《前回からの続き》


引き続き、(“LE MONDE diplomatique ”(「ル・モンド ディプロマティーク」)日本語・電子版の記事〈日本経済の「意外」な回復 〉からの引用。


――少数の日本企業が、米国流を模倣しようとしたのは事実である。しかしながら、その代表格であるソニーの最近の業績は、キヤノンやトヨタのような旧来の企業に遅れをとっている。株価重視モデルが優勢とは言えない状況だ。同様に、堀江氏が不正経理によって2006年1月に逮捕されたことは、彼こそ日本の再起に必要な大胆不敵な起業家だと言っていた人々に打撃を与えた。この事件は、彼を擁護してきた有力者の一人だった小泉首相の評判にも影を落とした。――


つまり、この現象に見る限り、日本経済「回復」の要因が亜米利加流ものまねにあったのではないということ、旧来の日本型経営をいくぶんなりと固守している企業こそが持ちこたえているという指摘であろう。


現在の日本は、1990年代の日本とは違い、経済に関する規制が緩和され、開放が進んではいる。しかし、日本はまだ亜米利加ではない。というのは、産業界にせよ、官界にせよ、日本の主要な経済機構はほとんど変わっていない、と記事は記す。


そして、(米国流への)変化に消極的なのは、何も企業のトップや官僚中枢のような支配階層だけではないというのだ。


――平均的な日本人は、リスクと不平等をひたすら拡大する改革にうんざりしている。この国は、社会的な結束を誇りとしてきた。日本社会の結束は、戦後まもない頃の何十年かに比べれば弱まってはいるが、所得格差を比較すれば分かるように、アングロサクソン社会に比べれば今でも強い。――


それはそうであろう。先祖累代の土地に2000年も住み続け共同生活を営んできたゲマインシャフト(共同社会)型の日本と、たかだか、少し前の世紀に船で異郷の大陸に乗り付け、先住民から土地を詐取・略奪してにわか人工国家をこしらえた、ゲゼルシャフト(利益社会)型の亜米利加では、歴史も伝統も、社会の構造も、文化の成り立ちもあまりにも大きく隔たる。国民の意識や志向も根本から違っていて当然である。


では、日本経済が曲がりなりにも「回復」の基調を見せているその要因は? それが亜米利加型への制度変革でないとするなら、何によるものなのか。


その1つは、怪しむに足らないことであるが、今や最大の貿易相手国となった中国との交易。その他にも、記事はいくつかの諸要因を取り上げる。日本企業がアジア全域で行なった投資がインド始め各地での取引を活発化していること、消費者の信頼が回復されたこと、投資家が楽観論に立つようになれたことによる好循環が回復したこと、などである。


それらから推測しうることは、適切なマクロ経済政策の効果が近年過小評価され、企業組織や産業構造のようにミクロな制度レベルの手直しで根本の解決を図ろうという方向に迷い込んでいたということ。これが記事の指摘するところである。


――米国経済が空前の高成長を遂げた1990年代、この専門家たちはグローバリゼーションが先進国の経済に突き付けた問題に対して、米国流の資本主義こそが最良の解決策であるという不幸な結論を導き出した。しかし、もはや日本、欧州、米国といった特殊なモデルを王道として奉るような段階は過去のものだと考えてもよいのではないだろうか。現在の世界経済において、世界の国々は繁栄へ向けてそれぞれ異なる道を選ぶことができるのだし、実際に選んでもいるのだから。――


実に明快にして、当を得た結論である。


(以下、続く)



《前回からの続き》


ところが、そのように、亜米利加流の経済再生策がオーソライズされ、亜米利加式模倣の環境が整った後も、多くの大企業がその変化に熱意を示さなかったことを、(“LE MONDE diplomatique ”(「ル・モンド ディプロマティーク」)日本語・電子版の記事〈日本経済の「意外」な回復 〉は指摘している。それは、それら大企業が、経済の失速は銀行破綻の危機への対応ののろさ、日本銀行が進めた極端な緊縮政策など、政府の失策にあると見ていたためであるとする。


そして、この疑念は長いこと、小声でささやかれていただけだったが、米国経済のメッキがはがれると、たちまち公然と主張されるようになる。亜米利加経済がエンロン事件のようなスキャンダルによって打撃を被り、金融バブルがはじけた2001年以降のことである。そして、日本経済が再び数字の上では回復の兆しを見せ始めたのも、あたかもこの頃である。


キヤノン会長の御手洗冨士夫、トヨタ会長の奥田碩のような企業経営者が、米国流以外の経済体制はあり得ないという考えに与しなかったと記事は伝える。


――キヤノンとトヨタではその逆に、現在でも取締役会は社内事情のプロだけで構成され、役員の報酬は抑えられ、社員の解雇は比較的少ない。御手洗氏は次のように話す。「終身雇用の利点は、従業員が自らのキャリアを通して企業文化を吸収できることである。それによってチーム意識、つまりブランドを守り、気を引き締めて危機を乗り越えようという意識が培われる。こうした雇用慣行は日本の文化に合っており、世界的な競争に生き残るうえでの大きな切り札になっていると思う」 ――


