「あっという間だ~」
気がつけば12月。みんな口をそろえてそう言います。
確実に時間の加速を感じています。
これは年齢によるものではないでしょう。
この現象はアセンション騒動のあった2012年以降のことだと思います。
何かしら起こったのは事実でしょう。
今年を振り返ると、それはもう悶々とした日々を過ごしていました。
今年の干支が馬だったので「躍動」という期待があったのですが、
それは大きく異なっていました。
「走りたくても走れない」
まるで馬小屋に閉じ込められた馬のような気分だったのです。
肉体的にも精神的にも何か吹っ切れない。
試行錯誤した一年になりました。
その結果、活動のベースを作る材料がそろいました。
あとは動きながら形作られることでしょう。
食事は、一日二食のベジタリアンに落ち着きました。
ベジタリアンと言ってもほうれん草ばかり食しているストイックなものではなく、
米にお新香、みそ汁、野菜、魚(はオッケー)。といったメニューです。
昔の日本食がそれにあたると気がつきました。
これで十分なんですよね。
生き物を殺してまで食べるのは、
無理やり経済を動かすための理由にしかすぎないと思っています。
ハーブもアーユルヴェーダをTwitterで教えていただいたおかげで、
日常のサポートは万全な体制になっています。
生活の根源に精神的な不透明感がありました。
それを発端にして問題ばかりが表面化・現象化していきました。
怖くてまた次の一歩を踏み出せなくなる悪循環さえ起こりました。
「でもさ、それでしか前には進めないぜ。」
そう気持ちが吹っ切れたのはつい最近のことです。
タイミングよくして読んだ 堀江貴文氏「ゼロ」に大きく触発されました。
とても良い本です。
ダサくともかっこわるくとも失敗を重ねて行かなければ、
この現実では生きてはいけない。
超単純な摂理なのですが、やっと気づきました。単なる決断のひとつです。
これからはアウトプット型の人間として、生きてく決心をしました。
~あらゆるものをカタチにしていく~
その活動としてカメラもちからを入れ、
観察から表現までのプロセスに落とし込んでいます。
最終的には音楽の分野での表現が目標です。
理想の音楽をカタチにしたいと考えています。
「マジック」って理想を現実化することだと思うんです。
ディスニーランドってまさにマジック(魔法)そのものですよね。
話だけでは誰もが信じない世界を現実化している。
あの場を作ったからみんなが概念を共有しているのであって、
あの空間がなければディスニーランドという概念自体、この地球にはなかったのです。
すごいことです。
「努力」はそのための動力としていきている。
是非見習わせていただきます。
考えてみれば我々の「いのち」の活動そのものがマジックですね。
奇跡です。
12月になって、やっと馬小屋の扉が開きました。
おそらく地球レベルの変化だったのでしょう。
すみきった空に輝く太陽の波動の高さに驚いています。
今年初のクリアな感覚があります。
早くも来年が楽しみです。
来年に向けて走り出していきます。
今日帰りの電車に一人の女の子がいました。
大学生だろうか。
なぜか彼女のことが気になっていました。
マスク姿、手にはスマホをもち、髪を後ろで一つに束ねている。
おそらく化粧はしていない。
ベージュのコートに、ローゲージの黒いタートルネック。
よく見ると毛玉がちらほらみえる。
スマホでは何やらオンラインパズル系ゲームをしている様だ。
そんな彼女に何で惹かれているのだろう。
ふと、冷静になって考えてしまいました。
わたしは、常に高い理想を持って生きていました。
すべてにおいてベターではなくベストを求めてきました。
ある意味この不完全な現実において
完全性を求めるという夢遊病者のような生き方をしてきました。
わたしにとって、あの理解不能なパズルゲームや、
くしも使わずに束ねた黒髪、やわらかいあの瞳。
ただ与えられた時代の中に生きている彼女。
でも、その姿がわたしにはとても自由に見えたのです。
~幸せは向こうではなく、今この世界にあるのだよ~
そんなメッセージを彼女は教えてくれたのでした。
気づきをありがとう。
そう心に思います。
あまり関係ないですが、
車のラジオで流れて聴いた「いきものががり/ゴールデンガール」という曲いいですね。
かっこよさ抜きにして、すっごく温かい小学校の先生のような優しさに満ちている。
独断で言わせてもらうと、芸術的ではないけれど励まされるポジティブな曲でわたしは好きです。
大学生だろうか。
なぜか彼女のことが気になっていました。
