たそがれ館へようこそ -3ページ目

図書館でミステリー小説を
2冊借りて読んでみたところ
結果的にまったく正反対の
「新旧ミステリー」になりました。
まずは、くわがきあゆさんの
『レモンと殺人鬼』。
テレビで新刊『先生と罪』が
紹介されているのを見て
興味を持ったのですが
予約が殺到していたため
同じ作者の前作を借りてきました。

推薦文には「怒濤の伏線回収」
「四転五転のどんでん返し」
とありましたが
最近はこの手の煽り文句が
多いですね。
伏線回収の鮮やかさや
読者を翻弄する
ジェットコースターのような展開が
重視されているのでしょう。
あるレビューには
「単に驚かせるだけの
どんでん返しではない」
と書かれていましたが
いざ読み終えてみると
犯人が分かっても頭が整理されず
どうも腑に落ちない感覚が残りました。
登場人物は癖のある人物ばかりで
唐突に予想外の行動をとる点も
気になります。
「子供時代のあの少年が
実は成人してこの人だった」
という繋がりや
Aさんの話と思わせて
Bさんの話だったという叙述トリックは
分かりやすかったのですが
その反転に物語上の
必然性があったのかと言えば疑問です。
結局、どんでん返しを作るための
作品という印象が拭えません。
ラストの展開も少しシュールです。

そしてそれとは対照的に
チェスタトンの「ブラウン神父もの」は
古典らしい落ち着きを持ったシリーズです。
『ブラウン神父 呪いの書』(金原瑞人訳)
子ども向け版で、文字が大きく
読みやすいのも嬉しいところ。
創元推理文庫は字がちっちゃい。
「ページをめくる手が止まらない」
タイプの作品が多い今
この牧歌的でシンプルな物語が
ミステリーとして成立していることに
ちょっと驚かされます。

事件は派手に起こるわけではなく
田園風景が広がるのどかな村で
ブラウン神父と人々の
静かな日常や会話の中にひっそり潜んでいます。
先入観や心理の盲点を突く
いわゆる「日常の謎」的な味わい。
そして、ところどころに差し込まれる
印象派の絵画のような風景描写が
本当に秀逸です。
チェスタトンがかつて画家を志し
美術学校に通っていたと知ると
その筆致にも納得します。

穏やかな空気の中にも
最後にはミステリーらしい
「ぞくっ」とする一言が添えられていて
その余韻が心地よいです。

「あっ、じゃあ、馬田さんは―」
浩が思い出して大声を出した。
「その術をかけられていたから
だから―」
「馬田さん?」
事情を知らない耀は何の話かわからない。
「さっき別の場所で発見された」
くるみは静かに言った。

「浩は私が点穴を解いたので
後遺症は残らないけど
彼はリハビリが必要でしょうね。
それも長期の」
「治る見込みは?」と浩。
「わからない。
いえ、時間はかかるけど
きっと治ると思う」
「僕を油断させるために
そのためだけに
たまたま近くにいた
馬田さんを利用したっていうのか」

「あなたのせいじゃない。
彼は九鬼の息のかかった違法な店に
出入りして事件に巻き込まれたの」
「だからって自業自得ということに
はならないよ」
馬田自身にも非があるとはいえ
耀も浩もやりきれない思いになった。
「残念ながら今回の件で
九鬼本人をひっぱるのは
難しいと思う。
裏で糸を引いてあなたたちを
危険な目に逢わせていたのは
九鬼にまちがいないけれど
部下たちが全部後始末を引き受けた。
彼らは九鬼の関与については
いっさい口を割らないでしょうね」
「何も解決してないじゃないか。
何も―」
耀がつぶやいた。
「そんなことはない。
あなたたちは体をはって九鬼と戦った。
ちゃんとその分の対価を
得る事はできたのよ」
くるみは一枚の紙を差し出した。
「これを見て」
借用書については無効とする。
借金返済はいつでも
都合のついた時でかまわない。
利子については全額放棄する。
九鬼の署名捺印がある正式な文書よ。
別の捜査官がかけあって
書かせたものなの。
九鬼義一郎。
おまえは略取、監禁、暴行の罪でこそ
問えないが
我々が調べた賄賂を企てた罪がある。
南関の有力者に取り入るために
行ったものだ。
『花の樹』のマスターが証人になるだろう。
ことを公にしたくなければ
林百雄あてに借金の即時払いの
要求を取り下げる文書を書くがいい。
今回だけは見のがしてやろう」
耀と浩は驚いて目を丸くした。
「これでどう?あなたたちは
『らーめん亭』を助ける事はできた。
ぴんぴんして、無傷で家に帰ることができる。
九鬼のもくろみは何一つかなわなかった。
今回は、これでよしとしましょう。