この御手洗氏の主張は、キャノンに世界の競合他社と異なる独特の企業文化があること、自社製品のブランドを持つことに対する自信と自負がその裏づけとなっている。そして、そのブランドを支える固有の企業組織に対する確信が表出する。


ここで、同氏の主張に記事は若干の疑問を呈しつつも、「キヤノンやトヨタのような企業が社会的ルールに敏感で、そこから最大限に利益を引き出していることは事実だ。」と認める。


――日本の大企業は、自らを株主の所有物というよりも共同体であるとみなしている。この共同体には、株主だけでなく、従業員、顧客、納入業者、債権者が含まれる。日本の企業経営者たちの考えによれば、彼らが追求しているのは株価の高騰(米国流の信条)よりも共同体全体の利益のバランスであって、それが企業の長期的な成功につながるという。――


このような企業モデルはその強固さの反面、弱点も併せ持つ。日本経済が大失速する90年代、大企業は需要の縮小に直面し、ことごとく従業員の新規採用を減らした。それが、欧州同様、若年層に大量の失業者を生み出すという結果を招来する。また、この日本型企業モデルは、新しい企業で新製品を開発するためのリスクテイカーになろうという精神を育みにくい。そこで、日本の“サラリーマン”たちは既存企業内部で技術革新を進め、自社製品の品質向上、効率改善に努める傾向が強くなる。ここで、サラリーマンの高学歴―転ずれば、良質な労働力ということであろう―、日本企業に見られる長期的な戦略という背景を、記事はまた指摘している。


さらに、日本企業の行動特性が指摘される。日本では「リスク資金」を支えに企業を設立するようなことをせず、企業は利益を「分社化」(主に親会社による新会社設立)という形でよく処理する。そして、開発に再投資するということをよく行なうという点である。


OECD(経済協力開発機構)の報告(2005年)によれば、研究開発費のGDP比で日本は先進国のトップに立った。そして、技術ライセンスの数で米国に次ぐ世界第2位の位置にいる。EUをしのぎ、しかも、人口で米国の半分に過ぎない日本にして驚異的な数字とも言えよう。


日本は、米国アップル社の‘ipod’(携帯音楽プレイヤー)の競合製品を生むことはなかったものの、その半導体材料の7割までは日本製品が使われているということを、この記事は知らせる。そして、フィンランドや米国、韓国の電話メーカーは、携帯電話の有力ブランドを持たない日本の部品を必要としている事実も。


他方で、米国のシリコンヴァレーは、2001年のバブル崩壊からいまだ立ち直れずにいるという。


(以下、続く)


コイズミ政権下の“壊れた5年”の間、日本は亜米利加流の経済政策ないしは経済システムを見習ってきた。何がかなしうて、こんな模範にもならない、ならず者国家を手本にしたがるのかわからないが。もっとも、見習うというより、恫喝されて追随させられたり、亜米利加の走狗のような政治屋やそれに群がる御用学者、提灯マスコミらによって謀られてきた部分が大きいだろうが。

日本国民とて、少し智恵のある階層なら、亜米利加スタンダード≠世界スタンダードくらいのことはわきまえているはずだから。


最近、“LE MONDE diplomatique ”(「ル・モンド ディプロマティーク」)の日本語・電子版を見ていたら、〈日本経済の「意外」な回復 〉という記事を目にした。


日本経済が長期の不況に陥った後、一部専門家はその因を日本独特の資本主義の形態に求めた。そこで、再建策として浮上するのが、米国流経済の模倣だった。つまり、規制緩和、起業家精神、配当重視、「株価」重視である。そして、これが奏功して、泡沫の経済回復はなされたという俗説が、最も受け入れられやすいところであろう。


記事は、こう分析する。


―― これらのメッセージを放った者たちの態度は不遜だったが、日本にはそうした助言を真剣に受け止めた者もある。なかでも現在の小泉内閣にいたる歴代内閣は、電気通信、運輸、エネルギー、金融、そして最近では郵便の分野で規制緩和と民営化を推し進めてきた。しかしながら、日本のアプローチは米国と同じではない。政治学研究者スティーヴン・K・ヴォーゲルの言葉を借りて「再規制」と言った方が適切だろう。新たな市場地図を定着させるために、政府介入が続けられていた。

 ハイテク企業の設立を奨励し、リスク資金市場を作り出すために、民間だけでなく政府も努力を傾けた。マスコミはソフトバンクの孫正義やライブドアの堀江貴文のような若手の起業家をもてはやした。こうして、より野蛮な資本主義に向けて扉が開かれた。日本企業が敵対的買収に乗り出すことは、かつては社会的によからぬこととみなされていたが、90年代末になると、株主の利益を増大させることだけを目的に証券を買いあさる投資専門ファンドの経営者、村上世彰のような乗っ取り屋が現れた。

 さらに小泉内閣は商法を手直しして、株主を会社の中心に据えるという米国流そのものの「企業統治」を(強制するわけではないにせよ)促進しようとしている。この新たな措置によって、資本の所有者は米国を手本として、株式を買い占め、ストックオプションを発行し、社外取締役制をとることができるようになった。 ――


