すみれのキモノ笑う日々 -2ページ目

すみれのキモノ笑う日々

週末着物ではありますが、着付けに悩みコーディネートに失敗するちょっと笑える着物のお話、日々のアレコレをつづります。

これまでのお話はこちらから。

「ぼっち」で生きていく(その1)

「ぼっち」で生きていく(その2)
 

 

 

 

普通の女の子らしい見た目を整えだした私。

すると、クラスの中でひとり、ふたりと話しかけてくれる女子クラスメイトが現れはじめ、一つのグループと行動をともにするまでに至りました。

正直、聖子ちゃんカットはまったく似合ってなかったと思いますが、それまで私を包んでいた「あいつなんかヤバそうだから近づかんとこ」なオーラが自然に薄まったのだと思います。

 

私は「サロメ」「悪徳の栄え」「甲賀忍法帖」を押し入れの奥底へしまい、穴があくほど読んでいた「アストロ球団」を「くらもちふさこ全集」に替え、「初恋の人は忍者カムイ」と口走るのを金輪際やめて「平凡」「明星」で好きなアイドルを見つける努力をしました。

仲良くなった女の子たちと学校帰りにアイスを食べながら昨夜のドラマの話をし、「ザ・ベストテン」の誰それの話で盛り上がる。

無邪気な話題で笑い合う友人たちのことをかわいく感じたし、その同じ場にいるという感覚は今まで感じたことのない温かい安心感を私にもたらしました。

これでいい。そう思っていました。

 

しかし。

それを新鮮で楽しいと感じることができたのはせいぜい半年でした。

 

 

例えば皆で誰かのショッピングに付き合うとき。

たかがハンカチ一つを買うにも、彼女たちはとても時間がかかりました。

自分もバレンタインチョコを買うのに一週間かけたヤツですから「慎重に吟味したいのだろう」と思っていましたがどうもそうではない。

彼女たちはその場で買う物とは無関係のおしゃべりを始めるのです。

「ね、このアクセサリー。隣のクラスの〇〇ちゃんがつけてたの見たことある」

「あー〇〇ちゃんって、あの人さ、知ってる?こないだね」

と、商品とは関係ない話になり、しかもそれがどんどん脱線して買物が一向に進まない。

そんなとき私は「この時間は必要か?」とイライラしてしまうのです。

(そんな話はいいからハンカチ買うのか買わないのかさっさと決めてほしいなあ。待ってる身にもなってほしいんだけど)

と、妻の買物に辟易するオッサンみたいになるのでした。

しかしそんな心持ちでいるのは私だけ。他のみんなはいつ果てるともしれないそのおしゃべりを心底楽しんでいるように見えます。

 

結局「うーんやっぱり今日は買うのやーめた」という友人に(なんじゃそら)と内心ツッコミながらも、行動が次の段階に移って安堵する私。

・・・と思いきや、喫茶店(今ならカフェよね)に入るとまたまたおしゃべり。

「昨日のベストテン観た?」

「観た観たー。〇〇の衣装、変なのー」

「●●の衣装はかわいかったよねー」

「ねー明日の数学の勉強した?」

「たぶん今日は勉強できないよーだって△△のドラマ今日から始まるし」

かみあっているようないないような、その刹那で終わる会話。

まるで薄い霧の粒が地面に落ちて、その瞬間蒸発するかのようです。

でも落ちた言葉が蒸発しても誰も気にしない。発した本人すらも。

彼女たちが笑い合う中、私だけがその空気を全く楽しめていない。

人の中にいてなお感じる孤立感と違和感。

 

「自分がそこに溶け込めていない」と感じた原因が一体何なのか。

それを分析・理解するのにはかなりの年月がかかりました。

わかったことは3つ。

 

・自分はたわいのない雑談が非常に苦手である。

・かといって、別に政治経済のカタい話をしたいと思っているわけではない。

・ひとつのテーマを形成し、深堀りしていくような目的のある会話ならば大好き。

 

例えば、「ケーキ」についておしゃべりするとして。

 

「私はいちごのショートケーキが好き」

「私はチーズケーキ派」

「どこそこのロールケーキおいしいよ」

「あそこ、確か駅前に移転したよね」

みたいに各人がてんでバラバラに単発・直感的な感想を言い、どこに着地するのかさっぱりわからないような会話は、私の脳が「ケーキの好みはそれぞれ違うに決まってるし、どこの店が旨いかも人によって違うからそんな情報は不要」と結論を早々と出してしまい、交わされる会話が上滑りでとても空虚なもののように感じてしまうのです。

