ツーリング~8日目~
4/3 新山口⇒厚狭⇒長府⇒下関⇒北九州
<走行距離110km 平均時速 不明>
4:00起床 5:00発。
昨日は早めに休んだため眠気は全くない。筋肉痛もほとんど治まり、すっかり旅の友となった膝の痛みを残すだけである。まだ暗いホテルを抜け出し、下関に向けてゆっくりとこぎ出す。
10kmほどこいで空が白んできた頃、完全に道に迷う。高速道路はあるが、自転車が走れる一般道がまるでない。草むらの中で何回か行き止まりを喰らい、ついに堪忍袋の緒が切れる。自転車で高速道路に乱入し、行けるとこまでいってやろうと必死でこぐ。朝の気温は-1℃で、風を受ける指先の感覚は全くない。ハンドルを握っているのかよくわからないまませっせとこぎ、ようやく一般道路に合流する。いつもならこの辺で体が温まり、体も走行に慣れてくるはずなのに、今日は一向に体が自転車に馴染まない。常に上り坂をこいでいるような息苦しさを感じる。「もしかして体調不良?」とも思ったが、「こいでれば治る!」と信じようとする。
50kmほどこいで長府に入ったころ、体がやけに重く感じる。やむなくマクドナルドに入り、シナモンメルツを注文した。これがやたらおいしい。体の表面が氷のように冷たくなっていたので、店内で体がほてる。糖分の素晴らしさに嘆息しつつ、重い体を自転車に乗せ再出発。
下関市に入った時に、風邪をひいたのではないかと思うほどの倦怠感を覚えた。自転車から降りたりして体調回復を図るが、一向に良くなる気配はない。そんな中でも、関門海峡を目にした時の感動は鮮やかだった。体一つでここまでやってこれたという感動。対岸には目指し続けた九州の地が見え、強い風と白波は厳しかった道のりを物語っているようだ。数々の歴史の舞台となった地は、何事も無かったかのように佇んでいる。
北九州市に上陸すると、風がさらに強くなっている。地図を確認していると道路清掃をしているおばさんに話しかけられる。「こんなに強い風はめずらしいよ」と漏らしつつ、道を教えてくれた。向かい風の中を無心でこぎ、北九州市街に到着する。休日の朝なので人通りが少ない上に、風がとても強かったので、何となく寂しさを感じる。市街地を抜けて山道に入ったころ、体がどうしようもなくだるくなった。風が強く気温が低いにも関わらず、汗がやたら出る。悪寒と関節の痛みを感じはじめ、ようやく自分は風邪の初期症状にあると認める。既に100km以上走っており、あと60kmで宿泊予定の久留米につくはずだったが、これから始まる峠越えは無理だと判断。北九州市街に引き返すことにした。ここで、今回のツーリングは終了となった。自宅から1168km。
自転車収納用の袋を購入し、久留米に向け電車に乗り込む。久々に味わう電車の感覚は、自分の電車観を変えた。この世にこんな便利なものがあったのかという驚きと、それを当たり前のように利用してきた自分の無頓着さに気付かされた。電車内で初めて自分の汚さに気がついた。着ていたカッパはチェーンオイルやわけの分からないシミで汚れきっており、髪はボサボサ。手や顔にも油がついていて、あまり隣に座ってほしくない人になってしまった。お腹が空いていたので、クリームパンとチョコレートを1500kcal分くらい一気に食べた。野外生活がすっかり日常となっていたので、電車の椅子の柔らかさは言いようもなく心地よかった。座っているだけで体力が回復するし、暖かくて風雨がしのげる。その上行きたい場所に運んでくれるのだから、文句のつけようがない。
この日は久留米のビジネスホテルに泊まった。体は少しだるかったけど、日常生活に支障が出るレベルではない。夜にお腹が空いたけど、外に出るのが面倒だったので水をお腹いっぱい飲んで寝ることにした。風呂上りに鏡の前にたった時、自分の体がすっかり様変わりしていた。腕がかなり太くなっていて、腹筋や太ももの筋肉がかなり発達している。いままで見たことが無いような場所に血管が浮き上がっており、たった一週間でこんなに変化するものなのかと人体の不思議を感じた。日焼けのせいかもしれないけど、目が少し狂気じみていた。
