Fort Sumter
大晦日の日中、チャールストン港から出ているフェリーに乗って、入り江のど真ん中に位置するサムター要塞に行ってきました。

1861年4月12日、ここに陣取っていたアンダーソン少佐率いる北軍が、チャールストンを目掛けて砲弾した事から南北戦争が始ったとされています。

港からフェリーで30分ほどのクルーズの後、要塞に到着。そこで先ずはガイドによる説明を受けます。声のよく通るガイドさんで、マイクなしで後ろの方までよく声が届いてました。興味深い話を聞き、あとはそれぞれ勝手に要塞を一回りして来ました。


この要塞、(ほぼ)完成した頃は3階建ての要塞だったですが、34時間の砲撃の末、あっさりと上2階が崩れ落ちてしまったらしく、砲弾の威力を垣間見ることが出来ました。この頃の大砲には弾薬(battery)が込められていたそうで、ただのデッカイ鉄の塊の砲弾とは比べ物にならない破壊力だったそうです。この要塞、立っているだけで南北戦争を疑似体験でき、背筋がゾクゾクしました(汗)

博物館内 アンダーソン少佐が北軍に持ち帰った要塞の国旗
要塞にある博物館内は内容の濃い資料が盛りだくさんで、時間が足りないほどでした。というか、それほど私達は南北戦争を詳しく知らなかった…ってことですかね。頭フル回転でした(笑)
上手く表現できないですが、目からウロコが落ち、アメリカが何故今でも軍事国家でいるのか、そして何故こうも愛国心や戦争にこだわるのか、その理由を知った気がしました。
チャールストンに足を踏み入れたときからアメリカの植民地時代を感じましたが、要塞へ行ったり、港街で生牡蠣やエビをほおばってみると、一気に南北戦争時にタイムスリップした気になりました。
いろいろ感じた3日間でした。

1861年4月12日、ここに陣取っていたアンダーソン少佐率いる北軍が、チャールストンを目掛けて砲弾した事から南北戦争が始ったとされています。

港からフェリーで30分ほどのクルーズの後、要塞に到着。そこで先ずはガイドによる説明を受けます。声のよく通るガイドさんで、マイクなしで後ろの方までよく声が届いてました。興味深い話を聞き、あとはそれぞれ勝手に要塞を一回りして来ました。


この要塞、(ほぼ)完成した頃は3階建ての要塞だったですが、34時間の砲撃の末、あっさりと上2階が崩れ落ちてしまったらしく、砲弾の威力を垣間見ることが出来ました。この頃の大砲には弾薬(battery)が込められていたそうで、ただのデッカイ鉄の塊の砲弾とは比べ物にならない破壊力だったそうです。この要塞、立っているだけで南北戦争を疑似体験でき、背筋がゾクゾクしました(汗)

博物館内 アンダーソン少佐が北軍に持ち帰った要塞の国旗
要塞にある博物館内は内容の濃い資料が盛りだくさんで、時間が足りないほどでした。というか、それほど私達は南北戦争を詳しく知らなかった…ってことですかね。頭フル回転でした(笑)
上手く表現できないですが、目からウロコが落ち、アメリカが何故今でも軍事国家でいるのか、そして何故こうも愛国心や戦争にこだわるのか、その理由を知った気がしました。
チャールストンに足を踏み入れたときからアメリカの植民地時代を感じましたが、要塞へ行ったり、港街で生牡蠣やエビをほおばってみると、一気に南北戦争時にタイムスリップした気になりました。
いろいろ感じた3日間でした。
年越し@Charleston
みなさま、明けましておめでとうございます。今年もどうぞ、この拙いブログをよろしくお願いいたします。
皆さん、良いお年を迎えられましたか?我が家の年越しは食い倒れ旅行となりました。行き先はチャールストン、お隣の州、サウスカロライナの港町でした。

我が家から車で5時間弱で600kmくらいの距離、ニュールンベルグ=ハンブルグ間といった距離ですかね。我が家はドライバーが4人いるので、こういう長距離はとっても快適です(笑)
あちらに到着したのは30日の午後、先ずはホテルにチェックインして、そのあと直ぐにダウンタウンに繰り出しました。年末で観光客が多く、パーキング探しが大変でした。

