俺たち、また今回もすれ違ってしまうのか?


沙耶は眠っていたが、隼人は一睡もしないまま朝がやって来た。


今日が最後の日。


仕事が休みでちょうど良かった。


一日一緒に過ごせる。


こんな日くらい、早く起きてくればいいのに、沙耶はまだ眠っている。


二度と会えないような沙耶の言葉・・。


「沙耶、もう一日出発を延ばしたらどうだ?」


「一日延びると気持ちが揺れそうだから、夜の便で帰る。」


沙耶がはっきりと言い切る。


「そうか・・。


空港行くまでの時間、どこ行く?


何する?


今日は空港まで行かせてくれるんだろ?」


「隼人、見送りはいらないよ。


でも、少しだけこうしてて・・。」


沙耶は隼人の背中に寄り添った。


サヨナラを言わなければいけないのに、言えなかった。


涙でサヨナラなんて嫌だった。


だからこうして心の中で隼人に別れを告げた。


隼人は振り返ってもう一度沙耶をしっかりと抱きしめた。


沙耶の身に付けている桜の花の香りが隼人の心を締め付ける。


この手を離してしまったら、もう二度と会えないかもしれないという心が弾けた。


「これで最後か?


本当に最後なのか、俺たち・・。」


「私、一人で行きたいから。


ここで・・、ねっ。


ここで隼人と過ごしたこと、決して忘れない。


隼人の優しさを感じることが出来て良かった。


嫌いにはなれなかったけど、これで終わりにできるよ。


隼人を好きになって良かった。


ありがとう。」


迷いのない沙耶の姿。


「沙耶、きっとまた戻って来いよ。


俺、それまでに今よりずっとイイ男になって待っているから。」


「隼人・・、待っててくれなくていいから、幸せになって。」


沙耶の眩しい笑顔、この場所から動けない。


沙耶の足音がだんだん小さくなって、そして・・消えた。


見送りもいらないなんて、あの時と同じだった。








隼人は眠っている。


二人はいつもそうだった。


隼人が眠っていたり、沙耶が眠っていたり、すれ違いばかりだった。


沙耶は隼人を起こさないようにベッドに入る。


(隼人の寝顔、可愛いな。)


隼人はゆっくり目を開けた。


「ゴメン、起こしちゃったね。」


「起きてたよ。


沙耶のこと考えてた。


もうすぐドイツに帰るんだろ?


ずっと向こうで仕事するつもりなの?」


「そこまでは決めてない。


両親が帰国する時、一緒に帰るかもしれないし、そのまま一人で残るかもしれない。


結局、どこででも生きられるし、どこででも生きられない、それが私よ。


でも、心配しないで。


こんなことは二度としないから。


隼人には、もう二度と会えない気がする。


どこかでバッタリ・・ってのも無いな。


私、大丈夫だから。」


「俺、七年前のあの夜、オマエを抱いたこと、ずっと後悔してきた。


他の女を抱いてもそんなこと一度も無かったのに、不思議だよな。


俺だって外でいろんなことyってるくせに、ここに戻ってきて沙耶がいないと、どこで何をしてるのかすごく気になる。


あの時、俺はオマエが好きだったわけじゃない。


そんな気持ちで沙耶を抱いたりしたらいけなかったんだ。


こんな風なことをいつも思ってたわけじゃない。


女を抱きながらたまに思い出すんだ、あの夜のことを。


今まで、その女だから抱いたってことは無いんだ。


抱いてやれば女は喜ぶし、俺だってそこそこイイ目に合えるわけだしな。」


「隼人、私が隼人を忘れられなかったのは、あの夜のせいじゃないよ。


気にしないでってあの時も言ったでしょ。」


本当のことだった。


たった一度のことを忘れられないんじゃない。


三年間の思い出が消せなかっただけのことだった。


「沙耶がここに来たいと言った時、絶対にオマエを抱くまいと心の中で決めていた。


でも、それが今グラグラ揺れている。


沙耶を・・抱きたい。」


「・・・。」


朝が来れば必ずやって来る『その日』が二人には見えていた。


沙耶は隼人の腕の中にいた。


「沙耶、ドイツになんか帰るなよ。


ここで一緒に暮らさないか?」


思ってもいない隼人の言葉だった。


素直に嬉しかった。


「隼人の気持ちは嬉しいけど、それはできないよ。


私は向こうで仕事だってしてるんだから・・。


私のこと、可哀そうだと思ってるんでしょ。


心配してくれなくて大丈夫だから。


今までだって、ちゃんとやって来れたし、今度のことで私は自分とちゃんと付き合っていけそうな気がしてるから。


私たち二人には、同じ未来なんて無い。


別れが見えてくると最後に一つや二つ盛り上がったりするモノだよ。」


沙耶の言っていることもわかる。


だが隼人は今、心から沙耶を抱いていたいと思っていた。


こんな気持ちになったのはなぜだろう。


沙耶は特別な存在になったのだろうか。


一生懸命な沙耶の行動が、隼人の心を温めたのかもしれない。


隼人の心に何かを残した。


そんな時、沙耶は二度と会わない別れを覚悟していた。



おはようございます。

朝から蒸し暑くて・・。

今日は、これから雨が降るのでしょうか?