明日は昼過ぎの飛行機に乗るだけなので、久々に7:00くらいまで寝よう。21:00就寝。
下関到着 九州まであと一歩
平家の一杯水
壇ノ浦の合戦で肩と足に矢を受けた平家武将が海に落ち、命がけでこの岸にたどりつき、湧き水を見つけた。武将はその水を飲んで喉の渇きを潤した。夢中で2杯目を口にしたところ、真水は塩水に変わっていた。
長州藩が外国船を打ち払うために設置した砲台。関門海峡をにらんでいる。
エレベーターで地下トンネルに降りる。全長700mほどで、自転車の通行料は20円。
トンネルの中央部にあった県境。
北九州市を抜け、九州の山岳地帯に入る。
ツーリング~地図~
地図を持っていった。迷わないように、どこを通るか蛍光ペンでなぞってあった。でも、途中からは地図をそれほど当てにしなくなった。道を尋ねる時も、「~県ってどっちですか?」と聞くようになった。指さされた方向に進む。そのために、道が途切れて自転車を担ぎながら土手を登ったり、田んぼのど真ん中を突っ切らなければならないこともあったけど、いちいち自分の進む道を確認しながら進む方が疲れる。
数km遠回りになっても、自分が走りたい道を走った方が気分がいいし疲れない。細かなルートを気にしていると、信号一つ一つが気になる。ここで曲がらなければならないのか、次で曲がればいいのかが気になる。そんなことを考えていなければ、雲や日光や木々の美しさを感じることができる。風の匂いや空気の冷たさや体の熱さを感じることができる。だから疲れない。
方向なんて大体でいい。間違えたらその時に考えればいい。同じ道を引き返すのはつまらないので違う道を通ってみる。ジャリ道は県道につながったし、県道は国道につながった。国道に並行する農道を進むのもいいし、国道でトラックにあおられながら進んでもいい。走りやすさが大切なときもあれば、風景が大切な時もある。どちらを行くかは自分で判断すればいい。
ツーリング~7日目~
4/2 広島⇒岩国⇒周南⇒防府⇒新山口
<走行距離150km 平均時速19km >
5:00起床。5:45出発。
昨日の無理がたたって、4:00に起きる予定が5:00になってしまった。下関までちょうど200kmくらいなので、なるべく下関に寄せたい。
何度か道を間違えて市街地から出るのに1時間近くかかった。岩国までは平地が続き、海沿いを走ることができたのでとても気持ち良かった。特に宮島付近は風景が素晴らしく、道も走りやすいのでサイクリングをするには最高だ。
岩国を通過して間もなく、ペダルが外れた。
素手で直そうとしたけどムリで、近くに落ちていた石を使って無理やり叩き込もうとしたけどそれも無理。パンク修理の道具しか持っておらず、半径15km圏内にホームセンターなどはなさそう。自転車を引いて岩国まで戻るしかないと諦めかけた時、ずっと前サドルの高さを直した際に、家の工具箱にしまい忘れていた六角レンチが1本だけカバンの底に眠っていることに気がついた。どきどきしながらサイズを確かめると、奇跡的にサイズが一致した。あまりの嬉しさにその場で「奇跡だ!!」と叫んだ。六角レンチを持っていたのは本当に偶然だったので、自転車の神様のおぼし召しだと思う。今回のツーリングのMVPはこの六角レンチにあげたい。
30分ほどかかって自転車を修理し、再び出発した。
この日は天気がよく、周南の中心部では桜がきれいに咲いていた。そんな中、ふと大切なことに気がついた。今回のツーリングでは鹿児島(4/2 19:00発)~沖縄(4/3 19:00着)までフェリーに乗り、沖縄(4/4発)~羽田まで飛行機で帰る予定だったため、帰りの航空券は沖縄発で予約してあった。しかし、現時点(4/2 14:00過ぎ)で周南にいる自分がこれから鹿児島発の船に乗るのは厳しいだろう。それに、ここまで来てツーリングをやめたくない。その場で地図とにらめっこしながら作戦会議をし、沖縄行きはキャンセルして熊本まで行くことにした。