ところが、……以下、続く。



■“美しい国”樹つ


身辺のことに追われ、ついつい政治などから関心がそれていたこの半月あまりであったが、5年半にも及ぶ狂騒が終わっていた。また、違うのが総理の座に座っている。


それにしても、新内閣発足早々のテレビ報道をちょっとつけてみたら、いつものことながら、ほとほとあきれるばかりの痴性ぶりであった。「小泉内閣のマドンナに代わって安倍内閣のマドンナ」などと、低俗な話題を乱発したり、入閣した高市とかいう女大臣の尻を追いまわし、「あのラメのドレスはどこで手に入れた?」などと、早速やっているのだ。まるで、芸能レポーターである。

小泉が御用済みになったら、今度は安倍をネタにまた一稼ぎをもくろむ、マスコミ連の商魂には思わず脱帽する。


政治屋連中もよく心得たもので、目に付くことをちょっとやればマスコミどもが飛びついてくるのを抜け目なく見越して、この高市も、前日までは(認証式に)着ていく服がないなどと言っておいて、当日はラメ・ドレスでの颯爽たる登場と相なる。“サプライズ”の演出に余念がない。

これが、“美しい国”ジパングの国政であり、ジャーナリズムである。


■コイズミという結果


5年余りに及ぶ小泉の在任中、「小泉劇場」「サプライズ」「刺客候補」「くの一」「小泉チルドレン」などなど、大道芸並みの流行語が多々生み出され、国政を弄んできた。そして、コイズミなど戦後の衰弱期に咲いた徒花(あだばな)だと思っているが、このコイズミという風俗、それはまさに風俗学、あるいはせいぜい社会心理学の考察対象であり、政治学的アプローチは決して有効ではないのではあるまいか。


小泉の頭の程度は、大衆小説レベルと評した人がいるが、私は、チャンバラか西部劇レベルだと思っている(でなければ、ヤクザ映画)。そして、やっていることはまさしく大道芸、香具師のそれである。哲学の香など微塵も漂わない奴だった。

時代のアパシー(apathy)は、コイズミを求めていた。マッスのニーズに敏感な商業ジャーナリズムとマッスの無数の意識・無意識の間に反復される作用・反作用がコイズミを生み出し、支えた。


コイズミは決して原因ではなく、結果なのだ。


■壊れた5年の後始末

債務危機を皮切りに経済不況に陥った1980年代の中南米の経験になぞらえてか、日本も90年代、「失われた10年(The lost decade)」という言葉を生んだ。コイズミ時代を、それに続く“壊れた5年”と私は呼びたい。

日本中が、壊れまくった。コイズミが置いていった負債の後始末が、またそれなりに難題だろう。これから先は、何の5年、あるいは、10年になることやら。日本は、着実に蝕まれている。

一つ、気になるブログ記事に出会った。「藤原直哉のインターネット放送局 」にエントリーされた〈藤原直哉の「日本と世界にひとこと」 2006年9月26日 小泉政権の後始末〉というものである。そこに記された(というより、このブログは名前どおり、文字情報ではなく、mp3ファイルによりラジオのように肉声で伝えている)事の真偽を確かめるすべは、今、私にない。しかし、マスコミが肝心なことを伝えない現況下、こうした情報を一つ一つ冷静勝つ丹念に精査し、分析して、少しでも政治の実相に近づく努力をせざるを得ないと思っている。


“壊れた5年”の総括は、これから始まる営みだ。


フリーライター・永江朗さんのお宅では、東京都知事・石原慎太郎の名を「チンタロウ」と発音する習いだそうですが、我が家では慣例的に「シンタロウ」と発音しています。


その都知事が、破顔一笑でした。オリンピックの国内候補地争いで福岡に勝ったということです。オリンピック招致にはことのほかご執心だったようですね。それにしても、“国威発揚”か何かは知りませんが、また、オリンピック誘致とは何と陳腐で貧困な発想であろうかと。世界に誇るキャピタル・東京なら、もっとスマートで、斬新なことは考えられないものでしょうか。


そういえば、ヒットラーも、ベルリンでのオリンピック開催には血道を上げていましたね。もっとも、ヒットラーと石原では、その器は月とスッポンでしょうが。


しかしながら、テレビニュースなどはいつものごとくつまらない論評しかしていないものの、ブログではこの話題が結構熱気を帯びて盛んに取り上げられているようです。例えば、『世間に物申す』 、他にも多数のブログで関連記事を見かけました。やはり、テレビよりは数段面白い。背後の利権にまつわる話、オリンピックを口実にしたシン(真)の狙いなど、裏読みの記事も目につきます。


余談ではありますが、この知事は、数日前・甲子園で優勝した西東京代表チームに盛んにエールを送っていましたが、そのことを嘲笑する記事にもいくつか遭遇しました。少し前まで、高校野球などボロクソに言っていたくせに、何たるご都合主義かと。


