ステューディオ2アーキテクツ MEMO 2025 -184ページ目

骨休め

こどもの骨折ではお見舞いのメールや品々までいただきましてありがとうございました。


今日の通院で添え木付の包帯からサポーターまで回復しました。


ようやく通院頻度も減ってきて親のほうもちとリフレッシュしたい気分です。


これがほんとの骨休め。←昨日の話ほどできてない(笑)

ガスコンロ付オール電化住宅

都市ガス関連の会社からの紹介でお会いした50代のご婦人。


「オール電化住宅」の安全性や快適性、環境への配慮にほれ込んで、要望の第一にあげられていました。


その理由とメリットの説明をひと通りされた後、「料理が好きなのでコンロはガスで!」といわれました。


目を丸くした二宮が「ガスコンロをつかったらオール電化ではないんですよ。。。」


電気かガスかは、個々の生活スタイルに合うように助言していますが、住む人の好みで決めてもらってます。


書いてて、思い出したのだけれど、同居する娘婿は消防士さんでした。


できすぎてるけれど本当にあった話。

大森貝塚を発見したのはモース

さて、今日は新しいプロジェクトの敷地調査に行きました。


近くに大森貝塚跡地があるなぁー、と思っていましたが立ち寄るのを忘れ、写真無しです。


まだまだ立派なブロガーへの道は険しいですね。


夏にいった宮島の弥山にしても大森貝塚にしても、明治初期に、西洋人の生物学者や動物学者がこぞっておしかけてきて、いろいろな大発見をしているんですね。


西洋人からなんでもかんでも「まるでガラパゴスのようだ!」とか「これが縄文人だ!」とかなんとかいわれて、日本がまるごと発見されたみたいな。


つまり未開の地として発見されちゃったわけか。。。


ジェフ・キプニスがいっていました。


「種の進化を発見したのはガラパゴスの住民ではなかった。」

だれも知らなかった埼玉の今

毎週1回は工事監理で埼玉の現場の定例会議に行っています。


先々週、横浜から乗った湘南新宿ラインが、大宮から高崎線に乗り入れる電車とは気づかず、酷い目にあったので、改めて埼玉県の地図をシゲシゲと勉強しました。


「今がわかる時代がわかる2008年版 日本地図」 成美堂出版


これがけっこうおもしろい。そこで知ったこと3つ。


①埼玉県はなんと40もの市があり、その数日本一。


私は小学生の時、目黒区在住だったので、当時の23区、26市(今は増えてますが)を学習した記憶があります。


ところが埼玉は、東京の隣県とはいえ、全然知らない名前の市が結構あるんですねぇ。


②国宝は全国1075件のうち1件。


行田市の「稲荷山古墳の鉄剣」


国宝の無い県が4県ある中で健闘しています。


③最高気温は前にも書いたけれど、熊谷市の40.9度


ただし、岐阜県多治見市と同記録。


地図帳と卒業名簿って、ふと気づくと無駄に時間が過ぎている。。。

chouchou

町内唯一のお菓子屋さん「シュシュ」のシンプルなケーキ。


グラマシーもいいけれど、昔ながらの洋菓子風も和みます。


老眼にショックを受けている○○には目に効くブルーベリータルトを。



chouchou

骨折その後

骨折からひと月。


週2の通院の甲斐あって、ようやくギブス卒業です。


骨のズレが大きかった橈骨(とうこつ)の方は、フォトショップでレタッチするように、滑らかに一体化しつつあります。


かまぼこ板のような着脱式添え木だけになって、リハビリ開始となりました。


骨折その後

〆切前なので。。。

ちょこちょこブログに出てくる、「鵠沼の住宅」実施設計〆切前なので、今日の小学校保護者懇談会はお休みします。


横浜市は2期制なので秋休み前のまとめといったところだったのでしょうが・・・


「鵠沼の住宅」模型写真をちょこっと公開しておきます。



鵠沼の家

生きるよすがとしての給湯器

昨晩、給湯コントローラーの温度表示部分がなぜか--に・・・・・お湯が出なくなりました!


取り説の分厚いファイルを繰って、東京ガスのサービスセンターに電話。


そして本日昼には「エラー140、給湯温度ヒューズが経年(6年7ヶ月)劣化により切れたため」と診断され、無事部品交換により復旧しました。


〆て9660円也。


1~2週間後に交換後の調子確認の電話を頂けるそうです。

ブーツの季節

今日は午後から自由が丘のザ・ハウスにて面談がありました。


ここ2・3日すっかり寒くなりましたが、ザ・ハウスの美人マッチンガー佐々木理佳さん&竹崎綾子さんはバッチリ素敵なブーツでキメていました。


寒くなって、息子のギブスが入る長袖を家中探し回って疲れていたわたしとは気合が違っていた。。。


たまたま大阪本町店から出張でいらっしゃっていた竹崎さんには初めてお目にかかったのですが、HPの写真の印象よりも若くてチャーミングな方でした!

斜めの研究

Amazon.co.jpをよく利用するので、お勧め本の案内メールが届きます。


今日は「斜めにのびる建築ークロード・パランの建築原理」の和訳出版案内でした。


かつてロンドンのAAスクールでクロード・パランのイブニングレクチャーにとても感化されたことを思い出しました。(1995年だったと思います。)


講演が終わってある学生が「ジャン・ヌベルが貴方の事務所に勤めていた時、どんな所員でしたか?」と不躾な質問をしました。


「彼は天才でした。すでに教えることは無かったのです。」


とやさしく答えていたのが印象に残っています。


この時すでにクロード・パランは優しげなおじいさんといった風情でしたが、1960年代には、思想家のポール・ヴィリリオと共に、斜面状の床や都市の提案を行っており、その後世界の建築や都市のアイデアに大きな影響を与え続けることになったのです。


1990年代にはジャン・ヌベルやレム・コールハースが大規模な公共施設においてそのアイデアを展開させていったことで、20年以上の時を隔てて再注目されてのレクチャーだったわけです。


それにしても、「よくあんな質問するよなぁ。」って思いました。


1995年の初頭、私は、ピムリコにあったFOAという建築家夫婦のフラットで、横浜大桟橋のコンペ案の空間構成図を描いていました。


コンペの当選案からするとずいぶん単純化されてしまったけれど、パランとヴィリリオの「斜め」の研究から40年。


デッキの床がうねっているあの巨大なフェリーターミナルのことです。



クロード・パラン