32w4d 手首が痛い ほか
なんでこう、ありとあらゆるマイナートラブルを味わっちゃうんでしょう。
数日前からなんか手首がおかしいかなと思ってたけど、昨日は両手首が明らかに痛くて。
寝方が悪かったのかなぁ、なんて思ってましたが、今朝また両手首が痛い上に、手首から数センチの静脈がボコ〜ってでっぱってて。手首の痛さは右が酷かったけど、静脈の腫れは左が酷かった。
触るの怖かったけど、さすってみたら、少し腫れが引いたので、めっちゃさすりました。手首は起きて3〜4時間くらい痛かった。
回診で、妊娠関係ないかもしれないんですけど…と前置きして先生に伝えたら、後期になって浮腫んできた影響かなとのことだった。
でもその後、女性の先生が再来してくれて、手首の神経が圧迫されて痛むのは妊婦に良くあることだと教えてくれました。
大学病院だと、回診が若手の先生のときも多いので、流されてしまうこともありますが、経験豊富な先生がその場や後でフォローしてくれることも多い。
その女性の先生は、服用中の鉄剤のことでも話してくれた。鉄剤を飲み始めてから、便通が酸化マグネシウムや液体の下剤で上手くコントロールできなくなり、べんひと下痢を繰り返しているので、痔もよりツライことになってました。
しかし、これから自己血の貯血が始まる私は鉄剤必須。鉄剤が身体に合わない人用?の液体の鉄剤があるようなのですが、それだと胃腸に優しいらしい。
で、看護師さんが相談してくれたみたいなのですが、それは鉄剤の錠剤で嘔吐してしまったりする身体に合わない人やお子ちゃま用シロップで、そこまで合わないわけでもないし、自己血の貯血に備えてぜひ大人用?鉄剤錠剤で頑張ってほしいということでした。
そりゃ仕方ない。そこまで合わないわけじゃないし、貯血を開始して貧血になっちゃうほうがやだし。
ところで、一昨日大部屋に移動したんですが、イビキさんがいらっしゃいまして。
一晩中続くいびきにひきました。他の同室の方は慣れてるの?寝れるの?
人間、ノンレム睡眠とレム睡眠があってさ、どっちかのときしかいびきってかかないって聞いた気がするんだけど?ずーっといびき。
あーとうとう大部屋の悲劇、始まる、だと思いました。
産科病棟の大部屋って若い女性が多いので、今までイビキさんに無縁だったのでびっくりしました。他の科もある女性病棟だと高齢の方がいたり、夜中騒いじゃう人がいたこともあったのですが…
耳栓持ってこなかったし、気になって眠れないのでラジオクラウド聞いたりして、
明日、お昼寝しようーと思って朝まで浅いウトウト状態でした。
が。
これがまたショッキングなことに、朝寝をする人で。その朝寝もイビキ。
うわーいつ寝られるの?って正直この先が不安になりました。
辛く長い入院生活が始まるかと思いきや、なんとイビキさんが転院することになり、あっというまにいなくなりました。
なんだか覚悟を決めたら肩透かしにあったような。
で、彼女が転院してから同室の方に
「昨日、眠れました?」と聞かれて、「うーん眠れなかったですね」と答えたら、「いびき、ですよね?私は長い間悩まされました」と告白されました。
部屋移動の相談もしていたようですが、満床続きでかなわなかったようです。いろいろ対策を考えたり新しい同室の方と愚痴ったりイライラはたまっていたと。
あーやっぱり周りは許していたわけじゃなかったんだなと思いました。安静目的の入院でストレスかかるのは本当に勘弁して欲しい。数日とかならまだしも3ヶ月とか毎日は本当に耐えがたい。
お互いさまといっても、睡眠の妨害を長くされたら殺意湧くかもね。
イビキさんは、イビキ以外にも私はちょっと嫌なことがあったので、短いお付き合いで済んでラッキーでした。
不妊治療中の話③
つづき
霞が浦医療センターに手術覚悟で診察を受けに行きました。
実は水戸の病院から紹介を受けて受診したところ、持参したMRIを見てこれは腺筋症なので、挙児希望があるなら腺筋症外来の予約を取り直してくださいと言われて、長距離移動と長時間待ちを乗り越えて、診察3分で終わりました。腺筋症外来じゃないと、子宮全摘出の手術の話しかできないという…ものすごく予約の大変な腺筋症外来の予約を取り直しました。そのときあんまりにも電話がつながらず、諦めかけました。
心が折れかけたりもしましたが、腺筋症外来で西田先生に診察してもらい、治せるし手術したほうが赤ちゃんを望めるんじゃないかと言って貰えたときはほっとしました。ただし、私は初潮のころから生理痛や貧血が酷かったので、腺筋症だけでなくそもそもの体質もあるので、全く痛くなくなるということは期待出来ないかもしれないと言われました。そこからはあっという間で、仕事もしてなかったので、最短で手術できる入院日を予約しました。私は茨城県内在住だったので、術前検査やその判定は別途通院日を設けられましたが、遠方からの方は時間は遅くなっても初診日に検査を入れてこなすこともあるようでした。