 

だけど、これがもし「自分が生まれて初めて食べたケーキの思い出を語ろう」みたいに一つのお題をめぐると断然面白みを感じる。

それは何歳の時だった。何のケーキを食べた。他所のお家で出された、両親が買ってきてくれて我が家で食べた。一口食べて自分はどう感じ、それをどう言い表した。買ってきた親はその顔を見て喜んでいた、きょうだいと取り合いのケンカになった、泣いているとてっぺんのイチゴを姉が自分にくれた。

当時ケーキ屋は街に一軒しかなく、そこのおじさんが離婚して次の奥さんが来たんだけど、それからちょっと味が変わって美味しくなくなった。

その人の幼い頃の表情、その人を愛した大人たちの顔が浮かんだり、その時代の面影が浮かぶような、その人にしか語れない、その人の奥底にある「物語」「ストーリー」ならば、むしろ喜んで聞きたい。

そして、自分もそれを語りたい。

その熱量を楽しみ、全員が共感し合ったり懐かしんだりして、「今日はいい成果(話)を共有できた・・・」と互いの肩を叩き合うような語らいの場にしてみたい。

 

しかし人と集まっていて、そんな大喜利的な展開になることはほぼありません。

誰かが何気なく口火を切ったことに誰かがこれまた何気なく軽い反応を見せ、その後の会話の焦点は何気なく、次々にめまぐるしく変わりその行方はわからない。

後になって何の話をしたかも覚えていないほどなのに、帰り際には必ず「今日は楽しかったねーまた会おうねー」と皆が言う。

 

おそらく普通の人はしゃべる内容などどうでもよく、むしろ「しゃべる」という行為そのものを楽しんでいて、こうしたコミュニケーションのあり方がどうやら一般的らしい、ということを受け入れるのは、当時の私にはなかなかの課題だったように思います。

 

オスカー・ワイルドやジョージ秋山といったオタクな趣味のせいではなかった。

見た目が小綺麗であればいいわけでもなかった。

他の人であれば息を吸って吐くように自然にできるコミュニケーションが、自分には意味が感じられず、むなしく思えて仕方がない。

それこそが、私の孤独の真の正体でした。

こういうタイプの人間は少なくないことを今でこそネットその他で知っていますが、若い頃は「自分はどこかに欠陥があるのかもしれない」と自己嫌悪に陥るばかりでした。

 

 

(続く)

 

 

 

(その1)はこちらから。

 

 

 

高校生になっても友だちができずいつもひとり行動の私。

休み時間の居場所は図書室しかありません。

それでも本を読むことが好きで人としゃべるのが苦手な私には最も気が休まる場所でした。

「なんならここで一生を終えたい。寝泊まりできたらどんなにいいかな~」

 

ある日。一人の男子学生が図書室に入ってきました。

背が高く、長い手足。

色白の整った顔立ちが聡明そうで、肩にかかるやや長めのヘアスタイルがとても似合っていました。

 

 

(かっこいい・・・)

 

 

私は初めて男性にドキドキしたのでした。

 

その人は2学年上。

バンドをやっていてボーカル&ギター担当。文化祭でチャゲアスの「万里の長城」を熱唱する彼に黄色い声援を送るファンクラブもありました。

 

私と同じ「ぼっち」でありながらやたら情報通の銀座クラブママ志望のメガネ女子が言うには「他校にもう何年も付き合ってる彼女がいるんだって」

 

銀座メガネ「美人ってウワサだよ」

 

どう考えても完全に雲の上の人です。

あきらめる以外の選択肢はありません。

わかってはいましたが、いっそ思いの丈をぶつけて玉砕すればこの苦しさから解放されると思い、バレンタインデーにチョコをプレゼントすることを決めました。

 

バレンタイン当日。

私は選ぶのに一週間を費やしたブーケ型のチョコを手に持ち、図書室の前で待機。

廊下を歩く彼めがけて、すでにたくさんの女子がチョコを手渡しています。

そのたびに困ったような笑顔で立ち止まり、小さく「ありがとう」を言う彼。

 

私も。私も渡さなくちゃ!

緊張のあまり私は突進し、恥ずかしさのあまり下を向いたまま

「うっ うっ 受け取ってください!」とチョコを突き出しました。

その瞬間、彼の「ぐふぇぇっっっ」という声。

顔を上げてみると、脇腹に私のチョコが突き刺したようにめりこんでる!

