言葉が少ないからと言って


大切に思ってないわけじゃないんだ


この心を開いて見せてあげることができるなら


どれだけオマエのことを思っているのか


見せてやりたい




知っているよ


夜中に一人 口に手を当てて泣いていたんだろ?


あの涙もオレのせいだろ?


オレがオマエを泣かせている


そう思うと


この場所から立ち上がることさえできなかった


怖くて・・


今 オマエを抱きしめたら


それが最後になってしまいそうで・・


「別れよう」そう言ってしまいそうで・・




「ごめん」


 

涼介のいるこの街に来て三か月をとっくに過ぎていた。


毎日あちこちと歩き回り、この街の空気に十分馴染んでいた。


はるばる遠くまでやって来ただけのことはあった。


写真で見るのとは違って、目で見たそのままが真実。


そこに住んでいる人と言葉を交わし笑顔に触れ、麻衣の心は充たされていた。


なのに不安に襲われる。


落ち着いて書けるはずなのに、どうして?


「涼兄、ちょっといい?


私、書けないの。


時間は十分あると思っていたのに、まだ一行も書けてない。


今までだって、次の場面が浮かばなくて困ったことはあったよ。


でも、こんなことは初めて。


頭の中はまだ真っ白なんだ。」


「格好良くない麻衣を書けばいい。


今のオマエを書けばいい。


書けない現実と、書かなければならない現実。


それが仕事としてモノを書くってことかもしれないし。」


涼介の言葉が麻衣の心に響く。


こんなに厳しい涼介の顔を見たのは初めてだった。


それでも冷たいとは感じなかった。


結局、何をするにしても、どうやって生きるにしても簡単じゃないってことなのだ。


麻衣はこれまで書けない苦しみを味わった経験がない。


今まで避けていたモノに向かっていかなければ、この壁は越えられないかもしれないと思った。


その夜、二人は遅くまで話していた。


「俺は麻衣の性格が羨ましかった。


進学を決めた時も、アイツと暮らし始めた時も、書き始めた時も。


迷っても最後には必ず自分で納得した答えを見つけ出していたから。


俺の車に乗りたいと言った時も、無条件にオマエの言葉が信じられた。


きっと大事にしてくれるって。


俺はずっとダラダラと生きてきた。


仕事は責任を持ってやって来たし満足している。


そういう事とは別に、人生のポイントポイントできっちりとけじめを付けたかった。


麻衣のように・・。


俺の人生、他の誰でもない俺が俺のために選んでいく道が欲しかった。」


「涼兄、今からだって遅くないよ。


いつからだって、どこからだって、始めようと思う気持ちがあればそこから始まるんだから。」


「麻衣は、これからどうする?」


「まず、ここで書きあげる。


まだ誰にも見せたことのない自分を書く。


涼兄はどうするの?


ずっとここに?」


「そうだな・・、急には変われないだろうから、少しずつ自分を変えていくよ。」


「うん。」


麻衣は涼介に対して一定の距離を感じていた。


男と女の兄妹だから仕方のないことだと決めつけていた。


悦子の所のようになれないのは当たり前のことだと。


だけど、よく考えてみると、大人になってお互いを一人の人間として認め合えたことでそれは簡単に消えていた。

「悦ちゃん。」


尚は悦子の会社を訪ねていた。


「山村さん、どうしましたか?


こんなところまで。」


「麻衣がいないんだけど、行き先を知ってるなら教えて欲しいんだけど。


もう三か月以上姿を見てないんだ。」


こんなに会わないことは今まで無かった。


美緒と暮らしていても一か月に一度くらいはマンションに戻って、麻衣と食事をし、仕事が忙しいとか何とか言い訳をしていた。


携帯電話も繋がらない。


マンションには戻っていない様子。


出版社に聞いても行き先を知らないと言われた。


「子供じゃあるまいし、麻衣だって旅行ぐらいするんじゃないですか?」


悦子は冷たく言った。


悦子は行き先を知っていたし、もうしばらくしたら戻ってくることも知っているのだから余裕がある。


それに、尚に対して少しぐらい意地悪をしてもいいじゃないかという気持ちもあった。


「車は駐車場にあるし・・、アイツはどこに行くのにも大体車だったのに・・。」


「車で行けない遠くにでも行ったんじゃないですか?」


いつも手を伸ばせばそこに麻衣はいた。


それが当たり前だと思っていた。


麻衣、オマエは離れていても俺を感じるとこが出来ると言った。


だけど俺は・・、オマエを感じることが出来ない。


オマエと俺のどこがそんなに違うと言うんだ?


