着物を着る機会がないので、ちょっと自分語りを。
なかなか収まらぬコロナ感染。
こちら福岡も緊急事態宣言はおそらく延長される見込み。
他人と会って食事を楽しんだりするのはまだまだ先のようです。
しかしもともと一人でいるのが好きな性分なのでさほど苦にはなりません。
思えば、私は物心ついた頃から気づけばいつもひとりでした。
小学校では見かねた教師がクラスの女子に「すみれちゃんも入れてあげなさい」と言いますが、しばらくすると「すみれちゃんが入ると数が合わなくなる」と遊びに入れてもらえなくなりました。
そう書くとまるで陰湿なイジメに遭ったかのようですが、遠ざけられるのは私自身に大きな原因がありました。
一言で言うと、私はとにかく気持ちの悪い子供だったのです。
空想ばかりしている変わり者、マニアックな知識ばかり追い求めてそれを披露する不気味な子供でした。
皆がリカちゃん人形で遊んでいる頃、インド神話にハマっていた私は闘いの女神カーリーになりきって赤い舌を出したすごい形相で親戚のおじさんの背中を踏みつけにしていました。
中学に上がり、皆が何の部活に入ろうかテニスか陸上かと話し合う頃、私は「魚のシシャモはアイヌ語のシシャムから来ているのだ」というトリビアを家族中に広めることに大忙しでした。
高校でも、「私はトシちゃん」「断然マッチ」とはしゃぐ(←時代です)級友をよそに、マルキ・ド・サドやオスカー・ワイルドといったエロめな本を某男子(これまた超変人)と貸し借りし、どれだけ斬新な(と自分たちが自己満足できる)考察ができるかでマウントを取り合うことに全力投球していました。
類は友を呼びます。
高校時代、おしゃべりしていて楽しいと感じる相手はみなクセ強めな人間ばかり。
例えば。
寒い朝に布団から出られず勉強できないというなら、布団を着ずに床の上で寝てそのまま起きれば良いのだ、とその有用性を誰かれ無しに説く者( → 東大理3に進学)。
カタブツのメガネ女子なのに「将来は銀座高級クラブ店を出したい」と言い出し、経済に詳しくなるため日経新聞を購読する傍ら、ギャルな級友をホステスとして青田買いしようとする者。
東欧の女子留学生に恋をして覚えたてのチェコ語で告白しようとしたら彼女は帰国。勇気を出してチェコに電話したら彼女のママが出て「もう別の彼がいる」と言われたが、なぜかそのママに気に入られて毎日電話で会話したため半年足らずでチェコ語ペラペラになった奴。
個性あふれる話、誰かが熱意を込めて話す話というものが大好きなのだと気づいたのはこの頃です。
その話が重箱の隅をつつくほど「すきま」で珍しいテーマであればあるほど面白い。
もちろんそのバカバカしさに爆笑するものもありますが、これまでの自分が考えもしなかったことをこの人は意識しているんだと尊敬したり、そんな世界があるのかと驚き新鮮に感じたりするのが楽しい。
そしてそんな彼らも私同様、誰かとつるむということもなく、常にそれぞれ単独行動でした。
だからこそ話がしやすかったのかもしれません。
私は、自分はこれからも人と距離を置きながら一人でひっそり生きていくのだろうと思っていました。
そう。ある男性を好きになる日が来るまでは。
(続く)