どう見ても思い余って刃傷沙汰を起こした女ストーカーです。

痛みに体を二つ折りにする彼を残して、私は逃げ去りました。

二度と振り返らずに。

 

 

何か月か後の日曜日、街で彼を見かけました。

女の子と一緒です。

すごくキレイな人で、ほんのりメイクをした顔立ちと当時流行のレイヤードカットは女子大生かと思うほど大人びていました。

お似合いのふたりは本当に幸せそうに見えました。

 

 

「・・・だよなあ」と納得。

しかしそれと同時に、

「もしかしたら私は誰からも好かれず、存在すら知られない人生を送るのかもしれない」という悲しみが初めて私を襲いました。

 

 

家に帰り鏡を見ました。

暗い目つき、髪も眉もボサボサ。

この頃すでに裸眼視力0.03、銀座メガネを笑えないほど度の強い分厚い眼鏡。

良くみるとうっすら口ヒゲまであります。

いとこのお下がりのセーターは毛玉だらけ。スカートはスーパーの衣料コーナーで(親が)買ったおしゃれ度外視のキュロットスカート。

 

 

(いやもうダメだろこれ)

 

 

私もかわいくなりたい。

人から好かれる魅力を手に入れたい。

 

 

私は決意し、お年玉貯金を崩しまくりました。

これまで本とマンガと映画につぎ込んでいたおこづかいで生まれて初めてコンタクトを入れ、デパートでレース衿のワンピースを買い、近所の美容院で聖子ちゃんカットをキメたのでした。

 

  (続く)

 

着物を着る機会がないので、ちょっと自分語りを。

 

 

 

 

なかなか収まらぬコロナ感染。

こちら福岡も緊急事態宣言はおそらく延長される見込み。

他人と会って食事を楽しんだりするのはまだまだ先のようです。

しかしもともと一人でいるのが好きな性分なのでさほど苦にはなりません。

 

 

思えば、私は物心ついた頃から気づけばいつもひとりでした。

小学校では見かねた教師がクラスの女子に「すみれちゃんも入れてあげなさい」と言いますが、しばらくすると「すみれちゃんが入ると数が合わなくなる」と遊びに入れてもらえなくなりました。

そう書くとまるで陰湿なイジメに遭ったかのようですが、遠ざけられるのは私自身に大きな原因がありました。

 

 

一言で言うと、私はとにかく気持ちの悪い子供だったのです。

空想ばかりしている変わり者、マニアックな知識ばかり追い求めてそれを披露する不気味な子供でした。

 

皆がリカちゃん人形で遊んでいる頃、インド神話にハマっていた私は闘いの女神カーリーになりきって赤い舌を出したすごい形相で親戚のおじさんの背中を踏みつけにしていました。

 

中学に上がり、皆が何の部活に入ろうかテニスか陸上かと話し合う頃、私は「魚のシシャモはアイヌ語のシシャムから来ているのだ」というトリビアを家族中に広めることに大忙しでした。

 

高校でも、「私はトシちゃん」「断然マッチ」とはしゃぐ(←時代です)級友をよそに、マルキ・ド・サドやオスカー・ワイルドといったエロめな本を某男子(これまた超変人)と貸し借りし、どれだけ斬新な(と自分たちが自己満足できる)考察ができるかでマウントを取り合うことに全力投球していました。

 

類は友を呼びます。

高校時代、おしゃべりしていて楽しいと感じる相手はみなクセ強めな人間ばかり。

 

例えば。

 

寒い朝に布団から出られず勉強できないというなら、布団を着ずに床の上で寝てそのまま起きれば良いのだ、とその有用性を誰かれ無しに説く者( → 東大理3に進学)。

 

カタブツのメガネ女子なのに「将来は銀座高級クラブ店を出したい」と言い出し、経済に詳しくなるため日経新聞を購読する傍ら、ギャルな級友をホステスとして青田買いしようとする者。

 

東欧の女子留学生に恋をして覚えたてのチェコ語で告白しようとしたら彼女は帰国。勇気を出してチェコに電話したら彼女のママが出て「もう別の彼がいる」と言われたが、なぜかそのママに気に入られて毎日電話で会話したため半年足らずでチェコ語ペラペラになった奴。

 

 

