開けてやりましょ」
と
艶やかな声で宣した。
そして、
サーっ
と
開かれた羽をバックに
半裸の少年は
姿を現した。
「何でしょう」
少年は問う。
「さっき
サラリーマンが
悪グループに襲われたんだ。
オヤジ狩りってやつだ。
その悪グループを
やっつけた少年がいたそうだ。
佐賀君、
覚えはある?」
もう何回目かになり、
蝶々たちにも
むろん
少年にも
作田は慣れていた。
作田は
確かめるまでもないと
思いながら
表情の変わらぬ少年を
見遣った。
「はい」
淡々と答えは返る。
最初の時は、
あまりに意外で
驚いたのだったと
作田は
振り返る。
凄惨に血の流れる現場から
人相を頼りに
聞き込み
辿り着いた少年は
水のように澄みきっていた。
「はい」
そのときも
答えは淀みなかった。
「被害者から
大体の流れは聞き取った。
確認させてほしいんだ。」
少年は頷く。
半裸は
初めて見る。
見事な体をしている。
無駄なものがない。
よくできた武器だ。
その武器に倒れた連中の
凄惨な姿が
チラッ
と頭に浮かぶ。
作田は
事務的に確認していった。
「5人は
男性を襲っていた。
君は
どうして
関わることに
なったの?」
「退け
と言いました。」
「退け
と言ったら
襲ってきたんだね。」
「はい」
作田は
躊躇った。
また
聞きたくはない。
必要もない。
だが、
口は勝手に開いた。
「なぜ
退け
と言ったの?」
「退いて欲しかったからです。」
「退いて欲しかった?」
「急いでいました。」
「ああ
神山さんの手伝いだね。
中学生のするものじゃないよ。」
蝶々たちが
一斉に
ざわめいた。
少年は
右手を上げた。
ざわめきは収まった。
「俺の引き受け人です。」
互いに
分かっていることを
確かめあった。
無駄な遣り取りだ。
4ヶ月付き合っても
つい
繰り返してしまう。
作田は自嘲した。
「ああ
そうだね。
分かっている。
済まなかった。」
いつもそうだ。
君は
一貫している。
何の感情も籠らない
「退け」にあるのは
完全な無関心だ。
声を荒げた記録はない。
自分から仕掛けた記録もない。
だから
記録上
君は真っ白だ。
馬鹿どもは
自ら
飛び込んでいく。
無視しやがって
馬鹿にしやがって
可哀想に
この少年には
お前らなんか見えてない。
そして、
見えてないから
慈悲もない。
抜き身の刀だ。
切り捨てられるぞ。
「まだ何か?」
「馬鹿どもの一人が
カジョウボウエイ
とか言っているが?」
「5人でした。
さらに仲間を呼ぶ可能性も
ありました。」
「済まない。
聞いてみただけだ。
既に
正当防衛は
決まっている。」
「もう
いいですか?
着替えさせていただきます。」
作田は頭を下げる
少年に
そして、
その華やかな親衛隊に。
神山にも
頭を下げ、
「失礼を申し上げました。」
と
言葉を添えた。
神山は
頷く。
先程の非礼は
勘弁してもらえたらしい。
作田は
ほっとする。
背後は
賑やかだ。
「キャー!
何これ?!」
黄色い声に
思わず振り向く。
真っ赤なドレスの蝶々が
畳んだまま濡れそぼつ紙を振り回している。
「佐賀ちゃん
すごーい!
100点が並んでるよ。
一位だよ一位!!」
ああ
期末テストってやつだな。
蝶々たちは
浮かれている。
作田は
苦笑した。
そうだよ
凄いよな。
大したもんだ。
そして、
ぞっとする。
背筋が凍るんだ。
佐賀海斗。
君が
この町に来て
まだ
季節は春から夏になっただけだ。
君の中間テストも
知っているよ。
君は
ただ席に座っている。
座っているだけだ。
何もしない。
あたると
物憂げに答える。
そして、
それは
いつも正解なんだってな。
「学校は
ちゃんと
行っているんだね。」
思わず
そう尋ねた。
まだ春の頃だ。
「はい
行かないと
様々ありますから。」
「様々って?」
「面倒なことが
色々です。」
君は勉強なんかしない。
面倒だから
座っているだけだ。
それだけで
君はできてしまうんだ。
他の子が
必死に頑張っても
できないことを。
着替えのため、
少年は
無造作に
裸になった。
全身を晒して
何の悪びれる様子もない。
ああ
蝶々さんたち
可哀想に
分かるかい?