しかし、それにつけても、石原といい、小泉といい、アマチュアスポーツの人気に便乗して自己を目立たせようという姿は、見ていて実に浅ましいものです。これでは、現職は毎日がさながら選挙の“事前運動”のようです。もっと、やるべき大事な本業があるでしょうに。また、そんなところをこぞって映像化し垂れ流しては提灯を持っているマスコミが何より低劣ですが。


候補地決定が下るまでの過程でも、対抗馬の福岡市長との間で、また例によって品性を欠く舌戦を繰り広げたようです。まず、首都の顔となるべき風格に乏しいキャラクターだと思わざるを得ません。さらには、勢いあまって、福岡方を応援した姜尚中・東京大学教授のことを指して、「怪しげな外国人が出てきてね。生意気だ、あいつは」などと罵倒したそうですね。


しかし、翻って考えれば、こうした舌禍こそこの人の唯一の持ち味で、それがために、無関心でいた外野にも一石を投ずる効果を生みます。しかも、おかげで、オリンピックなどという欺瞞的イベントの本質が巧まずして露見する思いです。民族的な憎悪や、敵対心を問わず語りに語ってくれます。何が「平和の祭典」でありましょう。


過去を振り返っても、政治が介入して敵対する国で開催される大会をボイコットする騒ぎを幾たび繰り返したり、自国のメダル数を上げるためドーピングなど不正な手段に訴えるケースが続発したり、本当に欺瞞と人間のもつ浅ましさの展示会ではあります。


国内で勝ったとて、これから国際的な舞台に出て、東京での開催を勝ち取れるかどうかまったくおぼつかないのもではありますが、この御仁がますますハッスルして騒ぎ立てるでしょうから、そこでますますオリンピックなるものの底が見えてくることには期待が持てます。多くのブログにアクセスする楽しみも増えました。やはり、石原知事は功労者でしょうか。



■青年詐欺師の壮絶な最期


前々回、安部譲二氏の『日本怪死人列伝』 を取り上げたので、改めて少し読み返してみたら、下山事件とは別に、ある事件の記憶がよみがえりました。下山事件よりははるかに新しい事件ではあっても、もうすでに20年以上を経過する旧聞に属する事がらです。


今の日本も詐欺たちが跳梁跋扈してさまざまな刑事事件を起こしていますが、そのころも「豊田商事」というインチキ会社がありました。金の地金を用いた現物まがい商法で客から総額2000億円近くも詐取したのです。被害者の数は数万人にも上り、お年寄りが多かったことからよりいっそう社会の指弾を受けるところとなりました。


この豊田商事の総帥が、永野一男という当時30歳そこそこの青年ペテン師でした。その永野が、大勢の面前で白昼公然と殺害されるというショッキングな事件が起きたのです。昭和60(1985)年6月18日のことです。


安部氏が、この事件には怒りまくります。当然、怒りの対象は、まず永野ですが、その後さらに怒りの矛を向けるのがマスコミなのです。なぜでしょう。


当時若輩であった私の遠い記憶、あの日のことを追憶すると、このような模様です。すでにその詐欺商法が社会問題化し、国民生活センターに対策の部署が設けられるような状況下、数日前には警察の事情聴取も受けて、逮捕も間近の風説が流れるころでした。永野の自宅マンション周囲にはマスコミさんが黒蟻のように蝟集して、これを取り巻いていました。その只中で、永野殺害が公然と行なわれたのです。


報道陣をかき分けるように、突如2人の男が永野の自室前に歩み出ます。そこで、なにやら怒声をしばし発すると、ほどなく、窓ガラスを叩き割って室内に突入しました。中で、ドタン、バタンと激しい音が断続して起こりました。その刹那、男のうめき声のようなものも聞こえてきたかと思います。おそらく、永野の声でしょう。


その後、凄惨な光景が現出します。中から出てきた下手人が、長身の刃物を誇らしげにかざし、永野殺害完遂を声高らかに居並ぶ報道陣に宣告したのです。「自分がやった」と、リーダー格と思われるほうがたじろぐふうもなく言明し、逃げるそぶりもありません。刃物には血のりがベットリ付着していたように記憶しています。返り血も浴びて不敵にほくそ笑む表情が印象的でした。そのうち、到着した警察官により、2人は連行されていきました。


そして、その殺人劇の一部始終がテレビで全国のお茶の間に放映されたのです。


■演出はマスコミか?


殺されたのは、まぎれもなく悪党です。そのことは、世間も等しく認めるところで、安部さんだってそれに異議をまったくさしはさみません。ただ、奇異に思えたのは、その下手人2人ともが、詐欺の被害者でも、その家族でもない、まったくの第三者だったところです。そこがどうも腑に落ちないものの、義憤にかられた“天誅”であったと皆がそれとなく合点し、時は過ぎていったと思います。しかも、やられたのが稀代の悪党だったため、極度な非難も下手人たちは浴びませんでした。


ところで、安部さんが問題にするポイントは2つ。1つは、この異様な事件の背後関係や動機を仔細に調べてきちんと視聴者・読者にマスコミが報告しなかったこと。そして、もう1つは、いかに悪いヤツにせよ、それが殺されるシーンを平然と傍観し、しかも、カメラに収め、それを“商品”としてしまった、えげつない商魂。ここでしょう。