個性あふれる話、誰かが熱意を込めて話す話というものが大好きなのだと気づいたのはこの頃です。

その話が重箱の隅をつつくほど「すきま」で珍しいテーマであればあるほど面白い。

もちろんそのバカバカしさに爆笑するものもありますが、これまでの自分が考えもしなかったことをこの人は意識しているんだと尊敬したり、そんな世界があるのかと驚き新鮮に感じたりするのが楽しい。

 

そしてそんな彼らも私同様、誰かとつるむということもなく、常にそれぞれ単独行動でした。

だからこそ話がしやすかったのかもしれません。

私は、自分はこれからも人と距離を置きながら一人でひっそり生きていくのだろうと思っていました。

 

 

そう。ある男性を好きになる日が来るまでは。

 

 

(続く)

1月1日(金)、元旦。

夫とお出かけ。

 

濃紫茶色の飛び柄小紋に太下彦兵衛さんの袋帯。

 

 

松竹梅柄の羽織を合わせました。

 

この羽織、着物をはじめた頃に「わーきれい」と飛びついて誂えたものです。

「絵羽模様は普段着着物には合わせづらい」ことにその頃気づかなかったのですね・・・

でも今日のような少しだけおめかし着物、なおかつお正月とくればまさに出番です。

 

 

向かったのは博多座。

ミュージカル「ローマの休日」初日です。

 

 

背景の英文字でお気づきのとおり、写真が反転しちゃってますねー。

戻す方法がわからないのでこのまま載せます(笑)

夫婦ともどもグレーヘアがますます進行中。

 

 

階段もローマの休日。アーニャの笑顔がまぶしい。

 

 

席は最前列の最左端。嬉しいような、でも見え方が不安なような。

 

 

でもいざ始まると、そんな不安が消し飛ぶほど素敵で素晴らしい舞台でした。

 

ひとり街に飛び出した王女様の一日だけの小さな冒険。

初めて着る木綿のパジャマにテンションが上がり、ベスパを乗り回し、公園でジェラートをパクつき、「真実の口」にドキドキしながら手を入れ、果てはギターを振り回し。

そして初めての恋、初めてのキス。

大好きなあの映画でおなじみの名シーンが華やかな歌と踊りとともに繰り広げられます。

 

この日アン王女を演じたのは土屋太鳳さん。

これがもう・・・とにかく可愛くて、そして美しいんです!

今回の配役、アン王女はWキャストでもうお一方は宝塚出身の朝夏まなとさん。きっと舞台映えする方で歌唱力も素晴らしいことだろうと思います。

実際、太鳳ちゃんは舞台の上ではとても小柄だし、歌は他のミュージカル俳優さんの声量にさすがにちょっと負けちゃう感じも残念ながらありました。

 

でも。あの少女のようなあどけない顔立ちと鈴を鳴らすような声が、アン王女のピュアな雰囲気にぴったり。

そしてそんなアン王女が「アーニャ」という一人の女性となって人を愛することを知り、辛い別れを経て自分の使命に立ち戻るときには驚くほど大人の表情と声色になって、凛として気高い一国の王女に成長するプロセスを太鳳ちゃんは見せてくれました。

映画のオードリー・ヘプバーンもそうでしたが、この物語は「誰がアン王女(アーニャ)を演じるか」がとても重要、それくらい魅力的な主人公なのですね。

 

アーニャのあの軽やかなショートボブ、ふわりと風をはらむサーキュラースカートにフレンチスリーブ、軽やかなグラディエーターシューズ、そして首元に小さくきゅっと巻いたスカーフは今見てもすごくお洒落。

どうにかして一式買いそろえたいわー(似合わないけど 笑)

 

 

アーヴィング役の藤森慎吾さんも、動きやせりふ回しにキレがあってすごく芸達者でした。

一見チャラいけど実はマジメでめちゃくちゃいいヤツ。

なんとなくご本人のイメージに通じる気がしますね。

 

 

1月はお休みのほとんどが仕事でつぶれてしまうので、着物に袖を通す機会がしばらく無さそう。

それだけに、年の初めに美しくて素敵なものを目にできたことに感謝でした。

 

みなさま、新年明けましておめでとうございます。

コロナで生活が一変した昨年でした。

今年は希望の光が差す良い年でありますように。     

 

 

 

 

お正月のおめかし。

 

飛び柄の小紋に太下彦兵衛さんの袋帯。

フォーマル寄りな帯、なかなか出番がないので元旦に出陣です。

 

 

 

今年もどうぞよろしくお願いいたします!