月・木・土に投稿予定です飛び出すハート

 

 

次に浩が目覚めた時

太陽はとうに天高く上がっていた。

 

 

白いカーテン越しに眩しい光が差し込み

室内は明るさに満たされている。

 

しょぼしょぼする目をこすりながら

起き上がった。

 

 

ゆうべはいったい何があったのだろう。

したたかに酔ったのには間違いないが……

歯ブラシをくわえ

歯磨き粉のミントの香りをかいで

しだいに頭は冴えてきた。

 

 

曜と待ち合わせて夜の街に繰り出したのだった。

そして別れて家に帰る途中。

家に帰ってきてからのこと。

 

 

だめだ。

そこから先が思い出せない。

無理に思い出そうとすると

こめかみがズキズキして痛くなる。

 

 

どうも今日いっぱいは調子が出そうにない。

仕事が家業の手伝い、気楽な一人暮らしの身だから

いいようなものの

定時出社のサラリーマンはやっぱり大変だな。

浩はジャケットをはおると家を出た。

 

 

昨日帰り際に、耀と約束をしていた

表通りのカフェに向かう。

 

 

 

耀は先にカフェに着いていて

テーブルでコーヒーを飲んでいた。

 

 

「やあ、こっちこっち」耀が手を上げて呼んだ。

「浩、ずいぶんひどい顔じゃないか」

 

「君もね」

二人は顔を見合せて弱々しく笑った。

 

 

浩は耀と同じモーニングセットを頼むことにした。

 

ベーコン、レタス、トマトのハンバーガ-に

苦めのホットコーヒー。

そしてオレンジジュースを追加で注文した。

これで少しはすっきりと目が覚めるだろう。

 

 

「ねえ、ところで」耀が先に話しかけた。

「君には何があったの?」

 

 

「えーとね。帰り道、

蔦の葉が伸びてきて追いかけられて

それに地面は歩いても歩いてもぐらぐらするし

きわめつけは顔を洗おうとしたら

洗面ボウルからいっぱいのミミズがあふれてきて」 

浩は途中まで言って

急に思い出して吐きそうになった。

 

 

「こっちなんて部屋中にゾンビがいっぱいいてさ。

追いかけられて逃げまくったよ」

今度は浩がその場面を想像して笑う番だ。

 

 

 

「全くやられちゃったな」

 

「やっぱりあのワインに何か盛られていたんだな」

 

昨日二人で偵察に行った

チャイニーズレストラン「上海ルネサンス」

でのことだ。

 

 

「それにあの占い師に

何か暗示をかけられたのかもしれない。

催眠術の様なものを」と耀が言って

「たぶん、そうだね」と浩が頷いた。

 

 

 

UnsplashMatan Perlmuter

 

落ち葉が渦を巻いて寄り集まると

しだいに獣の姿を形作り

浩の背後に立ち上がった。

 

ふいに彼の耳元でジャンとシンバルが鳴って

心臓がどきっと跳ね上がった。

 

浩は振り返ってとっさに蹴りを入れたが

空を切って着地でよろめいた。

 

あたりを見回す。

何も起こっていない。

 

何かが襲ってきたと思ったのは

風で蔦が揺れていただけ。

浩はふっとため息をついた。

 

UnsplashJosh Gordon

 

おや、今度は何だ。

足元がぐらぐらと揺れている。

踏んでも踏んでも、ぬかるみのように吸い込まれて

まるでこんにゃくの上を歩いているみたいだ。

 

 

いったいどうしたんだろう。

今夜俺はそんなに飲んだかな

と自問自答する。

考えたってわかるはずもない。

彼は首を振って家路へと急いだ。

 

 

 

浩は我が家の入口までたどりついた。

 

古びた玄関扉に鍵を差し込んだが、

暗い中、鍵を開けるのには時間がかかる。

酔っていればなおさらだ。

長い間、手間取った後に

ようやく中に入ることができた。

 

 

「なんだか喉が渇いてしょうがないな」

彼は冷蔵庫からミネラルウォーターを

取り出すと一気に飲み干した。

キッチン台の上にトンと置いた。

 

 

「…………」

 

