Is that it??? - Air Canada 航空券リファンド手続き完了
去年4月、NYCであるはずだった娘の結婚式をかわぎりに、この一年強の間にあらゆる旅行をキャンセルし、その都度航空券やホテル、airbnbなどがすべて返金されてきていた、Air Canada を除いては。
Deltaなどのアメリカのエアラインはどこも一律規定で決まってて、パンデミックが理由でキャンセルされた便はすべて返金が保証されていたが、なんとカナダはそういった規定がなく、去年4月に6月のフライトがキャンセルされた時点では「バウチャー発行、向こう2年間有効」って塩対応だった。2022年までにアイスランドなんていけねーよって思ったし、まぁそれまでに法律が確立されて、カナダでも返金されるんじゃないかなって思ってた。
そしたら案の定、先日『あなたの購入した航空券は返金可能となりました。手続きしてください』ってメールがきた。- やっぱりね
昨今急に航空券の値上がりが始まったんだけど、ってことは、航空会社もはした金のバウチャーを顧客に与えるより、さっさと全額返金して、新たに高い航空券を買ってもらった方が儲かるよねー
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しかしだ、そうは簡単にリファンド操作はできなかった。メールにある「Click here !」みたいなところからウェブサイトに飛んで申請をすすめても、「あなたのチケットは無効、もしくは既に運航キャンセルされている確率があります」って、あたりまえでしょ、去年6月のフライトなんだから。それ以上まったく進まない。
チャットも始めたけど、振り分け段階のAIチャットで変な手続きに回されそうだったから、電話で話したかった。なかなか時間が取れなくて、やっとさっき電話にたどり着いた。はぁ
で、15分くらい待ってナマのオペレーターが現れた。さすがエアーカナダ、担当はフランス語訛ごっついおっさんだった。インド訛のオペレーターもつらいけど、フランス訛のやる気ない横柄なおっさんも辛いものがあった。
私 「かくかくしかじか、ネットではできなかったので、リファンド手続きのヘルプをしてください
おっさん「ではbooking referance number をください」 ← すっごいつっけんどん。久しぶりの不愛想なオペレーター(^^;)
私 「UQXXXELです」
おっさん{名前は?」
私 「XXXXXです」
おっさん「はい、クレジットカード会社に返金手続きしました。1週間くらいたったら明細みてください」
私 「は?それだけですか?あ、ちょっとまってください、あと2つチケットがあるんです」
おっさん「ではBooking referance number をください」
以下同上x2回
私 「ありがとうございました」
おっさん 「Thank you very much 」
だけ。That's it! Das ALLES!!!
普通もうちょっとあかるくさ、マニュアル通りに「ほかになにかご要望はございませんか?」みたいにくるでしょうに、がっちゃんと切られておしまい。しかしだ、こうして3つのチケットリファンドのプロセスを踏んでいる傍から、おっさんからちゃんと続々とConfirmation メールが入ってきた。
なんか不思議~~、カナダって、フランスって、こんなに味気ない対応で終わりなの?ドイツだってもうちょっとふくらみがあると思うけどな、久々に味気ないカスタマーサービスを体験した。
確認メールが来たんだからちゃんと返金されることでしょう。$2000近く戻ってくる♪ なんか嬉しい(;^_^A
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ってことで、メールから促されたやり方だと何度やっても埒が明かないプロセスだったけど、電話で一発解決できたって話。
あーすっきりした!!!
じわじわと
娘はそろそろ出産準備にとりかかってる...らしい。
私の方も自分やオットのテニス(※ 彼らはプレイオフにも勝ったので次は州チャンピオンシップへ駒を進めた)があってとにかく忙しくて、先週末にやっと気持ち的に落ち着いたので、娘にテキストしてみた。
私 『そろそろベビーカーを買おうと思ってるから、どれがいいかリンク送って』と。すると速攻返事があって、『タッチの差!なんと今日定期健診の帰りに買って帰って来たんだよ!ついでだからカーシートも買っちゃった』と。
ってことで、私達からはCrib(ベビーベッド)を買う事に。で、Pottery Barn でご所望の品をポチったんだけど、なんとデリバリーは出産予定日2週間前!ちゃんと予定日守らないと赤ちゃん寝るところないよって言っといた(;^_^A
なんでも、パンデミックで家具などの製造ラインもストップしてたし、デリバリーのドライバー不足も深刻らしい。要は、救済金貰ってるから仕事になかなか戻ってこない...って話らしい。家やキッチンのリフォーム系も、需要が高まってるのに大工さんの人手不足って💢
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昨日は娘が買い物帰りにウチに寄った。『私が小さい時にもってた人形とかまだある?今週のペアレンツクラス(Zoom)で、スワドルの使いかた講義があるんで使うんだけど』って理由で。赤ちゃんは女の子ってわかった時、既に娘のおもちゃ関係はキレイにして箱詰めしてあったんだけど、ウチでは見つからなかった。あれ?もしかして既に新居に持たせていたかもしれないから探してみ!って言ったら、やっぱり家に会ったと。