そう言えば、下手人の興奮ぶりに引き換え、マスコミ連は妙に冷静沈着であったということが思い出されます。さらに、安部氏が指摘するには、犯行には消極的で現場でも逡巡を見せていた子分格のほうを煽ったのは報道陣の中の誰かだというのです。「なんだ、お前さんは何もしないで突っ立っているだけか」「窓から中に入れるぞ。やっつけに来たのだろう。怖いのか……」などと言って。


それで、全国のお茶の間に流れたテープからは、煽り立てそそのかす報道陣の声は見事にカットされていたと。言われてみれば、報道陣のそんな“声援”は私もそのとき聞いた憶えがありません。


――無責任にけしかけて煽り立てるのは、ずっと昔から続けてきた日本の大マスコミの手馴れた手口だ。――


安部さんはこのように手厳しい批評を加えますが、これはあながちマスコミ嫌いの安部さんの主観ともいえないようです。というのは、刑を終えて出てきた下手人さえ、事件当時全国のお茶の間に流れたテレビ映像を録画で見て、問題としたそうです。マスコミの野次による教唆があったとして、再審請求をしたということです。


親分格のほうとて当初は憎き永野を震え上がらせてやろうくらいの気持ちで臨んだのかもしれない。しかも、子分格は初めから及び腰。それが報道陣のエールで奮い立ち、エキサイトすると、今度は親分格も引っ込みがつかなくなった。そんな仮説も交えられています。

――豊田商事の騙した金の残り数百億円かが、永野の死で永久に消えて回収できなかったのも、すべてマスコミ、報道陣の所為だと私は断言する。

 政治家が悪い、役人が悪い……と、言っても、日本の大マスコミほど悪い奴らはいない。――


安部さんに同調して「日本の大マスコミほど悪い奴らはいない」とまで断ずるのは、あえて控えますが、この説明どおりの経緯であるなら、やはり、大マスコミというのは実に感心できず、尊敬や信頼に値しない人物が少なからずいる業界であると、私もはばかりながら申し上げないわけにはまいりません。

■ナカちゃんのお弔いで想い出した


昨日だか、一昨日、ナカちゃんというアゴヒゲアザラシが亡くなったと報じられた。国土交通省の現地事務所や、地元自治体の徳島県、阿南市などでつくる「ナカちゃんに関する行政連絡会」が開かれ、「市民を癒やしてくれた功労者」としてはく製にして市が管理することが提案されたり、ナカちゃんのモニュメント建設などが検討されることになったようだ。生あるものの死を悼む気持ちそれ自体は、悪いことであるはずもない。


それにつけて思い出したのは、もう数年前のことになるが、同じくアゴヒゲアザラシのタマちゃんをめぐる狂騒であった。こちらは、首都圏方面、多摩川や荒川などに出没したアザラシだが、連日けたたましい報道が繰り返され、日本中をまさに席巻する“大事件”となった。


ところで、今日も自分の本棚を探すと、『世界が完全に思考停止する前に』という本が見つかった。これも、今まで捨てずにおいた「とっておきの本」ということになる。映像作家・森達也氏の著書である。


同書を探してみたのは、たしかその本に収録されていたと記憶するある一項を想起したからだ。「タマちゃんを食べる会」というものである。「タマちゃんを食べようと思う。」の書き出しで始まる。ちょっと奇をてらったように見えつつ、それに続く主張はなかなか真面目なもの。


■思考が停止する前に


――沿岸に打ち上げられた鯨の救出劇をテレビで眺めながらハンバーガーをぱくつく僕らの矛盾や身勝手さを、全否定する気は僕にはない。化粧品や医薬品、洗剤や衣料品など化学物質が含有されるあらゆる商品には、開発するその過程で動物実験が義務付けられている。要するに僕たちの日常は、夥しい数の他の生命を犠牲にしないことには成り立たない。

 ただしこの矛盾に、僕はつねに自覚的でありたい。アザラシの命の尊さを声高に叫びながら、ホタテの命をゴミのように扱ったり、在日外国人に選挙権を与えずにアザラシに住民票を交付することの矛盾に対して、不感症になりたくない。――


(正直なところ、著者が言う「ホタテ」(おそらく帆立貝のこと)の虐待については、小生はその内容を詳らかにしないのだが)


なるほど。確かに、人間族は、アザラシや鯨の生命には過剰なまでの配慮をしながら、魚の活け造りなんてものを嗜好したりしている。海老の残酷焼きというのも、たしかあった。イルカや鯨を虐待したといってはヒステリックにわめきたてる国の人間が、牛は一番よく虐待するし、毛皮を取るためラッコか何かの海獣の頭を棍棒で殴り殺している映像もかつて見たような憶えがあるな。(銃で穴を開けたら商品価値が下がってしまうからというような説明だったと思う)。


一方では、動物たちの生息の条件を着実に奪い続ける人間、それで、「絶滅危惧品種」になると、あわてて過保護に走る。まったくピントは狂っているのだが、まさにそこに自覚的でありたい。小生も、そう思う。