帰りの飛行機も熊本~羽田に変更しようと思い、予約していた旅行会社に電話をする。キャンセル料などを払えば済むと思っていると、意外にも情況は切迫していた。今日が金曜日のため、今日の15時までに変更料金を振り込まないと変更できないと言われたのだ。15時まであと30分もない!道路沿いのコンビニは3件続けてATMが無く、道行く人にATMがある場所をききまくる。近くにイオンがあることを知り、そこまで猛スピードで走り抜けた。結局振り込みが完了したのは10分前だった。ペダルが取れて奇跡的に直せたり、ぎりぎりのタイミングで航空券の変更ができたりと、何だか試練の多い日だと感じる。
出発時間が遅かったのと、トラブルがあったのとで下関まで行くのは無理そうだ。日没後に山中を走るのは嫌だったので、この日は新山口駅に泊まることにした。17:00着といつもよりかなり早めのチェックインになったが、明日早立ちすることにして今日はゆっくり休むことにしよう。この日は20:00就寝。
早朝の広島中心部 道路が広く、とても走りやすかった。
原爆ドーム
近代的な都市の中にあるので、異様さがより強調される。
実物は教科書の何倍も迫力がある。
平和祈念公園
多くの朝鮮人も犠牲になったようだ。早朝から手を合わせに来る人が何人かいた。
宮島の風景
せっせと自転車をこいでいると、ときどき神様がご褒美をくれる。
下関まであと少し(?)
山賊の砦なるものが、突然山中に出現した
焼き鳥を一本注文すると、すごいサイズの肉が出てきた。
髪がボサボサで日焼けして薄汚れていたので、山賊みたいになった。
防府市
海が見えて天気が良いので気分もいい!
気がつくと出発から1045km走っていた
バイパスの側道
車が来ないので安心してこげた
バイパスの側道2
地図にはない道だったけど、どうしてもこの道を進みたかった。走りたい道を走るのが一番疲れない。
今夜の宿泊地
ツーリング~6日目~
4/1 岡山⇒倉敷⇒福山⇒尾道⇒三原⇒竹原⇒東広島⇒広島
<走行距離 170km 平均時速 15.5km 5:45発 19:50着 >
4:45起床。
ツーリング6日目にして、体の様子が変わってきた。
背中と肩の筋肉痛はすっかりなくなり、リュックとの摩擦で血が出ていた部分もかさぶたになってあまり痛くない。3日目ぐらいまでは肩に食い込むリュックの重みがつらく、信号待ちのたびにリュックをサドルに乗せて負担を軽減していたけど、そうした負担はすっかり感じなくなった。コンビニで休憩する時も、リュックを下ろす方が面倒になっている。リュックと体が一体化した感がある。
太ももは、1日目~3日目までは坂道で何回もつっていたけど、神戸で休養をはさんでからは峠越えをしても前ほどつらなくなった。坂道での力の使い方に慣れてきたのもあるけど、躍動感みたいなものが出てきた気がする。
次にお尻と腕。
サドルが普通の自転車より固いので鉄棒の上に座っているような痛みがあり、2日目には内出血を起こしてやる気をなくすほど痛かったけど、徐々に痛みが和らいできた。お尻の筋肉が少し厚くなったような気がする。手に関しても、両手の平にできていたマメがつぶれて固くなり、ハンドルをしっかり握れるようになったので、腕でしっかりハンドルを体に引き寄せられるようになった。おかげで推進力が上がってきたように思う。
膝は相変わらず痛いけど、パワーアップし始めた体の他の部分でフォローしている。坂道が現れるたびに、膝の機嫌をとるように、優しくさすったり話しかけたり(あやしい?)するようになった。
岡山市~広島市の道のりは、3日目の伊賀街道(山間部)よりもきつかった。一日中雨が降っていたため気分が下がったというのもあるけど、とにかく山とトンネルが多いのには辟易した。何兆円かかってもいいから、海の上に平らな道路をつくってほしいと思った。竹原市の坂道で戦意喪失し、雨が降る交差点で食べかけのパンを持ったまま立ちすくんだ。ふと気がつくとパンが雨でビショビショになっていたけど、水分を含んで逆に食べやすかった。
