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ジョリのブログ

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 シベリアとは言わないまでも、けっこう寒い場所(国内)に引越する可能性がでてきた。まあ5パーセントぐらいの確率だが、可能性は可能性だ。もしかしたら、本当に行くかもしれない。
 しかたがないので、家にある本やら、じゃまなものを整理することにした。本は小さな古本屋の店頭に並べてあるぐらいの量がある。どの本も愛着があって捨てるにおしい。ヤフオクで売ろうかとか、アマゾンでこの本の値段はいくらだろうかと調べたりしていると、逆に欲しい本が安く売っていたりして、また買ってしまうという悪循環に陥ったりしている。

 ところで家の中を整理していたら、2000年にパリに行ったときのパンフレットみたいなものが出てきた。ルーブルの近くで、ショパンのコンサートを聴いたときのパンフレットだ。オーストラリア人の友達と一緒に行ったのだが、このピアニストのことが、けっこうずっと気になっていた。その時、いい演奏だと、わりと感動したからだ。
 オーストラリア人の友達は、このピアニスト、たいしたことないと言っていたが、僕はいいと思った。
 そんなに近い席じゃなかったから、はっきりと見えたわけではないが、まだ若くて、美男子風のピアニストだった。強いタッチで弾くピアノだったことを覚えている。
 ルーブルの会場で演奏するぐらいだから、きっとそこそこ名の知れたピアニストなんだろうと思っていたが、名前なんかはすっかり忘れていた。が、今は便利な世の中になって、グーグルで検索してみたら、彼のことが出ていた。
 名前は、ボリス・ベレゾフスキー。やっぱり、そこそこ出世していた。というか、去年、日本に来日していたし、来年も来ることになっているらしい。全然、知らなかった。

 そのときのパンフレットには、マズルカとスケルツォを弾いたと書いてあった。ところで、僕が覚えているのは、それらの演奏じゃなくて、アンコールで弾いたショパンのピアノ・ソナタの3番だけだった。当時の僕は、リパッティが弾くピアノ・ソナタの3番を死ぬほど聴いていて、この時も、アンコールはピアノ・ソナタの3番をやって欲しいなと思ったら、まさにそれをやってくれたわけだった。そして、その演奏が、かなり良かった。正直、感動した。


 この人の音楽性については、つべこべ言う必要はないだろう。聴けばわかる。まだ未完成だったりするところがあるかもしれないが、自分は昔初めて聴いたときの印象と同じように、素直に、けっこう好きだと感じた。

 もし北国に引越していなければ、2013年11月20日、東京オペラシティでやるリサイタルに行きたい。もし聴くことができれば、13年ぶりということになる。





 
 

 
 神保町のカレー屋でもキャロル・キング。池袋のコンビニ(たぶん)でも、キャロル・キング。そして、この前行った、新宿のライブ・ハウスでもキャロル・キングだった。この1ヶ月ぐらい、なぜか急にキャロル・キングに縁がある。来日でもするんだろうかと思ったが、そうでもないらしい。
 10年ぐらい、キャロル・キングのキャの字も聞いていなかったのに、いったいどうしたことだろう。


 神保町のカレー屋と、喫茶店の話。

 三省堂の前に、錦華通りという、裏通りみたいな、わりと細い通りがある。明治大学の裏にあるその地域は、一種のカレー屋のメッカと言ってもいいぐらいに、カレー屋が多い。
 サラリーマンのおっさんと学生に人気なのが、まんてん。大盛りカツカレーの店だ。昼は時間帯をずらさないと人が並んでいて、まず入れない。それから早稲田の文キャンの横にあったメーヤウというカレー屋の神保町店も近くにある。ここのマスターは、けっこうしぶいと思う。
 
 で、喫茶店の話。

 喫茶店は、めったに行かないが、この前、職場の人に連れられて入った喫茶店は最悪だった。店主の態度は悪いし、店の雰囲気も悪く、おまけに煙草の煙がひどかった。もし自分一人だったら絶対に行かない店だ。退職後の趣味で始めた店なのか、これならドトールのバイトのお姉さんに、接客態度を一から教えてもらった方がいいかもしれないと思った。
 
 ところで、今、一番気に入っている喫茶店は、東京堂書店の喫茶店。席は、かなり少ないが、雰囲気がいい。スタバとかと違って、うるさい客がいないから落ち着いてパソコンを広げたり、本を読んだりできる。
 
 話は変わって、錦華通り沿いにわりとうまい中華料理の店があって、店頭で弁当を売っているので、弁当を買ったり、たまに中で昼飯を食べたりする。
 二ヶ月ぐらい前に、そこで飯を食べていたら、僕の隣の席に座った初老と言っていいぐらいの、とても落ち着いた感じの男性二人が話をしていて、それが聞こえてきた。
 話の内容はというと、最近、死んだ友人ことで、その友達がたぶん安楽死をさせられたという話だった。病院の名前は、はっきりと記憶しているが書かないでおく。そう遠くない某有名私立大学の大学病院だった。
 