――世界には今も、飢餓や殺戮が蔓延している。過剰な善意や一方向だけへのヒューマニズムが、他者の生命や営みへの想像力を停止させ、思考の麻痺へと発展するのなら、今のアメリカとなにも変わらない。――


ついでに、何とかいう女流作家が書いた猫虐待に関するエッセーが火種で、ネット上でも盛んに論評が交わされているようであるが、それについては、自分は原文を読んでいないので正確な認識はない。ただ、その騒ぎも、しまっておいたこの図書を想い出させるきっかけの一つだった。


森 達也
世界が完全に思考停止する前に




■父の確信


第二次世界大戦後の、日本の3大ミステリーの1つに数えられる「下山事件」については、これまで3冊の関連書を取り上げてきた。『葬られた夏 』(諸永裕司)、『下山事件 』(森達也)、『下山事件―最後の証言 』(柴田哲孝)である。


ここに、作家・安部譲二氏の『日本怪死人列伝』がある。これは、人々の心に強く印象づけられた死、不可解な死を遂げた有名人や事件を集成したもの。この中でも、「下山事件」が一項に加えられている。


安部氏は、下山事件に対しては特別な思いを抱いている。奇遇ながら、安部氏の父君は、三高・東大時代を通じて、下山事件の被害者(あえて、こう言っておこう)、下山定則・初代国鉄総裁と学友にして親友だったそうだ。


下山総裁の遺体が発見された事件直後、早くも一部には自殺説が流布する。それを耳にしたせつな、父は声を荒げて断言したと安部氏は記している。


「馬鹿な、そんなことを下山がするものか」

「下山が自分の仕事場で、自殺なんかするものか」

「下山は、あんな旅館で休んだりするものか」


眼は潤み、吠えるような激昂ぶりだったと。


総裁の遺体は、突然の失踪後、日付けの変わった深夜に、国鉄(現・JR)の常磐線・北千住-綾瀬間の線路上で発見されている。列車に轢断され、バラバラになった無残なものだった。そのことを指して、自分の神聖な仕事場(自ら総裁を務める国鉄の大切な鉄路の上)を血に染めて、仲間や同僚に心配や動揺を与えるような死に方を選ぶ親友ではないことを確信するところから発したものだろう。


また「あんな旅館」というのは、総裁が失踪後一人でフラリと立ち寄り数時間休憩したとされる“連れ込み旅館”(今風に言えば、ラブホテル)のことを言っている。遺体発見現場からほど遠くない場所にある。この旅館のお内儀が下山総裁と酷似した人物が遺体発見の前日午後に休憩したと証言したことが、自殺説の有力な根拠となった。つまり、何者かに拉致され殺害されたのではなく、自らの意志でここまでやってきてその直後自殺したことを推測させる証言である。


ところが、その後も現在に至るまで、他殺説の立場からはこの証言の矛盾点、疑義が数多く指摘されている。


安部氏は、父の確信を受け継ぐように、他殺説の立場に立つ。そして、自殺説には、ことごとく反駁を加える。その論拠は、多くの類書も指摘するところであり、他殺説に立つ多くの論者がまた援用するところ、つまり、実にオーソドックスなものである。したがって、今日でも、その妥当性は幅広く支持されるものだろう。


■地獄があってくれ!

そして、その自殺説を斥けた後に来る安部氏の推理は、やはり、米国関与説・謀殺説である。これまた、昭和30(1960)年代に出た松本清張説以来、他殺説の論者が唱えてきたところと大筋で一致する。この説を裏付ける傍証は数々ある。第一、総裁の遺体を司法解剖した東京大学の担当教授の所見が「死後轢断」―つまり、死んだ後に列車に轢かれた―である。


占領軍の意を受けて10万人にも及ぶ国鉄職員の馘首(解雇)を完遂するために国鉄総裁に抜擢された下山総裁ではあるが、本人は大変これを苦渋とするところであり、これが終われば自らも辞任するつもりであった。また、組合の活動家などを狙い撃ちにして解雇するようなアンフェアな方法にはあくまで抵抗していた。その事跡については、諸々の文献に記録されているところである。


東西両陣営の角逐がいよいよ本格的になり、ソ連の脅威をますます痛感する米国の対日占領政策は、この少し前より、その方針を大きく転換されていく。すでに兆していた朝鮮半島での武力衝突に備え、日本を後衛の位置におこうというたくらみもみられる。日本国内の左翼勢力、とりわけ国鉄を活動拠点とするそれも鎮圧しておかなければならなかったろう。特に、鉄道は軍事上も枢要な意味を持つものだろうから。事実、この翌年、朝鮮戦争は勃発している。


「謀殺」され無残な亡骸となった、父の親友を弔うように、安部氏は憤怒の言葉を投げかける。米国の謀略者とそれに通謀する日本国の権力者にである。


――奴らは人間ではない。

地獄があってくれ。そこで未来永劫苦しんでのたうち回れ……と、無神論者の私はむなしく願うのだ。――


事件後はるかに時を経た高校時代、私は初めて下山事件に関心を持った。しかし、今になって、ことさらこの事件がまた胸に去来するようになった。それは、「主権在米」とも言われる属国・日本の始まりが、まさに占領時代のこの時期だったため。つまり、今の時代の入り口に当たる時期に起きたあまりにも大きな社会的事件であったためであろう。


