マンガ坂 -2ページ目

えすのサカエ「未来日記」

えすの サカエ
未来日記 (1)


自分の未来が記された「未来日記」の持ち主達が、生き残りをかけて戦う、というお話。

基本コンセプトだけ聞くと、「よくあるゼロサム・ゲーム物か」位に思ってしまいますが、この作品の場合そこに一癖も二癖もある独特の雰囲気が加わって、なんともいえない仕上がりになっています。


登場人物からして中々癖が強い。

主人公は、傍観者に徹して妄想の中で自分を慰めるような内気な少年。そんな彼の「未来日記」には、彼がこれから見聞きする出来事が余すことなく書かれているけれども、自分自身の事は何も書いてない。

ヒロインはなんと主人公のストーカー。成績優秀・容姿端麗なクラスの人気者が、その中身はモノホンのサイコさん。そんな彼女の「未来日記」は、10分毎の主人公の行動が書かれていると言う徹底振り。


さて、肝心のストーリー展開ですが、一巻の内容だけ読むと少々ご都合主義に感じてしまう所があるかもしれません。

基本的に主人公に献身的なヒロインの存在もあり、主人公は危機を乗り越えて生きます。しかも今巻の最後では、何かいい雰囲気になっちゃったりもします。


……でも忘れちゃあいけません、ヒロインが正真正銘のサイコさんであるという事を。

ナツ100

各所で話題沸騰中の漫画百選「ナツ100」を私も書きました。


http://d.hatena.ne.jp/sumida/20060804#p1


というか、私この企画が立ち上がった頃から書き始めたのに、気がついたら締め切り近かったと言う不思議な状況。


時間泥棒の仕業か、それともキング・クリムゾンでも発動されたのか。

8月新刊購入予定

4日
稲垣 理一郎, 村田 雄介「アイシールド21 」(20)
久保 帯人「BLEACH 」(23)
10日
戸土野 正内郎「イレブンソウル 」(1)
22日
外海 良基「ひぐらしのなく頃に 暇潰し編 」(1)
23日
村枝 賢一「仮面ライダーSPIRITS 」(10)

26日

佐々木少年「真月譚 月姫」(4)

荒川 弘「鋼の錬金術師」(14)

荒川 弘
鋼の錬金術師(14) 初回限定特装版

「等価交換」とされるこの世界の錬金術だが、実の所全く持って等価交換としての法則が成り立っていない事は、以前から諸所で指摘されてきた。
その中でも最も多いのは、「ある一定の質量のものを、同一の質量の別の物体に変化させるのだから、その変化自体に何らかのエネルギーが必要なはず」という指摘であると思うが、今巻でその矛盾に対する答の一片が示されたようだ。


「お父様」の動作一つで、「真理」の一片に到達したはずのエドとアルの錬金術は使えなくなってしまった。
しかし、系統の異なる「錬丹術」を操るメイ・チャンと、その流れを汲む術を操る「傷の男」は、その中でも術を自在に扱った。
錬金術には、隠された重要な要素があり、「お父様」は「それ」を無効化する術を知っている。そしてまた、錬丹術には「それ」を補う「何か」が存在する。
その「何か」こそが、今後エド達が「お父様」を打倒するための血路を開く要素である事は、まず間違いないだろう。
(雑誌連載分では更に興味深い事実も語られているのだが、それについては次回単行本発売時にでも)


話は変わって。
「強欲」を自ら受け入れたリン・ヤオ。あまりにも強大な賢者の石のエネルギーの前に、さしもの彼も屈してしまったか……と思われたが、全くそんな事はなく、グリードの中から虎視眈々と体を取り戻す事を狙っていた。
その事実を知っても、どこか楽しそうな態度を見せるブラッドレイの存在。そして「以前のグリード」が最終的に「お父様」から離反していたという事実。その二つの事柄に、雌伏して時を待つリンの存在を加えれば、あまりにも強大な「敵」を打倒するもう一つの血路が見えてくるのではないか、と考えるのは少々先走りすぎだろうか?


さて、今更の話だが、エルリック兄弟の父親は「ホーエンハイム」だ。
錬金術の歴史に詳しい方ならば思わずニヤリとしてしまうこの名前は、実在の錬金術師パラケルススの本名に由来している。
パラケルススといえば、賢者の石の所持者であるとか、ホムンクルスを創りだしただとか、神秘的な逸話に事欠かない人物だが、果たして作者がそこまでの寓意を込めて名付けたのか、それとも高名な錬金術師だからというだけの理由なのか、それはまだ不明である。


対して、今回遂にホーエンハイムとは別人である事が判明した「お父様」だが、その名はまだ明かされていない。私としては、パラケルススに匹敵する錬金術師となると、某「時間旅行者」の異名を持つ伯爵様ではないかと愚考するのだが……(ここいらの妄想については、雑誌連載時の拙感想をご参照ください)。
現時点ではそれら考察も愚行以外の何物でもなく、即ち今後の展開を楽しみに追っていく訳である。

萩原 一至「BASTARD ―暗黒の破壊神―」(24)

萩原 一至
BASTARD 24―暗黒の破壊神 (24)

雑誌連載時も、パソコンを多用したと思しき今までとは一味違うタッチを披露してくれていましたが、単行本では更なる加筆修正が行われております。

……というより、やっとまともに読めるようになった、と言うべきか。


それにしても、「地球上の生物のほぼ全てが400年前十賢者によって人為的に作り変えられた」みたいな設定を活かしつつ、エルフだとかドワーフだとかホビットもどきだとかを出してくるという、その発想は自虐的に過ぎやしないだろうか?

