「ぼっち」で生きていく(その4) | すみれのキモノ笑う日々

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週末着物ではありますが、着付けに悩みコーディネートに失敗するちょっと笑える着物のお話、日々のアレコレをつづります。

これまでのお話はこちらから。

 

「ぼっち」で生きていく(その1)

「ぼっち」で生きていく(その2)

「ぼっち」で生きていく(その3)

 

 

グループ行動をすればするほど孤独を感じてしまう。

むしろ一人でいる方が寂しくない。

そんな状態は高校、大学、そして社会人になっても続きました。

 

コミュ障ぎみの私ですが、仕事上のやりとり自体を苦痛に感じたことはありません。

業務上の会話やミーティングは、達成すべき目標に向かって関係者の意識が集中するからかもしれません。

何が課題でそれをどう解決するか関係者と共有し、意見が対立するときはその調整方法を考える。

何をどう話し、どう伝えたらうまくいくかを考えるのは大変なときもありますが、首尾よく回れば達成感を感じることができました。

 

しかし、仕事を離れた懇親の場となると学生時代と同じ「入り込めない」苦痛が襲います。

しかもその頃はいわゆる「飲みニケーション=人間関係」と信じて疑わない風潮がまだ残っていました。

女性の先輩も少数いましたが、彼女たちは異口同音に「懇親会やランチ会には何があっても出席すること。それが仕事の人脈を作るのよ」「そこで重要な情報共有をすることもあるのよ」と言いました。

 

一番嫌だったのは、「女性同士仲良く力を合わせましょう。たまには集まってガス抜きしましょう」と月イチで女性だけの会食が行われることでした。

当時、まだ男性が多い組織で女性は少数派。結託したい気持ちはわからないではありませんが、

「協力は惜しまないけど、それと飲み会と何の関係があるのか」

「それぞれ考え方は個人で違うのに、女性だからとひとくくりにするのは男女協働の考えに逆行してるのでは」

と感じたものです。

 

実際参加してみると、ほとんどが愚痴と悪口ととりとめのない世間話。仕事上の有益な情報交換など皆無です。

しかもペラペラしゃべるのは先述の女性先輩1~2名だけで、他の者はその都度あいづちを打つだけ。

後輩の誰かが何かをしゃべろうとすると、先輩が「あーそれ知ってる私の場合はね」とテーマをかっさらってすべて自分の話題にしてしまい、あちこちに話が飛びまくる終わりのないマシンガントークを続けます。

会の終わりに「今日も楽しかったわねー」と満足そうにしている先輩と「次は私が幹事しますー」と答える取り巻きたちと一緒にいると、自分のエネルギーがひどく削られる気がしました。

 

「そんなに疲れるなら行かなきゃいい」と考えたことは何度もあります。

ですが、そのたびに自分に言い聞かせてきたことが一つありました。

 

(これは、人として大事な修行だ)

 

生きてきた背景も、考え方も価値観もそれぞれ違う。

そんな他者との交わりを「苦手だから」と避けていては、自分の成長にはつながらない。

 

(自分にはない良さを誰しも持っている。それを見つけ、受け入れる努力をするのだ)

 

実際、先輩たちはその強いキャラも手伝って仕事の実績は優れていたので、私もそこは尊敬していました。

 

こうしてかなり長いこと、自分がそれほど好きでない場にも「仕事の一環」「人格形成の一環」と自分に言い聞かせながら参加してきました。

しかしそれはしょせんきれいごと。

一番根底にあったのは「影響力の大きな人の呼びかけを無視すると何か良からぬ影響があるのではないか」「孤立するのが怖い」という根拠のない不安を私が持っていたこと。

つまり自分の弱さでした。

 

 

しかし、年月が解決してくれることもあります。

徐々に自分の仕事が評価されてポストをもらうにつれ仕事人としての自信がつき、自分のスタイルも確立されます。

自分にとって重要でないものを切り捨てる勇気を持てるようになっていきました。

苦痛だった女子会モドキはこれまでも口実をつけて半分以上逃げていたのですが、ある日「申し訳ありません、家庭のことも含め諸事忙しくなってきました。不器用なため時間調整に苦慮しまして」と完全卒業を申し出ました。

 

すると、「了解」とおそろしくあっさりしたメッセージが先輩から来ました。

その後、先輩とそのグループからは廊下で会ってもプイとそっぽを向かれるようになるのですが、特段自分の仕事に何か支障が起きるわけでなく、私は心から安堵しました。

 

(なーにが日頃のコミュニケーションだ人脈だ、ふざけんなバカ)

 

こうして私は、「つるむ」「群れる」ことに対する嫌悪感をさらに強くしていくのでした。

 

  (続く)