「陸、私達はもうダメなの?」


「どうして?


そうなのか?」


「陸はずっとそうだった。


肝心なことはいつも曖昧で、私なんてどうしても必要な存在じゃないって感じがした。


あなたにとって私は特別な存在じゃないんでしょ?


一緒にいて楽しいし、陸のことは大好きだよ。


だけどこうやって一緒にいても独りだと思うこともあった。


いつもってことじゃないけど。」


リサは自分から別れを切り出すことを迷いながらも心の中では決めていた。


付き合い始めて3年になる。


陸の隣が相応しい人が自分でないことは最初の半年くらいですぐに気づくことができた。


それでも、陸のことが好きだった。


彼の心に誰かがいたとしても、リサの気持ちが冷めることはなかった。


ジュースを買えば3本。


ケーキは5つ。


テーブルに並ぶグラスは3つ。


陸の24歳の誕生日、テーブルに並んだグラスを目にした時は信じられなくて、溢れてくる涙を止めるのに苦労した。


この人は私といる時も心の中の誰かも一緒なのだと思うとやっぱり苦しかった。


陸の心がみえない時も自分の心だけを信じて今まで陸の隣を歩いてきた。


これほどまでに陸のことを思っているリサが別れを決意したのは、3つのグラスの本当の意味を知ったから。


『陸』・『リサ』・『誰か』と思い込んでいたが、3人の中に自分が入っていなかったのだ。


周平が書いた五線紙の空いたスペースに陸の描いた似顔絵を見たのだ。


どうやらこのメロディーに詩を書くつもりらしい。


短い文が幾つも書き並べられている。


「陸は卑怯だよ。


私は、こんなにあなたのことが好きなのに、私のことなんて少しも思ってくれてなかったなんて。」


「何を言い出すんだ。


俺は、リサが好きだ。」


「誰かの代わりなんて嫌なのよ。


きっと陸は気づいてないんだと思うよ。


この絵の人と一緒にやって行きたいと思ってるんだよ。」


「そんなことは無い。


3人過ごした短い間、一番楽しかったし俺らしく生きられたと思う。


それは過去のことだ。


今は、リサと生きてるし、これから先もリサと・・って思ってる。


不安にさせていたらら謝るよ。


ゴメンな。


一緒に暮らさないか?


ここに越して来ればいい。」


思ってもいない陸の言葉。


リサの心が激しく揺さぶられる。


その場の雰囲気で調子の良いことを言うような人間でないことも、よく知っている。


陸の言葉を信じていれば、2人仲良く楽しく暮らせるだろう。


陸を信じることはできる。


でも、自分を信じるとことができるだろうか。


別れようと決意してはいたものの、別れたくない感情はいつもあった。


「少し考える時間をちょうだい。」

キミの笑顔を追いかけていた頃


ボクはまだまだ子供で


誰かの人生を背負うことなんて考えもしなかった


だけどその時 キミは言ったよね


二人 手を繋いで歩いて行ければ幸せだろうね・・て


見つめ合うことばかり 考えていたボクに


同じ未来を見つめて歩く 生き方があることを教えてくれた


どんな時も この繋いだ手さえ離さなければ


二人 一緒にいられるのだと



それなのになぜ キミはボクの手を突然 離してしまったの


何も言わずにいなくなるなんて


ボクは あの場所から動けないでいるよ


もうずっと・・長い間


キミの残した長い手紙を 今頃になって読んだって


何もできやしないのに・・・


一緒にいたかったよ


最期の時までずっと


あなたとの別れを受け入れた時


この先 誰も愛せないかもしれないと


漠然と思った


あなたにもう一度やり直さないかと言われた時


迷わず首を横に振った


一度手放した愛を


もう一度拾い上げる勇気を持っていなかったから




大事なところで素直にならないと


幸せになれないと あの人は言ったけど・・



あの日 聞こえてしまったこと


誰にも言えず胸にしまってある


私に一番しらせたくない事実だったろうから



驚いたけど 独りでいたことにホッとする


もう二度と会わない



こんな自分と付き合っていく覚悟ができたから


このまま進む



あなたがこれから先


幸せであることを ただ祈っている

「お帰り。」


「哲也、来てたんだ。


友達と会ってたから、遅くなってゴメン。」


「別に約束してたわけじゃないし、俺が勝手に来て待ってただけだから。」


哲也にとってのぞみは自分の全てをさらけ出すことのできる唯一の相手になっていた。


強がってみたり、わがままを言ったり、愚痴をこぼしたり。


つまり、のぞみのいるこの場所が彼の居場所だった。


絵を描くことを続けながら塾の講師を職業とし、何もない日には家で子供達の絵や勉強を見てやっている。


父の病院を継ぐことはしなかったが、これから先もこの町で暮らしていくことをぼんやりと決めていた。


できることなら、のぞみと一緒に。


お互いの気持ちは確かめ合った2人だった。


だが、哲也は心の中に不安を抱えていた。


たまに見せる、あの遠くを眺めている瞳。


どこを見ているのか。


誰を探しているのか。


はっきりと問いただすことが怖いのだ。


そうすることで彼女の全部を失ってしまいそうだったから。


「ねえ、今日は泊まっていくの?」


「どうして?


