6月17日、阪急茨木市駅からママチャリを借りて笠置に向かう途中、木津川市の上狛を通った。
環濠集落の看板があった。環濠集落というのは中学の歴史で習った記憶があるが、
どういう集落かは知らへんかった!!!
あとで知った話、堀に囲まれた集落の事だった。
濠(ほり)の環(わ)だから、そのまんまだ。
ところで、上狛には茶問屋ストリートがあるという。
ママチャリで周囲を走ると茶問屋が見つかる。
最盛期には120件の茶問屋があったと言われる。
現在でも40件ぐらいあるというのだ。
少し前、上狛を通った時、福寿園の工場があった。
その時は、なんでここなのかと思ったが、納得できた。
上狛から少し東に行く。高麗寺跡がある
高麗(こいらい)と読みそうになるのだが、ここでは
高麗(こま)と読む
のだ。
高麗寺は、7世紀初頭にあった最古の寺院の1つだ。
狛(こま)と高麗(こま)。
狛氏は高句麗からの渡来系と言われている。
高句麗の事を「高麗」(こま)と表記していた事もあるという。
後に朝鮮半島でできた「高麗」(こうらい)とは別物だという。
全く知らへんかった!!!
高麗寺から木津川の方を見下ろせる。
塔が建っていたら、塔の上からだと見晴らしが良さそうだ。
あとで京都府埋蔵文化財調査研究センターの資料で興味深い物を発見した。
古代南山城と渡来人 (PDF)
木津川市周辺に渡来人が多く住んでいた可能性や、狛氏が渡来系の可能性の話や、その根拠が書かれている。
何気なく上狛を通ったのだが、思わぬ発見ができた。
知らない京都、ありすぎると思った今日この頃。