山に緑が目立ち始めた。
桜は美しい花を咲かせ人々の視線を独占し、アッと言う間に花びらを落とし新芽を出す。
家の玄関先には順序良く配列されたチューリップが咲いている。
人々の洋服は淡い色のモノが多くなってきた。
重いコートを着ていた冬とは違って、歩いている人の姿を見ているのも楽しい。
これまで足元を見ながら急いで目的地に向かっていた人達は、背筋を伸ばし軽い足取りで1歩を踏み出す。
陸は、こんな春が好きだった。
どれくらい振りだろうか、母校の近くを通りかかった。
ランニングをしている学生の姿が見えた。
3年が卒業して今は新入部員もいないこの季節。
『走りたい』そう思ったから、学園の門をくぐった。
車を止め、サングラスを外し、トレーナーを1枚脱ぐ。
学生達に向かって走った。
「一緒に走らせてもらえませんか?」
陸が言う。
「藤枝 陸さん?」
列の先頭を走っているキャプテンらしい彼が言った。
「俺も昔、ここを走っていたんだ。
ここを通りかかって急に懐かしくなって・・・、仲間に入れてくれないかな~?」
「勿論、大歓迎です。」
そう言うと、さっきと変わらない様子で走り続ける。
ランニングが終わった後も彼らの誘いもあって、陸はそのまま練習に加わった。
「先輩、いつでも来てください。」
部員達が口々にそう言う。
額には汗が流れ、身体は大きな呼吸を続ける。
「やっぱり、あの頃みたいには走れないや。
ホントに気持ち良かったし、楽しかった。
ありがとう。」
大きな輪になって練習の終わりの挨拶を済ませる。
あの頃と同じだ。
陸は、何気なく長いコンクリートの階段の真ん中あたりに目を向けた。
・・そう、あの頃のように。
いつも周平とのぞみが見ていた場所に。
一瞬、陸は自分の目を疑った。
それは、居るはずのない、のぞみの姿を見たような気がしたから。
「先輩、どうぞ。」
マネージャーらしい女子生徒がグランドに1人立っている陸に冷たい飲み物とタオルを持ってやってきた。
「ねえ、あそこに誰かいるよね。」
コンクリートの階段の先を指さして聞いた。
「はい。」
「彼女は?」
「あの人ですか?
私達の先輩です。
たまに、ああやって1人であそこに座って練習を見てるんです。
2度くらい、怪我した選手を手当してもらったことがあります。
看護士さんですって。」
「そう・・。」
「もしかして、先輩をみていたのかなぁ。
いつもあそこで見ていたって、1度だけ懐かしそうに話してくれたことがありました。」
「いつ頃から?」
「私、今2年なんですけど、私がサッカー部に入った頃から時々見かけたことがありました。」
「ふ~~ん。
ありがとう。」
「いえ・・。」
陸の脚はゆっくりとのぞみのいる方へと進んでいた。
胸に込み上げてくる思いがある。
なぜだろうか、駆け寄ることをせず1歩1歩ゆっくりと近づいていく。
「のぞみ・・。
メシでも食いに行くか?」
久々の再会。
最初の言葉がこんなことだなんて・・。
陸はガッカリした。
「うん、イイよ。」
のぞみの笑顔が眩しくて次の言葉を見つけられずにいた。
「さあ、乗って。」
「陸に会えるなんて思ってもいなかったな~。」
「それは、俺も、同じだよ。」
「いつもラジオ、聞いているよ。
やっぱり陸はあの頃のままだね。
イメージ通りだよ。。」
「何食べる?
俺、動いたから腹減ってるんだよな。」
「じゃあ、お好み焼きは?」
「大ちゃん。」
2人の声と笑顔が重なる。
「今もやってるの?」
陸はちょっと驚いた顔をした。
「おじさんも、おばさんも少し白髪になってるけど、元気だよ。」
「へ~、何かすごく嬉しくなってきた。
今も変わらず同じ場所にあるってことが・・。」
陸の黒色のスポーツカーは懐かしい場所と懐かしい人に会うために静かに動き始めた。
学生の頃からこの車のファンで、免許を取ったらいつかはこの車を買うのだと心の中で決めていた。
少しずつお金を貯めて手に入れたこの車を自分の分身のように大切にしている。
陸があまりに自分の車の話を嬉しそうに語るから、ラジオを聞いている若者達が同じ車を欲しがるようになった。
車両代金に諸費用を加えると、かなり高額になる。
これだけ出せば外車も買えるし、国産車だって選べる範囲はとても広くなる。
みんな、自分の我慢を限界までして、削って削って絞り出したお金で手にするのだから、嬉しいに決まっている。
大事に思って当然だ。
そんなメールを読みながら陸は一緒に喜んだ。
「同じモノを好きだという人に出会えた時、俺はただそれだけで嬉しい気持ちになるんだ。」
陸の人間性がこうした新しい流れを作り出す。
自動車会社は、陸に新しい車を贈りたいと言ってきたが、迷うことなく断った。
「格好つけてると思われるかもしれませんが、俺はアイツと走っていたいんです。
いつの日かアイツも動けなくなる日が来るでしょう、その時はまた俺が働いて手にしたお金で・・そう思っています。」