御石ヶ沢トンネル旧道・後編【2020年1月25日】 | Subaru6の休日お出かけ記録

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お出かけして撮ってきた写真を載せていきます。

季節のお花巡りと、道路ネタ??が主になります。

続きです。

 


さっきからも一応少しは写ってたのですが、洞門を超えるとまたすぐに洞門があります。
これが「片二号隧道(片二号洞門)」です。一号とほぼ同じようなデザインで、長さが短めのようです。


そういえば書き忘れてたけど、これらの洞門は昭和7年頃にできたのではないかと大御所さんが推測されてた気がします。

 


片一号を振り返って。


この写真だとけっこう崩れて通りにくそうに見えますが、私が難なく通ってきたくらいなのでそんな激しい場所じゃないです。(笑)
夏は行くの大変かも…。(^-^;

 


片二号から片一号方向を振り返って撮ったと思われます。
ツタ状の植物が絡まってヒビみたいになってますね。(^-^;

 


そんな片二号を通り抜けたところに石碑が建っています。
これは、ここで交通事故で亡くなられた姉妹を悼んで遺族の方が建てたもののようです。


今では道がこんな状態で遺族の方も訪問できなくなってしまっているかと思われます。
静かに手を合わせてきました。

 


で、その先はこんなです!(笑)
なんか土砂で埋まってるし、その中に混じってブルーシートなんかあったりして…。(>_<)

ここもそれに該当するのか微妙ではありますが、この先の区間は「廃道化工事」がされたようで(冬でも)かなり通行が困難になっていそうです。(この場所については1978年に起きた大地震の影響でこうなっているのではないかという説もあるようです)
事前に調べた情報からして、私が自力で来れるのはここまでだと思っていました。

ちなみに、この廃道のレポートをネットで読んだことがあったので奥野ダム(同じ伊東市)で見た道路状況を「廃道化?」と思ったわけでして…。


頑張って乗り越えればこの先にもう1つ「片三号隧道」が口を開けているはずですが、行ったらまた戻ってくるか、御石ヶ沢トンネルを歩いて戻るかしなければならず、今回はここで引き返すことにしました。
いつかリベンジするかもしれませんが、可能性は低いと思っててください。(^-^;



そんなわけで、戻ります。

 


やっぱり潮風に当たり劣化が激しいし、意図的にあまり写さないようにはしてたのですが、かなり薄まってきているとはいえ落書きが目立ちます。
これはどうもさきほどの慰霊碑の存在から心霊スポットだと騒ぎ立てた心無い人物たちが集まった結果と思われます。
そういう背景も「廃道化工事」がされる原因の1つになっているのではないかと!?

幽霊に出会うより、生きた人間や動物と出会いがある方が怖いと私は思います。
幸いなことに今回までにそういう経験なく済んでいますが…。(^-^;



落ちた標識。


最初はこれお馴染み?「通行止」標識かと思ってました(文字の部分がちょうど穴になってるし)が、どうも以前は洞門の外側にちゃんと立っていて「駐停車禁止」の標識だったみたいです。
言われてみれば赤じゃない部分、青いような気もする。(笑)

 


改めてここから見ても進める気があまりしません。(笑)

 


さようなら片二号。

 


再び片一号を通って帰ります。
まるで遺跡のようですね。

…って載せる前に(文章は作ってあったんだけど)前編を載せた時点で「遺跡みたい」っていうコメントをいただいてしまいました。(笑)


四号と五号が土木遺産になってるので、こちらもそれだけの価値があるかとは思いますが現状は朽ちるがままの廃洞門で、このまま放置されればいつかは崩れたりして訪問できなくなってしまう可能性もあります。

 


通り抜けてまた最後に振り返ります。
また来る可能性は…あるかな~どうかな?(^-^;

さようなら片一号。



現道に合流する少し手前で、古いガードレールの近くにそれよりは新しそうなガードレールの端が転がってるという不思議な状況のところを見つけました。

 


最後に帰りがけに撮った海の写真を載せてみます。

今回の旅行(旅行の定義とはなんなのか)で、この旧道から見た海が一番綺麗だと思いました。

 

 

伊豆旅行?の分、あとはあまり長くならない(たぶん)ネタで残り3回です。