私たち警察はこれからもずっと
捜査は続けていって
必ず九鬼の牙城を崩してみせる。
約束するわ」
三人はやっと心から笑いあった。
「ここはいろいろと誘惑が多い土地よ。
九鬼はあなたたちを
自分のテリトリーに誘い込んで
事を有利に運ぶつもりだったけど
うまくはいかなかった。
かえって自分が追いつめられる
結果になってしまった。
なんて皮肉なことでしょうね」
〈 了 〉
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「どうして彼女が警察官だと気づいたのか」
「そんな事わかるわけない」
浩はあっさり言った。
「警察官なんて思いもしなかった」
「じゃあ、なぜ?」
「これだよ」
浩は手を斜に交差させ
交互に打ち払う動作をした。
白鶴亮翅(バイフーリャンチー)。
自然と口をついて出てきて
耀はやっと気がついた。
夜市でくるみが見せたダンスの最後の
決めのポーズは、白鶴亮翅だ。

左右からの突きを払いのけた後
一歩踏み込んで相手の首に腕をひっかけ
体を開く勢いを使って倒す技。
「彼女には武術のたしなみがあるのが
一目見てわかった」
「それで抱拳礼で返したのか」
「自分も同好の士だという意味を込めてね」
耀は恥ずかしくて汗が噴き出る思いだった。
弟分だと思っていた浩の方が
よほどしっかりしていた。

夜市の熱気に呑まれて
舞い上がっていたのも
果物売り娘にのぼせて
見えるはずのものが見えなかったのも
自分の方だ。
「同じ武芸を志す者に
悪い奴はいないと思ったんだ。
それでどうしても
声をかけずにはいられなかった。
あの日少し話して
また次の日会おうと約束した」
「私も浩にはすぐに
ピンとくるものがあった。
この人は大丈夫だと思って
連絡先を渡したわ。
そして二回目に会った時
偶然にも同じ名前の人物を
追っていることがわかったの」
「それが九鬼だったのか」
耀は不機嫌にうなった。
「どうして黙っていたんだ。
おかげでずいぶん振り回されたよ」
「悪かった」
浩は大げさに手を広げた。
「でもしょうがなかったんだ。
彼女と二人だけの約束だったから」
「耀さん。浩を許してあげて。
情報が漏れるとまずいので
私が話さないように頼んでいたの。
捜査のためには仕方なかったのよ」

二人が顔を見合せにっこり笑う。
自分だけ仲間外れになったようで
耀は悔しかった。
わかるよ。わかるんだけど。
くるみは真顔に戻って話を続けた。
「昨日の晩、連絡がなかったので
浩の身に何か危険な事が起ったと思った。
それで目星をつけていた
いくつかの場所をすぐに当たったわ。
この『ヴァレイ・ホテル』もね。
早い時期に発見できてよかった。
それと浩に打たれた点穴だけど
耀さんが見破れなかったとしても
浩が防げなかったとしても
恥じることはないわ。
九鬼の手の者が使った術は
ごくわずかな人しか
知らないものだから」
「どういう技?」耀が聞いた。
「一度仮死状態にして催眠をかける。
自分の意志を持たない
凶暴な操り人形にして
利用することができるの。
例えば…人を襲わせることだって可能よ」

「あっ、じゃあ、馬田さんは―」
浩が思い出して大声を出した。
「その術をかけられていた。
だから―」
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