本書は、下山事件の他、「帝銀事件」「力道山」「ロッキード事件」など古い事件や人物の死に関する項目から、比較的最近の「新井将敬」といった項目までを収録している。


安部 譲二
日本怪死人列伝

最近、「熟年離婚」という現代用語がよく聞かれる。定義は必ずしもはっきりしないのだが、「熟年」と形容してもよい年代、50代もしくは60代といった年齢層にある夫婦において行なわれる離婚のことを言うらしい。


こんなことがマスコミのネタになっているのにも、一応社会的背景があるようだ。実際に、1985(昭和60)年以降、この年齢階層の離婚件数と離婚発生率が急増しているということである。仮に妻の年齢を基準に取り、離婚件数と夫婦総数を妻の年齢階級別に比べた離婚発生率は、50代で約3倍、60歳以上で約2倍に増加しているらしい。大集団である「団塊の世代」が大挙して引退するこれから、ますますこの社会現象が増幅しそうだから、マスコミは騒ぐのだろう。


実際、自分の周囲では、団塊の世代といわず、一応子どもが一人前になるライフステージ、40代前半という年齢に達したときから離婚は頻発していた。今、消息が知れている自分の小・中学校時代の同級生だけを見ても、すでに9人が離婚組だ(音信不通の者を含めれば、さらにこの数値は上がるものと推測し得る)。内訳としてはバツ1、つまり、離婚経験1回というのが大部分だが、もうバツ3という剛の者までいる(その他、バツ2を目下検討中の者1名)。


ところが、まだこんなのは序の口のようだ。まだ三十路前半にいる女性の友人にこの話をしたら、彼女などは昨年帰郷して同窓会に久々に出たら、もう6人も離婚していたという。この分では、“熟年”になるころには、何十人になっているか予測値も定まらないと。


しかしながら、それがどうしたという気にもなる。「結婚」などというものは、もともと社会制度であり、民事契約である。契約などというものは何でもそうだが、契約当事者のいずれか一方、あるいは双方が間尺に合わないと思い始めたら解約されるのは当然の帰結ではないのか。


先ほど、パソコンに向いながら、例によってテレビをBGM代わりにつけておいたら、熟年離婚を防ぐための団塊世代の男を対象としたセミナーのようなものが開かれていることが報じられていた。そこへ多くの熟年男が参加して「役立つ夫」になるためのノウハウみたいなものを授かっているようだった。料理を練習したりなんだり。要するに、カミサンに逃げられないため、カミサンをつなぎ止めるためのご機嫌のとり方習得である。まったく、いじましいね。


しかし、これは力関係の問題である。もしも、離婚ということが男のほうにより大きな損失をもたらすものであり、より大きな衝撃を与えるものであるとするならば、これは男の側が譲歩することを考えざるを得ないということだろう。


事実、自分の周囲だけに即して見ても、きょう日、亭主が女房を追い出すなんて事例は稀少である。たいがい、女房のほうから別れ話を持ち出している。女のほうが離婚につき主導権を握り、優位に立っているのだ。


離婚経験者の女2人(自分の友だち)が、第三者である自分の面前で最近こんな会話を交わしていた。「本当に、仕事だけの男だの、会社人間だのって、妻の気持ちなんか何にもわかってないから、年が来ると、これ(犬を追うような手つきをして)になっちゃうのよね」だって。もう一方も、これに賛意を表していた。


その「会社人間」の生産活動が生み出す所得に全面的に依存していた、そして、会社人間よりも多額の小遣いを使い、女友達同士で海外旅行を楽しみ、余暇時間に恵まれた生活をいかんなく享受してきた有閑階級、貴族2名による興味尽きない会話であった。


周囲の例に限れば、女の場合、結婚は懲り懲りと言いつつも、その後自立した生活を志す者はごくまれである。大部分が、次の夫君を探し出す。そして、子どもがいる場合、たいがい女のほうが連れて行く。つまり、老後の精神的(場合によっては、経済的にも)支えとなる条件の確保は図るのだ。その上、次のスポンサーをゲットする周到さも兼ね備えている。要するに、この点に関し、女のほうがはるかに優れた戦略家なのである。抜け目なく、すばしこい。それに反して、“会社人間”男は生産活動にかまけてボヤボヤしているうち、別れ話を突如言われ周章狼狽なんて場面をしばしば目撃する。


女が離婚を切り出すタイミング、これも絶妙だ。家庭生活に不満が募り、“家庭内別居”のような状態がしばし続けば、速やかに後任人事の作業に入る。人の紹介で、あるいはアルバイトを始めて「ねるとん」の機会を得たり、飲食店での出会いを通じて、後任候補の目星をつける。そして、すかさず自らの身の上話を披露、“不遇”な結婚生活にいささかでも同情を示すような独身男(未婚に限らず、離婚経験者も可)でもいようものなら、格好の候補となる。そこで、おおむねその後の展開に向けての感触を得たなら、滞りなく離婚交渉の段階に突入する。