私は、夫くんの仕事の都合で、自分は全く縁もない茨城県に引越していましたが、その県に日本で唯一の先進医療手術ができる病院があったことは運命だったのかなと思い、手術受けさせてくれる夫くんに感謝しました。
平成28年11月、子宮腺筋症核出術を受けました。入院中にやや大きめの地震があったりして、怖かったです。
私は術後入院中に初回の生理が予定日どおりきてしまい、なにがなんだか焦るような大量出血でした。術後の出血と重なって。
切られても生理が狂わないことにびっくりしました。手術も腺筋症核出はもちろん卵巣チョコレート嚢腫は右だけと聞いていたのに両方だったり、筋腫もあったのを取ってもらったり、深部癒着剥離が一番大変だったと先生からは聞きました。生理痛が酷いのは癒着かなと自分では思っていたので術後の生理はどんだけ軽くなるのかとわくわくした術後でした。
術後何回かの診察があり、4か月後から普段どおりの生活が許され、不妊治療再開の許可を得ました。術後に西田先生から卵管も両方通っていたし、うまくいけば自然妊娠も望めるくらい(子宮を)きれいにしたよ、と言われたこともあり、一度様子見のような感じでまた人工授精を試みることにしました。この人工授精は成功しなかったのですが、結果的には人工授精でよかったのかもしれません。この人工授精のあとの生理がきて、病院に行くタイミングで、なんと夫くんの埼玉への転勤が決まったのですー。
人工授精しないで、体外受精にしてたら、2周期使うので誘発などの費用が無駄になってしまうところでした。虫の知らせ?野生の勘?
埼玉へ引越し、また不妊治療のできる病院探しから始めることになり、それもめんどうでした。知らない土地で、病院探すのって難しい。引越しで疲れたのか突発性難聴を再発させてしまったり、病院探しも少し時間がかかりました。
埼玉へ引越したことでまた友人知人から、仕事はどうするのといろいろ聞かれ始めました。入間市とはいえ、埼玉ですから、都会へも出勤できなくもないし、仕事もないわけじゃないし、夫の転勤もしばらくはないし、仕事を探さない理由が、生活が落ち着いたら仕事も探すよーってしか言えませんでした。なんでそんなにみんな私の仕事を気にするんだろうと思っていました。まぁ、ただ会話のタネなだけだったんでしょうけど、ウソが不得意な私には回答が面倒でプライバシーだし!なんてピリピリしがちな話題でした。
実際、友人の弁護士の転事務所に伴い具体的に仕事を誘われたときは、正直迷いました…条件よかったし業務内容も好きだし。腺筋症の手術をしたおかげで、生理痛や貧血で生活に支障もなくなっていたので、働く体調は整っている状況でした。ただ銀座という場所が、遠すぎて通勤無理だったので諦めもつきました。
とりあえず、体調が整いつつあることで、本当に不妊治療しながらパートとかできるんじゃないかなとか思って、indeedとか求人チラシは目を通すようになっていました。
曜日が限定ながらも不妊治療をしている病院を近所に見つけ、口コミなどチェックして、その病院に決めました。曜日限定で完全予約制での不妊治療は、これまでとは勝手が違うので戸惑いましたが、実績がある先生だったので、そこに決めました。市外に通っていたよりは断然近かったですし。
そこでは先生が、これまでの治療ともう年齢的にすぐに体外受精!という感じでしたが、その病院に慣れるためにもう一度人工授精を希望しました。人工授精の成果がでなかったことで、卵管造影検査を受けることになりました。私は水戸の病院では通気、霞ヶ浦では手術時に卵管の開通は確認できていると考えていましたし、次は体外受精なんだから必要ないのではないかと思いましたが、術後の癒着も気になると言われ卵管造影検査をしました。個人病院での卵管造影検査だからかバルンを入れたあと診察の合間に造影するので、レントゲン室で横になっている間にどんどん具合が悪くなり、過呼吸を起こしました。
そして卵管はやっぱり通っていました。
体外受精へのステップに進むと、この病院は培養士さんがすごく丁寧に対応してくれて、先生とは要所要所で数秒確認する、というようなスタイルでした。あと、夫は保険証や精液さえ私が持ってくれば、基本来院不要でした。水戸のときは先生がメインで培養士さんは受精卵のグレードの説明くらいだったし、夫は度々病院に来なければならず病院によって違うものだなぁと思いました。採卵の麻酔がオプションだったのですが、水戸で麻酔受けていたので入間でも麻酔はしてもらいました。入間での採卵中の麻酔はなんだか激しく夢をみて、すごく疲れました。全身麻酔だったからかな?
