2026年9月12日(土曜)の
京都Liveの長かったトークと
27日東京Liveもちょこっと
自分の記録用に付け足して
書いておきます。
数年に一度のお祭りでこれを栄養に
あと2年生きるので、記録は大事。
まず京都の出だし、
小坂先生とANZAさんのソロの曲のあと
アンザはソロだけじゃなくてバンド活動も
してるよね、の話。
「頭振ってるんですよ、どメタルなんですよ」
「やってることは違うけどハートは同じ」
「音楽というものはジャンル関係なく心を込めて
皆さんに伝えるっていう」
「だからのんのんじゃんるっていうのを
作ったんですよ、ジャンルがないっていう」
「そういうことだったの!??」
10年前のライブを見てのんのんじゃんるに
入られた関西の生徒さんが今日も
手伝ってくれてるというお話。
ゲスト登場後、早苗さん優香さんに
衣装やウィッグ被ってなくても
ウラヌスにしか見えないしネプチューンにしか
見えないわよって話から
ANZAさん「笠ピーは何に見えるかって笑」
笠原アニキが何役やったのか話。
小坂先生「何役やった?」
アニキ「俺もわかんない」
役なのか変装なのか、っていうのもあって。
小坂先生「一番最初はクンツァイト」
「あれだけですね、マトモな感じだったのは」
アニキが2回目のプリズムホールの時から参加した話。
「初演の時観に行って望月(祐多さん)に
こういうのやってるんだね~とか言ってたら
その次はそこにいた」笑
ANZAさん「運命の導きですよ」笑
「時を越えてもみんなで集まって、
みんな(お客)の顔見ながら
当時の曲をまた歌えるって喜び」
小坂先生は当時は出演者ではなかったから
スタッフとして、こわい先生として
違うでしょ、そこーって偉そうにやってたから
(ANZA「優しいよ」)
今みんなと並んでやってるのが信じられない。
ANZAさんは私は先生は作曲家でもあるけど
アーティスト、って感覚はあったからすんなり
いるんですけど。
信じられない、という小坂先生に
「先生が私のソロライブ来たからよ!」
と先生がきっかけ作ったのよ!と力説。
そのおかけで皆様(ファン)と再会する
機会を作れたので、ありがとうございます!
的なお話。
4曲披露ののち、小坂先生・藤森さん休憩タイム
のトークショー。
武田恵子サターンの
『To a brand-new World』が
2nd以降にもあったの?という話題。
私(ファン感で歌われてはいたし
本公演でBGMとして流れてたので
本編では無かったが有ったとも言える~)
↑こんなの説明できぬと思っていたら
後ろの方から
「あったよー」と声がかかっていました。
「みんなの方が詳しいわ」
卒業後は知らない曲もあるわけだけど、
自分の代じゃない曲も小坂先生と
やらせていただけるようになった話。
ANZAさん「私たちの代じゃない曲もね」
「いいよね~」
これね〜!2015年のLiveでANZAさんが
LINKやFIREを歌った時
の衝撃すごかったよね。
はかりしれない次元を超えて
もたらされるそれが魂、歌詞が次元を
超えてきた感。
早苗さんが「見ていた曲(サターンの歌)
をやれるの嬉しい」
「みんな(客)も歌いたいでしょ!ここ(ステージ)で!」
\\ 笑 笑 笑 //
早苗さんのANZAはタフだった話。
アンザはほとんど楽屋にいなかった、
出番じゃないときはみんな楽屋のモニターで
アンザを見守ってるんだけど、
「アンザは楽屋帰ってきても着替えて
すぐ出で行った、ほとんど居なかった」
「舞台袖が私の楽屋って感じ」
アニキ「人間じゃなかったころでしょ」www
今は2.5次元って言葉もあるけど
当時はそういうのもなかったから
イチから作らなくちゃならないお話。
演目も毎年変わるし、衣装も普通のから
だんだん羽根が生えていったり。
\\ 笑 笑 笑 //
お手本もない状態で1から作っていかなきゃ
ならなかった。
なるべくミュージカルのオリジナルのもの
にもなるように、
スタッフの皆様が愛情込めて、
我々キャストを綺麗に輝かせる為に
本当に頑張っていただいた。
舞台装置の話。
アニキ「今みたいに映像でバーンとやるとかなかったから」
でも当時は良い時代だったので
照明も派手だった、フライングやったり
「レーザー光線ありましたね
ペガサスはレーザー光線だった!」
\\ 笑 笑 笑 //
今だったら映像になるのかなーって。
あと変身シーンの話。
ANZA「私は夢を壊したくないのでどういう変身
してたのかは言わないですけど!」
いっこいっこ手さぐりで、本番中も衣装は
変更があって。
一番最初(初演)は
一回の公演が終わったら
衣装がボロボロ になって。
改善、改善、しながら本番やってた。
(2.5次元の始祖、衣装の耐久性も未知だった……)
劇場に泊まった方が楽だった、スタッフの
皆さんは劇場泊まり込みでやってた。
それだけスタッフもキャストも
セーラームーンミュージカルを
愛しておりました。
(泣ける)
そしてセラミュをみんなが今も
こうやって愛してくださって、
当時、泣いたり笑ったり
(間)
わがまま言ったり
(客もANZAも全員『Lonely Distance』と思った)
色々しましたけど
振り返ると良かったな、と。
早苗さん「若かったからねー」
あとちょっと客席いじりがあったかな。
年齢の話。
客席から「ええええーーー!(見えない!)」
と声が上がりまくる。
いや、皆様お綺麗・かっこいいので
そんな年齢は全然感じさせない!
