雨は嫌い


理由もなくため息が漏れる


後ろ向きにしか物事を考えられなくなる


ずっとそう思って雨の日を嫌っていた



彼は言った


雨の日には傘をさして歩いてみればいい


今しかできないことを楽しめばいい



この人はこうやって生きてきたのだと思った


自分に向かってくるいろいろなことに


こうやって向かい合って進んできたのだと




彼は言った


もうダメかと思ったところからが 勝負



この言葉にはハッとさせられた


そしてこの言葉をいつも忘れずにいたいと思う


たくさんの場面で力をくれる


私なりの解釈だけど・・



こういうことなのかと思う


音楽が救ってくれた・・って




「こんにちは~。」


「いらっしゃい。


のぞみちゃん、そんなところに立ってないで中に、中に・・。」


「『のぞみちゃん』は恥ずかしいって言ってるのに・・。」


陸がのぞみの後ろから顔を出す。


「あれっ、陸じゃないか。


お前、陸だろ??


何年経っても変わらないな。」


「オヤジ、それって俺が進歩してないみたいじゃないか。」


笑いながらそう言う。


「いつものでいいんだろ?」


「ああ。」


あの頃と同じように鉄板の正面に座りながら店の中を見回す。


時々は自分でお好み焼きを焼いて食べることもあった。


今更ながらにあの頃が楽しかったと感じさせられた。


くたくたになるほどグランドを走った。


毎日が同じことの繰り返しのようだと思いながら、それに不安は全くなかった。


「先輩、さっきは、ありがとうございました。」


サッカー部の連中のほとんどがそこにいた。


「こっちこそ、楽しかったよ。」


店の主人はあの頃からそうだった。


口は少々悪いが中身はとても良い人で、食べ盛りのサッカー部員達に、安い料金で満腹になるボリュームのあるお好み焼きを食べさせてくれた。


そして、『陸』そう呼んだ。


『三上君』・『のぞみちゃん』・そして『陸』。


「なんで俺だけ『陸』なんだよ。」


「俺のことだって、『オヤジ』じゃないか。


三上君やのぞみちゃんは『オヤジさん』って呼ぶんだ。


やっぱり相手に合わせるってことも大事だろ。」


こんな会話が自然に続いていた。


どうでも良いことをとても楽しそうに。


「あれっ、三上君は一緒じゃないのね。」


この人が支えているからこの店はここにこうして在るのだと一目見てわかる。


少しぽっちゃりしている程度だった体型は8年経った今、もう少しぽっちゃりしてドラム缶に似てきた。


お好み焼き屋のお母ちゃんが、ますます板に付いてきたようだ。


若い頃は、それはそれは美人だったのだといつも口にしていた。


主人もそうだそうだと言う顔をしながら笑っていた。


時間が後戻りした錯覚を起こしそうになる。


「周平はドイツだから・・。」


「そうなの~。


彼にも会いたかったわね、お父さん。」


「ああそうだな。


だが、元気でいるならそれでいい。


今日は嬉しいから店を閉めて飲むとしようか。」


「たまにはいいですよね。」


「何、言ってるんだよ。


ちゃんと営業しないと、客が他所の店に行っちゃうだろ。


それに、わざわざ閉めなくたって、この時間は俺達サッカー部のほとんど貸切りみたいなものだったじゃないか。


会社帰りに一杯やってその足で立ち寄る連中はまだこの時間にやって来やしないんだから。」


「わかったよ、老体にムチ打って働きゃいいんだろ。」


そう言う言葉の裏側で年がいもなくはしゃいでいる主人の顔がある。


「ごちそうさま。


旨かったよ。」


「当たり前だ。


また、いつでも来いよ。」


オヤジさんのこんな楽しそうな顔を見たのは久しぶりだとのぞみは思った。


陸の人柄だと改めて感じる。


笑い声の溢れた店を2人は後にした。




「少し話さないか?


時間があればのことだけど・・。」


「いいよ。」


「俺のマンション来るか?


一緒に飲みたいんだ、のぞみと。」


何の抵抗もなく、気持ちが素直になれる心地よさを感じている陸だった。


「いいの?


書かれたって知らないよ。」


「大丈夫。


のぞみは特別だから。」

スポットライトを浴びて流れる汗


いつも一生懸命の姿にあこがれる


自分の思いを短い言葉で伝える


その真っすぐな生き方


誰もがじっと見つめている



どんな時も 弱音を吐かず


どんな時も 前に向かって


どんな時も 生きることを諦めない


そんな強さが 羨ましい



誰だって逃げ出したいことがある


誰だって人に言えない思いがある


誰だってつまずいたことがある



これ以上は無理かもしれない・・・


諦めが顔を覗かせる時


そこが勝負の時


大きく息をして前に進むことを選べ



あなたの生き方がそう思わせる









普通のデートがしたいと


小さな声で言うキミの願いを叶えてあげる


いろんなことを黙って我慢してきたキミに


遊園地?


映画?


食事?