マスク姿、手にはスマホをもち、髪を後ろで一つに束ねている。
おそらく化粧はしていない。
ベージュのコートに、ローゲージの黒いタートルネック。
よく見ると毛玉がちらほらみえる。
スマホでは何やらオンラインパズル系ゲームをしている様だ。
そんな彼女に何で惹かれているのだろう。
ふと、冷静になって考えてしまいました。
わたしは、常に高い理想を持って生きていました。
すべてにおいてベターではなくベストを求めてきました。
ある意味この不完全な現実において
完全性を求めるという夢遊病者のような生き方をしてきました。
わたしにとって、あの理解不能なパズルゲームや、
くしも使わずに束ねた黒髪、やわらかいあの瞳。
ただ与えられた時代の中に生きている彼女。
でも、その姿がわたしにはとても自由に見えたのです。
~幸せは向こうではなく、今この世界にあるのだよ~
そんなメッセージを彼女は教えてくれたのでした。
気づきをありがとう。
そう心に思います。
あまり関係ないですが、
車のラジオで流れて聴いた「いきものががり/ゴールデンガール」という曲いいですね。
かっこよさ抜きにして、すっごく温かい小学校の先生のような優しさに満ちている。
独断で言わせてもらうと、芸術的ではないけれど励まされるポジティブな曲でわたしは好きです。
今でこそいい大人になりましたが、
ふと思い出せば中学生のころ。
毎日が本当につらかった。
思春期に重なる時代の持った負のオーラがものすごい重圧で迫ってきていた。
1990年代後半のこと。
当時のMTVで流れていた楽曲のPVを見ると、
全世界的にそれが漂っていたことがわかります。
今はいい時代になったと思います。
だいぶ明るい。
今の中高生は存在する場所が確保されていると思う。
生きるか死ぬか。そんな時代のもつ空気がありました。
不良にもなれず、かといって学校の勉強は悪政の洗脳を受け入れるようで大っ嫌いでした。
そんなあの頃信じられていたのは音楽の世界だけでした。
Oasis, Radiohead
運良くリアルタイムで彼らの黄金期に生きてました。
OasisのノエルとRadioheadのトムヨークには哲学的なカリスマ性を感じていました。
廃退したこの世界の中でいかに生きるか。
そんな力強さが、希望がありました。
久しぶりに当時大好きだった曲を聴きました。
今も変わらない感動がある。
彼らの曲に勇気づけられた魂がどれほどあるのだろう。
人生を救ってくれたバンドです。
一番好きな歌詞。
今だから分かる。
真実を歌っていたのだと。
「何をしようと、何を言おうと、お前は最高なんだ」
Whatever / Oasis
Whatever you do
Whatever you say
Yeah I know it's alright
ふと思い出せば中学生のころ。
毎日が本当につらかった。
思春期に重なる時代の持った負のオーラがものすごい重圧で迫ってきていた。
1990年代後半のこと。
当時のMTVで流れていた楽曲のPVを見ると、
全世界的にそれが漂っていたことがわかります。
今はいい時代になったと思います。
だいぶ明るい。
今の中高生は存在する場所が確保されていると思う。
生きるか死ぬか。そんな時代のもつ空気がありました。
不良にもなれず、かといって学校の勉強は悪政の洗脳を受け入れるようで大っ嫌いでした。
そんなあの頃信じられていたのは音楽の世界だけでした。
Oasis, Radiohead
運良くリアルタイムで彼らの黄金期に生きてました。
OasisのノエルとRadioheadのトムヨークには哲学的なカリスマ性を感じていました。
廃退したこの世界の中でいかに生きるか。
そんな力強さが、希望がありました。
久しぶりに当時大好きだった曲を聴きました。
今も変わらない感動がある。
彼らの曲に勇気づけられた魂がどれほどあるのだろう。
人生を救ってくれたバンドです。
一番好きな歌詞。
今だから分かる。
真実を歌っていたのだと。
「何をしようと、何を言おうと、お前は最高なんだ」
Whatever / Oasis
Whatever you do
Whatever you say
Yeah I know it's alright
ベジタリアン生活を初めて一ヶ月が経過しました。
魚は食べるので厳密には「ノン・ミート・イーター」という種別らしいですね。
体調は「よい」です。
変わった事といえば、
食べる量が減ったこと。
おなかが空きにくくなったこと。
夜でもまだ体力が残っていること。
「さわやかだね」「いつもスッキリしているね」とよく言われること。