15時頃に疲労感がピークに達し膝の痛みが強まってきたので、雨がしのげて30分くらい眠れる場所を探した。しかし、山道だったのでちょうどいい場所が無い。大型トラックの中で寝ている運転手が羨ましかった。フラフラ歩いているとうどん屋が見つかり、そこで休憩することにした。うどんを食べている最中にうとうとしてしまい、子供のようだなぁと思った。あまり長く休憩していると広島市に着く前に暗くなってしまうので、30分ほどで店を出た。
「広島市」という標識が出た時には嬉しさのあまりガッツポーツをしてしまった。しかし、広島市に入ってから市街地までがかなり遠く、「ガッツポーズなんてしなきゃよかった」と思った。
広島の中心部に着いた時には19:30を過ぎていて、ペットボトルのふたを開けるのも面倒に感じた。ホテルにチェックインした時はフロントの人が話している内容をうまく理解できなかったし、コンビニでお弁当を温めるか聞かれた時も、「温める?」などと意味不明の返事をしてしまった・・・。自転車置き場で管理人のおじさんに「どこから来たの?」と聞かれた時も、今日出発した場所を言えばいいのか、初日に出発した場所を言えばいいのかよく分からなくなって、「どこから来たんだっけ?」とかなり怪しい返答をした。
夜明けから自転車をこいでいるので、次からはどんなに遅くても19時前には泊まる場所を決めたいと思う。あまり長い時間自転車をこいでいると、注意力が散漫になり事故を起こす気がする(広島の交差点で、赤信号に変わっていることに気づかず堂々と歩いて渡っていた。あまりにも平然と渡っていたせいか、渡り終えるまで待っていた車にクラクションを鳴らされなかった。ヨタヨタ歩いていたので普通じゃないと思われたのかもしれない)。
この日は22:00就寝。
尾道駅 雨のおかげで味が出ていた。雨の中、名古屋で買ったういろうを食べる。
ツーリング~食事編~
ちょっと旅程から離れて、ツーリング中の食事について触れたい。
旅行の楽しみといったら食事だが、今回のツーリングではほとんどご当地グルメを食べなかった。
2日目の名古屋で味噌カツときしめんを食べたのと、神戸の商店で買った肉じゃがの味付けが関東と違うのに驚いたくらいが特記事項で、あとは本当に書くことがない。
というのも、お腹がいっぱいになると走行にかなり影響が出るため、携行食ばかり食べていたからだ。
うな丼、桜エビのかき揚げ、カキ料理、ホルモンうどん、ひつまぶし、お好み焼き等々、食欲をそそるものがたくさんあったが、定食だと細かな食事量が調整できないので、ご当地グルメはお預けになってしまった。
今回のツーリングでハマったものは「だんご」だ。だんごがこんなにおいしいものだとは思わなかった。あの柔らかさと甘さに何度救われたことか。。丸くて愛くるしい姿でレジ前に置かれているのはワナとしか思えない。コストパフォーマンスと満足度は魚肉ソーセージに匹敵すると思うし絶対に期待を裏切らない。よくわからないパンを買うくらいならだんごを買った方が断然いいと思うようになった。旅=だんごという日本人の原点に立ち返り、だんごを食べまくった。
だんごの話を続ける。
だんごは食べやすいのですぐになくなってしまうけれど、食べ終わった後にもだんごの存在感はなくならない。
手に残された串が、だんごがそこに存在していたことを忘れさせてくれないのだ。どんなにだんごをきれいに食べても、いや、きれいに食べれば食べるほど、だんごの存在感がありありと伝わってくる。串のきれいさ=だんごへの名残惜しさ、という方程式に気づいたのは三重県の山中だ。だんごの串は焼き鳥の串より短くて丸いが、その特徴はだんごのキャラクターと一致し過ぎていて恐いくらいだ。フォーマルな場でもフランクな場でも、当たり前のように適応してくるだんご。おまえは一体何者なんだ!
もし外国人にお薦めの日本食は?と聞かれたら、迷わず「DANGO!!」と答えようと思う。



















