BOOKMAN -9ページ目

その時は2

「ねぇ皆、ちゃんと手を挙げて話そうよ。」
立ち上がって注意したのは学級委員の田所茉智(たどころまち)。
「好き勝手に話してるだけじゃ、意見まとまらないよ。」
俺の心を読んで、代弁してくれたみたいだった。
そう言うと、今まで喋ってた連中の口が一斉に閉じた。やっぱり、うちのクラスはこんなもんか。
「はい。」
それから、約一分後やっと一人の男が手を挙げた。学級委員の広瀬比良(ひろせひら)。この比良という名前は、比良の父親が何となくかっこいいからという理由だけで決まったそうだ。比良の母親は、夫が頑固なのを知っており、すぐに諦めた。比良は、細い体の割りに筋肉質で、目がきりっとしている。女子の話しではモテるらしい。
「はい、比良。」
きりっとした目が莉沙を向いた。
「莉沙が今までと違う感じのやりたいって言うのは分かっけど、さっきも誰か言った通り、やること限られるし。今まで通りでもしょうがないって思う。」さっき誰かが言ったことと何も変わらないのに、ざわついた中で言うのと、静けさの中で言うのとでは全く違っていた。
この一言で、余計に静かになってしまった。
「高橋、大ちゃんが手、挙げてるよ。」
真が、机にうつ伏せたまま、窓側の一番後ろの席を指差した。
何も見えない。前の席のノッポの田中敬(たなかたかし)が、そっと左にずれると、肘を曲げたまま小さく手を挙げている男がいた。桐島大地(きりしまだいち)。名前のイメージとは違い、小柄でやせほそっている。
珍しい。いつも地味で消極的な桐島が手を挙げるなんて。
「えと、桐島。」
ちょっと驚いて、間が空いてしまった。ゆっくりと立ち上がる。立ち上がったのはいいが、何も喋らない。
「大地、ゆっくりで良いから話せ。」
真ん中の一番後ろの席にいる、和田哲也(わだてつや)が声をかけた。クラスの男子の中では、一番の世話焼き。
大地が顔を上げた。
「広瀬君が言いたいことは分かるけど、それで皆満足するかな。最後の文化祭だし。」
そう言うとすぐに座った。まさか反論するとは。
「じゃあ、この時間ぎりぎりまで考えてみよう。」
俺もやる気が出てきた。
今までのやる気ない(自分が一番やる気が無かったが)クラスとは少しだけ違った。

その時は1

「優汰、三浦先生呼んでたよ。」
廊下の奥のほうから、いくつかの雑音と一緒に声が聞こえた。
「分かった。サンキュー、玲。」
いくつかの雑音と一緒に声がとんでいった。
「三浦先生いますか。」
職員室の扉を開け、すぐ目の前にいたニコニコしている先生に話しかけた。
「ちょっと待ってね。」
ニコニコした顔のまま、辺りを見回している。
ニコニコしながら、今いる場所の正反対に立っている男を見た。
「三浦先生ー。」
一切の雑音がなく、声がとんでいった。
「はい。」
小太りの男がこっちを振り向く。
「ちょっと。」
ニコニコしながら手招きをする。
狭い通路を人にぶつかりそうになるたびに、ぺこぺこ頭をさげる。「何ですか、先生。」
かなり大きく肩で息をしている。
「あの、こちらの生徒が。」
何故か、恐縮そうにしている。
「あ、優汰。すいません先生。」
ペコリ
「いえ。」
ペコリ
「優汰、ちょっとこっち来て。」
目がぱっちりで優しそうな顔をした男が、手招きをする。
物置小屋のような場所に招かれた。
「優汰。お前文化祭の実行委員だったよな。」
パイプイスのすれる音からかすかに声が聞こえた。
「えぇ、はい。」
本当は今思い出したが、覚えてたフリをした。
俺は、面倒くさいことが嫌いだ。だから深いことは一切考えず、適当に人生を過ごしてきた。これからも、そうする予定だ。
委員会を決めるときも、
「俺どの委員会でもいいから勝手に決めて。」
そういいながら、すぐに顔を伏せ、目を閉じた。
どのぐらい経ったのだろうか。
目を開け、顔を上げ、ふと黒板を見ると
文化祭実行委員、高橋優汰(たかはしゆうた)と、書かれてあった。「来月から本格的に文化祭に向けての準備するから。ねっ」
ニコッ
しまった。面倒くさいのが嫌だったから、適当に言ったのに、そのせいで、面倒なものに入ってしまっていた。それよりまず、俺一人だけというのが間違っている。一つの委員会にクラスごと、男一人、女一人となっている。だが、なぜか極端に少ない女子の関係で、一部の委員会は男子一人だけになる。それなら、男子二人でもいいのじゃないかとも思ったし、良く考えると文化祭実行委員は、委員の中でもかなり大変なのだから、他の委員を男子一人にすればいいじゃないかとも思った。でも、言うのが面倒くさかったからやめた。
「それで文化祭の準備する前に、全生徒で一つのものを作る全校製作、あれ何をするか決めるから。一度、教室で皆にどんなことがしたいか聞いて、大体でいいからまとめておいて。そしたら、来週の月曜に委員会集まって、話し合いするから。」
「はいっ、分かりました。」
さも、やる気があるような返事をした。
「じゃあ、よろしく。あと、・・・。」
パイプイスのすれる音で途中から言葉が聞き取れなかった。
うつむきながら、廊下を歩く。
「優汰、さっきの呼び出し何だったの?」
幼稚園から幼なじみの河西良樹(かさいよしき)が話しかけてきた。クラスは違うが中学校に入ってからも、たまに話したり、遊んだりする。
「文化祭実行委員。何すっか決めろって。」やる気の無い返事をした。
「面倒くさいのに入ったね。」
全くその通りだ。
「お前は何に入ったの?」
なんとなく、文化祭の話から話題を変えたかった。
「俺、俺は広報。目立つやつやるの嫌だし。ちょっと面倒くさいけど、文化祭の実行委員やるよりは10倍マシだからね。」
ニヤニヤしながら、こっちを見る。こいつは性格は良いが、たまに嫌味ったらしいとこがある。その嫌味がいつも的を得ているから、余計に腹が立つ。
「まぁ、頑張って。」他人事の頑張ってを言って去っていった。