(これは前からかもしれませんが、頻度が増えました)
お付き合いで「ベジタリアンなんで食べれません!!」
という態度だけはとらないようにしているので、
極力同じメニューを食べるようにしています。
肉を食べた後はやはりダルさが気になりましたね。
ある日、昼にお肉を食べたら、夜にヘトヘトになっていました。
そしてお腹が空いてしょうがない。
消化でお腹が筋肉痛になっている気さえしました。
過剰な消化活動のために、どんどん次の食べ物も欲している。
そんな印象です。
困ったことがあるとすれば、平日のランチメニュー。
現代の日本食は基本肉食ベースになっているので、
ベジタリアンメニューを探すのは一苦労です。
意外とイタリアンレストランでのパスタが、
肉を使っていないメニューだったりして重宝しています。
あとはインドカレー。
それでもまだ少ない。
これが原因でベジタリアン生活を断念しそうな勢いです(笑)
伝統的な料理屋にいくと肉を使っていない料理が多いので、
本来の日本人食への憧れも感じたりしました。
かっこよく、かわいくなりたければ、
自分をつくるよい食べ物を取り入れること。
だと考えているので、わりとしっかりしたおいしい料理店で昼食を食べています。
そのかわり夜は果物をつまむ程度で金銭バランスとっています。
ファーストフードばかり食べていると若くても髪の毛がスカスカになると思います。
彼らの将来が心配です。
意外と問題視されていないので、どうなってしまうのか危惧している所ではあります。
以上、ベジタリアン(魚以外の肉は食べない)は続けられそうな状況
というご報告でした。
魚は食べるので厳密には「ノン・ミート・イーター」という種別らしいですね。
体調は「よい」です。
変わった事といえば、
食べる量が減ったこと。
おなかが空きにくくなったこと。
夜でもまだ体力が残っていること。
「さわやかだね」「いつもスッキリしているね」とよく言われること。
(これは前からかもしれませんが、頻度が増えました)
お付き合いで「ベジタリアンなんで食べれません!!」
という態度だけはとらないようにしているので、
極力同じメニューを食べるようにしています。
肉を食べた後はやはりダルさが気になりましたね。
ある日、昼にお肉を食べたら、夜にヘトヘトになっていました。
そしてお腹が空いてしょうがない。
消化でお腹が筋肉痛になっている気さえしました。
過剰な消化活動のために、どんどん次の食べ物も欲している。
そんな印象です。
困ったことがあるとすれば、平日のランチメニュー。
現代の日本食は基本肉食ベースになっているので、
ベジタリアンメニューを探すのは一苦労です。
意外とイタリアンレストランでのパスタが、
肉を使っていないメニューだったりして重宝しています。
あとはインドカレー。
それでもまだ少ない。
これが原因でベジタリアン生活を断念しそうな勢いです(笑)
伝統的な料理屋にいくと肉を使っていない料理が多いので、
本来の日本人食への憧れも感じたりしました。
かっこよく、かわいくなりたければ、
自分をつくるよい食べ物を取り入れること。
だと考えているので、わりとしっかりしたおいしい料理店で昼食を食べています。
そのかわり夜は果物をつまむ程度で金銭バランスとっています。
ファーストフードばかり食べていると若くても髪の毛がスカスカになると思います。
彼らの将来が心配です。
意外と問題視されていないので、どうなってしまうのか危惧している所ではあります。
以上、ベジタリアン(魚以外の肉は食べない)は続けられそうな状況
というご報告でした。
今、人生二度目くらいのベジタリアン生活に挑戦してます!
実は一度、半年くらい前にやってみたことがあります。
あの時は粗食に憧れ、主に梅干しと玄米、豆乳を採用してました。
結果「なんかやせた?」
と言われる始末(笑)
今思えば向上心もなくなっていましたね。
あかん。
食を軽くすればいいと言うものでもない。
と、学びました。
次に方向性を変え、肉を積極的に取り入れた時期もありました。
これは普通に良かったです。
平日はランチを外食。主に中華などしっかりしたものを食べる。
休日には自宅でステーキを焼いて食べました。これは格別でした。
食べた直後は元気がでました。
(消化以外で得られるエネルギーによる効果だと思われます)
しかしこの生活を続けていたら、
季節の変化とともに内臓の疲れを感じ始めました。
うーむどうしようか。
そう考えていた矢先に
ポールのMeat Free Mondayの曲が届きました。
なんだか新しい風を感じるぞ…!