男も間が抜けているが、女も決して高尚ではない。どっちもどっち。「割れ鍋に綴じ蓋」である。


そもそも、これほどの離婚の普及は、恒久的な結婚制度など現実の社会情勢から乖離していることの証左であろう。すなわち、制度の陳腐化、破綻である。しからば、制度は制度、現実に即して改革されるのが常道である。破綻しかけた制度などによらず、男女とも安寧な社会生活をまっとうできる条件を担保する新制度を樹立すればよい話ではないのか。


何のかんのと言いつつも、結婚生活の維持存続に未練を残し新たな展望の開けぬ亭主族、相手を換えつつ畢竟はアンシャンレジーム(旧制度)の恩恵に浴して生息し続けるカミサン族。どっちも旧人類である。進化しない生物だ。新しい精神など、どこにもない。実に、退屈な話。


さっきのテレビ番組に出てきたような涙ぐましい話よりも、『世間の戯言』というブログで見つけた待ってました熟年離婚 」という記事、こっちの方がよっぽど痛快である。

『日本人はなぜナメられるのか』という書名だから、日本人が「ナメられてはいない」という認識に立つ人は読む必要がない本であろう。また、「ナメられている」と自覚しつつも、それでよしと諦観し、あるいはそれを受容している人にとっても無用の本である。しかし、確かにナメられている、しかも、ナメられているのはいけないと思う自分にとっては、関心の深い設問である。同時に、このような本が書かれるモチーフも、まさにナメられている、ナメられるのはよくないというところに根ざすものと推察できる。


「ナメられる」という事象は、ナメる側(主体)とナメられる側(客体)の双方があって初めて成り立つ。そこで、客体の側から主体の側に向って「ナメるのをやめろ」と態度の変更を求めてみても、それはおそらく限りなく徒労に近いことだろう。恫喝してもムダに違いない。さりとて、実力を行使してその目的を達しようとするならば、もはや戦争しかあるまい。そして、その争いに敗れれば、またぞろ、ますますナメられる。さらには、「ナメないでください」と哀願するのも無効である。


されば、客体の側が自己啓発・自己変容により、ナメられない、あるいは、ナメられにくい資質を得る、ナメられ難い条件を整え、“抗ナメ”環境を作り上げる、なすべきことはこれに尽きよう。


著者は臨床社会学出身の日本人論研究者であるというが、本書はおそらくその成果を踏まえての日本人のナメられやすさ考察であろう。そして、著者が加えるナメられやすさの要因分析の結果は、おおむね次のように要約できようか。


●日本人はだまされやすい ⇒ 個人間のレベルにおいても、だまされやすい者が他者からナメられやすいのは理の当然である。

●日本人はダブル・スタンダード(「ホンネとタテマエ」)の使い分けがあまりに無自覚である ⇒ 対して、日本人をナメる主体の側(以下「主体側」)はダブル・スタンダード(「原則と例外」)の使い分けを実に意識的、意図的、戦術的に行なう。となれば、主体側からつけ込む余地は大きい。

●だまされやすいにとどまらず、だまされたがり ⇒ 自分の判断を留保して多勢に従いだまされているほうが、後の結果に対して直接責任を取らされることを回避できるから。このだましてくれといわんばかりの態度は、主体側の思う壺。

●日本人はおだてに弱い ⇒ 劣等感(とりわけ白人に対する)に起因する。白人の書く本で「ジャパン・アズ・ナンバーワン」などと持ち上げられるとたちまち有頂天になる。同時に、自分より劣勢のものに対しては優位を誇示したがる。そんな情緒は、まぎれもなくスキをつくる。

●日本人は無能な指導者が好き ⇒ 主体側はそのようなものを代表に立てれば、自国の国益や民族の将来に大きな損失と危険を招くことをシビアに考える。

●日本人はだます‐だまされるの力学が弱い ⇒ 指導者自身も知らずにだまされていることが往々にしてある。つまり、誰がだましているのかもあいまいな風土の中にいる。これに対し、主体側にあっては、だます-だまされるの間に強度の緊張関係があり、これまた自覚的である。

●日本人は妄想にとらわれやすい ⇒ 主体側はリアリストであるので判断も客観的で行動も現実的。

●日本人はすぐに「水に流す」 ⇒ 主体側は恨みを容易に忘れることなく、あくまで執念深い。

●日本人は有史以来「平和ボケ」 ⇒ それは多分に地勢的、歴史的に規定されるところ。一方、主体側は百戦錬磨のツワモノぞろい。


などなど、一読する限り、まあ、こんなところであろうか。かなり的確ではなかろうかと思う。


ところで、日本(客体)をナメている主体であるが、先ずは米国、そしてユダヤ、欧州諸国、それにロシヤ、中国を加えてもよいかな。大方そんなところではなかろうかと、自分は思っている。こうしたところが、とりわけ日本ナメの主要メンバーであろう。著者の見方も、ある程度これに重なる模様である。


興味深い考察はさらに続くのだが、長くなるので今日はこのへんで擱筆する。


中山 治
日本人はなぜナメられるのか