俺にいてほしい??」


思い切り嬉しそうに哲也が言う。


「何いやらしい笑い方してるのよ。


結婚式でワイン貰ったから一緒に飲もうかなって思ったのよ。」


可愛らしくリボンでラッピングされたそれを見せた。


「泊まるよ。


本当は最初からそのつもりだったんだから。」


「じゃあ、乾杯しよう。」


「何に??


そうだ、俺達の未来に・・。」


「えっ、どんな?」


「俺達、これからも一緒じゃないの?


のぞみにとって俺は特別じゃないの?」


「ごめん、そんな顔しないで。


あっ、陸のラジオ始まってる。」


「藤枝 陸ってカッコイイよな。


男の俺が見たってそう感じるんだから、のぞみが騒ぐのも納得できるよ。」


「陸はね、昔からそうだったんだ。」


「昔から?


知ってるの?」


「・・・・・。」


「ねえ、友達ってどんな人?」


「春菜の兄貴。


学生時代同じクラスだった。


ほんの半年間だったけどね。」


「ふ~ん。


それで?」


「それで、おしまい。」


「おしまい??


のぞみは自分のこと何も話してくれないんだな。


知ってどうしたいって言うんじゃないけど、その場所には誰も入れたくないって感じがしていたよ。


今までずっと・・。


前にも言ったけど、のぞみの全部を俺は受け入れられると思う。」


「ありがとう。


でも、ごめんね。


ねえ哲也、2人が知り合ってからの時間だけじゃダメかな?


私だって、いろいろあったんだ。


閉じ込めておきたい気持ちだってあるよ。」


「わかった、ゴメン。」


哲也は、ああ言うしかなかった。


あれ以上聞いたってきっと話してくれない。


確かに過去に拘る必要はないのかもしれない。


だけど、のぞみの中に2人の未来予想図というのも無いような感じがした。




「陸、来てくれてありがとう。」


「こんな時、便利だよな、俺の仕事ってのは・・。


元気でな。」


「ああ。」


周平はドイツに向かって飛び立った。



空港に降り立って一息つく。


何もないはずのこの国なのに、戻って来たという気持ちになり、なぜか落ち着く。


多分、この雰囲気が周平に合っているのだろう。


近くに海は無いが、遠くを見渡すことのできる静かな丘がある。


部屋に着いたかと言うように楽団の仲間から電話が入る。


「やっと帰って来たな。


さっそく仕事の話で悪いが、明日10時にいつもの所で。」


「わかった。


長い間、すまなかった。」


「じゃあ、明日。」


音楽の話を始めると時間など全く気にしないで話し続ける。


そんな人間が集まっているオーケストラが周平の居場所。


三度の食事よりもまず楽器。


もう自分の一部のようなモノで何を捨てても切り離せない。


そんな自分たちのことを『音楽バカ』と言っては笑う。


それほど大切に思える何かを持っていることを羨ましいといつも思っている。



自分の一番大切なモノって何だろう。


音楽は好きだけど、それは仕事として。


守りたいもの・・何も無い。


大切な人・・恋人もいない。


何のために生きているのだろうか。


その答えを探しながら毎日を過ごしもう8年。


結局、答えも見つけられずにいる。


時間だけが流れた。


陸は俺の強さが羨ましいと言った。


だが、こんなの少しも強くない。


諦めないで歩いてきたけど少し疲れた。


何処かに消えてしまいたい気持ちもあるが、そうもいかない現実がある。


明日のために少し休んでおこう。


シャワーを浴びてベッドに身を沈めた。

戻れない瞬間を嘆いてばかりで


未来を描けないキミに


ボクが時のプレゼントをするよ


戻りたい瞬間っていつ?


取り替えてあげる


キミのこれからの未来と


どこに戻る?


これから先のどの瞬間を捨てる?



そんなことできないって顔してるね


でもボクを信じてごらん



未来は暗くて何も見えない?


過去を愛しすぎて心が目を閉じてるんだよ


勇気を出して目をあけてごらん


時に立ち止って振り返ることも必要だけど


それは戻ることじゃない


踏み出すための力を得るためなんだよ




それでも どうしてもと言うなら


闇の中のボクと手を繋いで