よし、いっそまたベジタリアンしてみよう!
と、思い立ったわけであります。
今回意識していることは、
「パワフルな食事をとること。」
前回の粗食ヘルシー路線ではなく、
「戦闘力を失わないベジタブル生活。」がキーになっています。
早速試したところオリーブオイルや牛乳、卵を取り入れることで、
それが実現することが分かりました。
身体は身軽になり、睡眠の質も向上、疲れにくくなりました。
夜疲れる原因は、消化に多くのエネルギーを使っているから、ということも分かりました。
実際「肉類は食べてからオージャス(気)になるまで2週間かかる」そうです。
これは「早く言ってよ、それ」的な重要情報でした。(笑)
一般市場には出さないタブーでしょう。マーケット消えちゃいますからね。
ちなみにホットミルクは30分でオージャスになるそうです。(空腹時推奨)
ベジタリアンとは動物愛護主義だとばかり思っていましたが、
健康面でもメリットが多いんですね~。
実感としてとってもパワフルなんですよ。
ちなみに今日は鮭とキャベツのパスタをつくって食べました。
魚でも十分高いエネルギーを得られることがわかりました。
こうして毎回実験的な食生活をしているのです(笑)
ベジタリアン生活。
まだはじめてから2週間も経っていませんが、出だし好調ということで。
(雨の日なのにテンション高めで書いています)
是非チャレンジしてみてください。
実は一度、半年くらい前にやってみたことがあります。
あの時は粗食に憧れ、主に梅干しと玄米、豆乳を採用してました。
結果「なんかやせた?」
と言われる始末(笑)
今思えば向上心もなくなっていましたね。
あかん。
食を軽くすればいいと言うものでもない。
と、学びました。
次に方向性を変え、肉を積極的に取り入れた時期もありました。
これは普通に良かったです。
平日はランチを外食。主に中華などしっかりしたものを食べる。
休日には自宅でステーキを焼いて食べました。これは格別でした。
食べた直後は元気がでました。
(消化以外で得られるエネルギーによる効果だと思われます)
しかしこの生活を続けていたら、
季節の変化とともに内臓の疲れを感じ始めました。
うーむどうしようか。
そう考えていた矢先に
ポールのMeat Free Mondayの曲が届きました。
なんだか新しい風を感じるぞ…!
よし、いっそまたベジタリアンしてみよう!
と、思い立ったわけであります。
今回意識していることは、
「パワフルな食事をとること。」
前回の粗食ヘルシー路線ではなく、
「戦闘力を失わないベジタブル生活。」がキーになっています。
早速試したところオリーブオイルや牛乳、卵を取り入れることで、
それが実現することが分かりました。
身体は身軽になり、睡眠の質も向上、疲れにくくなりました。
夜疲れる原因は、消化に多くのエネルギーを使っているから、ということも分かりました。
実際「肉類は食べてからオージャス(気)になるまで2週間かかる」そうです。
これは「早く言ってよ、それ」的な重要情報でした。(笑)
一般市場には出さないタブーでしょう。マーケット消えちゃいますからね。
ちなみにホットミルクは30分でオージャスになるそうです。(空腹時推奨)
ベジタリアンとは動物愛護主義だとばかり思っていましたが、
健康面でもメリットが多いんですね~。
実感としてとってもパワフルなんですよ。
ちなみに今日は鮭とキャベツのパスタをつくって食べました。
魚でも十分高いエネルギーを得られることがわかりました。
こうして毎回実験的な食生活をしているのです(笑)
ベジタリアン生活。
まだはじめてから2週間も経っていませんが、出だし好調ということで。
(雨の日なのにテンション高めで書いています)
是非チャレンジしてみてください。
かつてこう思っていました。
ベジタリアンは神経質になってしまった人のかわいそうな姿なんだ、と。
最近になってようやくわかってきました。
そんなことはない。
肉を食べないで生きられるなら、それに越した事はないじゃないか。
先日動物園に行く機会がありました。
牛や豚、ニワトリやウサギたち。
人間なんてちっちゃな生き物だと思うくらい、たくましく、
その瞳には無邪気で無垢な生命を感じます。
スマホやらタブレットなんかで知ったつもりになっていたようです。
実際の動物たちの姿を。
こんな彼らを食べていたんだ。
…これって正しいのかな。
そう思いました。
日本では正直なところベジタリアンを目指すのは難しいです。
それは人付き合いでもそうですし、流通面でもそうです。
今日もお付き合いで豚ちゃんのいろんな部位を食べてきてしまいました。
