流行りにのる
この冬の里帰り。
2月に入ったあたりから、日本の家族や友達から、『覚悟してきなよ。インフルエンザ流行ってるからね』って言われていた。生まれてこのかた、インフルに掛かったことがない私は、この忠告を甘く見ていた。
この度、まんまと日本でインフルエンザに罹った。
成田に到着したのが木曜夕方。成田の『到着』出口で、80過ぎの母が一人で私の帰りを待っていたのを発見したときはびっくりした。近年はシャトルバスで姉と二人でお迎えにくるってことが多かったが、今年は姉の調子が悪くてこれないので、「ママは来なくていいよ!あたしは一人でお気楽に帰るからね!」って言ってあったのに、やっぱり来てたよあの人は。
『そんなこといったって~、これが最後かもしれないしね』とかまたいってた。彼女はとにかく元気だ。あっぱれだ。
金曜は、私の運転で姉と母と3人で近所のデパートへ。私が里帰りしたらまず最初に寄る、小さいころからご贔屓の「和菓子の喫茶」へ。あんみつとお団子、そして磯辺巻き、さらにお土産に桜餅6個と、和菓子のオンパレードで先ずは日本滞在の幕開け。
ついでにデパ地下で好きなものをがーっと購入し、家に戻って母と二人でウチ飲み開始。これで金曜は終わり。
土曜日曜と、連チャンでテニス&食事会へと一日中フラフラ出歩き、連日夜中に帰宅。
月曜の朝、起きたら喉がいたかった。週末、汗だくになってテニスしたことや、遅くまでフラフラしてて、時差ボケも無視して行動してたから疲れたのかな~って思い、この日は近所の散歩だけで、あとはぼけーっと過ごしていた。すると、夜には37度ちょっとの微熱が出てきた。
今回の里帰り、週末の姪の結婚式に出席するというミッションがある私は、風邪は長引かせたくない。ってことで、火曜の朝一番に、歩いて行ける距離にある、初めての医者へとりあえず駆け込んだ。待合室で熱を計ると、既に平熱ではあったが、喉が恐ろしく痛いことを伝えると、「念のため、隣のもう一つの待合室でお待ちください」と、別室へ促された。ここにはインフル患者がわんさかいた。
診察室へ通され、«5日前に日本へ来ました云々»の行動を伝えると、『症状からすると、喉が真っ赤なのでただの風邪かもしれませんが、インフルのテストしてみましょう』と言われ、鼻の穴に長い綿棒を突っ込まれ、グリグリされて涙が止まらなかった。痛いねアレ。
例の別室で待っていると、先生が直々にお見えになり、
『出ちゃいました~~~、残念。折角の里帰りで残念だけど、インフルエンザ陽性、タイプBって出ちゃいました。ま、タイプAもBも同じインフルなんですけどね…。でも、幸い数値がかなり低いので、これは予防接種を受けていたからでしょうね。よかったですね~~』
って、いやに明るい先生だった。
『インフルエンザは、熱がある間はもちろん、下がっても3、4日は移るので、絶対に人に会わないでくださいね』
って事だった。熱はこの日も上がらなかったが、喉がとにかく痛くて困った。私は滅多に風邪をひかないが、引くと必ず喉をやられ、何回か咽頭炎になって声が数日まったくでないってことがあったので、今回もそれが一番怖かったが、幸いそれは免れた。
薬って、いまはタミフルじゃなくて、イナビルっていう小さなインヘイラーみたいなヤツで、粒子を口から吸いこむって代物で、一度に2つ吸っておしまい。これで終わり?ほんとに効くの?ってくらい簡単なものだった。
週末の結婚式にはギリギリまにあった。一番心配だったのは、始終一緒に居た母だったが、あのひと、全然大丈夫だった!私は寝てる間もずーっとマスクしてたし、手洗いも必ずしていたけど、食事は母と隣同士でTV見ながらずーっと一緒。今回はやばいな~~って思ってたけど、母曰く『大丈夫よ~私は風邪ひかないの~~』って、根拠のない自信。よくわからないけど、私をちょろっと見舞い(見物?)にきた姉も兄も、全然平気だった。
やはり、普段からあらゆる雑菌と共存している彼らと、アメリカの田舎のきれいな空気&混雑したところには行かない生活をしている私とは、免疫がまったく違うんだと思った。
以前は予防接種を受けたことなかったんだけど、数年前から、毎年10月ごろに婦人科検診を受けていて、その度に『ついでにFlu shot受けていく?』って言われるから打ってもらっていた…って事なんだけど、今回はこれに救われた~。まともにインフルに掛かってたら、結婚式にでられないどころか、まだまだ足止め食っていて、アメリカに帰れなかったかもしれない。
予防接種のおかげで、微熱が一晩だけだったし、ちょっとふらつきはあったものの、身体のだるさもなく、ただただ喉が痛いだけだったのは、不幸中の幸いだった。