仕事を終えると張りつめていた緊張の糸が切れる。


どこへ行く当てもなく尚は海辺のあのカフェにやって来た。


「いらっしゃい。」


「なんだか疲れました。


麻衣が居なくなりました。


探しても探してもどこにも居ない。


俺は大事なモノを失くしてしまったようです。


麻衣のように俺は強くなんかない。」


尚は心から自分がちっぽけな人間だと思っていた。


フラフラした気持ちもそう、このグズグズした心もそう。


俺って何なんだ?


こんな俺を麻衣は好きになったのか?


俺だったら絶対嫌だ。


優しいところが好き、面白いところが好き。


自分の彼氏を自慢するとき、決まってこんな言葉が飛び交う。


俺の何が良くて、オマエは俺を選んだのか?


今の尚は自信を失くしていた。


前は自分という人間に自信があった。


頭の中は自分勝手な明るい未来でいっぱいだった。


朝目覚めると新しいエネルギーが身体の中を駆けるのを感じた。


それが、今は全く逆だ。


何が違う?


今までと何が違う?


麻衣がいない・・。


ただそれだけが違うだけ。


俺に麻衣が必要だったんだ。


「きっと戻ってきますよ。


彼女にも時間が必要なんでしょう。


いつかこう言ってました。


『私はいろんな荷物を持ち過ぎた・・。』ってね。」


「『荷物ですか』?」


そんな時、


「マスター、こんばんは。


あっ、山村さんも来てたんですね。」


「章吾、どうだ、童話を書いているそうだが・・。」


「はい。


まだ人に見せられるほどのモノは書いてないですけど、少しずつ・・。


そう言えば、草野さんはミュンヘンに行っているんですね。


今日発売の雑誌に載ってましたよ。」


「ドイツ?」


「あれ?


山村さん知らなかったんですか?


今度はドイツで書くつもりだとか・・。


来月には帰国するそうですよ。


楽しみですね。」


章吾の声は明るく元気だった。


今、章吾は生き生きとした瞳でこの世界を見つめていた。


やっと超えるべきものを超えたということだろう。


この先にもまた新しい何かはきっと待っている。


けれど向かって行ける自信があった。


それは歩き始めることを決めたから。


「マスター、僕は草野さんと出会えたことも、この場所を知ったことも本当に偶然でした。


人生なんて、思い通りに行かなくて、すぐそこにある大事なことに気が付かなくて・・、それでも進んで行くと自然に見えてくる。


どちらかを選ばないといけない分かれ道に立った時、あれこれ考えて迷って、どちらか一つを歩いて行く。


時には別の道の方がラクそうだったり、楽しそうに見えたりもするかもしれない。


それでも、そっちに戻ることはできない。


自分を信じて進むしかない。


そう考えるようになりました。」


「章吾、少し大人になったみたいだな。」


マスターはまるで自分の息子の成長を喜んでいる父親のような穏やかで深い愛情のこもった笑みを浮かべた。


「僕は思いました。


ここに遥の夢の世界があるなら、僕には帰る場所がある。。


そう思うと歩き始めることに対する恐怖が消えました。」


「そうか・・。」


尚は一人取り残された寂しさに襲われた。



ヘッドフォンからこの曲が流れてくると


動きが止まり 聴き入ってしまう


FTIsland『Missimg U』 韓国の人気バンド


ビバルディの四季『冬』のアレンジ?


もちろん言葉はわからない


曲調とボーカルの彼の声だけで広がる世界



切なさ 絶望 涙 愛しい気持ち


いろんな感情が生まれる


『会いたい』 もう一度


『会いたい』 一目だけでも


『会いたい』 ただそれだけを願う


『会いたい』 ・・・



その音楽を聴いた人それぞれが持つ印象


誰かと自分を重ねてみたり


ちょうどタイミングよく心のアンテナに触れたり


そうやってお気に入りの曲がまた一つ増えていく


新しい曲がどんどん発表されても


そのお気に入りの曲だけは 一段高いところにいつもある



同じ音楽に胸をときめかした人が たくさんいると思うだけで


一人じゃない気がするのは 私だけだろうか


しばらく書くことを投げ出していた私に


もう一度 新しい幻想の世界を見せてくれる




この曲との出会いを贈ってくれた


あなたに ありがとうと伝えたい















誰のためでもない 自分のために始めたこと


いつの間にか忘れていたよ


期待されて 嬉しくて もっと頑張った


褒められて 嬉しくて もっともっと頑張った


だから 言えなかった


辛いと 言えなくなった


ただ 頑張ることしかできなかった


このステージが終わって 燃え尽きた自分がいる


少し休みたい そう言えなくて


また一日が始まってしまった


こんな風に 毎日が過ぎて行くのだろうか


流されるだけの自分が 大嫌い


だって・・


あの頑張っていた頃の自分を 


この手で汚しているようで・・




やっぱり言うよ


今日は言うよ


少し休みたいって・・