部屋の湿度計は77%

数字を見ただけで嫌になっちゃいます。



「私、本当はあずさの結婚式に出るためだけに帰って来たんじゃないの。


隼人に会いに来た。


あの日、会ったことだって偶然じゃないの、ゴメン。」


「そうか・・。


あの少し前・・と言っても二・三か月前にあずさに会ったんだ。


昔の知り合いによく会うなあ・・とは思ったけど、そんなことどうでもいいさ。」


「ずっと前、隼人に言われたことがある。


『俺の気持ちもわからないくせに・・。』って。


覚えてる?


私って自分でも気が付かないうちに人の侵入されたぅないところに入っていってしまうのかな。


同じこと他の人にも言われたことがある。


結局、自分勝手なだけ。


ここにこうしていることだって、よく考えてみれば自分勝手な発想以外の何物でもない。」


「沙耶は少しぐらい自分勝手なくらいで丁度いいんじゃない。


そうでなけりゃ、何もできないじゃん。



人のことばかり考えてるだろ。


あの時、好きだって言ってくれていたら、きっと今全てが違ってたんじゃない?」


「そうかな~?


違うかもしれないし、同じかもしれない。


隼人が今の自分に満足していないから、そんなことが言えるんだよ。


思うとおりに生きていたなら、私のことだって、こんな風に受け入れてくれてない。


それに、私だって会いに来てない、きっと。」


こんな時間が欲しかった。


隼人と話す時間。


あの頃の隼人は遠すぎた。


沙耶が欲しいと思うモノを全て持っていた。


自分が一番輝くことが出来る場所、将来の夢・・。


沙耶がいくら必死になっても見つけられないモノを当然のように手にしていて、そこに向かって進んでいる。


眩しすぎる存在だった。


「俺、今の自分、嫌いじゃないんだ。


すごくラクで、これはこれでイイと思ってる。


大学入ってサッカーやっていても、それまでとは何か違う気がしていた。


その時に俺はサッカーに背を向けて歩き始めたのかもしれない。


ケガしたことは単に思いきるための理由みたいなモノで、あの時あんなことが無くても辞めていたよ、サッカー。


何だか、沙耶といるといろんなことを思い出したり考えたりするよ。」


例のワインを飲みながら隼人がゆっくりと話す。


「隼人、私は今の隼人もやっぱり好きなんだと思う。


嫌いになんてなれそうにない。


嫌いになるために、ここに置いてなんて勝手なこと言って押しかけてゴメン。


ここに来ちゃいけなかったんだ。


結局、隼人を巻き込んで、新しくわかったことなんて何もなくて、・・帰ってるるんじゃなかった・・。」


「そんなこと言うなよ。


もうよそう。


俺、もう寝るから。」


今の沙耶に言ってやる言葉が見つけられなくて、この場を去った。


自分を責めながら、それでもどうにか一人で歩こうとして頑張っている沙耶に対して・・。


逃げているのかもしれない・・、そう思った。


優しい言葉をかけることも出来ず、抱きしめてやることも出来ない。


中途半端な自分の心が腹立たしかった。


「ごめんなさい。」


「さっきから謝ってばっかりだぞ。


もう謝るな、いいな。


沙耶、寝ないのか?」


「うん。


もう少し。」


どういう涙なのか自分でもわからなかったが、泣いてしまいそうな感じがした。


隼人には見られたくなくて、落ち着くまでここにいようと思った。


隼人が眠った頃、ベッドに行けばいい・・と。


沙耶は一人ソファーに座ったまま、目を閉じた。




長いはずの休みも残りが二日になっていた。


短い時間の中で気持ちを決めるには、隼人の傍にいるのがいいと思った。


今でも好き・・。


長い空白の時間を飛び越したように思いが大きくなる。


それでも、この結末は別れだ。


始めから決まっていた。


そんな現実の中で、たった一つ心に決めていた。


もう二度と会えなくても後悔しないでいられるように残りの時間を使おう・・と。




少し遅くなった。


隼人は帰っているだろうか。


部屋には明かりが付いていた。


今日は早いんだ・・。


沙耶にとっては遅い時間も隼人にとっては早い時間になる。


「ただいま。」


「・・・。」


隼人は黙っている。


「今日は早いんだね。


シャワー、いいかな?」


「・・・。」


「隼人、聞こえてるの?」


「ああ。」


「どうしたの?