「みつかった!」ってビデオ送ってきた。
これ、義母が買ってくれたお人形だ。足を押すと音声が出るって私はすっかり忘れてたけど、娘は覚えていたらしい!27年ぶりに蘇った。
☆ デンマークの子守歌
じわじわと『子供が生まれるんだ~』って感じがしてきた。
それでもまだ「孫だよ」との実感はまったくないんだけど(苦笑)
life is good
ウチの方は木曜から真夏日だ。
昨日は朝コーヒーの前に散歩に行ったけど、それでも既に18度くらいあった。
いつものウィンターたちも、そのお向かいに住むバンジョーも外にでていなかった。そしたら道端でプロテスト
動かない😅
みんないないし僕も家帰りますって
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暑いので、散歩もbusiness ウンチが終わったらさっさと日陰を通って家へ戻り、裏庭ですこし遊んで運動はお終い。後はこうして家の中とポーチを開けっぱなしにしてあるので、出たり入ったりして、裏庭の警備したり寝そべったりしてる。
Life is good
I was angry, I was mad
春季リーグのラストマッチがホームだったので、終わってからそのまま向かいにあるゴルフ場のクラブハウスに移動し、時間のある人たちでランチした。まったく優雅な話で、昼間っからビールで乾杯🍺🍺
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試合には何人かクラブ内の他のチームの人も見にきてくれていて。その中にジュリーがいた。彼女は3年前にステージ3の乳がんが分かり、治療して手術して2019年には《cancer free》 と言われていた。彼女は5人子供がいて、私と彼女の娘が高校のテニスクラブが一緒で知り合った。
ジュリーは去年初め、コロナの闇がヒタヒタと近づいてきた時に頭痛が気になっていた。定期健診まえだけど主治医に診てもらったが、別に悪いところは発見されなかった。それでも腑に落ちなくて医者を変えてみたら、そこで初めて頭のMRIを撮られ、なんとガンが脳に転移していたことが発覚。直ちに手術し、化学療法も初め、いまでも他の治療は続いていると。新しい医者で言われたことは、『今後Cancer free になる事は無い。乳がんの手術後に定期健診をマメにしていたそうだが、脳の検査をしていなかった事が悔やまれる。癌細胞は身体中どこへでも転移するのは医者の誰もが知っている事』.。ジュリーは、
「I was angry, I was mad. 医者の忠告通りに検査も受けてたのにこの結果。何度も医者を憎んだし、自分に腹が立ってしょうがなかった』と。
そんな中の救いは彼女の二番目の娘が妊娠し、去年のクリスマス前に孫が生まれたこと。J曰く、「私は死ねなかったわ、腹を立てて後悔してる場合じゃなかったの。生きなくちゃって必死だった。おかげてR(娘)が孫を生んでくれて、いまじゃ孫も5か月になったのよ!』って、写真をたくさん見せてくれた。こう話す彼女はほんとに吹っ切れた、良い顔をしてた。
ただ彼女たちにはもう一つ試練があった。なんと、R が妊娠中、まだ20代の彼女の旦那さんにもガンが発見され、手術して今に至っているのだ。初期で発見されたからすでにcancer freeになってるけど、これからも心配の種は尽きないと。この話は私の娘からも聞かされていたんだけど。
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今回のランチは、この日の私のダブルスペアだったRが彼女を誘ったから実現した。Rはこのコロナ禍中は毎日ジュリーに電話して他愛のない話をして様子伺いしていたそうだ。最近やっと皆がワクチン接種し終わったから、テニス見においでよ!そしてそのあと一緒に外でランチしようって誘ったらしい。ジュリーに、『SchatziとRのダブルス観てたわよ、とっても楽しかった。観てたらワクワクしてまたテニスしたいなってほんと久しぶりに思ったわ!』って言ってくれた。
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この時も感じたけど、ジュリーを特別扱いしない皆の話し方がとても素晴らしいと思った。彼女の見かけがかなり変わってしまって、きっと先が長くないと誰もが感じただろうけど、だからって腫れ物に触るようなよそよそしい話し方じゃなくて、フツーにバカな話してゲラゲラ笑ったり、世間話をするように治療の経過を聞き出したり、かと思えばこちら側も自分たちの家族や知り合いのがん患者の経験談を話したりと、ほんとにフツーでほんわかとした空気に包まれているのを感じた。でもコレ、フツーに話している風なんだけど、実は皆神経使って言葉を選んでいるに違いなとも思った。ジョークを飛ばしながら、且つ、思慮深い人たちなんだなってつくづく感心したし、英語での話し方の勉強になった。
私はもう一度Jに会えるんだろうか。温和な彼女が言った I was angry, I was mad ってフレーズが忘れられない。
彼女がテニスコートに戻ることはないかもしれないけど、それでも一日でも長く生きていてもらいたい。






