図書館でミステリー小説を

2冊借りて読んでみたところ

結果的にまったく正反対の

「新旧ミステリー」になりました。

 

 

 まずは、くわがきあゆさんの

『レモンと殺人鬼』。

 テレビで新刊『先生と罪』が

紹介されているのを見て

興味を持ったのですが

予約が殺到していたため

同じ作者の前作を借りてきました。

 

 

推薦文には「怒濤の伏線回収」

「四転五転のどんでん返し」

とありましたが

最近はこの手の煽り文句が

多いですね。

 

 

伏線回収の鮮やかさや

読者を翻弄する

ジェットコースターのような展開が

重視されているのでしょう。

 

 

あるレビューには

「単に驚かせるだけの

どんでん返しではない」

と書かれていましたが

いざ読み終えてみると

犯人が分かっても頭が整理されず

どうも腑に落ちない感覚が残りました。

 

 

登場人物は癖のある人物ばかりで

唐突に予想外の行動をとる点も

気になります。

「子供時代のあの少年が

実は成人してこの人だった」

という繋がりや

 

Aさんの話と思わせて

Bさんの話だったという叙述トリックは

分かりやすかったのですが

その反転に物語上の

必然性があったのかと言えば疑問です。

 

 

結局、どんでん返しを作るための

作品という印象が拭えません。

ラストの展開も少しシュールです。

 

 

 

そしてそれとは対照的に

チェスタトンの「ブラウン神父もの」は

古典らしい落ち着きを持ったシリーズです。

 

 

『ブラウン神父 呪いの書』(金原瑞人訳)

子ども向け版で、文字が大きく

読みやすいのも嬉しいところ。

創元推理文庫は字がちっちゃい。

 

 

「ページをめくる手が止まらない」

タイプの作品が多い今

この牧歌的でシンプルな物語が

ミステリーとして成立していることに

ちょっと驚かされます。

 

 

事件は派手に起こるわけではなく

田園風景が広がるのどかな村で

ブラウン神父と人々の

静かな日常や会話の中にひっそり潜んでいます。

 

 

先入観や心理の盲点を突く

いわゆる「日常の謎」的な味わい。

 

そして、ところどころに差し込まれる

印象派の絵画のような風景描写が

本当に秀逸です。

チェスタトンがかつて画家を志し

美術学校に通っていたと知ると

その筆致にも納得します。

 

 

 

 

穏やかな空気の中にも

最後にはミステリーらしい

「ぞくっ」とする一言が添えられていて

その余韻が心地よいです。