ただ、2週間の滞在中、ほぼ半分を無駄にしてしまったので、最後の数日は忙しかった。去年の秋に思う存分行動したので、今回は余り予定していなかったけど、それでも幾つか行きたいところはあったし、会いたい人もいた。幼馴染みには、『ちょっとまった!オレはいまインフルなんかに掛かっている場合じゃない!ほんとに大丈夫になってから連絡して!』ってことで、私の帰国2日前にやっと合えた次第。私もマスクしていったけど、あいつもマスクしてきてた。スイマセンね~
このマスク。今回の騒動で、マスクの大ファンになってしまった。あれってきもちいいね!病みつきになって、治ってからも日本では公共の乗り物に乗るときはずーっとしてた。以前は不気味…って思ってたけど、あれはすぐれものだ。いままであんなに汚い空気平気で吸っていた自分が恐ろしくさえ思えた。
難点は、きれいなカッコしてマスクをして歩くってのは、やはり見た目良くないなって事かな。地元だからOKって感じだったけど、ちょっと不思議な体験だった。
とにかく!2月の里帰りは危険って事で、母にも『頼むからお葬式は秋にして。2月は嫌だ。お風呂場も寒いし、インフルも困る・・・』ってお願いしてきた。
こんなアクシデントはあったが、やはり久しぶりの日本は楽しかった。
家族も友達も、皆さん時間を作って私とあってくれてありがとうございました。楽しい里帰りでした。
2月に入ったあたりから、日本の家族や友達から、『覚悟してきなよ。インフルエンザ流行ってるからね』って言われていた。生まれてこのかた、インフルに掛かったことがない私は、この忠告を甘く見ていた。
この度、まんまと日本でインフルエンザに罹った。
成田に到着したのが木曜夕方。成田の『到着』出口で、80過ぎの母が一人で私の帰りを待っていたのを発見したときはびっくりした。近年はシャトルバスで姉と二人でお迎えにくるってことが多かったが、今年は姉の調子が悪くてこれないので、「ママは来なくていいよ!あたしは一人でお気楽に帰るからね!」って言ってあったのに、やっぱり来てたよあの人は。
『そんなこといったって~、これが最後かもしれないしね』とかまたいってた。彼女はとにかく元気だ。あっぱれだ。
金曜は、私の運転で姉と母と3人で近所のデパートへ。私が里帰りしたらまず最初に寄る、小さいころからご贔屓の「和菓子の喫茶」へ。あんみつとお団子、そして磯辺巻き、さらにお土産に桜餅6個と、和菓子のオンパレードで先ずは日本滞在の幕開け。
ついでにデパ地下で好きなものをがーっと購入し、家に戻って母と二人でウチ飲み開始。これで金曜は終わり。
土曜日曜と、連チャンでテニス&食事会へと一日中フラフラ出歩き、連日夜中に帰宅。
月曜の朝、起きたら喉がいたかった。週末、汗だくになってテニスしたことや、遅くまでフラフラしてて、時差ボケも無視して行動してたから疲れたのかな~って思い、この日は近所の散歩だけで、あとはぼけーっと過ごしていた。すると、夜には37度ちょっとの微熱が出てきた。
今回の里帰り、週末の姪の結婚式に出席するというミッションがある私は、風邪は長引かせたくない。ってことで、火曜の朝一番に、歩いて行ける距離にある、初めての医者へとりあえず駆け込んだ。待合室で熱を計ると、既に平熱ではあったが、喉が恐ろしく痛いことを伝えると、「念のため、隣のもう一つの待合室でお待ちください」と、別室へ促された。ここにはインフル患者がわんさかいた。
診察室へ通され、«5日前に日本へ来ました云々»の行動を伝えると、『症状からすると、喉が真っ赤なのでただの風邪かもしれませんが、インフルのテストしてみましょう』と言われ、鼻の穴に長い綿棒を突っ込まれ、グリグリされて涙が止まらなかった。痛いねアレ。
例の別室で待っていると、先生が直々にお見えになり、
『出ちゃいました~~~、残念。折角の里帰りで残念だけど、インフルエンザ陽性、タイプBって出ちゃいました。ま、タイプAもBも同じインフルなんですけどね…。でも、幸い数値がかなり低いので、これは予防接種を受けていたからでしょうね。よかったですね~~』
って、いやに明るい先生だった。
『インフルエンザは、熱がある間はもちろん、下がっても3、4日は移るので、絶対に人に会わないでくださいね』
って事だった。熱はこの日も上がらなかったが、喉がとにかく痛くて困った。私は滅多に風邪をひかないが、引くと必ず喉をやられ、何回か咽頭炎になって声が数日まったくでないってことがあったので、今回もそれが一番怖かったが、幸いそれは免れた。
薬って、いまはタミフルじゃなくて、イナビルっていう小さなインヘイラーみたいなヤツで、粒子を口から吸いこむって代物で、一度に2つ吸っておしまい。これで終わり?ほんとに効くの?ってくらい簡単なものだった。
