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砂場

本の感想と日記。些細なことを忘れないように記す。

ハーモニー (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)
伊藤 計劃
早川書房
売り上げランキング: 46706


ディストピア小説だが、従来の大きな権力を持った超管理社会ではなく、フーコーが唱える「生・権力」が人類を支配した、超福祉国家社会になっている。人々には健全で健康な生活が完璧に保障されているが(一部辺境のみは内戦状態の部分がある)、その健全で健康な生活から逸脱することは世間の「空気」によって許されない状態になっている。精神状態ですら適切なカウンセリングによって安定させるのが常識。そんな世界に違和感をおぼえるカリスマ性を持ったミァハとその友人で主人公のトァンを中心に物語が展開する。

食生活まで最適化され、誰もが同じ体型であり、精神的にも健康で画一的な人間ばかりの世界。そんな世界に反感を持つミァハにとっては「健康」は「不自由」であり、「不健康」こそが「自由」になる。そして「自由」とは何かという問いが、そのまま「生きる」ことの意味に直結していく。自分という存在は「わたし」のためにあるのか、「みんな」のためなのか。世界を極限の状況に突き落とすことで、この物語は現代社会の歪を暴き出していく。喫煙は自由? 肥満は自由? カフェインは自由? 自殺は自由? 売春は自由? ニートは自由? トラウマは自由? 病気は自由? 生きることは自由? 

快適に生きる権利が拡大していくと同時に、知らないうちに失われていくものはいったい何なのか。何度も問いかけられる「自由」というテーマに、藤原新也がインドで言った「人間は犬に食われるほど自由だ」という言葉を思いだした。どこまでも世界を過酷な状況に追い込んでいくアクロバティックな展開に「デビルマン」を彷彿とさせる。

著者は一昨年のデビュー作『虐殺機関』を読んで、次回作も読もうとチェックをしていた作家だった。『ハーモニー』は全作を超える内容だと思う。これからも、ずっと追いかけたかったから、今年の3月に癌で亡くなったと聞いてとてもショックだった。好きな作家さんばかり亡くなっていく。星雲賞受賞、おめでとうございます。ご冥福をお祈りします。
どこから行っても遠い町
川上 弘美
新潮社
売り上げランキング: 71167

連作短編集。はじめて川上弘美を読んだ。現在活躍中の女性作家の中でもトップクラスの書き手だとハードルを上げて読んだにもかかわらず、期待を超える面白さ。日常風景の切り取りかたや人物造形の上手さも見事だが、書くことと書かない部分のバランスが絶妙だなと思う。

商店街を中心とした昭和のにおいがする町。生活感のある日常を背景として、老若男女それぞれが自らの人生を歩んでいる。短編ごとに背景と前景が入れ替わりながら、登場人物たちはそれぞれ悩みを抱えながら生きている。安易なストーリーに回収されることなく、地に足をつけて答えのない日常に踏みとどまる姿が、深い余韻を残す。

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イタロ カルヴィーノ
河出書房新社
売り上げランキング: 103472

このタイトルをみてイタロ・カルヴィーノ『見えない都市』を思い出した。この本の中でペンテシレアという都市が紹介される。その場所を探しても「ここだ」「もっとむこうだ」「反対側だ」などと、誰もがバラバラの方向を指差し、決してたどり着くことのできない都市。『どこから行っても遠い町』の主人公たちは、今自分がいる場所はどこか居心地が悪くて、でも求める場所にはなかなか辿りつけなくて、町を遠めに眺めて立ち止まって自らを振り返る。誰もがペンテシレアを探して彷徨っているような、そんな物語のようにも思えた。誰もがそこにいながら、けれどそこはいつも遠い。
僕がレジの後ろで作業をしていると
サングラスをかけた、ちょっと怖そうな50代男性が声をかけてくる。

「にいちゃん、トムジェリのDVDはどこや」
「……あ、トムとジェリーのDVDですね、少々お待ちください」
(レジ横のDVDコーナーを調べる)
「売り切れていますので、取り寄せになりますね」
「3巻はでてんのか?」
「いえ、3巻は発売していません」
「じゃあええわ、1と2は持ってるからな」

発売と同時に飛ぶように売れた今年のベストセラーだけあって、幅広い人たちに浸透している模様。
「と」と「ー」しか省略されていない「トムジェリ」という略し方を始めて聞いた。

トムとジェリー DVD BOX (DVD付)
そろそろ本屋大賞に向けての読書を開始する。まずはモリミー!

宵山万華鏡
宵山万華鏡
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森見 登美彦
集英社
売り上げランキング: 11513

宵山を舞台とした連作短編集。日常のなかにある祭りという非日常。6編がそれぞれ対になっているが、視点を変えた単純な裏表ではなく、全体も複雑に絡み合っているところが万華鏡的。ここでは幻想的な世界と現実とが混じりあっていて、人ごみの中をスイスイと走り回る不思議な赤い浴衣女の子たちが深く印象に残る。

万華鏡をクルクル回しているかのような物語。見えなかったものが見えてきて、見えていたものが消えていく。また見えていたものも、角度を変えるとまったく違ったものになる。幻想と現実、表舞台と裏舞台、現在と過去、不安と寂しさ、喜びと怒り、美しさと恐ろしさ、金魚と風鈴。様々なものがクルクルと入り混じる。

いつものバカバカしさはちょっと抑え目になっているが、こういう落ち着いた森見作品も好きだ。やっぱり森見は勢いだけじゃなくて、小説がほんとに上手い。
アンビエント・ドライヴァー THE AMBIENT DRIVER (マーブルブックス)
細野 晴臣
マーブルトロン
売り上げランキング: 196254

エッセイ集。細野さんが日々思うことを綴った内容だが、全体を通してアンビエントとネイティブ・アメリカンがキーワードになる。

前回読んだ『分福茶釜』では唐突に飲尿療法の素晴らしさを語りだして僕の度肝を抜いたが、今回も横尾忠則氏といっしょにUFOをみた話がでてくるなど、おちおち寝転がって読んでいられない。宇宙人らしき謎の人物を目撃して友人に聞いたら「あの人は仏陀だ」と言っていた、というくだりは目を疑って数回読み直した。

といっても内容のほとんどは音楽がらみの話で、アンビエント音楽から、ネイティブ・アメリカンの思想に繋げて、そこから自分を見つめなおすというもの。アンビエントというと僕の中では、ゆったりしたテクノみたいなイメージだったが、どうやらもっとライフスタイルに直結したジャンルのようで「ロックな生き方」みたいに「アンビエントな生き方」があるようだ。

『レイム・ディアー』を書いたネイティブ・アメリカンはなじみの木の所に行って過ごすのが、自分にとっての特別で、豊かな時間だと書いていた。木に抱きつくのかと思ったら、木に背中を当てて二、三時間過ごすのだという。僕も木と一緒に過ごすのなら、抱きつくよりも寄りかかっていたいなぁと思う。正面で向き合うのとは違う、背後の感覚というものを忘れてはいけないような気がしている。P45


僕は基本的にスピリチュアルブームには違和感を覚えているけど、この引用部分はいいなと思った。何かの教えを説くのではなく、その理想と現実の距離に戸惑いながら、自分の居場所を確かめていく姿勢。そんな生きている言葉が、巷の自己啓発書なんかより、すっと胸に入ってくる。