昨日、南伊豆の海女さん二人が、腰高の水深の磯でシッタカ(岩場に張り付いてる巻き貝。塩茹でにしてビールのつまみに美味い。割って釣り餌にも)を採っていたらしいが、帰宅が遅いとの家族の通報で、捜索の結果、1km沖合で水死体なって発見された。外傷は無かったそうだ。熟練の海女二人が何故水死したのか?シッタカを採る程度なら水中メガネは必要無いはずだが、発見された時はどんな状況だったのだろうか?
セカントブリージングが出来るようになると必然的に浅瀬で底待ちの時間が長くなる。ヨネズ(関西でアコウの丹後地方俗称、沖縄では、なんとかミーバイだったかな)を見つけた時は感激する。たいていツガイで縄張り内を寄り添い泳いでいる時が多い。こちらにいち早く気が付き、ふてぶてしい、その口回りを突き出してこちらを見据え胸ひれを8の字に回しながら縄張りを護っている。たまにシーソーゲームになることも有る 。体の向きを変える瞬間が勝負の時だ!
和歌山県太地町のワールドドルフィンリゾートに泳ぐ巨大水槽の中のイルカ3頭。じゃれたり、戯れたりセックスしたり。ガラス面に近づくと、こちらにエコロケーションを開始した。体の中を見られた!ムズかゆいような気分だった。あそこのイルカとまた、一緒に泳ぎたい。
8月26日(日)晴れ 35度 波50cm、ほぼ凪。突果アコウ45cm。腹を突いてしまい、バレタ。が、逃げた先の岩の凹んだ所で、横たわった。更にゴムチャージして、頭を狙って回収した。その場でハラワタ、エラをえぐって絞めた。卵巣は美味いが、長い寄生虫がおったので、廃棄。心臓も食わなかった。イシダイは、小振りしかおらず。浮き玉のラインを15mに延長したので、一丁試すことにした。一回目、顔岩沖(俗称)にて砂地に浮き玉のオモリを沈め、何なく-15mクリア。二度目は、釣り堀跡の沖で焦りから水底到着前にボトムターンの余裕無く浮上。BOは避けたいから。


浜に上がって海の家で焼きそば二人前とビールで反省会。行く夏を惜しんだ。


更に「舟たけ」で残波のロックで余韻に浸った。客は俺一人。まだ夕方4時。暫くして常連の父と娘。二人とも畳に昼寝し始めた。後で聞いたが、交際中らしい!店の大将は、波乗り教室に行ってるとかで。二杯目をセルフで作った。つまみは、柿の種と海老の煎餅。大将と生徒が、濡れ髪で帰って来た。地元のライバルも来た。作戦会議。その後もサーファー集団が続々。岸本君も来た。ウダウダ話し。クラッシュが好きなんだと。次回は、ストラマーが、パーティーに来てくれた時の映像持参を約束。1時間後、みんな裏庭に集まれと誰かが。大将の55才の誕生日会をするらしい。鹿の肉のバーベキュー!それならとアコウの刺身を提供することに。厨房にて刺身包丁を借り、造った。喜ばれた。宴はその後も続いた。何杯飲んだか?調子に乗って気が付いたら、浜で寝てた。時計は、深夜1時。砂浜にテントで寝ている優雅な連中のぼんやりとした灯かりが風情を感じさせた。凪だが少し、寄せる波音が後ろ髪を引いた。八月最後の浜の夜だった。

カヌーと言う乗り物が有る。カヤックとか、KAYAKとか、KAJAKとか、QAJAQとか、色々、記載の仕方はあるようだ。最後のQAJAQが、販売店や、バーのロゴ、Tシャツのデザインとしては、面白そうだ。




リバーカヤックとオーシャンカヤック、特にオーシャンカヤック(シーカヤック)でも種類は多い。過去、ニンバスのパフィンを所有していたたが、フィッシュダイビングは、不向きだと思い手放した。10年落ちだったが、買値の半額で売れた。錦ロイヤルの上田様、感謝してます。当時金欠でした。




