「ぼっち」で生きていく(その3) | すみれのキモノ笑う日々

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週末着物ではありますが、着付けに悩みコーディネートに失敗するちょっと笑える着物のお話、日々のアレコレをつづります。

これまでのお話はこちらから。

「ぼっち」で生きていく(その1)

「ぼっち」で生きていく(その2)
 

 

 

 

普通の女の子らしい見た目を整えだした私。

すると、クラスの中でひとり、ふたりと話しかけてくれる女子クラスメイトが現れはじめ、一つのグループと行動をともにするまでに至りました。

正直、聖子ちゃんカットはまったく似合ってなかったと思いますが、それまで私を包んでいた「あいつなんかヤバそうだから近づかんとこ」なオーラが自然に薄まったのだと思います。

 

私は「サロメ」「悪徳の栄え」「甲賀忍法帖」を押し入れの奥底へしまい、穴があくほど読んでいた「アストロ球団」を「くらもちふさこ全集」に替え、「初恋の人は忍者カムイ」と口走るのを金輪際やめて「平凡」「明星」で好きなアイドルを見つける努力をしました。

仲良くなった女の子たちと学校帰りにアイスを食べながら昨夜のドラマの話をし、「ザ・ベストテン」の誰それの話で盛り上がる。

無邪気な話題で笑い合う友人たちのことをかわいく感じたし、その同じ場にいるという感覚は今まで感じたことのない温かい安心感を私にもたらしました。

これでいい。そう思っていました。

 

しかし。

それを新鮮で楽しいと感じることができたのはせいぜい半年でした。

 

 

例えば皆で誰かのショッピングに付き合うとき。

たかがハンカチ一つを買うにも、彼女たちはとても時間がかかりました。

自分もバレンタインチョコを買うのに一週間かけたヤツですから「慎重に吟味したいのだろう」と思っていましたがどうもそうではない。

彼女たちはその場で買う物とは無関係のおしゃべりを始めるのです。

「ね、このアクセサリー。隣のクラスの〇〇ちゃんがつけてたの見たことある」

「あー〇〇ちゃんって、あの人さ、知ってる?こないだね」

と、商品とは関係ない話になり、しかもそれがどんどん脱線して買物が一向に進まない。

そんなとき私は「この時間は必要か?」とイライラしてしまうのです。

(そんな話はいいからハンカチ買うのか買わないのかさっさと決めてほしいなあ。待ってる身にもなってほしいんだけど)

と、妻の買物に辟易するオッサンみたいになるのでした。

しかしそんな心持ちでいるのは私だけ。他のみんなはいつ果てるともしれないそのおしゃべりを心底楽しんでいるように見えます。

 

結局「うーんやっぱり今日は買うのやーめた」という友人に(なんじゃそら)と内心ツッコミながらも、行動が次の段階に移って安堵する私。

・・・と思いきや、喫茶店(今ならカフェよね)に入るとまたまたおしゃべり。

「昨日のベストテン観た?」

「観た観たー。〇〇の衣装、変なのー」

「●●の衣装はかわいかったよねー」

「ねー明日の数学の勉強した?」

「たぶん今日は勉強できないよーだって△△のドラマ今日から始まるし」

かみあっているようないないような、その刹那で終わる会話。

まるで薄い霧の粒が地面に落ちて、その瞬間蒸発するかのようです。

でも落ちた言葉が蒸発しても誰も気にしない。発した本人すらも。

彼女たちが笑い合う中、私だけがその空気を全く楽しめていない。

人の中にいてなお感じる孤立感と違和感。

 

「自分がそこに溶け込めていない」と感じた原因が一体何なのか。

それを分析・理解するのにはかなりの年月がかかりました。

わかったことは3つ。

 

・自分はたわいのない雑談が非常に苦手である。

・かといって、別に政治経済のカタい話をしたいと思っているわけではない。

・ひとつのテーマを形成し、深堀りしていくような目的のある会話ならば大好き。

 

例えば、「ケーキ」についておしゃべりするとして。

 

「私はいちごのショートケーキが好き」

「私はチーズケーキ派」

「どこそこのロールケーキおいしいよ」

「あそこ、確か駅前に移転したよね」

みたいに各人がてんでバラバラに単発・直感的な感想を言い、どこに着地するのかさっぱりわからないような会話は、私の脳が「ケーキの好みはそれぞれ違うに決まってるし、どこの店が旨いかも人によって違うからそんな情報は不要」と結論を早々と出してしまい、交わされる会話が上滑りでとても空虚なもののように感じてしまうのです。

 

だけど、これがもし「自分が生まれて初めて食べたケーキの思い出を語ろう」みたいに一つのお題をめぐると断然面白みを感じる。

それは何歳の時だった。何のケーキを食べた。他所のお家で出された、両親が買ってきてくれて我が家で食べた。一口食べて自分はどう感じ、それをどう言い表した。買ってきた親はその顔を見て喜んでいた、きょうだいと取り合いのケンカになった、泣いているとてっぺんのイチゴを姉が自分にくれた。

当時ケーキ屋は街に一軒しかなく、そこのおじさんが離婚して次の奥さんが来たんだけど、それからちょっと味が変わって美味しくなくなった。

その人の幼い頃の表情、その人を愛した大人たちの顔が浮かんだり、その時代の面影が浮かぶような、その人にしか語れない、その人の奥底にある「物語」「ストーリー」ならば、むしろ喜んで聞きたい。

そして、自分もそれを語りたい。

その熱量を楽しみ、全員が共感し合ったり懐かしんだりして、「今日はいい成果(話)を共有できた・・・」と互いの肩を叩き合うような語らいの場にしてみたい。

 

しかし人と集まっていて、そんな大喜利的な展開になることはほぼありません。

誰かが何気なく口火を切ったことに誰かがこれまた何気なく軽い反応を見せ、その後の会話の焦点は何気なく、次々にめまぐるしく変わりその行方はわからない。

後になって何の話をしたかも覚えていないほどなのに、帰り際には必ず「今日は楽しかったねーまた会おうねー」と皆が言う。

 

おそらく普通の人はしゃべる内容などどうでもよく、むしろ「しゃべる」という行為そのものを楽しんでいて、こうしたコミュニケーションのあり方がどうやら一般的らしい、ということを受け入れるのは、当時の私にはなかなかの課題だったように思います。

 

オスカー・ワイルドやジョージ秋山といったオタクな趣味のせいではなかった。

見た目が小綺麗であればいいわけでもなかった。

他の人であれば息を吸って吐くように自然にできるコミュニケーションが、自分には意味が感じられず、むなしく思えて仕方がない。

それこそが、私の孤独の真の正体でした。

こういうタイプの人間は少なくないことを今でこそネットその他で知っていますが、若い頃は「自分はどこかに欠陥があるのかもしれない」と自己嫌悪に陥るばかりでした。

 

 

(続く)