 一人の男性が言うには、病院まで友達に面会に行った。そのときはぴんぴんしていた友達が、その面会後、たった3時間ぐらいで急死した。あれは安楽死に違いないということだった。モルヒネを使ったたんだろう、というような話だった。
 何を持って安楽死というかは、難しいところだが、モルヒネをたくさん使って、結果として死んでしまったということは事実らしい。
 
 そんなことはよくある話、というのが本当のことかもしれない。ただ本当に安楽死させるには、本人の意思とか病状とか、家族の同意とか、いろんなことが複雑にからんでくるんだろう。

 話は、飛躍するが、「It's too late」という時は、誰にだってあるかもしれない。そうなる前に、僕たちは、やるべきことをやらなければならない。






 



 
 




 ジョー・コッカーというと、自分は愛と青春の旅立ちのデュエット曲を思い出すが、この曲も、かなりいい。
 
 ちょっと前に、ブラック・クロウズが歌っている「Space Captain」について記事を書いたが、ちょっと気になることがあったので下書きに移動した。ブラック・クロウズが歌っているのは、、You Tubeで検索するとすぐ出てくる。
 この曲、むちゃくちゃ気に入って、しばらくずっと毎日、聴いていた。観客がパチパチ拍手したり、クリスが、フーとか歌ったりするのはオリジナルを見ないと、理解しにくい。
 
 ところで本家のジョー・コッカーの歌は、荒々しくて、コントラストがはっきりしている。こっちは、こっちで、さすがだと思う。



 どうでもいい話。
 昔のテレビドラマとか映画では、かわいい女の子が困っていたりして、そこに偶然通りかかったイケメン君が助けて、交際が始まるなんて話がよくあったかもしれない。だが、現代のこの世の中では、そんなことはありえない。(もし存在するとすれば、せいぜい韓国ドラマの中ぐらいなものだろう)

 前から思っていたのだが、もし美人の女性が道で困っていたら、まず普通の男なら救ってあげたくなるのが心情だ。何もその男が人格者とか、いい人だとか、そんなことはちっとも関係ない。
 で、その救ってあげる男が、韓国ドラマの俳優ぐらいのイケメン君だったら、助けてもらった人はうれしそうにするだろうけど、僕のような中年のおっさんに助けてもらっても、それは迷惑でしかない、という状況が多いだろう。

 なぜ、こんなことを書いたかというと、職場で、ちょっとした出来事があったからだ。職場には、事務や受付の美人系のお姉さんが数人いる。まだ20代。自分は綺麗で、かわいいと思い込んでいても、誰も勘違いだととがめない年齢だ。(40近くになって、そんなそぶりをしている女性もいるが、それは、ちょっと引く。)
 ある女性社員がいて、普段は口をきくことはないが、とりあえずあいさつぐらいする。美人の度合いは、10人いると、7.5~、8.5人めぐらいで、まあ、かわいいほうだ。
 で、その彼女、僕とすれ違いざまに、何かを落とした。鍵やらアクセサリーみたいなものを3つぐらい落とした。で、彼女は手にたっぷり書類を持っていた。さて、その場合、どうするか?
  
 今まで嫌なこともあったので、最近は、なるべく若い女性には関わらないように気をつけている。だが、そのシチュエーションでは、とっさに拾うという行動に出るしかなかった。手にいっぱいの書類。ちょうど僕とすれ違いざま、僕を避けようとして、落とした感じだったこともある。

 さて、そのお姉さん、僕が拾おうとすると、だいじょうぶです、ときっぱりと言った。その声の調子が、いつもあいさつするときの、やさしく感じのいい声ではなくて、かなり嫌そうな鋭い口調だった。ああ、ホント嫌なんだなと、あらためて思ったわけだ。

 で、思ったことは、街で、きれいな若い女性が困っていた場合なんかは助けるべきではない。命に関わる緊急な場合ではないかぎり、無視して通りすぎることだ。これが、中年おじさんのマナーだ。
 
 例外があるとしたら、おばちゃんの場合だ。
 先日も、家の仕事の帰り、自宅の駅の前を歩いていたら、おばちゃんに声をかけられた。韓国の物産の店で、イケメンのお兄さんねと言われて、ついついキムチ一つと、ゆず茶を買ってしまった。

 後日談。

 その数日後、その韓国物産展の前を通りかかった。店には、あきらかに、僕よりも上と思える、おばさんがの集団がいた。で、その店の人が、お客のおばさんの一人に、あら、お嬢さんと声をかけていた。
いたぞ、韓国版、みのもんた。
 人間、つくづくお世辞には弱いもんだと思ったわけだ。