まあ、何となくどういったつじつまあわせをするのかも見えてきた気がするので、今後も生暖かい目で見守る事としよう。


箱舟編で散々死にまくったメインキャラの面々も、ある者は自力で、ある者は「救世主」の奇蹟によって生き残り、旧来のファンのハートもガッチリキャッチ、と言ったところだろうか。

私的にはやっとガラが出てきてくれて嬉しい事この上ないのだが、正直コンロン編を長々と読まされたフラストレーションの解消には程遠い、と言ったところ。


古き神々やら竜族やらの旧シリーズ(天使編の前)の遺産とも言うべき要素に加え、今回登場した古巨人族のような、「亜神」の要素を持って来たと言う事は、物語の構造もそちらの方向に持っていくと言う事なのだろうか。


楽しみにしてるから、はよ続きかけ萩原。

7月の購入予定マンガ

4日

萩原 一至「BASTARD 24―暗黒の破壊神」(24)


19日

ふなつ 一輝「華麗なる食卓」(21)


22日

荒川 弘「鋼の錬金術師」(14) 初回限定特装版


26日

えすのサカエ「未来日記」(1)




金欠及び書庫スペース整理中につき、購入物制限中orz

「ひぐらしのなく頃に」各編2巻

竜騎士07, 鈴羅木 かりん
ひぐらしのなく頃に 鬼隠し編 2 (2)

絵柄的には三編の作者さんの中で一番粗いと見られがちらしいんですけれども、実は演出とかコマ割りに一番気を使っているのはこの作者さんなんじゃないですかね。原作のシチュエーションを一番上手く再現できていると言うか。
雑誌の方だと「罪滅ぼし編」の第一話が掲載された所なんですが、●●の壊れっぷりがかなりええ感じで今後に期待できる、という感じですハイ。
で、色曝し編の執筆はいつですか?(ぉ

竜騎士07, 方條 ゆとり
ひぐらしのなく頃に 綿流し編 2 (2)

原作をよく読みこんでるな、というか、「目明し編」までを見越した演出の数々をそれとなく(時にあからさまに)放り込んであって、作品自体の再構成という点では群を抜いて秀逸だったのが本編ではないかと。
何か、アニメだとこの「綿流し編」の出来がとにかく酷かったようですが(色んな伏線が無視されまくった)、漫画版は反則ギリギリの描写を積極的に多用してて、気を使ってあるな、と。
ただ、ラストシーンはあれはあれで迫力はあったんですが、圭一があの後どうなったのかを明示しなかったのは、ちょっとアンフェアかもな、とも。
後、オマケ漫画のレナが面白すぎました。ごちそうさま。



竜騎士07, 鈴木 次郎
ひぐらしのなく頃に 祟殺し編 2 (2)

同じ雑誌で連載を抱えながら「ひぐらし」も……という離れ業をやってのけたこの作者さん、オマケが一切無いのは寂しい所でしたが、前半のほのぼの感と後半のドロドロ感の対比という意味では、一番落差がつけられていたな、と。
最後のインタビューシーンにきちんと力を入れてあった所には、素直に拍手。

久米田康治「さよなら絶望先生」

久米田 康治
さよなら絶望先生 4 (4)

今巻における最大の絶望とは何か?


「となりの女子大生」の衝撃の正体か?

小森霧の出番の少なさか?

ペリーさんが結婚した事か?

出番は多いのに裏表紙を飾れなかった木津千里の心境か?


あえて言おう、それは巻末オマケ「紙ブログ」の読後感そのものである、と。


(特にオチなし)

岩永亮太郎「Pumpkin Scissors」(5)

岩永 亮太郎
Pumpkin Scissors 5 (5)


TVアニメ化決定されるも、原作は連載分も含めて今巻収録分までなので、オリジナルシナリオ決定なんだろうな、と一抹の不安を覚える訳だが……。


さて、本作の魅力はと言えば、それぞれのキャラクターが実に見事にその役割を演じきっている事にあるのではないかと、私的には考えている。
その信念と行動力で話を引っ張る少尉。
「戦争という癒えない傷」をその身で体現する伍長。
軽薄さを装いながらも、全体を俯瞰した考えの出来るオレルド准尉。
縁の下の力持ち、苦労人のマーチス准尉。
昼行灯の仮面の下に切れ者の本性をのぞかせるハンクス大尉。
ガス抜き役であるチビっ子&犬。