White point gardens / 南部連合軍を称える石碑
あぁぁ、大砲に乗っかってる…。こういう行為はアメリカではいけないんですよね…。怒られるよ~


チャールストンは小さな半島でして、このWhite point gardens という記念公園は半島の最南端に位置します。ここからどんどんとダウンタウンを目掛けて海沿いを北上しました。写真にあるような有名なサザン・スタイルの家並みが続きます。映画、『風と共に去りぬ』の世界です。街路樹はこれまた大きなパームツリー。独立戦争時の、サウスカロライナの州旗のシンボルにもなっています。
海に面している街並みなのに、数あるハリケーンや地震などからも生き延びているというのは奇跡的なことだと思います。



Water front park
本来は12月でも温暖な気候のはずのサウスカロライナ、この日の夕方は3℃くらいまで気温が落ちていました。寒いし日も暮れてきたので、皆でボーリングに行く事にしました。ボーリング場はどの街にもありますし、道具を持たずに気軽に寄れるので、旅先では便利ですよね。
(※子供用にガターあり。私も何度かコレに助けてもらいました・爆)

2ゲームやってまた繁華街にもどり、遅い夕食をとってからホテルに戻り、ポーカーをやって寝ることにしました。
大晦日に続きます。
歴史に興味がある方は、こちらをご覧下さい。
↓ ↓ ↓
・チャールストン
・南北戦争
皆さん、良いお年を迎えられましたか?我が家の年越しは食い倒れ旅行となりました。行き先はチャールストン、お隣の州、サウスカロライナの港町でした。

我が家から車で5時間弱で600kmくらいの距離、ニュールンベルグ=ハンブルグ間といった距離ですかね。我が家はドライバーが4人いるので、こういう長距離はとっても快適です(笑)
あちらに到着したのは30日の午後、先ずはホテルにチェックインして、そのあと直ぐにダウンタウンに繰り出しました。年末で観光客が多く、パーキング探しが大変でした。

White point gardens / 南部連合軍を称える石碑
あぁぁ、大砲に乗っかってる…。こういう行為はアメリカではいけないんですよね…。怒られるよ~


チャールストンは小さな半島でして、このWhite point gardens という記念公園は半島の最南端に位置します。ここからどんどんとダウンタウンを目掛けて海沿いを北上しました。写真にあるような有名なサザン・スタイルの家並みが続きます。映画、『風と共に去りぬ』の世界です。街路樹はこれまた大きなパームツリー。独立戦争時の、サウスカロライナの州旗のシンボルにもなっています。
海に面している街並みなのに、数あるハリケーンや地震などからも生き延びているというのは奇跡的なことだと思います。



Water front park
本来は12月でも温暖な気候のはずのサウスカロライナ、この日の夕方は3℃くらいまで気温が落ちていました。寒いし日も暮れてきたので、皆でボーリングに行く事にしました。ボーリング場はどの街にもありますし、道具を持たずに気軽に寄れるので、旅先では便利ですよね。
(※子供用にガターあり。私も何度かコレに助けてもらいました・爆)

2ゲームやってまた繁華街にもどり、遅い夕食をとってからホテルに戻り、ポーカーをやって寝ることにしました。
大晦日に続きます。
歴史に興味がある方は、こちらをご覧下さい。
↓ ↓ ↓
・チャールストン
・南北戦争
年賀状
この夏の日本への里帰り。私の母への親孝行の一つとして、実はこんなことをしてきました。それは…
七五三と成人式の3本立て(笑)
① 先ずは、アメリカ移住(5歳の時)で逃した帰国の際にやるはずだった次男の七五三。

② 来年の成人式には日本に帰れそうもないので、長男の成人式。

③ 最後は娘。この子はまだ17歳ですが、私の母が私の目の黒いうちに/あちこち動けるうちにやっておきたいっ!というので、彼女の成人式もやっちゃいました。

長男はこちらから背広をもって行きましたが、袴も着物も、母の友達の着付けの先生のお孫さんのを借りました。髪飾りだけいまふうの大振りのモノを買いました。真夏の七五三に成人式…。暑かったですよ~(笑)
しかし、母の言うとおりに彼女の動けるウチにしておいて正解でした。私だけじゃ、どこで何を頼めば良いのかわからないし、母はお赤飯を頼んでおいてくれて、親戚へ届けたり、お寺さんにも持っていったりしていましたが、しきたりがまるっきり分からない私では使い物にならなかったに違いありません。彼女が『自分が仕切りたかった』という夢をかなえてあげられて、また一つ親孝行が出来ました。
そして、今年の年賀状はコレで行く事にしました(笑)日本の友達にも、海外の友達にも大ウケ間違いなしだと思います(今思うと、なんで私は着物を着なかったんだろう?まぁ、それどころじゃなかったけど。それに色も黒かったし・爆)
↓ ↓ ↓

