「以前、付き合っていた彼女とよく似ているのです。」


「その人は?」


「もう二十年も前に亡くなっています。


だけど私は彼女が忘れられなくて、この通りずっと一人です。」


遠い過去を振り返るように笑って言った。


「そんな・・。


それから誰も好きになってないってことですか?」


章吾は言った。


遥を失った自分と重なったから。




「彼女の誕生日、プレゼントのリングを大事に胸のポケットに入れて、いつまでも待っていた。


二人が出会ったこの浜辺で。


『お嬢様はこちらにはお見えになりません。』


『どうしてですか?


何かあったのですか?』


『お亡くなりになりました。


この手紙をあなた様にと・・。


来るのが遅くなって申し訳ありませんでした。


お屋敷の方が忙しかったものですから・・。』


これがその時のリングだ。」


彼の首のチェーンに小さなダイヤのリングが輝いていた。


「好きになった人はたくさんいますよ。


いろんな女性と付き合った。


だけど、いつもそこまでなのです。


『愛』ってものに育たない。


遊びで付き合ったことは一度もありません。


気持ちとしてはいつも本気でした。


でも、ダメなのです。


死んでしまった彼女は私の中でどんどんイイ女になっていく。


そんな彼女を心のずっと奥に大事に抱いている私が、他の誰かを愛せるはずがない。


そう気づいてからは自分らしく生きられるようになりました。


こんな私だから、今、麻衣さんの心が少しだけわかるのです。


離れていても近くにあなたを感じることができるという彼女の心がね・・。」


「僕はどうしたら??」


「それくらい自分で考えたらどうですか?」


章吾が静かに口を開いた。


「草野さんは生きているんだから、山村さん、あなたは幸せだ。


またいつか二人で一緒に並んで歩く夢も見ることができる。


でも僕は・・。」


「あなたはまだ若い。


そしてあなたは強い。」


「そんな気休めを言わないでください。


あなただって、その人を忘れられずに今までやって来てるじゃないですか。


時間なんていつの間にか過ぎて行く。


僕だって・・僕だって泣きたくてしかたがなかった。


だけど、一生懸命に我慢した。


彼女のために。」


「それでいいんですよ。


私はそう思います。


泣くってことは逝ってしまった彼女を責めることになる。


どうして・・・と。」


「僕はいつも思っていました。


これから先、どうやって生きればいいのかと。


彼女を失くしてからずっと時間の流れに身を任せてきました。」


知り合って間もない三人の男たちは自分の心の内側を飾ることなく話していた。


麻衣を通して偶然出会った。


生活している場所も、歩いてきた道も全てが違っていたが、愛する人との別れを語り始めた時、言葉にならない何かで繋がった。


その日、三人は朝まで話し続けた。


問題の答えになりそうな小さな明かりを若い二人は胸に抱いた。


真っ暗だった外が少しずつ薄明るくなってきた。


もう朝が来る。


波の音は休むことなく続いている。

将来の夢・・・ってなに??


私はなりたいモノもないまま大人になった


適当に就職して働くこともした


でもずうずうしいくらい自分に期待している


このまま普通に終わるわけない・・とか


私にはなにか特別なことができるはず・・とか


どうやったらこんな人間が出来ちゃったんだろう?


考えてみる




いろんなことを諦めてきたとかじゃない


何もやってないから


躓きもしていないし 傷つきもしていない


だから そう思うんだね きっと



人付き合いも 深くはかかわらない


だから嫌いな人もいないんだ


特に大事にしている付き合いもないけど


これ位が私には合っているとも思う




一生懸命になると疲れる気がする


そうなれる何かがまだ見つからないのも事実


時間はそんなこと全く気にしないって感じに流れて行く


焦りはしないけど 


なんだかはっきりしない一生になりそうで・・・







もう戻らない そう言うあなたを


ここで見送ることにしたけれど


ホントは納得したわけじゃない


一緒に行きたいと言えなかっただけ




もしも・・・


一緒に行きたいと言ったら あなたはどうした


そう言ったら 抱きしめてくれただろうか


私はなぜあの時 言えなかったのだろう


後悔とはちょっと違う何かが 今の私を襲う


繋いでいた手を離したのは


あなたなの?


私なの?