入間での採卵は、苦しかったけど、水戸での採卵より子宮や卵巣の状況がよかったのか、シロウト目でみても、前より元気なきれいな卵が取れていて、4個採卵で3個受精でしたが、3個ともきれいにそだって凍結できました。胚盤胞まで育てたのも初めてだったので、すごく期待をして、何度も受精卵の写真をみつめてきれいだなー元気にみえるなー成功するんじゃないかなーと安らかな気持ちで、受精卵を戻す周期を過ごしていました。
受精卵を戻して、4w0dに該当する日に判定日を設けていました。自分がそれまで読んだブログなんかから考えると、まだ早いんじゃないかとか思ったりもしましたが、先生が指定するんだから間違いないだろうと思い楽しみにしていました。
4w0dには血液検査で、結果を1時間以上待って、「着床していますよ」と培養士さんから伝えられただけで終わり、拍子抜けしました。夫に説明できる自信がなく、翌週の検査を受けてから伝えることにしました。
翌週、エコーで胎嚢を確認して、これが赤ちゃんですね、と初めて先生におめでとうといわれ、やっと信じることができ、内診台でポロポロ泣いてしまいました。夫くんに伝えるときも喋り始めたら泣いてしまい、夫くんは困っていました。
それから2週間後に心拍を確認。
おまけ。
心拍を確認できた7週で、里帰り出産希望の病院に予約の電話をしたところ、その月の分娩予約はいっぱいになり受付終了しましたと言われ衝撃でした。
私の赤ちゃんは6/29が予定日で、7/1だったら予約出来たというのがかなり不満でした。結局後で、切迫流早産で入院することになり、分娩予約出来ていた病院からもお断りされたので、あのとき予約出来ていてもその病院で出産できたかはわかりませんが。
妊娠できてもまだ人には伝えられないような初期にも、仕事しないのーっていっぱい聞かれました。私が不妊治療してるなんて思ってないんだろうなー。微妙な親交レベルの人に、不妊治療してるんでしょとか言われても、いらっとしちゃうんでしょうけど。
何度も体調を崩し、入院したりしたので、5ヶ月や6ヶ月の安定期に周りにお伝えするということも出来ず、モヤモヤしていましたが。9ヶ月になった今、ようやく落ち着いて、あの頃いらいらしてたなーと振り返ります。
終わり
不妊治療中の話②
続き
ひたちなか市の病院に、不妊治療の病院を紹介して欲しいとお願いしたら、特に(紹介を)やってないと言われました。
どうしたらいいのか聞いたところ、自分で探して直接行けというのです…
えーーーそんなぁ。そうやってこの病院に来たんですけど(>_<)HPに不妊て書いてあったしー!結果、専門じゃないとか今言われてるしーとゴネた結果、近隣地域で人工授精、体外受精をやっている病院を4つ教えてくれました。
どこがいいとか、症例が多いとかそういうのは教えて貰えなかったです。
教えてもらった病院はひとつは日立市で遠くて通うのに無理を感じ、水戸市のひとつは体外受精の助成金の指定が入っていないところでしたので外しました。
水戸で2つの病院は、不妊治療ではそっちの方が推しっぽいクチコミをみた病院があったのですが、まだ自分の不妊具合に希望を持っていたり、産科としての評価が高かったり、あと、ウチから通院する場合、自分で運転するので、駐車場が入れやすそうなほうがいいとかそんな理由で病院を選びました。こちらでもイチから不妊治療で、検査とタイミングと人工授精と…と順を追って体外受精まで。
人工授精でのホルモン剤で、内膜症の症状は悪化。ほとんど毎日具合が悪くて、鎮痛剤漬けの日々。
仕事探すなんて考えられなかった。
