斎藤英喜の 「ぶらぶら日記」 -903ページ目

晴明神社例祭、初体験

安倍晴明の本を書いているくせに、恥ずかしながら、今年、初めて晴明神社の例祭を拝見しました。

晴明神社の例祭は、「晴明ファン」みたいな人もちらほら見えましたが、やはりお祭り全体は、神社の氏子さんたちが楽しんでやっている、地域の行事です。その様子がよかった。まぁ、それが本来の祭りでしよう。

お旅所の神事の途中で、日が照っているのに雨がザーと降ってきたのは、まさに「狐の嫁入り」。晴明の母上も、祭りに参加していたということでしょうか。

晴明神社=安倍晴明の屋敷跡という神社の縁起は、陰陽道研究の先達・山下克明氏によって「伝承」にすぎないことが明らかになりましたが、さらに梅田千尋さんの研究によって、江戸時代の「葭屋町晴明社」は、「愛宕の僧」の住居であったことが判明しています。「愛宕の僧」には、易占、祈祷する山伏=法師陰陽師が多かったらしく、その関連で「晴明社」を名乗っていたとしたら、なんともおもしろいですね。

なお、梅田さんの研究は、晴明神社刊行の『安倍晴明公』のなかの論文。晴明神社の公式本にこの論文が載っているのが愉快。

例祭もさることながら、西陣の町屋を見学したのも、よかったです。とくに今も住居として使用されている「他人の家」にずかずかと上がりこんで、二階の客間みたいなところでごろっと寝そべったりできたのは、なかなか貴重な体験でした。


夜まで会議

午前十時から大学院の会議。そのあと、お昼ご飯のあとに院生のT君の論文指導。二時半から教職員連絡会、人権研修会などがあり、その後に教授会と続きました。このへんでもうへとへとなのですが、さらに来年度の授業科目を決める会議があり、すべて終わったのは七時すぎでした。ぐったり。

でも職場から家まで10分で帰れて、帰ったらちゃんとおいしいご飯が出来ていて、くたくたさんが待っていてくれるわけですから、あんまり文句もいえませんね。ちなみに、今夜は栗ご飯。思わずいっぱい食べてしまった。

今日はさすがに疲れて、原稿仕事はパス。だから早々と寝てしまえばいいものを、ついつい起きて本を読み出してしまったのでした。谷崎の『武州公秘話』。これも何度か目の再読ですが、いやいや面白い。

『武州公秘話』は、昭和六年ごろの作品で、谷崎のなかでは大衆小説ふうの「時代伝奇ロマン」といったもの。主人公の武州公の少年時代のエピソードは、ほんとゾクゾクします。城のなかの囚われの女性たちが、戦さで負けた武将たちの首を洗い、それに化粧していく。その姿を垣間見た少年の武州公は、彼女たちの指の白くなまめかしい様子や、首をじっと見入るときの頬にたたえられる仄かな微笑に魅入られ、いつか自分も「首」となって彼女たちに化粧されたい、という被虐的な「性癖」に目覚めていく……。

そんなシーンを居間で読みながら、途中からウイスキー飲み始めたところを、トイレに起きてきたくたくたさんに目撃されてしまったのでした。


洋食屋見習い

午前中から夕方まで、がんばって原稿書き。やっと一章分七十枚が終わりそうです。

くたくたさんが外出したので、今夜は僕が夕ご飯作りました。メニューは、手作りハンバーグ。ソースは、肉汁に赤ワインを入れ、ケチャップ、ソースを適当に混ぜたもの。付け合せはニンジン、ジャガイモフライ、チンゲン菜炒めに、ケチャップ味スパゲティ。その他別皿で、ナスの素揚げに「馬路村」のポン酢醤油と一味唐辛子をかけたもの。

サラダは、茹でたキャベツ、トマト、キュウリ、ホワイトアスパラ。出来上がった料理を見た彼女の一言、「センセやめても、洋食屋になれるわぁ~」。お褒めにあずかり、どうもでした。赤ワインを二杯飲み、ご飯を二膳食べて、満腹です。

食後、ちょっと一休みした後、谷崎の『吉野葛』を再読(初めて読んだのはいつだったか)。この作品、そういえば「葛の葉」と結びついた「母恋い」の物語だったんですね。登場人物が、信太の森を訪ねるシーン「絵馬堂に掲げてある子別れの場の絵馬や、雀右衛門が誰かの似顔絵の額を眺めたりして、わずかに慰められて森を出たが、ところどころの百姓家の障子の陰から、今もとんからり、とんからりと機を織る音が洩れて来るのを、此の上もなくなつかしく聞いた」……。いいですね。

僕が、これを読んでいるあいだ、くたくたさんがネットで、「谷崎潤一郎の京都文学散歩」みたいなサイトを探してくれました。それを見れば、どこに何があるか即座にわかります。そのうちに出かけましよう。

深夜、ふたたび原稿書き続行。ふぅ~。