何でも言ってくれ


ボクにできることなら何でも・・



2人でお揃いの何かを・・


そう思っていたボクに


「私のいなくなった世界であなたは生きていかなきゃならない


思い出になるようなモノは残したくないの


いつか…私を忘れてね」


細く白い小指をボクに差し出す


『約束?』


そんなこと・・・できない



「あなたを苦しめているモノが


私なのだと言うこと


誰より一番わかってる」


泣かないキミの涙


ボクのことを思っての涙



その小さな笑顔を守りたい


付き合いだしたころから


この気持ちは少しも変わっていないよ


残りの時間があと少しだとしても


ずっとそばにいるよ





山に緑が目立ち始めた。


桜は美しい花を咲かせ人々の視線を独占し、アッと言う間に花びらを落とし新芽を出す。


家の玄関先には順序良く配列されたチューリップが咲いている。


人々の洋服は淡い色のモノが多くなってきた。


重いコートを着ていた冬とは違って、歩いている人の姿を見ているのも楽しい。


これまで足元を見ながら急いで目的地に向かっていた人達は、背筋を伸ばし軽い足取りで1歩を踏み出す。


陸は、こんな春が好きだった。


どれくらい振りだろうか、母校の近くを通りかかった。


ランニングをしている学生の姿が見えた。


3年が卒業して今は新入部員もいないこの季節。


『走りたい』そう思ったから、学園の門をくぐった。


車を止め、サングラスを外し、トレーナーを1枚脱ぐ。


学生達に向かって走った。


「一緒に走らせてもらえませんか?」


陸が言う。


「藤枝 陸さん?」


列の先頭を走っているキャプテンらしい彼が言った。


「俺も昔、ここを走っていたんだ。


ここを通りかかって急に懐かしくなって・・・、仲間に入れてくれないかな~?」


「勿論、大歓迎です。」


そう言うと、さっきと変わらない様子で走り続ける。


ランニングが終わった後も彼らの誘いもあって、陸はそのまま練習に加わった。


「先輩、いつでも来てください。」


部員達が口々にそう言う。


額には汗が流れ、身体は大きな呼吸を続ける。


「やっぱり、あの頃みたいには走れないや。


ホントに気持ち良かったし、楽しかった。


ありがとう。」


大きな輪になって練習の終わりの挨拶を済ませる。


あの頃と同じだ。


陸は、何気なく長いコンクリートの階段の真ん中あたりに目を向けた。


・・そう、あの頃のように。


いつも周平とのぞみが見ていた場所に。


一瞬、陸は自分の目を疑った。


それは、居るはずのない、のぞみの姿を見たような気がしたから。


「先輩、どうぞ。」


マネージャーらしい女子生徒がグランドに1人立っている陸に冷たい飲み物とタオルを持ってやってきた。


「ねえ、あそこに誰かいるよね。」


コンクリートの階段の先を指さして聞いた。


「はい。」


「彼女は?」


「あの人ですか?


私達の先輩です。


たまに、ああやって1人であそこに座って練習を見てるんです。


2度くらい、怪我した選手を手当してもらったことがあります。


看護士さんですって。」


「そう・・。」


「もしかして、先輩をみていたのかなぁ。


いつもあそこで見ていたって、1度だけ懐かしそうに話してくれたことがありました。」


「いつ頃から?」


「私、今2年なんですけど、私がサッカー部に入った頃から時々見かけたことがありました。」


「ふ~~ん。


ありがとう。」


「いえ・・。」


陸の脚はゆっくりとのぞみのいる方へと進んでいた。


胸に込み上げてくる思いがある。


なぜだろうか、駆け寄ることをせず1歩1歩ゆっくりと近づいていく。


「のぞみ・・。


メシでも食いに行くか?」


久々の再会。


最初の言葉がこんなことだなんて・・。


陸はガッカリした。


「うん、イイよ。」


のぞみの笑顔が眩しくて次の言葉を見つけられずにいた。



「さあ、乗って。」


「陸に会えるなんて思ってもいなかったな~。」


「それは、俺も、同じだよ。」


「いつもラジオ、聞いているよ。


やっぱり陸はあの頃のままだね。


イメージ通りだよ。。」


「何食べる?


俺、動いたから腹減ってるんだよな。」


「じゃあ、お好み焼きは?」


「大ちゃん。」


2人の声と笑顔が重なる。


「今もやってるの?」


陸はちょっと驚いた顔をした。


「おじさんも、おばさんも少し白髪になってるけど、元気だよ。」


「へ~、何かすごく嬉しくなってきた。


今も変わらず同じ場所にあるってことが・・。」




陸の黒色のスポーツカーは懐かしい場所と懐かしい人に会うために静かに動き始めた。


学生の頃からこの車のファンで、免許を取ったらいつかはこの車を買うのだと心の中で決めていた。


少しずつお金を貯めて手に入れたこの車を自分の分身のように大切にしている。


陸があまりに自分の車の話を嬉しそうに語るから、ラジオを聞いている若者達が同じ車を欲しがるようになった。


車両代金に諸費用を加えると、かなり高額になる。


これだけ出せば外車も買えるし、国産車だって選べる範囲はとても広くなる。


みんな、自分の我慢を限界までして、削って削って絞り出したお金で手にするのだから、嬉しいに決まっている。


大事に思って当然だ。


そんなメールを読みながら陸は一緒に喜んだ。


「同じモノを好きだという人に出会えた時、俺はただそれだけで嬉しい気持ちになるんだ。」


陸の人間性がこうした新しい流れを作り出す。


自動車会社は、陸に新しい車を贈りたいと言ってきたが、迷うことなく断った。


「格好つけてると思われるかもしれませんが、俺はアイツと走っていたいんです。


いつの日かアイツも動けなくなる日が来るでしょう、その時はまた俺が働いて手にしたお金で・・そう思っています。」