「私はベジタリアンです」とキッパリ言うのは社会から孤立してしまいそうです。
でも、週に一日くらいのベジタリアンデーなら出来るかもしれない。
それを今ポールが勧めています。

http://pledge.meatfreemondays.com
新作のビデオが届きました。
彼は本当に地球のことを考えているんだ。
そう思うと涙が出そうになりました。
ちっぽな愛じゃなく、もっともっと大きな愛を考えている。
動物たちを食べることをもう一度考え直すきっかけになりそうです。
またいい曲をありがとう Paul
ベジタリアンは神経質になってしまった人のかわいそうな姿なんだ、と。
最近になってようやくわかってきました。
そんなことはない。
肉を食べないで生きられるなら、それに越した事はないじゃないか。
先日動物園に行く機会がありました。
牛や豚、ニワトリやウサギたち。
人間なんてちっちゃな生き物だと思うくらい、たくましく、
その瞳には無邪気で無垢な生命を感じます。
スマホやらタブレットなんかで知ったつもりになっていたようです。
実際の動物たちの姿を。
こんな彼らを食べていたんだ。
…これって正しいのかな。
そう思いました。
日本では正直なところベジタリアンを目指すのは難しいです。
それは人付き合いでもそうですし、流通面でもそうです。
今日もお付き合いで豚ちゃんのいろんな部位を食べてきてしまいました。
「私はベジタリアンです」とキッパリ言うのは社会から孤立してしまいそうです。
でも、週に一日くらいのベジタリアンデーなら出来るかもしれない。
それを今ポールが勧めています。

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彼は本当に地球のことを考えているんだ。
そう思うと涙が出そうになりました。
ちっぽな愛じゃなく、もっともっと大きな愛を考えている。
動物たちを食べることをもう一度考え直すきっかけになりそうです。
またいい曲をありがとう Paul
何かを得るために生きているのではない。
わたしが誰かということを証明し続けるために生きているのだ。
それは、わたし自身に対して。
そう、わたしはわたしを知りたがっているのだから。
というフレーズが出てきました。
経験は自分を知る鏡。
それを通してまだ知らなかった自分を知ることができる。
それはかっこよくないかもしれない。
汚いかもしれない。見たくない自分かもしれない。
でもそこがからがスタート。
それはゴールじゃない。
明日の自分はもっと成長できるのだから。
そう考えられた時点で、そこにはすでに成長した自分がいます。
そうすることで、より生命は輝いていくと思います。
美しさ、これは偶然ではない。
美しいものには理由がある。
だから私は美しさを愛しています。
わたしが誰かということを証明し続けるために生きているのだ。
それは、わたし自身に対して。
そう、わたしはわたしを知りたがっているのだから。
というフレーズが出てきました。
経験は自分を知る鏡。
それを通してまだ知らなかった自分を知ることができる。
それはかっこよくないかもしれない。
汚いかもしれない。見たくない自分かもしれない。
でもそこがからがスタート。
それはゴールじゃない。
明日の自分はもっと成長できるのだから。
そう考えられた時点で、そこにはすでに成長した自分がいます。
そうすることで、より生命は輝いていくと思います。
美しさ、これは偶然ではない。
美しいものには理由がある。
だから私は美しさを愛しています。
YouTube も iPodも大好きな人間でした。
でもなんでしょう。
ブログのリンクですぐに曲が聴ける。
なんかいまいちだとすぐに消す。
今度はこれいいなぁと思ってちょっと見てみる。
でも、その感動は「なかなかいいじゃん」程度なんです。
そして、もうこんな時間だ、寝よう。と。
CD屋に足を運んでいたあの頃。
買ったCDをプレーヤーにかけるまでのあのワクワク感。
あの家までの時間、ジャケットを眺め、
どんな音かと想像をふくらませて足早に帰るあの時間。
プレイボタンを押す前のあの緊張感…。
それが、もうない。
どこかへいってしまった。
あの体験こそが素晴らしいエンターテイメントだったのではないだろうか。
と、最近思っているのであります。
iPodではいつも同じ曲ばかり聴いている。
というのも、まず聴く曲を考えなきゃいけないから。
今度はシャッフルにしてみよう。
この曲はスキップだ。
あれ、やっぱりなんか違う。
CDを聴いていたときはいつもアルバムを一枚通して聴いてたよなぁ。