あんたたちも見えてない。
その少年には
見えてないんだ。
黄色い声を背に
作田は
店を出た。
出るときの
カランカラン
には
誰も反応しなかった。
画像はお借りしました。
ありがとうございます。
NEW! 2016-08-24 21:43:14
テーマ:クロネコ物語
この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。
そのビルの上がり口には、
一階の焼き鳥屋から出された
ビールケースが
雑然と積まれている。
階段を登る少年から滴る水に
上板のめくり上がった段は濡れていく。
二階はバーだ。
BAR PIETA
PM9;00~AM3;00
古びた樫の板に
墨で黒々と書かれた看板が
かけられている。
ドアを押すと
カランカラン
とベルが鳴る。
「どうしたのぉ!?」
いっせいに
女たちが
さんざめく。
夜の蝶々たちが
狭い店内を
埋め尽くしていた。
着物にドレスに勝負メイク
彼女たちは
うらぶれた階段を
ふわりふわりと
舞い上がってくる。
それぞれに務めを終えて
深夜に集まるのが常だ。
その目当ては
今
登場した。
夜の蝶々には
厳然たるランクがあるものだ。
が、
マスターは
彼女たちを
一様に扱う。
女たちは
店のルールに従う。
互いに気遣うものはあるが、
この程度の機会なら
チームプレーも
できる。
「マスター
なんかないのー?」
少年は
女たちの寄るに任せて
入り口を動かない。
タオルが
次々と手渡される。
「マスター
着替えー」
お仕着せに
下着らしき袋が
添えられて
華やかな波を越えて
届いた。
少年は
女たちに先導され
すっと割れた華やかな海を歩き
奥のテーブルまで
進んだ。
「隠してあげるから」
蝶々たちは
羽を広げ
少年を覆い隠す。
少年は
華やかな羽のカーテンから
頭一つ抜きん出る。
身長は
180近い。
手入れされ、
女の所作を叩き込まれた
美しい手が
少年のYシャツを
その肩から
外した。
カランカラン
蝶々たちは
さっ
と入り口に顔を向ける。
開襟シャツに
汗を滲ませ
薄くなった頭を
雨に濡らした
中年男性が
ひょっこり
頭を
中に入れていた。
「失礼します。
作田です。
神山さん
すみません。
ちょっと
ありまして
彼と
話したいんです。
お願いします。」
口を開かないマスターは
ただ頷く。
さあ、
と少年に向かおうにも
まだ
壁はある。
女たちは
羽のカーテンを
さらに固める。
「すみません。
今日は
ほんとに
すぐ
済みます。
開けてください。」
作田は
頭を下げる。
先ほどの
Yシャツを脱がせた手の主が
「開けてやりましょ」
と
艶やかな声で宣した。
そして、
サーっ
と
開かれた羽をバックに
半裸の少年は
姿を現した。
「何でしょう」
少年は問う。
「さっき
サラリーマンが
悪グループに襲われたんだ。
オヤジ狩りってやつだ。
その悪グループを
やっつけた少年がいたそうだ。
佐賀君、
覚えはある?」
もう何回目かになり、
蝶々たちにも
むろん
少年にも
作田は慣れていた。
作田は
確かめるまでもないと
思いながら
表情の変わらぬ少年を
見遣った。
「はい」
淡々と答えは返る。
最初の時は、
あまりに意外で
驚いたのだったと
作田は
振り返る。
凄惨に血の流れる現場から
人相を頼りに
聞き込み
辿り着いた少年は
水のように澄みきっていた。
「はい」
そのときも
答えは淀みなかった。
「被害者から
大体の流れは聞き取った。
確認させてほしいんだ。」