週末の結婚式にはギリギリまにあった。一番心配だったのは、始終一緒に居た母だったが、あのひと、全然大丈夫だった!私は寝てる間もずーっとマスクしてたし、手洗いも必ずしていたけど、食事は母と隣同士でTV見ながらずーっと一緒。今回はやばいな~~って思ってたけど、母曰く『大丈夫よ~私は風邪ひかないの~~』って、根拠のない自信。よくわからないけど、私をちょろっと見舞い(見物?)にきた姉も兄も、全然平気だった。
やはり、普段からあらゆる雑菌と共存している彼らと、アメリカの田舎のきれいな空気&混雑したところには行かない生活をしている私とは、免疫がまったく違うんだと思った。
以前は予防接種を受けたことなかったんだけど、数年前から、毎年10月ごろに婦人科検診を受けていて、その度に『ついでにFlu shot受けていく?』って言われるから打ってもらっていた…って事なんだけど、今回はこれに救われた~。まともにインフルに掛かってたら、結婚式にでられないどころか、まだまだ足止め食っていて、アメリカに帰れなかったかもしれない。
予防接種のおかげで、微熱が一晩だけだったし、ちょっとふらつきはあったものの、身体のだるさもなく、ただただ喉が痛いだけだったのは、不幸中の幸いだった。
ただ、2週間の滞在中、ほぼ半分を無駄にしてしまったので、最後の数日は忙しかった。去年の秋に思う存分行動したので、今回は余り予定していなかったけど、それでも幾つか行きたいところはあったし、会いたい人もいた。幼馴染みには、『ちょっとまった!オレはいまインフルなんかに掛かっている場合じゃない!ほんとに大丈夫になってから連絡して!』ってことで、私の帰国2日前にやっと合えた次第。私もマスクしていったけど、あいつもマスクしてきてた。スイマセンね~
このマスク。今回の騒動で、マスクの大ファンになってしまった。あれってきもちいいね!病みつきになって、治ってからも日本では公共の乗り物に乗るときはずーっとしてた。以前は不気味…って思ってたけど、あれはすぐれものだ。いままであんなに汚い空気平気で吸っていた自分が恐ろしくさえ思えた。
難点は、きれいなカッコしてマスクをして歩くってのは、やはり見た目良くないなって事かな。地元だからOKって感じだったけど、ちょっと不思議な体験だった。
とにかく!2月の里帰りは危険って事で、母にも『頼むからお葬式は秋にして。2月は嫌だ。お風呂場も寒いし、インフルも困る・・・』ってお願いしてきた。
こんなアクシデントはあったが、やはり久しぶりの日本は楽しかった。
家族も友達も、皆さん時間を作って私とあってくれてありがとうございました。楽しい里帰りでした。
学校選び、更に難航
引き続き、次男の学校選び難航中。
私が2週間日本へ行っている間に、彼が申し込んでいた学校の合否通知があった。
※(合否通知と言っても、試験をしたわけでなく、郡内の学校に通っている子はキンダー時代から横つながりで成績が管理されている為、申込をした時点で学校はその子のすべてを知ることができ、2週間の審査の上で合否が決まる)
次男はミドルスクールで進学校に通っていた為かは知らないが、この希望のハイスクールへ合格との通知が届いた。
喜ぶべきはずなのに、次男は『やっぱり地元の学校に行きたい』って言い出した。
あの子は『じっくり考える』って事ができないから、わざわざ受けた学校が受かった途端、『やっぱり近所の友達と同じ学校に行きたい。ママはミドルスクールを頑張れば、高校はどこへいっても良いって言ったじゃないか』って、案の定楽な方へ気持ちが動き出してしまった。
私とオットも、アカデミックな事に関しては、どこの学校にいっても同じだろうと思っている。現に、長男と長女は同じハイスクールに通ったが、成績はまるっきり違う子だったし、どこの学校でも成果を出せる子と、そうでない子がいるのは実体験済みだ。
だからこそ、次男には『環境』を整えてあげたいのだ。地元の学校にいったら、ゆるゆるで、あの子みたいにソーシャル命の子には誘惑が多すぎる。受かったほうの学校は、放課後のクラブ活動が充実しているのと、最後の2年間が普通の学校とは違って、一気に加速する仕組みになっている。このカリキュラムが魅力で受けたわけだ。
目先の楽しさに浮かれている次男を、説得ではなく、納得させて進学校へ通わせる方法はないかと、オットと私は今試行錯誤の真っ最中である。
この2週間で、高校の選択科目を選ばなくてはいけないところまで来てしまい、ちょっと焦りがでてきた。3月は我が家に人の出入りが多く、落ち着かなくなる前になんとか決めないといけない。
