「麻衣、こういうことだったんだな。
俺と別れたいと言った心の奥にコイツがいたってことか。
今でも俺を愛してるだって?
笑わせないでくれ。
俺はつくづく自分が情けなくなってきた。
麻衣がこんな女だったなんて・・。」
「山村さん、ちょっと待ってください。
違います、誤解です。」
章吾は尚に勘違いだと伝えようと必死なのだが、それを麻衣が止めた。
「いいのよ、もう。」
尚は言いたいことを全て吐き出すとこの場を去った。
・・・麻衣が、俺の麻衣が、あんなヤツとこんなところで。
湧き上がってくる嫉妬心は止まることを知らない。
今まで自分がしてきたことを全部忘れて激しく心は荒れていた。
『いいのよ、もう。』麻衣の言葉が甦る。
何がどういいんだよ、俺には全然わからない。
悪いことをしたというような様子ではないし、隠すわけでもない。
ただ俺をじっと見ていた。
何が言いたいんだ?
何を俺に伝えたいんだ?
オマエは書くようになってから回りくどくなった気がするよ。
真っすぐ向かって来てほしい、そう思っていた。
『さよなら』ってことか?
今まで一緒に暮らしてきて、一度だって麻衣の心を疑ったことは無かった。
不安に思ったことも無かった。
自分にそれほど自身があったわけでも無い。
ただ麻衣を見ていれば俺は安らぎを感じられた。
多分、彼女もそうだったのだと思う。
美緒とあんな風になってからも、心の底から麻衣を邪魔だと思ったことは無かった。
麻衣は俺を責めることをしなかった。
「愛情が無いからだよ。
尚のこと、もう愛していないんだよ。」
そう美緒は言ったけど、それはきっと違う。
麻衣の愛し方なのだ。
「自分がこの人だと思った人を深く愛したい。
勿論、その人にも私のことを愛してほしいよ。
でも、そんなことは奇跡みたいなものだと思うの。
これほどたくさん男と女がいて、お互いを思い合う関係になるなんて神秘的だと思わない?
そんな二人がこの先ずっと並んで歩くことになっても、別々の道を選ぶことになったとしても逃げたくない。」
暮らし始めた頃、麻衣は言った。
それなのにアイツは逃げる道を選んだと言った。
なぜだ?
麻衣、オマエの心がわからない。
どうすればいい、教えてくれ。
「マスター、私、大事なモノを手放してしまいました。」
「そうですか。
麻衣さんらしいと言えばらしいですね。」
「何のことですか?」
章吾には意味がわからないようだ。
「あなたの小説のあちこちに、あなたの強さに隠れている弱さが見える。
そんなところが、私はどうしょうもなく好きなんです。
人間らしくて・・。」
「ありがとうございます。
どうしようかな、これから・・。」
「あなたはあなたです。
それ以上でもそれ以下でもない。」
「そうですよね。
私はこんな風にしか生きられないし、愛せない。
きっとこれからも、かわらないでしょうね。
帰ります。
マスターと話せてよかったです。
章吾君は、帰らないの?」
「僕は、もう少し。」
「それじゃ。」