「こんにちは~。」
「いらっしゃい。
のぞみちゃん、そんなところに立ってないで中に、中に・・。」
「『のぞみちゃん』は恥ずかしいって言ってるのに・・。」
陸がのぞみの後ろから顔を出す。
「あれっ、陸じゃないか。
お前、陸だろ??
何年経っても変わらないな。」
「オヤジ、それって俺が進歩してないみたいじゃないか。」
笑いながらそう言う。
「いつものでいいんだろ?」
「ああ。」
あの頃と同じように鉄板の正面に座りながら店の中を見回す。
時々は自分でお好み焼きを焼いて食べることもあった。
今更ながらにあの頃が楽しかったと感じさせられた。
くたくたになるほどグランドを走った。
毎日が同じことの繰り返しのようだと思いながら、それに不安は全くなかった。
「先輩、さっきは、ありがとうございました。」
サッカー部の連中のほとんどがそこにいた。
「こっちこそ、楽しかったよ。」
店の主人はあの頃からそうだった。
口は少々悪いが中身はとても良い人で、食べ盛りのサッカー部員達に、安い料金で満腹になるボリュームのあるお好み焼きを食べさせてくれた。
そして、『陸』そう呼んだ。
『三上君』・『のぞみちゃん』・そして『陸』。
「なんで俺だけ『陸』なんだよ。」
「俺のことだって、『オヤジ』じゃないか。
三上君やのぞみちゃんは『オヤジさん』って呼ぶんだ。
やっぱり相手に合わせるってことも大事だろ。」
こんな会話が自然に続いていた。
どうでも良いことをとても楽しそうに。
「あれっ、三上君は一緒じゃないのね。」
この人が支えているからこの店はここにこうして在るのだと一目見てわかる。
少しぽっちゃりしている程度だった体型は8年経った今、もう少しぽっちゃりしてドラム缶に似てきた。
お好み焼き屋のお母ちゃんが、ますます板に付いてきたようだ。
若い頃は、それはそれは美人だったのだといつも口にしていた。
主人もそうだそうだと言う顔をしながら笑っていた。
時間が後戻りした錯覚を起こしそうになる。
「周平はドイツだから・・。」
「そうなの~。
彼にも会いたかったわね、お父さん。」
「ああそうだな。
だが、元気でいるならそれでいい。
今日は嬉しいから店を閉めて飲むとしようか。」
「たまにはいいですよね。」
「何、言ってるんだよ。
ちゃんと営業しないと、客が他所の店に行っちゃうだろ。
それに、わざわざ閉めなくたって、この時間は俺達サッカー部のほとんど貸切りみたいなものだったじゃないか。
会社帰りに一杯やってその足で立ち寄る連中はまだこの時間にやって来やしないんだから。」
「わかったよ、老体にムチ打って働きゃいいんだろ。」
そう言う言葉の裏側で年がいもなくはしゃいでいる主人の顔がある。
「ごちそうさま。
旨かったよ。」
「当たり前だ。
また、いつでも来いよ。」
オヤジさんのこんな楽しそうな顔を見たのは久しぶりだとのぞみは思った。
陸の人柄だと改めて感じる。
笑い声の溢れた店を2人は後にした。
「少し話さないか?
時間があればのことだけど・・。」
「いいよ。」
「俺のマンション来るか?
一緒に飲みたいんだ、のぞみと。」
何の抵抗もなく、気持ちが素直になれる心地よさを感じている陸だった。
「いいの?
書かれたって知らないよ。」
「大丈夫。
のぞみは特別だから。」