私達は明日(30日)から出かけます。元旦に帰ってくることになるので、更新は新年になります。
皆さん、良いお年をお迎えください♪ではでは~
七五三と成人式の3本立て(笑)
① 先ずは、アメリカ移住(5歳の時)で逃した帰国の際にやるはずだった次男の七五三。

② 来年の成人式には日本に帰れそうもないので、長男の成人式。

③ 最後は娘。この子はまだ17歳ですが、私の母が私の目の黒いうちに/あちこち動けるうちにやっておきたいっ!というので、彼女の成人式もやっちゃいました。

長男はこちらから背広をもって行きましたが、袴も着物も、母の友達の着付けの先生のお孫さんのを借りました。髪飾りだけいまふうの大振りのモノを買いました。真夏の七五三に成人式…。暑かったですよ~(笑)
しかし、母の言うとおりに彼女の動けるウチにしておいて正解でした。私だけじゃ、どこで何を頼めば良いのかわからないし、母はお赤飯を頼んでおいてくれて、親戚へ届けたり、お寺さんにも持っていったりしていましたが、しきたりがまるっきり分からない私では使い物にならなかったに違いありません。彼女が『自分が仕切りたかった』という夢をかなえてあげられて、また一つ親孝行が出来ました。
そして、今年の年賀状はコレで行く事にしました(笑)日本の友達にも、海外の友達にも大ウケ間違いなしだと思います(今思うと、なんで私は着物を着なかったんだろう?まぁ、それどころじゃなかったけど。それに色も黒かったし・爆)
↓ ↓ ↓

私達は明日(30日)から出かけます。元旦に帰ってくることになるので、更新は新年になります。
皆さん、良いお年をお迎えください♪ではでは~
移民の宿命
来年2010年の夏、私達のビザが切れます。は、早い…、あのドタバタビザ収得劇から早3年が経つんですか…。
で、そろそろ次のビザ、もしくはグリーンカードの必要性が高まってきたのですが、ここへ来てグリーンカードへレッツゴーって感じになってきました。申請してから1年くらい経ったので、あと半年位の辛抱ってことでしょうか。次なる書類提出、ステップ2にあがりました。
先日、家族みんなでパスサイズの写真を各自8枚づつ作ってきました。今日は朝っぱらからイミグレーションオフィス指定の医者に、健康診断に行ってきました。ゾロゾロ5人で(苦笑)
先日この医者を見つけ(※イミグレ指定医は少ないんですよ!たまたまウチから10分くらいの所にありましたが、コレ、遠い人は大変だ~っ)予約を取っておいたのですが、『一人当たり約$150ですから』といわれていて、『受けていない予防注射はこちらで受けられますから』とも付け加えられていました。
今朝9時の予約で、家族全員が呼ばれてやっと個室に通されたのは10時15分。その個室で、今度はナースが来るのを15分待ちました。ま、どこもこんなもんでしょう。
ナース登場。すると、
『今日はツベルクリン反応と、血液採取(HIV検査用)、そして足りていない予防注射をします。健康診断は次回、反応を見せにきたときにDr.××によって行われます。今日はそれだけですから』
・・・・・。
血液採取は一人づつ別の個室に呼ばれ、一人ひとり行われました。5人もいるので、サンプルと書類を間違えないようにでしょうね。まぁacceptableですわ。
娘は打ってない予防注射があったので、ツベルクリンとは別にもう一つ打たれ、そのころは貧血をおこしてしまいました。朝ごはんがトースト一枚だけだったのと、待ち時間が長すぎて水分補給がされていなかったからでしょう。お父さん、オロオロ(爆)父親って…(以下省略)
水を飲め!ってあれほど私が言っていたのに、まったく若い娘は…(以下省略)車から水を持ってきて1本飲ませ、落ち着いたところで血液採取してもらいました。
女はね、丈夫じゃなきゃいけないのよ!あと2年もしたら一人暮らししたいんでしょ?--←私。鬼の母です。
皆無事に終わり、会計へ。一人ひとりの内訳を説明され、合計金額にはビックリしました。
$1.480!
これはunacceptableです…(T_T)
※来週あたま、今度はホンモノの医者による検査がありますが、これは別料金ですから、因みに…。
で、そろそろ次のビザ、もしくはグリーンカードの必要性が高まってきたのですが、ここへ来てグリーンカードへレッツゴーって感じになってきました。申請してから1年くらい経ったので、あと半年位の辛抱ってことでしょうか。次なる書類提出、ステップ2にあがりました。
先日、家族みんなでパスサイズの写真を各自8枚づつ作ってきました。今日は朝っぱらからイミグレーションオフィス指定の医者に、健康診断に行ってきました。ゾロゾロ5人で(苦笑)
先日この医者を見つけ(※イミグレ指定医は少ないんですよ!たまたまウチから10分くらいの所にありましたが、コレ、遠い人は大変だ~っ)予約を取っておいたのですが、『一人当たり約$150ですから』といわれていて、『受けていない予防注射はこちらで受けられますから』とも付け加えられていました。
今朝9時の予約で、家族全員が呼ばれてやっと個室に通されたのは10時15分。その個室で、今度はナースが来るのを15分待ちました。ま、どこもこんなもんでしょう。
ナース登場。すると、
『今日はツベルクリン反応と、血液採取(HIV検査用)、そして足りていない予防注射をします。健康診断は次回、反応を見せにきたときにDr.××によって行われます。今日はそれだけですから』
・・・・・。
血液採取は一人づつ別の個室に呼ばれ、一人ひとり行われました。5人もいるので、サンプルと書類を間違えないようにでしょうね。まぁacceptableですわ。
娘は打ってない予防注射があったので、ツベルクリンとは別にもう一つ打たれ、そのころは貧血をおこしてしまいました。朝ごはんがトースト一枚だけだったのと、待ち時間が長すぎて水分補給がされていなかったからでしょう。お父さん、オロオロ(爆)父親って…(以下省略)
水を飲め!ってあれほど私が言っていたのに、まったく若い娘は…(以下省略)車から水を持ってきて1本飲ませ、落ち着いたところで血液採取してもらいました。
女はね、丈夫じゃなきゃいけないのよ!あと2年もしたら一人暮らししたいんでしょ?--←私。鬼の母です。
皆無事に終わり、会計へ。一人ひとりの内訳を説明され、合計金額にはビックリしました。
$1.480!
これはunacceptableです…(T_T)
※来週あたま、今度はホンモノの医者による検査がありますが、これは別料金ですから、因みに…。
ポーカーナイト
ゲーム好きな我が家。クリスマス前からまたポーカーにハマっています。
数字オタクの次男がメンバーに加わるようになってからは、もっぱら数字にさいころ、そしてトランプを使うゲームをよくします。
先ずはポーカー。