総合の時間。俺は教壇の前に立った。
「今から、文化祭で何やるか決めっから誰か適当に手挙げて意見言って。」
シーン。
「誰か案ないですか。」シーン。誰も手を挙げない。もう一度言ってみる。
「誰か何かないですか。」しーん。もう一度言おうとしたとき、
「はい。」
この雰囲気を壊すように、白井結子(しらいゆうこ)が手を挙げた。
髪はショート、顔は色白できれいな整った顔、成績はいつも上位、それに性格も良くて真面目。俺の初恋。
助かった。すかさず指名する。
「はい、結子さん。」俺は同級生なら誰でも呼び捨てか、あだ名だが、結子だけは違った。皆もさん付けで呼んでおり、呼び捨てするのは二人だけ。結子さんが結子のあだ名になっている。
「文化祭で何するかってどういう意味。あんまり良く分からないんだけど。」
そういえばきちんと説明してなかった。

小さく、深呼吸する。「あの、毎年やってるけど、生徒で何か一つのものつくる全校製作、えっと、ク、クラスのことは言われてないけど、あの、何かやるかもしれない。それは、あの、後から聞いてみるから。全校製作は来週委員の話し合いがあるんで、出来れば今日中。なな、なんとなくでもいいから、あの、何するか決めてほしいんだけど。」
質問したことに答えただけなのに、声が震え、裏返り、息をするタイミングも見失う。全体を見て話せばいいのか、結子の顔を見て話せばいいのか分からず、後ろの棚の花をじっと見つめた。だが、なぜか俺の意思とは違い、二つの目が結子の元に近づいていく。花、花、花。今までの人生で一番集中した。
「い、いまので分かった?」結子の顔を見る。
「うん。」
笑った結子にドキッとする。
「他には?」
慌てて目をそらす。
「今までと同じ感じでいいんじゃない。」
手も挙げずに新垣真(あらがきまこと)が答えた。俺みたいな面倒くさがりの似たような性格。だが俺は、今までと同じでいいと思っても、それすら口にしない。だから、それを言った真のほうが少しはマシな性格かも知れない。

「今までと同じのやったってつまんない。何か違うことしようよ。」木本莉沙(きもとりさ)が言った。クラス一明るく、積極的。というより、明るくて積極的な人は、うちのクラスにごく少数しかいない。
「去年って何したっけ。」
「何か一人一枚紙に決まった絵を描いて繋げたりしなかった?」
「皆でやることだと内容限定されるし、やっぱ似たようなものになってしまいそうだけど。」
「文化祭で屋台出そっかな。」
「前と同じでいいよ。」
「それじゃあ面白くないじゃん。」「嫌なら、自分が勝手に考えろよ。」「早く帰りたい。」
良い方向に行ってるかは分からないが、段々と盛り上がってきた。
だが、誰も手を挙げず、好き勝手に話してるせいで意見がまとまらないでいる。やっぱ、うちのクラスはこんなもんか。

人生に。何か無い

希望というものをいつの間にか蹴飛ばしていた。現実というものを見つめて、真っ直ぐに進んだ。
ごみくずを横目で見ながら、それを拾うことは無かった。
一本だけ倒れているスプレー缶は、もう片方のスプレー缶の何倍もかっこ悪いと思った。ただ、それを元に戻そうとすることは無かった。
もっと早く、動き出せば良かった。今ここで叫ぼうか。心を皆に見せようか。皆はどんな反応をするだろう。君はどんな顔をするのだろう。どんな言葉を言うのだろう。今になって心が暴れだしそうなんだ。遅いのは分かってる。でも、後悔を持ったまま生きるのは嫌だ。道端の石ころを蹴飛ばさなければ良かった。ただの石ころが、道を変えたかもしれないのに。伝えたい。皆にも、君にも。
自分の頬を何回か殴ってみた。ためらって、本気で殴ることが出来ない。この腕は誰かを守るためじゃない。自分を守るためのものでしかない。この拳は、自分を守るために相手を本気で殴ることだって出来る。他人を守るために拳を使う人もいるのだろう。出来ないけど。道端の空き缶を踏みつけた。
時計の針の音と心臓の鼓動が、今日はやけに大きく聞こえる。明後日には変わってるだろう。迷いや不安をいつの間にか蹴飛ばそうとしている。後悔することは分かってる。
でも、予想と違う何かが起きるかもしれない。
少ない希望を摘まんでみた。震える指の先には、奮える希望があった。潰れた空き缶を、元に戻してみた。所々へこんでぼろぼろになった空き缶は、ただの空き缶の三倍はかっこ良かった。