2006年06月04日

村枝賢一「仮面ライダーSPIRITS」(9)

テーマ:感想(単行本)
石ノ森 章太郎, 村枝 賢一
仮面ライダーSPIRITS 9 (9)

村雨良、君は……人間のために戦っても、いいんだ


記憶を取り戻したZX=村雨良。だが彼は、「優しい心」を取り戻しても「人間のために闘う『仮面ライダー』」を名乗る事はなく、その力を復讐の為に振るう事を選んできた。
しかし、彼の本心は復讐鬼になる事ではない。彼が自ら「仮面ライダー」を名乗る事を拒絶し続けたその大きな理由は、バダン時代に犯した大きすぎる罪に対する、後悔の念からだった。


本郷猛の言葉から、「仮に」仮面ライダーを名乗り始めてからも、村雨の心は葛藤に満ちていた。
しかし、彼のその心を、スカイライダー・筑波洋の言葉が救った。それが冒頭の台詞である。
沢山の人々の命を奪ってきた。その体もいつ「JUDO」に乗っ取られるか分らない。「それでも戦っていいんだ」と洋は言った。
その言葉が、村雨の心にどれだけの救いをもたらしただろうか。


彼はもう、迷わずに「仮面ライダー」と名乗り、人間の為に戦う事だろう。
その証拠に、彼がバダンの指揮官として壊滅させたノーラッド基地で肉親を失ったゴードンに対しても、強い態度で相対している。

彼は正に「仮面ライダー」となったのだ。


さて、次に今回初登場した、生身の人間で構成された対バダン専門チーム「SPIRITS」について触れておきたい。


滝和也を隊長としたこの部隊の出現は、バダンが全世界規模・全人類規模で侵略を進める作中の現状からしてみれば必然ではあるが、おそらく「生身の人間があそこまで戦えては、改造人間の意味が薄れるのでは?」だとか「相対的に仮面ライダー達の影が薄くなる。ヒーローは絶対的じゃないと」といった批判を向ける読者諸氏もいらっしゃる事だろう。
確かに、多くのヒーロー作品では、主人公達だけが敵を打倒する力を持っている事が尊ばれ、生身の人間でも敵を打倒出来てしまうと興ざめになってしまうきらいがある。


しかしながら、本作「仮面ライダーSPIRITS」には、それは当てはまらないだろう。
何故ならば、作者村枝賢一が――ひいては石ノ森章太郎先生が――描いてきたヒーローというのは、無敵の体を持ちながらもその精神は葛藤もするし恋もする、紛れも無い「人間」そのものを表してきたからだ
それはつまり、悪を打倒する力の源というのは、強い力ではなく「人々の為に戦う人間としての心」である、人の心こそが悪を倒す為の最強の武器である、という主張に他ならない。
だからこそ、作中でも繰り返し、仮面ライダー達も「人間」である事が強調されている。


更に言えば、作中に登場する「バダン・シンドローム」もそういった「人の心こそが強さ」を表すためのギミックとなっている。恐怖に負けず、立ち向かおうとする勇気を持つ人間は「バダン・シンドローム」には陥らない。逆に言えば、いかな仮面ライダーといえども、恐怖する人々に今すぐ勇気を与える事は出来ない。自分達が勇敢に戦う姿を見せて、人々が自発的に勇気を振り絞る手助けをする事しか出来ない。
つまり、バダンとの戦いに勝利するには、無名の人々がそれぞれの心のうちに勇気を持たなければならない、バダンを打倒する最強の武器は「人間の心」だという事だ。


そこで重要になるのが、生身の人間でありながら仮面ライダーと同じ正義の志をもち、勇敢に戦う滝和也であり、彼が指揮する部隊「SPIRITS」だ。
仮面ライダーにおんぶに抱っこしていても、人々の中に本当の勇気は芽生えない。「改造人間でない自分は戦えない」と、多くの人間は思うだろう。

だからこそ、生身の体でも戦えるのだ、例え力がなくとも戦う意志こそが必要なのだ、と主張する存在である「SPIRITS」が必要なのだ。

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