斎藤英喜の 「ぶらぶら日記」 -905ページ目

京都 北山 冬景色

深夜、ふと気がつく、なにやらけたたましい音が。どうやら雷が鳴っているみたい。

そして朝は、雪が降り積もっていました。ボ~と一日中寝てすごし、翌日に起きてみたら別世界に来ていた、そんな不思議な感覚です。

まだ体はフラ~としますが、お昼から学校に行き、会議に出席。そのあと、研究室でいろいろ雑用。ときどきやって来る学生の相手をしているうちに、やっと普通の状態に戻ったみたいです。昨日たっぷり寝たおかげでしよう。

夜は四条の先斗町の「いろは」というすき焼き屋さんで、くたくた家のご家族と忘年会。

古い旅館みたいな座敷の二階で、楽しく、おいしいすき焼きを食べました。くたくた家のご両親にも、たいへん喜んでいただけました。そのあとは、皆さんを「セントジェームス」までご案内し、一杯飲みました。母上の、昔っぽい、ゆったりとした京都弁がとてもすてきです。

ご家族を四条京阪の駅までお見送りして、南座のほうに歩いたら、ちょうど「顔見世」の芝居が跳ねて、観客がぞろぞろと出てくるところでした。なんか年末の京都らしい雰囲気です。

来年はぜひとも「顔見世」に行ってみたいですね。


フルヘ、ユラユラトフルヘ

午前中は部屋で発表資料の執筆。

午後は大学の図書館に行って、昨日確認した東密関連、道教関連の資料をコピーしてきました。『大蔵経』やら『国訳密教』、『正統道蔵』やら。これらのコピーを切り張りして発表資料を作成します。

さて「招魂祭」は、体内から遊離した魂を呼び戻す呪術で、タマヨバヒともいいます。屋根の上にのぼり、衣を三度振って、死者の霊に帰って来いと呼ぶわけです。『万葉集』などの古代からあったとされるのですが、じつは確実な例は十一世紀前半、陰陽師・中原恒盛が執行したのが最初です。

このとき、陰陽寮の上役たちは恒盛にたいして、タマヨバヒは陰陽道の典拠の本に出ていなので違反であると、祓えを科そうとします。それにたいして恒盛は、儒者の清原頼隆から「招魂祭」の典拠は、『礼記』『儀礼』に出てくることを教えてもらいます。

面白いのは、ここに登場する「中原」や「清原」たちが、儒学系の法律学者の家系であり、その家の学者たちが、九世紀後半、神祇官が管轄する「鎮魂祭」についても、やはり『礼記』などを使って注釈をしていること、そして彼らの言説から、ヒ・ト・フタ・ミ・ヨ・イツ・ム・ナナ・ヤ・ココノタリヤ。フルヘ、ユラユラトフルヘという有名な呪文が出てくる『先代旧事本紀』が浮上してくることです。って、面白がっているのは僕だけですか~。

夕ご飯は、チキンのトマト煮。スモークサーモンと玉ねぎ。それとくたくたさんの母上お手製の切り干し大根と豆の炊いたん。通販で買ったチリ・ワインがかなりおいしくて、たっぷり飲んでしまいました。

夜は仕事をひと段落つけてから、衛星放送で映画鑑賞。1965年チェコスロバキアで製作された『大通りの店』という作品。

第二次大戦中のスロバキアを舞台に、ユダヤ人の老婦と「アーリア人」の、ちょっと小心者で一本気な男性との交流を淡々と描く佳作です。当然、結末は「悲劇」なのですが、それを声高に語らない描き方が、とてもよかった。

映画観ながら、ちょっと一杯飲んでいたら、起きてきたくたくたさんに見つかってしまったのでした。

冬なのに人魂のはなし

マンションの玄関を出ると、左大文字山の見事な紅葉の景色が眺められます。山の手前に某氏の邸宅があり、そこの庭の紅葉もまるでどこかの寺院のように美しい。

終日、部屋にこもって発表準備のための仕事。「招魂祭」関係の論文や資料とにらめっこです。

関連資料のなかに、東密系統で御室の守覚法親王の『秘抄』が出てきました。またその注釈である頼瑜の『秘抄問答』には〈延命招魂作法〉のことが詳しく記されています。招魂祭は、陰陽道のみならず密教の世界にも広く行き渡っていたのです。

『秘抄』には、「魂魄出でて恠異相ひ呈するの時、これ(招魂作法)を行ず」とあります。陰陽道の賀茂家資料『文肝抄』では、この「恠異」を「光物」としているようです。人魂の恠異でしようか。一方、藤原道長が病気で死にかけた時、陰陽師の賀茂守道が「招魂祭」を執行し、「人魂飛来」したので、褒美をもらったという記録もあります。

「招魂祭」は、陰陽道の祭祀でありつつ、それを探索していくと道教、密教、さらに儒学者たちの知や、彼らによる「日本紀」注釈の世界ともリンクしていくようです。なんか僕がこれまで研究してきたテーマがあちこちで繋がっていくようで、ほんとワクワクしてきます。

ところで、御室の守覚法親王は、昨日行った仁和寺の法主。そういえば、法親王の自筆の書き込みも見せてもらったのでした。なんかすごい〈照応〉ですね。

夕方、夜ご飯のまえに、自転車で北野白梅町まで買い物に。その理由については「つばらつばら」をご参照ください。夕食は、キムチ鍋。お腹いっぱい。

夜も仕事の続き。レジュメの打ち込みです。深夜一時半ぐらいで、ひと段落ついたので、久しぶりに深夜の「祝祭」。和製モルトの「余市」をストレートで一杯、二杯。前飲んだ「北杜」よりも、数段こちらのほうがおいしいです。

飲みながら、例によって本棚から画集を取り出して眺め始めました。リブロポート発行『ラファエル前派画集「女」』、同じく『ラファエル前派の画家たち』。

ロセッテイは、やはり初期の頃のほうがいいなぁとか、ミレーの『オフィーリア』は何度見ても新しい発見があるなぁ…などと、いい気持ちになってきました。

といっても、べつにそんなしょっちゅう夜中にお酒飲んでいるわけではありません。念のため。