【原文】
一文不通の輩の念仏申すに遇うて、「汝は誓願不思議を信じて念仏申すか、また名号不思議を信ずるか」と言い驚かして、二つの不思議を子細をも分明に言いひらかずして、人の心を惑わすこと。この条、かえすがえも心をとどめて、思い分くべきことなり。
誓願の不思議によりて、易くたもち、称えやすき名号を案じいだしたまいて、この名字を称えん要を迎えとらんと、御約束あることなれば、まず弥陀の大悲大願の不思議に助けられ参らせて生死を出ずべしと信じて、念仏申されるも、如来の御計らいなりと思えば、少しも自らの計らいまじわらざるが故に、本願に相応して実報土に往生するなり。これは誓願の不思議を信じたてまつれば、名号の不思議も具足して、誓願・名号の不思議一つにして、更に異なることなきなり。次に、自らの計らいをさしはさみて、善悪の二つにつきて、往生の助け・障り二様に思えば、誓願の不思議をば頼まずして、我が心に往生の業を励みて申すところの念仏をも自行になすなり。この人は名号の不思議をもまた信ぜざるなり。信ぜざれども、辺地懈慢・疑城・胎宮にも往生して、果遂の願の故に、ついに報土に生ずるは、名号不思議の力なり。これ即ち、誓願不思議の故なれば、ただ一つなるべし。
【意訳】
文字の読み書きも教わっていない人が、念仏をしているのを見かけると「あなたは、阿弥陀仏の本願の不思議なはたらきを信じているのですか。それとも、南無阿弥陀仏の念仏の不思議なはたらきを信じているのですか」と、ありもしない理屈を持ち出して、いたずらに相手を不安にさせ、自分の言うことを聞かせようとする人がいるようです。
私達はみな、自分が良いことをしていると思い込んでいる時に、このような過ちを犯してしまうものですから、仏教を人に伝える時は、そのような癖が自分にもあるということを自覚して、細心の注意を払わなければなりません。
阿弥陀仏の本願とは、煩悩具足の凡夫である私達を救うためのものであり、その本願を叶えるための救いの手立てが、南無阿弥陀仏の念仏です。
私達はみな、阿弥陀仏の本願の不思議なはたらきによって信心を得て、念仏をする身にさせて頂き、南無阿弥陀仏の念仏の不思議なはたらきによって、極楽浄土へ往生することができるのです。
このように、阿弥陀仏の本願と南無阿弥陀仏の念仏とは、切っても切り離せないものであり、私達が信心を得ることも、極楽浄土へ往生することも、全ては同じ阿弥陀仏のはたらき(他力)によるものなのです。
それにも関わらず、善いことをすれば往生でき、悪いことをすれば往生できないなどと、ありもしない理屈を持ち出す人がいるようです。
この世の善悪を正しく判断し、自らの意思で念仏をして、善を積み、往生できると思い込んでいる人は、自分の力(自力)を過信しているだけで、結局のところ、阿弥陀仏の本願も、南無阿弥陀仏の念仏も信じてなどいないのです。
しかし、そのような人であっても、南無阿弥陀仏の念仏をするのであれば、仮の浄土へと迎え入れ、時間をかけてでも極楽浄土へ往生させようとするのが、阿弥陀仏の本願の不思議なはたらきです。
それこそ、人の力が及びもしない、広大な仏の知恵と慈悲のたまものであり、これを他力と呼ぶのです。