あの男はなんと言ったのだろう。

あー、何だか目が回ってきた。

彼はふらふらしてくるのを抑えよう

とうつむいて額に手を当てた。

 

 

まるで呪術師のような男の目だった。

じっとのぞきこむ呪術師の目。

その目に引きこまれてしまう。

 

 

男の顔はだんだん大きくなって

彼の前に迫って来て

その目がロリポップキャンディのように

渦を巻いて回りだした。

 

ぐるぐるぐるぐる。

 

彼はめまいがひどくなり立って

いられなくなった。

 

 

突然、宇宙空間で星が爆発したかのような

衝撃が起こり

星のかけらが四方八方にはじけ散った。

 

彼はベッドに倒れこみそのまま気を失った。

 

 

どのくらい寝ていたのか。

 

しばらくして目が覚めた時

時計は三時を指していた。

五時間ほど眠っていたことになる。

 

 

彼は起きあがった。

まだかすかに頭痛は残っているものの

立っていられないほどの

ひどいめまいは取れたようだ。

 

 

寝汗をぐっしょりかいていて

気持ち悪かったので

洗面所で、顔を洗うことにした。

 

 

水道栓をひねって顔を寄せると

洗面ボウルの穴からミミズが

次々にわいてきて……

 

浩は何度も悲鳴をあげた。

 

UnsplashBill Craighead


(注;上の写真はカラフルなグミを

   白黒にしたものです)

 

 

皆さま、こんにちは。

暑い中、お元気でお過ごしでしょうか。

 

短編小説として掲載していた作品をまとめ

加筆修正した長編小説開口笑の掲載を

始めました。

 

過去の作品も少し手直しを加えています。

時々エッセイもはさみながら更新していきますので

どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

*.:・.。**.:・.。**.:・.。**.:・.。**.:・.。**.:・.。**.:・.。**.:・.。**.:・.。**.:・.。**
 

 

その晩

浩は一つ手前の停留所でバスを降りた。

 

夜風がとても気持ちよかったので

少し歩いてみようと思ったのだ。

 

目の前には急な坂があって

彼の一人暮らしの家は坂の上にあるのだが

それは何でもなかった。

 

彼はまだ若かったし

ちょっとほろ酔いかげん

上機嫌だったから。

 

 

時は三月。

紺青の空には白い月が浮かんでいる。

 

 

季節の花の香りが大気中に放散して

夜風は甘くこっくりととろける蜜のようである。

 

 

彼は今日一日、我が身に降りかかった

風変わりなハプニングを思い返していた。

酔っているせいで

いくつかのシーンがぐるぐると入り混じる。

 

 

生暖かい風

季節の到来を告げる風

海を渡って遠くの地から運ばれてきた風。

 

 

彼を取りまく気運が

今まさに大きく変わろうとしている

今日を境にこれから確実に変わっていくだろう。

今日は始まりの一歩だった。

 

 

先の見えない不安に

胸がきゅっと締め付けられた。

 

 

彼は坂を登り切って平らな場所に出た。

午前一時の静かな道

通りには人っこひとり

猫一匹の姿も見あたらない。

 

 

まるで映画のセットの中に

迷い込んだみたいだ、と彼は思った。

自分自身が主役の映画。

 

 

紺青の夜空に

白いちぎれ雲が浮かんでいるのは

まるで童話の挿絵のようだった。

月明かりや外灯に照らされた住宅街は

静まりかえっていて

小さな窓の灯も影絵のように作り物めいている。

 

 

まばらに立つ街灯が弱い灯りを投げかけ

全てのものに優しい影を作っていた。

蔦がレース飾りのように覆っている

長い塀に彼は差しかかった。

 


 

 

塀に映る彼の影は

まるでそれ自身が別の生き物であるかのように

伸び縮みしながらぴったり後をつけてくる。

 

UnsplashRene Böhmer

 

 

塀の蔦もわずかな風でかすかに揺れていた。

垂れ下がっていた一本の長い蔓の先端が

ふいにくるっと巻いて持ち上がり

そろそろと触手を伸ばし、彼の後を追いかけてきた。

 

UnsplashSai Harish

 

彼は立ち止った。

何かを感じて後ろを振り返った。