なんで流して聴けなくなったのだろう。
あるとき、ふとそれがわかった。
読み込んだ音源にはもう生命感がない。
それはただの情報でしかない。
メロディとリズムの情報。
無機質な音。
だから、いつの間にか刺激的な情報だけしか受け付けられなくなる。
それに気がついてから、
もうこんな生活嫌だ。と、もうiPodは使っていません。
自宅では安物のCDラジカセで聴いています。
しかし、これがいい。
音に暖かみがある。
そして、あの一枚のアルバムと対話する時間。
YouTube で見る時では傍観者でしかない自分。外から眺めているだけの自分。
でもCDで聴くとアルバムの中に自分が入り込んでいる。
気がつけばアルバムの世界を泳いでいる。
リスナーも音楽に対する姿勢が大切だと思うのです。
大切な人に対する礼儀作法のように。
ありがとう、という気持ちで音楽に接すること。
いつまでも音楽が感動的なものであってほしい。
そう思っています。
でもなんでしょう。
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今度はこれいいなぁと思ってちょっと見てみる。
でも、その感動は「なかなかいいじゃん」程度なんです。
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それが、もうない。
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なんで流して聴けなくなったのだろう。
あるとき、ふとそれがわかった。
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それはただの情報でしかない。
メロディとリズムの情報。
無機質な音。
だから、いつの間にか刺激的な情報だけしか受け付けられなくなる。
それに気がついてから、
もうこんな生活嫌だ。と、もうiPodは使っていません。
自宅では安物のCDラジカセで聴いています。
しかし、これがいい。
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でもCDで聴くとアルバムの中に自分が入り込んでいる。
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大切な人に対する礼儀作法のように。
ありがとう、という気持ちで音楽に接すること。
いつまでも音楽が感動的なものであってほしい。
そう思っています。
ちょこちょこ読み進めている本があります。
それはこれ。
波動の法則―宇宙からのメッセージ/ナチュラルスピリット

¥1,749
Amazon.co.jp
「波動の法則」一見、引き寄せの法則関連ぽく見えるのですが、
全く違う内容でした。
理系の切り口から宇宙の本質を説明している本です。
若干取っ付きにくい数字系が出てくるのですが、
そこは流しつつ(笑)
気功やらヨーガやらで言われていたことの、
科学的な裏付け(?)がこういうことだったのだなと、
現実味をもって入ってくる感じです。
人によっては、こういう切り口のほうが理解しやすいかもしれませんね。
ふと気がついた時に読み進めることで徐々に入ってきます。
読みながら頭と魂が進化して行きそうな内容です。
おそらく人類の進化に役立つ本だと思います。
発売が1995年なのにアセンション的概念を超えてますね。
なぜ地球とともに生きることが必要なのか、これを読むと分かってきます。
良い本です。おすすめします。
それはこれ。
波動の法則―宇宙からのメッセージ/ナチュラルスピリット

¥1,749
Amazon.co.jp
「波動の法則」一見、引き寄せの法則関連ぽく見えるのですが、
全く違う内容でした。
理系の切り口から宇宙の本質を説明している本です。
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気功やらヨーガやらで言われていたことの、
科学的な裏付け(?)がこういうことだったのだなと、
現実味をもって入ってくる感じです。
人によっては、こういう切り口のほうが理解しやすいかもしれませんね。
ふと気がついた時に読み進めることで徐々に入ってきます。
読みながら頭と魂が進化して行きそうな内容です。
おそらく人類の進化に役立つ本だと思います。
発売が1995年なのにアセンション的概念を超えてますね。
なぜ地球とともに生きることが必要なのか、これを読むと分かってきます。
良い本です。おすすめします。





