月・水・土に投稿予定です
 
 

ところで冒頭に登場した

好きな言葉に「乾坤一擲」を挙げていた

若い新入社員の男性ですが

彼が文学的素養以外の理由で

この言葉を知っていた可能性も出てきました。

 

 

実は「乾坤一擲」という言葉は

その意味の強烈さから

バトル漫画やソーシャルゲームの必殺技

ファンタジー作品の決め台詞などで

頻繁に使われているそうなのです。

 

 

「運命をかけた一撃」

「最後の勝負」

「一か八かの大勝負」というニュアンスが

作中のクライマックスや

必殺技のイメージにぴったりだからでしょう。

 

 

 

気合を込めて「乾・坤・一・擲!」と叫ぶと

確かに力がみなぎってくるような気がしませんか?

 

 

つまり、ポップカルチャーや

漫画・ゲーム好きの若者なら

むしろ馴染み深い言葉だということになります。

 

 

文学的素養というよりは

現代のサブカルチャー経由で

覚えた可能性のほうが

高いのかもしれません。

 

 

その一方で

読書を通して覚えた可能性も

捨てきれません。

 

 

大学の一般教養で

古典文学や漢文を履修する学生もいますし

特に若い男性の中には

歴史小説や経済小説

政治に関する本を好む層も一定数存在します。

 

 

司馬遼太郎や城山三郎を愛読していても

不思議ではないのです。

 

 

彼が一体どちらのルートで

この言葉に出会ったのか

——それは今のところ、謎のままです。

 

 

 

 

 

 もうすぐハロウィンですね おばけ

 

 

 

 

ドバイチョコアイスを食べました。

ちょっと冷たかったかな。

 

 

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そもそもSさん(というか

当時の一部のおじさんたち)は

ワープロ入力など誰がやっても

変わらない単純作業だと

思い込んでいた節があります。

 

 

読みにくい手書き文字も

機械を通せば綺麗に整うはずだと。

 

簡単な文章なら

それでもよかったのかもしれません。

しかし

歴史的用語や格調高い難読漢字となると

入力担当者のスキルに大きく左右されます。

 

 

辞書で調べる能力や、

「文脈的にここにはこの言葉が入るはずだ」

と見当をつけられる語彙力・読解力を

持った人に頼むべきだったのです。

 

 

 

③ Sさんの(恐怖の)ノーチェック

 

たとえ二つのハードルを

すり抜けてしまったとしても

最終的に筆者本人が原稿をチェックしていれば

そこで防げたはずでした。

しかし

それすらありませんでした。

 

 

自分の原稿は完璧だと思い込んでいる。

原稿を渡した時点で

自分の仕事は終わっている。

ワープロ出力紙を見返す習慣がない。

校正は他人がやるもの。

誤字が起きるという発想すらない。

だから仮に誤字があっても

それは自分の責任ではない——。

 

 

こうして、起きるべくして起きた

「存在しない四字熟語のそのまま印刷」

という珍事。

第三者から見れば

まるで質の悪いコントのような事態が

完成してしまったのです。


 

 

私が原稿を預かって目を通したあと

この四字熟語も含めて

校正の結果をSさんに報告しました。

 

 

 そのミスの指摘を聞いたとき

Sさんは軽く「ちっ」と舌打ちをしたのです。

 

 

一体、何に対する舌打ちだったのでしょうか。

 

 

「社史」はすでに印刷・発刊されて

しまっています。

もう修正することはできず

取り返しのつかない状態です。

 

 

つまり、自分の犯した大失態が

半永久的に残ってしまうわけです。

自分の面子(めんつ)が

つぶされたことに対する苛立ちでしょうか。

 

 

 

幸いなことに、これは

企業の内輪で配られる「社史」ですから

実際に目を通すのは

社内の一部の人間だけでしょう

(もっとも、この大事故は後輩たちの間で

語り継がれることになりそうですが)。

 

 

あるいは

地域の図書館などに寄贈され

一般の人の目に触れる可能性だって

ゼロではありません。

 

 

原稿を入力したアルバイト女性に対して

怒りたかったのかもしれません。

しかし、彼女を採用したのは自分自身です。

 

 

そして、彼女が頼りないと知りながら

出来上がった原稿のチェックを怠ったのも

自分の怠慢でした。

それらすべてに対する苛立の「ちっ」です。

 

 

このように、パソコン作業を

誰かに丸投げしておきながら

いざミスが起きると不満を露わにする人

——そういうタイプは

当時一定数存在しました。

 

 

(……もしかすると

それは今も変わらないのかも)

 

。

 

 

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Sさんの社史編纂室は

(私は一度訪問したことがあります)

Sさんとアルバイトの若い女性の

二人体制でした。

 

 

彼女の仕事は電話番と、

Sさんが手書きした原稿を

ワープロ入力すること。

特別な個室ではなく

部屋の一角をパーテーションで区切った

四畳半ほどの小さなスペースでした。

 

 

Sさんの字は

くちゅくちゅと丸まっていて

非常に読みにくいのです。

 

 

もし仮にきれいに書かれていたとしても

画数が多く旧字体が混じった

手書きの難読漢字は

ほとんど判読不能レベルでした。

 

 

彼女はおそらく、「乾坤一擲」の

「乾」と「一」だけは読めて

「坤」と「擲」が読めなかったのでしょう。

 

 

読める部分だけを確定させ

残りは見えたままの形から

似た漢字を当てる、という

グラフィック処理のような作業を

したのだと思います。

 

 

「八紘一宇」も同様で

「八」と「一」だけを頼りに

それっぽい漢字を当てはめた結果

存在しない四字熟語が爆誕しました。

 

 

その新造語が一体

どんな漢字の組み合わせだったのか、

今となっては覚えていませんが。

 

 

ところで、存在しない言葉が

そのまま印刷されてしまうという

大事故に至るまでには

いくつもの「関門」がありました。

 

 

① Sさんとアルバイト女性の

コミュニケーション不足

 

 

ふたりがいたのは

四畳半ほどの小さなスペースで

手前に彼女、奥にSさんが座っていました。

 

 

「これ、なんて読むんですか?」

「この漢字で合っていますか?」

と一言聞けば済んだ話です。

 

 

まったく会話がなかったのでしょうか。

それとも、尋ねる気も起きないほどの

聞きづらい威圧感があったのか……。

 

 

ただ、聞くところによると

Sさんは勤務時間中

ほとんど室内にいなかったそうです。

 

 

退職後の気楽な身ゆえか

彼女一人を残してふらりと外出し

行方が分からなくなることが

多かったのだとか。

繁華街でよく姿を見かけられていたそうです。

 

 

 

 

② 見えたとおりに打つグラフィック処理

 

Sさんは○○委員という肩書で

私たちのオフィスに出入りしていましたが

当時その部署では

正社員、専門職、アルバイト問わず

多くの女性が働いていました。

 

 

その中でのSさんの評判は

お世辞にも良いとは言えませんでした。

 

 

女性と見ると誰彼かまわず

業務外の雑用や私用のコピーを

頼んでいたからです。

 

 

あるとき専門職の女性に

コピーを頼んで逃げられた(?)ことがあり

ひどく腹を立てていました。

Sさんは優秀な女性が苦手だったのです。

 

 

彼の女性に対する最大の褒め言葉は

「あの人はいつも笑顔でお茶を淹れてくれる」

でした。

 

 

ですから

アルバイト女性を採用する際にも、

入力能力より

「笑顔でお茶を淹れてくれるか」

を優先したであろうことは

想像に難くありません。