たそがれ館へようこそ -30ページ目

UnsplashのJohn Salvino
月・木・土に投稿予定です
「上海ルネサンス」は
街の中心から離れた住宅街に
突如現れたピカピカの
白いホテルみたいな建物だった。
ドアを開けると
エントランスホールは
三階まで吹き抜けになっている。
ほーっとため息が出そうなぐらいの
ゴージャス感だ。
優雅な身のこなしの若いウェイターが
耀と浩を席に案内してくれた。
メニューを見ると
お値段が高めなので
若者は少なく年配の客で占められている。
メニューを見ただけではどんな料理が
運ばれてくるか全く未知だった。

「中華料理店と言うよりは
シノワズリー・レストランと呼んだ方がいいね。
なんでも上海料理をベースに
フレンチの要素を取り入れた
モダン・チャイニーズだそうだ」
耀は事前に仕入れた情報を披露した。
「何、それ。創作料理ってこと?」
天井は高く、調度品も値の張った
アンティークものが多い。
店内のインテリアも東洋と西洋が融合している。
耀は考えを巡らした。
あの男九鬼は今、この店に来ているのだろうか。
あこぎな経営姿勢で敵が多く
警戒心が強い彼は
めったに人前に姿を現さないが
この店には愛情を注ぎ
頻繁に足を向けるという。
来た客を陰から見はって秘かに値踏みをして
商売に役立てているという噂もある。
どんな容貌をしているのだろう。
どこで自分たちを見張っているのだろうか。
俺にはそいつがわかるだろうか。

まるでマネキンのようにスタイルのいい
若いウェイターたちは如才なく
テーブルのまわりを動き回っているが
彼らは本当にただのウェイターなのだろうか?
彼らさえも何となく怪しく感じるのは
考えすぎだろうか?
何も変わった動きはない。
接触してくる様子もない。
緊張しているせいか我慢できなくなって
「ちょっと失礼」と耀が立ち上がると
浩も「じゃ僕も」と付いて来た。
今、二人いっしょに席を立つのは
レストランでは
ご法度かもしれないがしょうがない。
ドアを開け広い通路空間に出た。
トイレは右手の奥だ。
「ねえ、あれを見て」と浩が囁いた。
いつからそこにあったのだろう。

来た時には全然気がつかなかったが
ホールの一角に
分厚い紫色のビロードのカーテンで
覆われたブースが設けられている。
耀と浩は目を見あわせて
お互い同じことを考えているのがわかった。
段ボール紙の看板に「占い」と書いてあるのが
いかにも急ごしらえという感じで
怪しい匂いがぷんぷんするのだ。
「ふーん、占いって当たるのかな」
と耀が言うと
「当たりますよ。どうぞ、お入りください」
中から、しゃがれた老人のような声がして
二人は思わず笑いをこらえた。

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「らーめん亭」はある人物のさしがねで
少しずつ取引先や関係先から
締め出しを食らうようになった。
長年付き合いのあった業者も例外ではなく
気づいた時には孤立無援の状態になっていた。
特に痛かったのは
地元の金融機関が
新規貸し出しや借り換えを渋るようになり
無理な返済を迫ってきたことだ。
資金繰りに困って
人づてに金貸しを紹介してもらったが
それが闇金融で
たちまち負債が大きく膨らんでしまった。
話し合いの場を設けようとしても
門前払いである。

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「でもどうしてこんな事になったの。
うちは老舗の店で信用があるから
ずっと安泰だって言ってたじゃない」
震える声で浩が言った。
耀の頭の中に一人の男の名前が浮かんだ。
でも口に出せなかった。
九鬼義一郎。
「おじさん、あの男なの?
あの男のせいで追い詰められたの」
百雄伯父はしばらく無言のあとうなずいた。
「九鬼のために何でもする奴はいるんだ」
人望があるからではない。
法外な金額を払って人を雇うからだ」

九鬼は耀たちが幼い頃から
たびたび家の周りに姿を現していたが
いつも歓迎されざる客だった。
まるで林家にまとわりつく黒い影のような存在で
伯父や伯母はひたすら九鬼を恐れていた。
ふいに訪ねてきた時には
あわてて耀たち兄妹を家から遠ざけたので
耀はその姿をまともに拝んだことはない。
また彼の出自や背景、林家との関わりについても
一度も聞いたことがない。
耀が知りうる範囲では
主に不動産ブローカーや
金融ブローカーとして腕をふるい
ビデオショップやレストラン経営も手掛け
職業分類に入らない
おかしな仕事をいくつかやって
財を成したということだ。
九鬼は凄腕の実業家だが
なかなか人前に表に姿を現さない
正体不明の男。

Unsplashの偉宗 勞
何とかこちらから
九鬼と接触する方法はないかと探っているうちに
偶然情報がはいってきた。
あの男が経営しているレストラン
「上海ルネサンス」。
そこにはかなり力を入れているので
九鬼本人が時々姿を現すということだった。
耀と浩はそこに行ってみようと
いうことになったのだ。

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「店が危ない」
「らーめん亭が危ない」
林家の親族同士が顔を合わせると
そんな言葉が囁かれるようになった。
「らーめん亭」は
初代が90年前に中華街で店を起こしてから
代々引き継いできたファミリービジネスで
今は三代目の百雄伯父が店長である。
曜と麗華の両親は二人が幼いころに亡くなった。
死因は不慮の事故だと聞かされている。
子どものいなかった長兄の百雄夫婦が
甥っ子、姪っ子を引き取って
自分の子として育ててくれたのだが
二人がまだ小さい時だったのが幸いだった。
物心ついた時にはすでに伯父夫婦が
育ての親として傍らにいた。

そして、浩の父親
林家の三兄弟の一番末の弟、剛英は
中華街から少し離れた所で
武術道場を開いているが
浩が小さい頃は「らーめん亭」に
よく預けられていた。
年の近いいとこ同士は
転げまわるようにして遊んだものだ。
周りの大人は折りにつけしみじみと口にした。
「三人はらーめん亭の中で育ったようなものだね」
「三人兄弟のように育ったね」
三人はいつもいっしょだった。
店の奥の狭い部屋で勉強し
点心の揚げ菓子をおやつにつまみ
中華街を遊んで回り
道場で武術の稽古をする毎日だった。
浩がいて、親戚が見守って、中華街の中で育って
耀と麗華は
早くに両親を亡くした寂しさを感じずにすんだ。
そして今、耀と浩は学校を卒業後
見習いとして伯父の下で働いている。
だから、その生活の礎ともいうべき
「らーめん亭」がなくなるなんて
想像もしていなかったのだ。

店を閉めた後、百雄伯父に
「話がある」と言われ
耀と浩はテーブルを囲んだ。
「もうだめかもしれない。
いろいろ手を尽くしてみたが
もう八方ふさがりだ。
覚悟していてくれ」
と伯父から打ち明けられたとき
耀と浩は耳を疑った。
呆気に取られ
しばらくは言葉も出なかった。