ここにいるのは辛いから


どこか遠くに私も行くことにするよ


あなたが戻ってくるのを待ったり


あなたが会いに来てくれるのを待ったり


あなたが迎えに来てくれるのを待ったり


あなたが・・・




私もここには戻らない


あなたとの繋がりを全て捨てる


期待する心を断ち切るために


さよなら・・って言えるだろうか



尚は今走って来た道を引き返していた。


麻衣のいたあの場所に行くために・・。


あの時、感情のままにああ言ってしまったが、帰りながら考えるとやっぱりおかしい。


戻ってきたがもうそこに麻衣の姿は無い。


何気なく入ったカフェのカウンターにさっきの彼がいた。


「ここ、いいですか?」


尚は章吾に声をかける。


「ええ。


山村さん、引き返してきたんですね。」


安心したように言った。


「麻衣は?」


「草野さんだったら少し前に帰りましたよ。


山村さん、さっきのは誤解です。


僕は、あの人の書く小説のファンです。


あの人が妹のように思っていた遥と僕は付き合っていました。


このことは最近知ったことなんですけど。


あなたのこと、少しは知ってるんですよ。


事実かどうかは別として、週刊誌、読んでますから。


随分勝手な人ですね。


自分がしてることは許されて、相手のことをあんな言葉で罵るなんて・・。」


章吾は一気に言葉を吐き出す。


「キミは麻衣のことが好きなのか?」


「・・・。


草野さんと遥がなぜだか重なって見えるんです。


草野さんが遥のために書いた小説の舞台がここなのです。


ここに最初に来た時、懐かしく思ったのはそのせいですね。


草野さんを好きなんじゃなくて、僕はまだ遥を愛しているのだと思います。


遥の代わりになってくれる人を無意識にも探していたのかもしれません。


だけど、あの人はあなたを愛している、それが見えるんです。」


章吾はバイトの関係もあって女の人の扱いには良くも悪くも慣れていた。


だからもし・・麻衣に章吾とどうにかなってもいいという気持ちがあれば、気づかないはずがないのだ。


それを感じ取るくらい簡単なことだったのだ。


正直、麻衣も章吾の気持ちと似たモノを持っていた。


章吾に尚を重ねていた。


それでも麻衣は二人が違う人間だということをわかっていた。


麻衣が大人だったということと、尚が麻衣にとって他の誰とも代ることのできない存在だったということだ。


「これからどうするつもりですか?」


マスターは静かに尚に問いかける。


「どうすればいいのでしょうね。


僕たち二人は今までずっと手を繋いで歩いてきました。


僕の後ろを彼女が付いてくるとか、彼女を僕が追いかけるとかいうのではなくて・・。


別々の何かを求めながらも並んで歩いてきました。


一人で生きて行く強さを持ちたかったわけじゃない、誰かに寄りかかって生きることはしたくないと二人で話しながら歩いてきたのです。」


「今の彼女に何を言ってもダメだと思います。


だからと言って絶望的だと言ってるのではありませんよ。


彼女があなたを遠くから見ていようと思っているように、あなたも少し離れたところか見守ることができるのなら、望みはあると思いますよ。」


「そうでしょうか?


こんな僕とこれから先も付き合っていくことが麻衣のためになるのでしょうか?」


「あなたは大事なところを間違ってます。


彼女の傍にいるのは彼女のためですか?


そうだとしたら、これ以上彼女に拘って欲しくありません。」


静かに、はっきりと厳しい言葉を投げかける。


「あなたにそこまで言われる筋合いはない。」


感情的に乱暴に言い返す。


「小説家、草野麻衣の一ファンとして言わせてもらいます。


彼女があなたと一緒にいたのは、彼女にとってあなたが必要だったからです。


あなたも同じ思いだと私は思っていたのですが・・。


麻衣さんはこのことをちゃんと知っている。


だから、こうすることを選んだのですよ。」


マスターは麻衣の小説を何度も繰り返し読む。


読み返すたびに込み上げてくるモノがある。


彼女の素顔が見える。


どんなモノを書いていても彼女の気持ちを想像することができる。


「あなたは彼女の話のどこをどう読んでいるのですか?」


尚にとって痛い一発だ。


読んでいなかったなんて今言える状況では無い。


マスターは、たまにやって来る麻衣を静かに見守ってきた。


一人のファンとして。


麻衣の頭の中に何があるのかも勿論知らないわけだし、それを聞くつもりもなかった。


自分が立ち入る場所ではないことを知っていたから。


ここに何かを求めてやって来る人たちに自分が出来ることといえば、こうして毎日店を開け待っていることだけだと思っている。


麻衣に対しても同じだ。


もう何年も通っているけど、交わした言葉はあいさつ程度の会話だけだった。


それで十分だった。


それなのに、どうして今こんなに熱くなって語っているのだろう。


彼自身が一番不思議に思っていた。


「ちょっと・・。」


マスターは入り口の扉に『CLOSE』の札を出した。


夏の夜ともなれば海辺は恋人たちで賑わっている。


それなのに・・、まだ時間だってそう遅くないのに・・、閉めてしまった。


格好のイイ考え方を持っているのだと感心することもあれば、こんな気ままをやってしまうこともある。


何かを真面目に語る時は仕事だってあっさりと休んでしまう。


いつもでは困るが、本当にまれにこんなことがある。


「小説家、草野麻衣を知っている人間はこの日本にたくさんいるでしょう。


だけど、素の彼女を知っている人がどれだけいるでしょうか?


彼女の気持ちを一番理解しているのは多分あなただと思います。」


「あなたはどうして麻衣のことがそんなに・・。」


カレの涙 目に見えないけれど とめどなく溢れている


カレの冷たい言葉


心を偽ったナイフのような言葉


この場所から飛び立てるように




彼の涙


絶望の涙


信じていたのに・・唇を噛みしめる




なぜ言えない


大切に思っていると


なぜ言えない


ここでずっと見守っていると




真っすぐに愛せる人間ばかりじゃない


こんな風にしか愛せない人間もいる


それとも これは愛ではないのか


間違っているのか




私は知っている カレの心の中


私は知っている 彼の想い


二人の男たちの苦悩


二人の男たちの深い愛