少年は頷く。
半裸は
初めて見る。
見事な体をしている。
無駄なものがない。
よくできた武器だ。
その武器に倒れた連中の
凄惨な姿が
チラッ
と頭に浮かぶ。
作田は
事務的に確認していった。
「5人は
男性を襲っていた。
君は
どうして
関わることに
なったの?」
「退け
と言いました。」
「退け
と言ったら
襲ってきたんだね。」
「はい」
作田は
躊躇った。
また
聞きたくはない。
必要もない。
だが、
口は勝手に開いた。
「なぜ
退け
と言ったの?」
「退いて欲しかったからです。」
「退いて欲しかった?」
「急いでいました。」
「ああ
神山さんの手伝いだね。
中学生のするものじゃないよ。」
蝶々たちが
一斉に
ざわめいた。
少年は
右手を上げた。
ざわめきは収まった。
「俺の引き受け人です。」
互いに
分かっていることを
確かめあった。
無駄な遣り取りだ。
4ヶ月付き合っても
つい
繰り返してしまう。
作田は自嘲した。
「ああ
そうだね。
分かっている。
済まなかった。」
いつもそうだ。
君は
一貫している。
何の感情も籠らない
「退け」にあるのは
完全な無関心だ。
声を荒げた記録はない。
自分から仕掛けた記録もない。
だから
記録上
君は真っ白だ。
馬鹿どもは
自ら
飛び込んでいく。
無視しやがって
馬鹿にしやがって
可哀想に
この少年には
お前らなんか見えてない。
そして、
見えてないから
慈悲もない。
抜き身の刀だ。
切り捨てられるぞ。
「まだ何か?」
「馬鹿どもの一人が
カジョウボウエイ
とか言っているが?」
「5人でした。
さらに仲間を呼ぶ可能性も
ありました。」
「済まない。
聞いてみただけだ。
既に
正当防衛は
決まっている。」
「もう
いいですか?
着替えさせていただきます。」
作田は頭を下げる
少年に
そして、
その華やかな親衛隊に。
神山にも
頭を下げ、
「失礼を申し上げました。」
と
言葉を添えた。
神山は
頷く。
先程の非礼は
勘弁してもらえたらしい。
作田は
ほっとする。
背後は
賑やかだ。
「キャー!
何これ?!」
黄色い声に
思わず振り向く。
真っ赤なドレスの蝶々が
畳んだまま濡れそぼつ紙を振り回している。
「佐賀ちゃん
すごーい!
100点が並んでるよ。
一位だよ一位!!」
ああ
期末テストってやつだな。
蝶々たちは
浮かれている。
作田は
苦笑した。
そうだよ
凄いよな。
大したもんだ。
そして、
ぞっとする。
背筋が凍るんだ。
佐賀海斗。
君が
この町に来て
まだ
季節は春から夏になっただけだ。
君の中間テストも
知っているよ。
君は
ただ席に座っている。
座っているだけだ。
何もしない。
あたると
物憂げに答える。
そして、
それは
いつも正解なんだってな。
「学校は
ちゃんと
行っているんだね。」
思わず
そう尋ねた。
まだ春の頃だ。
「はい
行かないと
様々ありますから。」
「様々って?」
「面倒なことが
色々です。」
君は勉強なんかしない。
面倒だから
座っているだけだ。
それだけで
君はできてしまうんだ。
他の子が
必死に頑張っても
できないことを。
着替えのため、
少年は
無造作に
裸になった。
全身を晒して
何の悪びれる様子もない。
ああ
蝶々さんたち
可哀想に
分かるかい?
あんたたちも見えてない。
その少年には
見えてないんだ。
黄色い声を背に
作田は
店を出た。
出るときの
カランカラン
には
誰も反応しなかった。
画像はお借りしました。
ありがとうございます。