次男が赤ちゃんの頃は、私達が遊ぶチップをいじって(なめて)遊んでいましたが、4歳くらいから仲間に加わるようになりました。筋金入りのギャンブラーです(爆)幼稚園児で早くもポーカーしてましたから…。
始めの頃は、揃ったカードのバリエーションなどは覚えていたものの、彼の好きな「フルハウス」が揃うまでは勝負に出ない!という偏ったプレーヤーでした。まだ手持ちのカードと出されたカードとの駆け引きが出来なかったんだと思います。なのでオールインして負けた後は、もっぱら銀行員と化してチップを配る人になっていました。これで計算が強くなったのかもしれません(笑)
次にハマッたのはrummikub

これも、始めは私達の邪魔ばかりする(チップを隠しちゃう)赤ちゃんでしたが、知らない間に覚えていました。覚え始めた頃は、他の人の出したチップと自分の持ちチップとをミックスすることが出来ませんでしたが、気が付いたら「チャッチャッチャ!」と他の人を煙に撒く子供になっていました。これも彼の数字のツボにがっちりとはまりました。今でも週に一回はやってます。
そしてこの夏辺りから再びハマっているのがコレ↓、yahtzee

コップとさいころが5つあれば出来るシンプルゲームです。飛行機の中でも場所をとらずに出来ますし、ピザを食べに行くときは、ハンドバックに入れて持って行きます。注文を待っている時などの良い暇つぶしになります。なんとギャンブラーな親子なんでしょう(笑)
ドイツに居たとき、友達家族とキャンプやスキーに行ったときなど、これらのゲームをたんまり抱えて持って行き、夜な夜な遊んでいました。因みに大勢で遊ぶと面白いのはコレ↓ アクティヴィティだったな。