どんどん時は経ち、仕事もせず、お金のかかる毎日、具合も悪くて、不妊治療ブルー。
だから、やっぱり仕事を聞いてくる元職場の人たちとかの質問には、言葉を濁すしかなかった。
そして、私の年齢や体調もあり、急ぎたいとカウンセラーに相談をして、人工授精二回終わったところで、体外受精へのチャレンジを始めた。国の助成金を考えたら、39歳までに体外受精を開始しなきゃ、と焦っていた私。
でも私の内膜症やチョコレート嚢腫やホルモン剤による体調不良や、基礎体温や生理周期のズレや子宮を休ませなければいけなかったりで、なんと初回の採卵が、40歳の誕生日の3日後になった。私は少し簡単に考え過ぎていたことを、痛感しました。やりたいと思ったらすぐの生理でスタート出来ると思って、計算してしました。
40歳以降に始めた体外受精は、助成金が3回までしか出ない。年齢が上がったら体外受精の成功率は下がる。私はやや絶望感を持ちながら採卵された。
麻酔はかけてもらったけれど、思っていたよりずっと手術っぽくて、術前術後ともに怯えた気持ちになった。運良く?採卵のタイミングは土曜日に当たり、夫が同行してくれていたので、心強かった。
その採卵した週末は誕生日の週末だったので、友人数人からLINEやメールでメッセージをもらっていたのだけれど、タイミングで助成金の回数が減ったこと、初めての採卵のショックなどを隠すように、テンション高めで40の大台に乗りましタァーと返信していました。友達にはまだまだ若い、これからだよと書かれつつも、人生はそうだけど、子作りはそうでもないと自分一人で暗くなっていました。
夫にも40なったよーなんてふざけてショックを受けたフリとかをしながら、なんでもないような態度をとっていましたが、採卵後、とても優しくしてくれた夫は私のショックや暗く考えている気配を察してくれていたのかとも思います。
私の初回の体外受精のたまごちゃんはあまりグレードがよくありませんでした。それで、採卵の周期に新鮮胚をふたつ戻しました。体外受精後体調不良になり、かなり期待しました。友人は一回めで成功していたし、2つ戻したし、お腹痛いし、熱っぽいし!でも結果は生理がきました。普通に考えたら、私は内膜症で、生理前も具合悪いので妊娠超初期症状とかではなかった。
生理が来てそのまま、ものすごくひどい生理痛になだれこみ、40歳過ぎてから初回の採卵になったことなども重ねて、精神的にもぐったりしてしまいました。
今考えたら、もしかしたら化学流産だったのかなとか思うくらい出血も多くて、痛みもひどい生理でした。それで、このまま次の採卵に向けて、卵巣に刺激を与えるのは怖いなと思い、子宮を休ませる意味も込めてディナゲストを再処方してもらいました。そのとき、あまりにひどい苦しみようで、先生に子宮腺筋症の話をされ、MRIの検査を受けることになりました。結果、内性外性子宮内膜症との診断でした。確か、内性内膜症が子宮腺筋症のことだったと思います。癒着も酷く、MRI画像を見た先生は一旦こちらの治療を考えてみるのも一案だということで、子宮腺筋症外来のある霞が浦医療センターを教えてくれました。
ここ、私が紹介された当時は日本で唯一の子宮腺筋症の先進医療手術を行っていた病院で、予約をとるのもかなり大変で何か月も先になるかもしれなかったので、一時は諦めたりもしたのですが、予約を取れるまでに採卵だけ進めるという方法もあると先生と相談して、予約戦線に参戦しました。
結局2か月半先に予約が取れたので、ディナゲスト処方をそれまで続けました。診察の日に生理が当たると病院に行けない恐れも感じたので。
あーまた長い(^^;)
再び今日はここまで。
続けます