大学に入ってからも

同級生とは年が離れすぎていて

距離を置かれた。

(もう20代後半に差しかかっていた)

 

 

3年に上がるとき

ゼミナールを決めるのだが

人気のあるゼミは希望者が殺到する。

 

 

こういう場合

ふつうは面接をして学生を割りふると思うのだが

学校側の怠慢で抽選という安易な方法で決められた。

 

 

第一希望、第二希望も落ちて

決まった先は

皆が敬遠する厳しい教官のゼミだった。

文字通り外れくじをひいてしまったのだ。

 

 

「先生には挨拶に行ってくださいね」

と学務係に言われ教官室を訪ねた。

 

 

室の前でドアをノックしようとした時

一人の青年がおずおずと近づいて来て

「ゼミのOBの人ですか?」

 

 

僕はその時28才だったけれど

事故の後遺症やそれまでの苦労で

ずっと年上に見えた。

30過ぎのOBに見えたのだろうか。

 

 

苦笑するしかなかったが

もう一人憂鬱な顔をした女性がやって来た。

「これから2年間どうしよう」と

考えているようだった。

 

結局外れくじを引いたのはこの3人。

 

それが彼ら二人との出会いだった。

 

UnsplashのEunice Choi

 

僕にとってゼミは思いのほか

居心地のいい場所になった。

 

 

ゼミは通常5人から10人ほどだが

10人もいれば若い学生たちとは話が合わなくて

引け目を感じもするが

3人という人数はちょうどよかった。

 

 

教官も、若い学生だけでなく

中間の年の僕がいるせいか

噂に聞いていたほどのピリピリムードはなかった。

 

 

それと教官は専門書を英語で読む

「外書講読」に力を入れていて

英語の得意な僕にはこれも幸いした。

 

 

難しい授業についていけない二人のために

時間外にも喫茶店やキャンパスの芝生に

集まってレクチャーした。

 

 

僕にとっては和やかな日々だったのだ。

 

 

 

自分の居場所がないと思っている男がいた。

公園のベンチに座っていた。

遠くにいる子どもたちの遊び声が

小鳥のさえずりのように聞こえる。

 

 

自分を醜いと思っているのは、

そう悪口を言っているのを聞いたからだ。

 

 

「いい顔じゃないか」

と言われた時は信じられなかった。

社交辞令、お愛想?
それともからかっているのかと腹が立った。

顔のことを言われるのは不愉快だった。

 

 

「なぜ君がそんなに自分のことを

軽んじているのかわからないよ。

ちょっと個性的かもしれないが

なかなか好男子の部類にはいるよ」

 

信頼できる大人から言われて

やっと目が覚めた思いだった。

 

 

感情を穏やかに保っていればいいのだ。

いつも冷静であれば……

あの事故のせいだ。

あの事故のせいで顔にも外傷を負い

手術を繰り返し

ずいぶん容貌が変わってしまった。

 

 

何か動揺することがあると

顔の古傷が疼きだし

盛り上がって面相が変わってしまう。

それを見られて「醜い」と言われたのだ。

 

 

子どもの頃、両親と海外に行った。

車で移動中に事故にあって

両親は現地で亡くなったが

自分は一命をとりとめた。

 

 

日本に搬送され手当てを受けたが

3年間寝たきりだった。

しばらくは過去の記憶もあいまいで

リハビリにずいぶん時間がかかった。

 

 

親が残してくれた財産を

親戚がきちんと管理し

家で教育を受けさせてくれたのには

感謝している。

その間、年の近い友だちと接することは全くなかった。

大学に入ったのは、同級生より8年遅れだ。

 

 

後で思い出したのだけれど

僕は、なんと小さなピアニストだったのだ。

今は後遺症で昔のようには弾けないけれど。

 

 

事故にあう前も

朝から晩までピアノの練習で

友だちは一人もいなかった

強いて言えばピアノがずっと

友だちだったのだろう。

 

 

他には?

風が友だち。

遠い国から香りをのせてやってきて

僕の体を抱きしめ包んでは、また解き放つ風。

僕は笑い出してスキップして走り出す。

くるッと回ってまた走り出す。

 

 

他には?

雪が友だち。

見上げると天高くから限りなく

次々と降ってくる雪。

顔がびしょびしょになっても

ずっと上を向いて受け止めていたっけ。

 

 

大学に入ってからも

同級生とは年が離れすぎていて

距離を置かれた。

(もう20代後半に差しかかっていた)

 

そんな時に、初めてできた友だちが

あの男Hだった。

 

 

 

「麗華ちゃん。実はね」

いつになく伯母の思いつめた表情を見て

麗華はハッとした。

聞きたくない。

 

 

「あっ、もうすぐ開店の時間よね。

私、店に手伝いに行ってくるわ」

ことさら明るい声で言ってその場を離れようとした。

 

 

「待って、話があるの」

なおも伯母は切実な感じで訴えてくる。

 

 

嫌だ。聞きたくない。

伯母が何を言おうとしているのか

だいたい見当がついている。

 

 

最近のメッシュのたび重なる訪問。

メッシュが麗華を見るときの目つき。

 

ある一つの可能性が頭に思い浮かんで

ずっともやもやしていた。

 

 

今、聞いた方がいいのではないだろうか。

先延ばしにしてずっと悩むよりも

この場ではっきりさせた方がいい。

 

 

でも……

やっぱり聞きたくない気持ちもある。

麗華は下を向いて立ち尽くしたまま

その場を動けなかった。

 

 

「いやよ。そんなの絶対いや」

麗華は玄関から飛び出した。

 

ちょうど入って来た耀とぶつかって

止めるのを振り切って外に走り出した。

 

そのまま店に行く気にもなれず

裏道を一人であてどなく歩いた。

 

 

ひどいっ。聞きたくなかった。

養女にしたいだなんて。

あの風変りな身寄りのない九鬼の

養女になるなんてまっぴらごめんよ。

おばさんもそんなことを私に言うなんて

ひどすぎるわ。

 

 

一方、家に残った伯母と耀は途方に暮れていた。

 

「麗華の耳に入れたくなくて

今まで私たちでごまかしてきたけれど

『本当に話をしているのか』

と何度もあの男が催促するものだから

 

形だけでも言ったことにしなければと思って…」

ため息交じりに伯母が話す。

 

 

「うん、わかっている」と耀はうなずいた。

「麗華だってそのうちわかるよ」

 

 

「もちろん養女に出すつもりなんかないのよ」

 

「それもわかっているさ。

おじさん、おばさんは絶対そんなことしないって」

 

「これではっきり断れるわ」

 

「でも九鬼はまた別の圧力をかけてくるんだろうね」

耀がそう言って二人とも黙りこくった。

 

 

九鬼は耀たちが幼い頃から

メッシュや他の部下を伴って

たびたび家の周りに姿を現していたが

いつも歓迎されざる客だった。

 

 

まるで林家にまとわりつく黒い影のような存在で

伯父や伯母はひたすら九鬼を恐れていたが

因縁については一度も聞いたことがなかった

 

 

 

他にも耀が不思議に思っていることがあった。

亡くなった両親は大学生の時に知り合って

付き合い始め、卒業してすぐに

結婚したということだが

写真があまり残っていないのだ。

 

 

若い二人が、自由な学生時代に

デートを重ねれば

たくさん写真を撮っているのではないだろうか。

 

 

数少ない両親の写真。

結婚式の写真と

幼い耀、麗華と写った数枚の写真だけだ。

 

 

そして若いころの母の顔は

今19歳の麗華にそっくり。

父の顔は23歳の耀にそっくりだ。