このクリスマス休暇中は、毎晩食後にポーカーナイトになっています。最近驚いたのが、次男の成長。カードのバリエーションもフルハウス一辺倒ではなく、ちゃんとストレートやロイヤルストレートなどもそろえられるようになっている事。相変わらずいいカードが手元に来るとニヤけてしまう、もしくはオールインを仕掛けて、皆の手が止まる…ってことをしてますが、ちゃんとバリエーションを考えられるようになってきたんです。
私はどちらかというと、早くゲームを終わらして(故意にしなくても負けちゃうんだけど・爆)台所を片したいので逃げますが、娘は堅実派でじっくり粘って勝つか、いい線行って負けるタイプ。次男はまだまだポーカーフェイスが出来ないから問題外。で、問題は長男と父親。この人たちはポーカーフェイスだから分かんないんだよな~。長男曰く、
お父さんはプレーヤーを引っ張っていってお金を出させ、一気に全部さらっていくタイプ。嫌なヤツだよ…。あの人の手に乗らないようにしないとダメだよ
なんだそうな。
長男は友達とも最近ハマっているらしいですが、ポーカーは永遠に不滅ですね。
これらのゲーム、旅行用のポータブルももっていますが、ポーカーはカードだけ持って行き、チップはグミベアーやm&m'sでも代用出来ますし、なんといっても電池が要らないってのはいいですね。
今晩は夫と私と次男だけの夕食だったので、3人でプレイ。結局次男が勝ちました。今日の彼は運にも恵まれたようです。
ここ数日負けが続いていて、文字通り毎晩泣き寝入りしていたので、今晩はいい夢を見ていることでしょう。。。
数字オタクの次男がメンバーに加わるようになってからは、もっぱら数字にさいころ、そしてトランプを使うゲームをよくします。
先ずはポーカー。

次男が赤ちゃんの頃は、私達が遊ぶチップをいじって(なめて)遊んでいましたが、4歳くらいから仲間に加わるようになりました。筋金入りのギャンブラーです(爆)幼稚園児で早くもポーカーしてましたから…。
始めの頃は、揃ったカードのバリエーションなどは覚えていたものの、彼の好きな「フルハウス」が揃うまでは勝負に出ない!という偏ったプレーヤーでした。まだ手持ちのカードと出されたカードとの駆け引きが出来なかったんだと思います。なのでオールインして負けた後は、もっぱら銀行員と化してチップを配る人になっていました。これで計算が強くなったのかもしれません(笑)
次にハマッたのはrummikub

これも、始めは私達の邪魔ばかりする(チップを隠しちゃう)赤ちゃんでしたが、知らない間に覚えていました。覚え始めた頃は、他の人の出したチップと自分の持ちチップとをミックスすることが出来ませんでしたが、気が付いたら「チャッチャッチャ!」と他の人を煙に撒く子供になっていました。これも彼の数字のツボにがっちりとはまりました。今でも週に一回はやってます。
そしてこの夏辺りから再びハマっているのがコレ↓、yahtzee

コップとさいころが5つあれば出来るシンプルゲームです。飛行機の中でも場所をとらずに出来ますし、ピザを食べに行くときは、ハンドバックに入れて持って行きます。注文を待っている時などの良い暇つぶしになります。なんとギャンブラーな親子なんでしょう(笑)
ドイツに居たとき、友達家族とキャンプやスキーに行ったときなど、これらのゲームをたんまり抱えて持って行き、夜な夜な遊んでいました。因みに大勢で遊ぶと面白いのはコレ↓ アクティヴィティだったな。

このクリスマス休暇中は、毎晩食後にポーカーナイトになっています。最近驚いたのが、次男の成長。カードのバリエーションもフルハウス一辺倒ではなく、ちゃんとストレートやロイヤルストレートなどもそろえられるようになっている事。相変わらずいいカードが手元に来るとニヤけてしまう、もしくはオールインを仕掛けて、皆の手が止まる…ってことをしてますが、ちゃんとバリエーションを考えられるようになってきたんです。
私はどちらかというと、早くゲームを終わらして(故意にしなくても負けちゃうんだけど・爆)台所を片したいので逃げますが、娘は堅実派でじっくり粘って勝つか、いい線行って負けるタイプ。次男はまだまだポーカーフェイスが出来ないから問題外。で、問題は長男と父親。この人たちはポーカーフェイスだから分かんないんだよな~。長男曰く、
お父さんはプレーヤーを引っ張っていってお金を出させ、一気に全部さらっていくタイプ。嫌なヤツだよ…。あの人の手に乗らないようにしないとダメだよ
なんだそうな。
長男は友達とも最近ハマっているらしいですが、ポーカーは永遠に不滅ですね。
これらのゲーム、旅行用のポータブルももっていますが、ポーカーはカードだけ持って行き、チップはグミベアーやm&m'sでも代用出来ますし、なんといっても電池が要らないってのはいいですね。
今晩は夫と私と次男だけの夕食だったので、3人でプレイ。結局次男が勝ちました。今日の彼は運にも恵まれたようです。
ここ数日負けが続いていて、文字通り毎晩泣き寝入りしていたので、今晩はいい夢を見ていることでしょう。。。