今が正念場。
私が2週間日本へ行っている間に、彼が申し込んでいた学校の合否通知があった。
※(合否通知と言っても、試験をしたわけでなく、郡内の学校に通っている子はキンダー時代から横つながりで成績が管理されている為、申込をした時点で学校はその子のすべてを知ることができ、2週間の審査の上で合否が決まる)
次男はミドルスクールで進学校に通っていた為かは知らないが、この希望のハイスクールへ合格との通知が届いた。
喜ぶべきはずなのに、次男は『やっぱり地元の学校に行きたい』って言い出した。
あの子は『じっくり考える』って事ができないから、わざわざ受けた学校が受かった途端、『やっぱり近所の友達と同じ学校に行きたい。ママはミドルスクールを頑張れば、高校はどこへいっても良いって言ったじゃないか』って、案の定楽な方へ気持ちが動き出してしまった。
私とオットも、アカデミックな事に関しては、どこの学校にいっても同じだろうと思っている。現に、長男と長女は同じハイスクールに通ったが、成績はまるっきり違う子だったし、どこの学校でも成果を出せる子と、そうでない子がいるのは実体験済みだ。
だからこそ、次男には『環境』を整えてあげたいのだ。地元の学校にいったら、ゆるゆるで、あの子みたいにソーシャル命の子には誘惑が多すぎる。受かったほうの学校は、放課後のクラブ活動が充実しているのと、最後の2年間が普通の学校とは違って、一気に加速する仕組みになっている。このカリキュラムが魅力で受けたわけだ。
目先の楽しさに浮かれている次男を、説得ではなく、納得させて進学校へ通わせる方法はないかと、オットと私は今試行錯誤の真っ最中である。
この2週間で、高校の選択科目を選ばなくてはいけないところまで来てしまい、ちょっと焦りがでてきた。3月は我が家に人の出入りが多く、落ち着かなくなる前になんとか決めないといけない。
今が正念場。
映画のちから
Spotlight が今年のBest picture をとった。
マーク・ラファロがbest supporting actor を取れなかったのは残念だが、ジャーナリズムの力が認められ、最優秀映画にSpotlight が選ばれたのは素晴らしい。
ショウの初めから、「今年は黒人のノミネートがひとつもない!」って執拗に司会のクリス・ロックが言っていて辟易してしまったが、レオナルド・ディカプリオにBest Actor が渡され、これで世界中の彼のファンが落ち着いた事や、サム・スミスが最優秀映画音楽を貰ったりと、満遍なく評価が行き渡ったんじゃなかろうか。
ひとつ、best supporting actress のアリシア・ヴィキャンデル。彼女が賞を貰ったのはよくわらない。彼女は去年、映画に出まくった。ちょい役からメインまで、「え?これにも出てるの?」ってくらい出まくっていた。
まだ若いから、ゆっくりと育ててあげればいいのにって、余計なおせっかい。
+++++++
今日はEddie The Eagle を観た。
去年は沢山の映画を観て、感動したり涙したが、今日の映画はホント久しぶりに始終胸が熱く、所々で涙がボロボロこぼれてきた。
こんなに感情移入して、暖かい気持ちになったのは久しぶりだ。
Eddie The Eagle。カルガリーオリンピックで一世を風靡したお騒がせの彼の、決して諦めなかった強い思いにただただ感動した。
この感動を忘れないようにブログに認める。
早くも日常へ引き戻される
昨日夜8時ごろ、アメリカの家に戻った。
トルネード警報発令のせいで、DCで1時間ほど飛行機の中で足止めくらったけど、ふっと寝落ちしている間にすでに機上の人になっていて、もうすぐ着陸ってタイミングで目が覚めた。
午後の悪天候を見越して学校は3時間早くクローズしたらしく、次男はリンがバス停まで迎えに行ってくれたそうだ。ありがたや~
今朝はいつも通りに起きて、次男をバス停まで送り、朝ごはんしてから8:30のフィジカルセラピーに行き、その後続けてリンとお茶しに行った。家にいたら寝ちゃうからね。
スーパーに買い物へ行き、家に戻りマフィンを焼き、夕飯を作り、次男のお迎えの時間になった。戻ってからも家事をこなし、夕方5:30に家を出て、今は次男のスイミングの付き添い最中。
サイクリングを20分で切り上げ、スチームサウナでだらだらし、シャワーしたら眠気が吹っ飛んだ。
時差ぼけ解消には動き回るのが一番だ。これで家に帰って夕飯食べたら寝るゾ。
「明日はもう金曜日だ、何しようかー?!」ってオットに聞いたら苦笑いされた。「あんたはお気楽でいいね」ってことなんだろう。
確かに。