ステレオタイプといえばそうだが、役割分担のさじ加減は絶妙と言えよう。


こういった「閑職部隊」と揶揄される集団が奮戦する話としては、名作「機動警察パトレイバー」が存在するが、キャラクターの配置具合の妙は、それに匹敵するのではないだろうか?(というのは少々誉めすぎか)

もちろん、パンプキン・シザーズ以外の面々も実にいい味を出している。
今巻初登場のセッティエーム姫や「第一の大剣」の副長など、中々にアクの強いキャラクターにも焦点が当てられ、今後どのように本筋に絡んでいくのか、非常に楽しみだ。


ただ、不安な点もある。
物語の構成上、パンプキン・シザーズの面々――特に少尉と伍長にばかり焦点が当たるよりは、他のキャラクター達にも主役級のエピソードを割り振った方が、話に膨らみも厚みも出るが、連載形態が隔月刊という事もあり、刊行ペースは決して早くは無い。
アニメ化の煽りもあって、これからは増ページや他誌への掲載などでペースを上げていく事になるだろうが、今までのマイペースさの中から生まれるクオリティも無視できない訳で、どうかそこいら辺のさじ加減を間違えないで欲しい。

村枝賢一「仮面ライダーSPIRITS」(9)

石ノ森 章太郎, 村枝 賢一
仮面ライダーSPIRITS 9 (9)

村雨良、君は……人間のために戦っても、いいんだ


記憶を取り戻したZX=村雨良。だが彼は、「優しい心」を取り戻しても「人間のために闘う『仮面ライダー』」を名乗る事はなく、その力を復讐の為に振るう事を選んできた。
しかし、彼の本心は復讐鬼になる事ではない。彼が自ら「仮面ライダー」を名乗る事を拒絶し続けたその大きな理由は、バダン時代に犯した大きすぎる罪に対する、後悔の念からだった。


本郷猛の言葉から、「仮に」仮面ライダーを名乗り始めてからも、村雨の心は葛藤に満ちていた。
しかし、彼のその心を、スカイライダー・筑波洋の言葉が救った。それが冒頭の台詞である。
沢山の人々の命を奪ってきた。その体もいつ「JUDO」に乗っ取られるか分らない。「それでも戦っていいんだ」と洋は言った。
その言葉が、村雨の心にどれだけの救いをもたらしただろうか。


彼はもう、迷わずに「仮面ライダー」と名乗り、人間の為に戦う事だろう。
その証拠に、彼がバダンの指揮官として壊滅させたノーラッド基地で肉親を失ったゴードンに対しても、強い態度で相対している。

彼は正に「仮面ライダー」となったのだ。


さて、次に今回初登場した、生身の人間で構成された対バダン専門チーム「SPIRITS」について触れておきたい。


滝和也を隊長としたこの部隊の出現は、バダンが全世界規模・全人類規模で侵略を進める作中の現状からしてみれば必然ではあるが、おそらく「生身の人間があそこまで戦えては、改造人間の意味が薄れるのでは?」だとか「相対的に仮面ライダー達の影が薄くなる。ヒーローは絶対的じゃないと」といった批判を向ける読者諸氏もいらっしゃる事だろう。
確かに、多くのヒーロー作品では、主人公達だけが敵を打倒する力を持っている事が尊ばれ、生身の人間でも敵を打倒出来てしまうと興ざめになってしまうきらいがある。


しかしながら、本作「仮面ライダーSPIRITS」には、それは当てはまらないだろう。
何故ならば、作者村枝賢一が――ひいては石ノ森章太郎先生が――描いてきたヒーローというのは、無敵の体を持ちながらもその精神は葛藤もするし恋もする、紛れも無い「人間」そのものを表してきたからだ
それはつまり、悪を打倒する力の源というのは、強い力ではなく「人々の為に戦う人間としての心」である、人の心こそが悪を倒す為の最強の武器である、という主張に他ならない。
だからこそ、作中でも繰り返し、仮面ライダー達も「人間」である事が強調されている。


更に言えば、作中に登場する「バダン・シンドローム」もそういった「人の心こそが強さ」を表すためのギミックとなっている。恐怖に負けず、立ち向かおうとする勇気を持つ人間は「バダン・シンドローム」には陥らない。逆に言えば、いかな仮面ライダーといえども、恐怖する人々に今すぐ勇気を与える事は出来ない。自分達が勇敢に戦う姿を見せて、人々が自発的に勇気を振り絞る手助けをする事しか出来ない。
つまり、バダンとの戦いに勝利するには、無名の人々がそれぞれの心のうちに勇気を持たなければならない、バダンを打倒する最強の武器は「人間の心」だという事だ。


そこで重要になるのが、生身の人間でありながら仮面ライダーと同じ正義の志をもち、勇敢に戦う滝和也であり、彼が指揮する部隊「SPIRITS」だ。
仮面ライダーにおんぶに抱っこしていても、人々の中に本当の勇気は芽生えない。「改造人間でない自分は戦えない」と、多くの人間は思うだろう。

だからこそ、生身の体でも戦えるのだ、例え力がなくとも戦う意志こそが必要なのだ、と主張する存在である「SPIRITS」が必要なのだ。