何かあったの?」


「別に・・何も・・。」


沙耶がどこに行っていたのか気になっていた。


そんな隼人の気持ちには気づくこともなくシャワーを浴びている。


「沙耶、身体はもういいのか?」


遠回しに聞いてみる。


「ありがとう。


本当にもう大丈夫。


調子いいから出かけたけど、少しはしゃぎ過ぎたみたい。」


「気楽なもんだよな。


散々心配させておいて。」


隼人は呆れた口調で言い捨てた。


意地を張ってないで素直になればいいのに、それが出来ないでいた。


自分の心の中で起こっている変化にうまく対応できないでいた。


そんなに気になるなら傍にいればイイのに・・、優しい言葉の一つくらいかけてやればいいのに・・。


沙耶はいつも隼人の傍にいた。


どうしてあの頃、気が付かなかったのだろう。


多分、他の誰より俺を見ていた、他の誰より俺を思っていてくれたんだろう。


今になって、ようやく気が付いた。


正直なとこ、沙耶を好きになりそうだったことがある。


でも、ちょうどその頃だった、例の噂が流れたのは・・。


それですぐに降りた。


沙耶は違ってた。


俺が誰と付き合っていようが、誰と別れようと、同じ距離で見てくれていたのだ、きっとあの三年間ずっと、変わらず・・。


俺が沙耶にキツイことを言った時、怒るというより寂しそうな顔をした。


あの時、沙耶がドイツへ発つ前の夜のことだって、俺を責めることもなく笑っていた。


隼人は今やっと沙耶の思いの深さを知った。


あの頃、一言好きだと言ってくれていたら、二人は上手く付き合って行けたのかもしれない。


隼人はそう思っていた。


隼人はいつもその時を生きてきた。


立ち止ったとしても、その周りを見るくらいで後ろを振り返ることをしない。


「隼人、少し話していい?」


シャワーを浴びて出てきた沙耶は思い切って話しかけた。


「どうぞ。」


気のない返事だ。




沙耶はその頃、一人街をどこへ行くともなく歩いていた。


行きつけの店があるわけでもなく、誰かと約束があるわけでもなく、映画を見てこれからどこへ行こうかと思っていた時・・。


「沙耶、どうしたんだよ、こんなところで?」


そう声をかけてきたのは秀だった。


彼も驚いていたが沙耶も驚いた。


まさか、秀とまた会うことがあるなんて思ってもいなかったから。


「秀こそどうして?」


「友達の結婚式だよ。


沙耶は?」


「私も同じ。


私たち、もうそんな年なんだね。


元気だった?」


「ああ。


温かいモノでも飲まない?」


「うん。


一人だと食事することも忘れちゃう。」


「よく二人で歩いたよな。


沙耶はいつまでも歩き続けるもんな。


もうずっと昔のことのように思えるよ、ほんの少し前のことなのに。


久しぶりに付き合わせてくれないか。」


「うん。」


秀はいつもと同じだった。


明るくて面白くて優しくて、少し無理してる感じも・・。


だけど私に声をかけてくれた。


それだけで、なぜだかわからないけど安心した。


私に気づいても避けなきゃならない生き方はしていない・・、そう思えたからだろうか。


沙耶は難しい話題へと進むことをしなかった。


沙耶は秀と出かけて洋服を買うことが多かった。


沙耶の好みを知っているし、センスも抜群だ。


「秀が選んだ服、評判イイんだよ。


会社でも友達にも。」


「そう言ってもらえて嬉しいよ。」


二人はあちこちの店であれこれ試着して、結局のところ何も買っていなかった。


だんだんと辺りは薄暗くなってきた。


店も閉店の準備を始めるところが多くなった。


「夕飯どう?


時間あればだけど。」


「いいよ、行こう。


秀、何が食べたい?


・・て言ってもどこに行けばいいのかわからないわ。


高校卒業してすぐ向こうに行ったし、知っていたとしても六年も経ってたら知らないのと同じよね。」


「じゃあ、寿司、行くか?


友達の家、寿司屋なんだ。」


「賛成!」


秀の友人という彼もとても感じのイイ人だった。


やっぱり秀の知り合いのことだけはある。


思いもかけない人に、思いもかけない場所で偶然会って、その懐かしさのせいだろうか、二人はもう食べられないというほど食べて、もう飲めないというほど飲んだ。


秀はいつも沙耶に聞きたくて聞けなかったことを別れ際に言った。


「俺といて沙耶は楽しかったの?


いつも少しだけ無理してるように見えた。


でも、聞けなかった。


聞いてはいけない気がしていたから。


もう二度と会えないと思うとやっぱり聞きたいんだ。


答えたくないならそう言ってくれていいから・・。」


「楽しかったよ。


だけど、私はいろんなことから逃げてた。


だから、秀に対しても、もう一歩踏み出して付き合うことが出来なかった、ゴメンね。」


「謝らなくていいよ。


そういう面じゃ、俺も同じだったから。


出会う時を間違ってしまったんだな、俺たち。」


秀と偶然再会できたことで、胸の奥で燻っていたモノが静かに消えるのを沙耶は感じていた。


後味の悪い別れだったから・・、あの時。


「それじゃ、元気でな。」


「秀も・・。


今日は楽しかった、ありがとう。」


秀は沙耶を抱きしめた。


本当のサヨナラの気持ちを込めて・・。


秀の心を感じていた。


温かくて思いやりに溢れている。


いつだってそうだった。


時として、その心を重く感じた時もあった。


だけど今、二人の心が同じ色に染まった気がしていた。