日本での交通事情や、住宅事情により、シーカヤックのような、大型のカヤックは、保管場所に苦慮し、マンション暮らしのお父さんたちには、断念せざるを得ないようだ。もっと、自由にシーカヤックを安心して所有するためには、艇庫の存在は、大きい。共同で借りる場合もあるが、大半は、ショップにお金を払って保管するほうが安心する。日本では、シーカヤックを盗難されたという事例は、まだ、あまり聞かない。盗んでまで乗るのは、ロマンを台無しにするからであろう。




ダイビングや釣りにも適しているのが、シットオントップといわれるカヤックだ。シーカヤックに比べれば、速度は、落ちるが、そこそこ早いし、荷物も艇によっては、たくさん詰める。ダイビングのタンクもむき出しで載せられる。あと、やはり安定性だろう。釣りをするにしても、少々の波では、ひっくり返らない。ひっくり返ったときは、おこすのにコツがいるが、そこはカヌーのロールとは、根本的に違う起こし方となる。ひっくり返った艇の上に中腰で立ち上がり、サイドを持って一気に後方へ倒れこむのである。大変なセルフレスキューだ。




釣った魚を保管するためのクーラーボックスを入れるハッチは、便利だ。餌箱や、周辺の備品を場所も十分に確保されている。親子で乗るタンデム艇も有る。




だが、シットオンの一番の難点は、その重量に有る。

一人で30Kgを運搬するのは、大変なので、コロコロが、あると相当負担は減る。砂浜の場合は、使えない。




ポイントのすばやい移動、漁師船やジェットスキーヤーへの認識度アップによる、事故防止にもカヤックは、重要と感じた。




そろそろ秋の気配がしてきた。この時期の大物は、収穫への大いなる喜びである。


1、お台場のダイバー

2、オランダのベランダのラベンダーのカレンダー

3、「好きなブランドは、大自然です」

4、野菜は、「濃厚民族」


そろそろポスター作るかな。

先日、200円を落とした。財布からこぼれたが、回収できないシチュエーションだったので実質、200円の事故による損失となる。




一方、今年の春、京都で春一番が、吹き荒れていたときだったか、マンションのエントランスで、雨宿りをしていたら、つむじ風の巻き上げるゴミの中に、千円札を発見した。バッグで、押さえこんで、回収した。実質的な、臨時報酬である。




大学生の時、Xmasの日のバイトの帰りで、阪急東通り商店街を歩行中、2枚重ねの千円札を修得した。




と、このように、小額ながら過去幼少期からの不慮、または、不注意からの金銭損失、逆に臨時収入のプラスマイナスを相殺すると、






その差は、ゼロ円となる。

ここ何年か音楽CDに飽きていた。というのか音楽全般に飽きていた。水中で聞こえる、泡の音や水の音、自分の心臓の音なんかが、とても気持ちいい。人はそれを、ナチュラルアンビエントだ言う。手銛にこだわるのにも訳がある。鉄砲や、チョッキ銛では、魚を突いたときの快感が、半減するのと、古代、自分が海辺で狩猟を糧にしていた原始人であるような気がしてならないのである。余計に、吉村昭氏の「漂流」と言う小説は、こみ上げるものがある。あすは、漁の日だ!神様なんて存在しない。あるのは、自然崇拝のみだ。

面識は無いが、舞鶴で、渡船によって轢死した、後藤様。ご冥福をお祈りいたします。轢いた渡船も決して100%悪くないとは、思う。舳先の上がってる船にとって、スキンダイバーの頭や、銛先など、見えない。ましてそんな沖合いで魚突きをしているのも想像すら頭に無い。彼らとて生活の糧として、渡船業を営んでいるだろう。魚突きは、あくまでも大半の人がレジャーとして楽しんでいる。沖縄の追い込み漁や、素潜り漁、伊勢の海女さんたちとは、訳が違う。ダイバーは、自己責任を常に忘れず、単身で潜るスナイパーとしての事故への防衛と回避を常時、心がける義務がある。保安庁や、地元消防団、警察の手を煩わすことの無いようにしたい。後藤さん、天国でいっぱい魚を突いてください。享年35歳、合掌。

友人からフリーダイビング競技で-47m札を取ったとメールが来た。惜しくも-55mはBOだったとの事だが、近所にそんな凄い子が住んでるというのはなんか嬉しい。ネイビーの大谷さんと大差無い記録だ。そんな深度で一体を思うのだろう。