「ここで何をしている」鋭い声がひびいた。

 

いつ来たのか、長身で筋骨たくましい男が

ドア口に立っていた。

 

 

「お前は誰だ。一体どうやって中に入った」

そう言ってドアを閉めた。

 

 

頭はスキンヘッドで

濃い眉下の落ちくぼんだ目は

鋭い光を放っている。

 

 

一見して堅気の者ではない事が

わかる。

いかにも用心棒風の険呑な雰囲気を

漂わせた男だ。

 

 

「ここは関係者以外

立ち入り禁止のはずだ」

 

 

 

怒鳴った男の背後からもう一人

小柄な“いたち”のような顔つきをした男が

ひょっこり現われた。

 

 

“いたち”は伸び上って

“スキンヘッド”の耳元で

ひそひそとささやいた。

 

 

”スキンヘッド”はふんふんと頷きながら

耀をじろじろと見た。

 

 

さて、どうしたものか。

耀は眉を寄せた。

 

 

一癖も二癖もありそうな連中が

二人もそろった。

 

 

 

”スキンヘッド”は、

風貌、威圧感からして

かなりの腕前だと見受けられるし

もう一人の男も

貧相だからといって油断はできない。

 

 

 

それでも耀はいざとなれば

自分に勝機があるとにらんだ。

 

 

だが、その前に

一つ確かめておきたいことがある。

 

 

「すみませんでした」と耀は言った。

「断りもなく勝手に入ってしまって。

こいつは僕の弟分の浩です」

 

 

「浩?」

”スキンヘッド”は目をむいて睨みつけた。

「ああ、そいつのことか」

 

 

「急にいなくなったので

心配して方々探し回ったんです。

何があったのかわかりませんが

こちらで助けてもらっていたようですね。

恩にきます」

 

 

沈黙。

 

「お世話になりました。

あとは僕が連れて帰ります」

 

 

”スキンヘッド”が初めて笑い顔を見せた。

単に唇を歪めただけの薄いせせら笑い。

 

 

「兄さん、悪いけどな

二人を帰すわけにはいかないんだ」

 

 

「そう言われても困ります」

耀は涼しい顔ではぐらかした。

「僕も浩の保護者的立場にあるわけなので」

 

 

「いいかげんにしろ」

”スキンヘッド”は怒鳴った。

 

 

「おふざけはここまでだ。

わかっているだろう。

俺たちはある大事なお人から

仰せつかっているんだ。

お前、この浩って奴の仲間なのか。

ちょうどよかった。探す手間が省けた」

 

 

”いたち”に向かって顎をしゃくった。

「こいつもやってしまえ」

 

 

「その大事な人って九鬼のことか?」

と耀が訊く。

 

 

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耀は窓から降りて敷地を走ると

階段をかけ上がり

ホテルの正面に向かった。

 

 

ほんの十数mほどの距離なのに

永遠にたどり着かないように遠く感じる。

 

 

足がもつれて焦れったいぐらい

先に進まない。

前のめりになって建物の角を回った。

 

 

玄関から入ると、職員専用ドアを探し

地下に通じる階段を降りた。

 

 

照明は薄暗くところどころ

点滅を繰り返している。

無味乾燥な壁と廊下が長く続いている。

 

 

<シャワー室>、<機械室>、<ボイラー室>の

前を通り過ぎると一番奥は<倉庫>だ。

 

 

ドアノブをゆっくり回すと

先ほどの人物が

開けていったままなのか

鍵はかかっていなかった。

 

 

そっとドアを押し開け中に入ると

閉め切った部屋のよどんだ空気が

鼻をついた。

 

 

広い部屋で壁沿いに

家具什器が無造作に置かれている。

 

 

耀が先刻

窓からのぞいた部屋にまちがいない。

 

古びた寝台に横たわっていたのは

やはり浩であった。

 

 

遠くからは

ただ眠っているかのように見えたが

近づいてみると

尋常じゃない様子がわかった。

 

 

顔が青白くむくんでいて

目の周りは薄く黒ずんでいる。

顔や体に触わってみると驚くほど冷たく

脈をとると今にも止まりそうなほど弱々しい。

耀は心底震え上がった。

 

 

浩は今や死にかけている。

 

 

埃だらけの寂しい部屋で

自分以外の誰にも

看取られることなく死にかけている。

 

 

誰か、誰か助けてくれ。

 

 

浩の手を握りしめ

声にならない声で叫んでいた。

不覚にも涙がこぼれてきそうになった。

 

 

その時、「ここで何をしている」

鋭い声がひびいた。

 

 

あの簡易ベッドに横たわっているのは

浩じゃないか。

 

 

耀は格子を強くにぎりしめた。

確かにあれは浩にまちがいない。

しかし

どうしてここに浩がいるのだろうか。

 

 

自分で入り込んだのか

それとも誰かに連れて来られたのか。

眠っているのか

それとも気を失っているのか。

 

 

ああ、そうか。

そういうことだったのか。

ここはヴァレイ・ホテル。

 

 

伯父さんからもらったリストに載っていた

訪ね先のうちの一つ。

南関に着いていち早く

浩と二人で偵察に訪れた場所だ。

 

 

やはり、あの男、九鬼の仕業だったんだ。

 

 

耀は辺りを見まわしたが

近くに出入りできるようなドアはなかった。

もう一度、部屋の中を確かめようと

顔を窓に近づけたその時。

 

 

室内のドアが開いて

誰かが部屋に入ってきた。

 

 

黒い長袖シャツに黒いスラックスと

全身黒づくめの格好だ。

そのうえ黒いキャップを目深にかぶり

黒いマスクをつけている。

顔は全く見えない。

 

 

その人物は、浩の寝ているベッド

にためらわず近寄った。

そして浩の腕や胸元

体のあちこちに手を当てて

まるで医者が病人の具合を見るように

じっくりと様子を見て

次の瞬間―。

 

 

ビシッ、ビシッ。

 

黒装束は浩の胸元に

鋭い手刀を振りおろした。

狙いを定め、急所と思える箇所を

何度か打突した。

そして、再び手刀を構える。

 

 

「止めろ、止めるんだ」

 

 

耀は思わず大声を出した。

 

 

その人物は耀の方を振り返った。

二人は窓越しにじっと無言で睨み合った。

 

 

黒装束はしばらくためらっていたが

それ以上の打突はあきらめたのか

耀に向かってくることもなく

すみやかにドアから出て行った。

 

耀は呆気にとられた。

 

いったい今、目の前で何があったのか。

あの黒装束は誰だったのか。

浩は大丈夫なのか。

 

しかし耀はすぐに我に返った。

ぼやぼやしている暇はない。

早く浩を助け出さないと。

 

 

今の奴を追いかけて

正体を確かめるのは無理だが

せめて浩はあの地下室から救い出さねば―。