アニキ「ほんと生き残って良かったね」
\\ 笑 笑 笑 //
ANZA「みんながやり続けていてくれて良かったよ!」
(引退してるナオさん優香さんにも声かけて
くれてありがとうございます座長)
当時はこういう風に残ると思ってなかった、
一所懸命やってたし、良いもの作ろうと
頑張ってたけどそんな余裕が無かった話。
早苗さん「練習も遅くまでやってたし」
ANZA「学校行ってるチームは学校終わって5時くらいから」
そして早苗さんが本番中ステージで寝た話。笑
途中の
今でも品川でSTSTが続いてる、
その土台は作れたかな
って
話が胸熱でした。
建築で例えたら、すごい強固で沈下もしない
耐震性が高い素晴らしい基礎の土台を
築かれた!!偉業!!
小坂先生がお戻りになって
悪口言ってた?言ってないよ先生が偉大だって話よ!w
からの、仲良しだねって話。
代が変わってもみんな集まると
家族のように!
ファミリーをファーーミリーと発音して
大家族を表現してた(?
ラソル・ピアノバラードバージョン
のあとのトークは
ピアノアレンジに変えていただいて
時を超えて『ラ・ソウルジャー』という
皆さんに愛されている曲を
私が歌わせていただくのも
本当に光栄です。
ありがとうございました。
\\ 拍手 拍手 拍手 //
って感じ。
ラソルは一生歌っていて欲しい!!!
「35周年のアルバムに入っているので
買ってくれないと
月にかわっておしおきよ!」笑
(御意。サインは円盤の方にしてもらいました)
東京公演の最後は
「STSTも観に行かないと、月にかわって」
と、おしおき対象が
変わってゆきましたね笑
京都公演マチネ、トークもたっぷりで
楽しかったです~~笑
トーク聞きたさでも行ってるので
ありがとうございました。
YouTubeの配信でANZAさんが来年は
京都でソロライブもやりたい的なこと
言ってたので実現したら
絶対行きたい!
(年末のソロライブチケット完売だった勢)
そうそう、
東京公演のマチネはANZAさんの髪型が!!
ツインお団子!!!
「ツインテールは無理だったー!w(※年齢的に」
でもツインお団子で髪おろしてるビジュアルが
個人的に特筆するくらいハート直撃
シルバークリスタルダブルセラピーキッスで。
可愛かったしそれ以上に
セラミュ王国のクイーン感
がありました。
椅子から降りて跪きたかった。
マジでお礼を言いたいです。
ありがとうございました!
帰ってからなんで配信ないんだ!と
文句たれながらネットにUPされた
マチネANZA画像を必死で収集してしまった。
(公式とUPしてくれたプレミアムな人たち
ありがとうございます)
。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+*゚
楽しかったLiveのレポはこのくらいで。
でもまだ書きたいことがあるので
(主に優香ネプチューンが
どうなっているんですか??という話)
セラミュ話が続くかも…
数年に一度のお祭りでこれを栄養に
あと2年生きるので…笑

…ここは管理人の日記です。更新情報、ウラヌス&ネプチューン話など









