■なぜ、拉致問題か
北朝鮮のことが報道されぬ日はない。そして、機会あるごとに、北朝鮮による拉致被害者の問題がクローズアップされる。この関連ニュースは、年間を通じて多くテレビや新聞に取り上げられる事項の一つである。
それは、なぜか。被害者の親戚でもなく、知人でもない大多数の国民にそれをマスコミも何百回と伝え、政府もそれなりに力を注ぐのはなぜか(もっとも、本当に政府がこの問題にまじめに力を注いでいるというのも疑わしいというような情報も出回ってはいるようだが、それはここでは措く)。
これへの解答は人それぞれだろうが、少なくとも自分の答えはこれ一つである。それが、理不尽な災難であるからだ。つまり、被害者には落ち度もなく、自分の意思に反する他からの実力行使により、言われなき苦痛と被害を受けている。そのような境遇にある国民の救済に政府が力を注ぐのは当然の責務である。えらいことでもなんでもない。あの機関の仕事だ。そして、そのようなこともマスコミが大きく取り上げ、当事者でない国民にまでも訴えることも正当である。
そして、理不尽でない、または、当人にも相当の責任と落ち度があり遭遇した災難、例えば、台風の警告が出ているにもかかわらずそれを無視して強引にヨットで航海に出て海難事故にあった例などでは、国民の同情のレベルが大幅に落ちるのも当然だし、その救済への行政の熱意が減じてもこれは仕方がないということは言えそうだ。
そこまでは、そのとおりである。だが、理不尽な苦痛や災難に遭っている国民、落ち度もないのに被害をこうむっている国民は、拉致被害者だけではないのも事実である。例えば、何の落ち度もなくまともに街路を歩いていて通り魔に襲われ命を落とした人、薬害のため普通の生活が送れない体となってしまった人、企業や自治体の怠慢、不正に起因する事故で命を落としたり体に障害を持つに至った人……、数え上げればきりがない。
そう言えば、オウムの犯罪(サリン散布)により命を落としたり、生涯癒えない障害を負った人がたくさんいることなども、すぐに思い出されるところだ。
こうした理不尽な境遇にある国民(あるいはその家族・遺族)を万難を排して救済すべく政府は力を注がなければならないことは、論を待たないところだろう。それを、この国の政府は十分やっているか?
あまり、片方だけ熱心にやって、他方がおざなりであったりすると、どうも、目的や意図が他にあるのではないのか? などとの疑念、揣摩臆測がついつい生じてしまうのも致し方ないところである。政府は、これらすべてにまじめでなければならない。全国民に責任を負っているのだから。
国民個人個人にとっては、それぞれ問題に軽重がある。置かれた境遇や立場、住む地域、あるいは体験によってさまざまに異なる。拉致被害者の家族やその友人、あるいは近隣に住む人であれば拉致問題が一番の大事であって不思議はない。また、薬害で半身不随になった人にとっては薬害問題が、公害で重い病を得た人にとっては公害問題が、殺人事件の被害にあった人の遺族にとっては国内の凶悪犯罪が、医療過誤で命を落とした人の遺族にとっては医療事故こそが、それぞれ最も深刻な問題であっておかしくない。しかし、政府はすべてに責任があるのである。
■こういうこともあるのだが…
あるいは、早くも大方の記憶から遠のいてしまったかもしれないが、今年の年明け早々(三が日の最終日、1月3日)、神奈川県横須賀市内で、凄惨な殺人事件があった。早朝、出勤途上の女性が何の落ち度もなく突如襲ってきた暴漢に惨殺されたのである。
バス会社勤務であることから正月にも業務が休みとなることはなく、日本中が休息するこの日に勤勉にも通勤の途につき遭遇した理不尽な災難である。しかも、いかな日の短い冬季とはいえ、夜もすっかり明けた6時のこと、現場は何の変哲もなく、平素はサラリーマンが通勤路に使う街路である。
犯人は、米軍の水兵であった。突如声をかけられ因縁をつけられ、金品を奪われそうになったため女性が抵抗すると路上に殴り倒したうえ、執拗にも近くの雑居ビルに引きずり込み、コンクリートの壁に投げつけ転倒させ、さらには、顔や腹部をさんざんに踏みつけ、蹴りつけ、殴りつけるというあきれ果てた凶行に及んだ。ベンチプレス170kgという巨漢の賊が小柄な日本人女性を蹴り続ける戦慄の光景は近くに設置された防犯カメラが一部始終を捉えており、後の公判では検察側の証拠として上映される。
その残忍な暴行の果て、肋骨数本を折られ、ついには内臓破裂のため女性は収容先の病院で息を引き取った。この女性に、何の落ち度があったろう。
そのときの総理大臣は、小泉純一郎。因みに言えば、犯行現場は小泉の選挙区内である。この赦し難き凶行、理不尽きわまる日本国民の遭難の報を受けた後も、日本政府が、とりわけ最高責任者の小泉が真剣に事後策を講じたり、誠意ある対応を遺族に示したという形跡もない。少なくとも、こちらには何も伝わってこなかった。また、マスコミにとってもあまり客を呼べないネタであったのか、大した報道もしていない。そして、こんな重大な不祥事を起こした後も、横須賀市内では米軍籍の賊らによる犯罪は続発しているのである。
その後、横浜地裁で6月に下された判決は無期懲役であった。こいつを死刑にできなかったのは、痛恨の極みである。
ほどなく、遺族らはこの賊(元米兵ウィリアム・リース服役囚)と日本政府に損害賠償を求める訴えを起こす方針と伝聞した。
日米地位協定に基づく民事特別法は、在日米軍の構成員による公務上の不法行為であれば、日本政府が損害賠償責任を負うと規定している。この賊の犯行は公務時間外のことではあったが、「事件前、連日のように(賊が)飲酒していたにもかかわらず米軍は規制しなかった」ことを遺族側が指摘した。「事件の発生が予測可能ならば米軍は防止措置を取る民事特別法の義務を負う」とした最高裁判例を基に、米軍の監督責任を問うため、日本政府を被告としたということらしい。
誠に、そのとおり。賊のみならず、日本政府の責任を徹底して追及して欲しい。自分も、ささやかながらできる範囲で応援したい気持ちさえある。つくづく、小泉という壊れた男は徹頭徹尾米国の忠犬であり、いっかな日本国民の味方ではなかった。
しかし、思えば、横須賀より大規模な要員の侵略軍基地に県土を占領される沖縄の人々の苦痛や不安はいかばかりなものだろう。そしてまた、そうした在日米軍の基地から出撃する殺人兵器が、自分は何の恨みも持たない他国の人々を殺戮していく。まったく、基地の近くで育った私には、これこそが一大事なのである。