Masahiro Yamazakiのブログ -130ページ目

歴史の意義

歴史を勉強する意義は、現在の問題を解決するヒントになることだと思います。


個人単位で考えれば、過去の失敗・成功体験が歴史ということになります。他人から見れば違和感のある選択でも、本人からすれば十分筋が通っていたりするのは、それぞれの過去(歴史)に基づいた判断をするからです。他者理解のためにその人の過去を知る必要があるように、異文化理解のためにもその民族がどのような歴史をたどってきたのかを知ることが重要になると思います。歴史を把握することは、人類の将来の選択にとってなくてはならないものだと思っています。


というのが、この前生徒に「歴史を勉強する意味なんてあるんですか?」と聞かれた時の答えなのですが、教科書がつまらなすぎるので、こういう質問をする生徒の気持ちは良く分かります。


つまらない歴史教科書で歴史への興味を無くさせることは、数々の失敗によって人類が築き上げてきた財産を無価値なものにすることと同じだと思います。採択項目を削って内容を深化させた方が、教える側も教わる側も今より歴史に関心を持てると思います。


自分の中での現在の歴史教育のイメージは、部屋に散乱した洋服や本や家電を一つずつ手にとって、「これは~と言って~に使います。○○年につくられました。それで、これは~って言って---」と、延々と憶えさせるといったものです。その一つ一つには興味深いエピソードや教訓が含まれているのですから、それを生かす学習指導要領が歴史の有効利用につながると思います。


個人的には、↓のような内容を重視するべきだと思います。

・ 歴史の活用によって回避できた危機、得られた成功

・ 歴史の誤認・不勉強によりもたらされた不幸

・ 歴史が政治に悪用された例


このような主張に対するお決まりの反論は「教師による歴史認識の解釈・説明は、偏った教育につながりかねない」であり、そのような批判を避けるため、現在のようなつまらない教科書が採択されています。しかし、人類共通の財産である”歴史”というものを、つまらないと感じさせている現状の方が、よほど偏っていると感じます。


歴史に興味を失った国が、よりよい選択をできるとは思えません。歴史に興味を持たせることこそが、教育の重要な役割だと思います。






商売上手

小学生の頃、商売の鬼才、S君がいた。

当時はスーパーファミコンが流行っていて、友達の家に集まってゲームに熱中していた。遊ぶ友達は大体決まっていたが、S君はあらゆるグループに出入りしていた(ちなみにS君は上級生)。


S君はいつもピクニックカゴのようなものを持ち歩いていて、その中にはずらりとスーパーファミコンのソフトが並んでいた。S君が来るとソフト交換が始まる。S君の持っているソフトと、友達の家にあるソフトの貸し借りを行うのだ。S君は相当な目利きで、S君の持っている人気ゲーム・新作ゲームを借りるためには、2~3本のゲームを渡さなければならないこともある。それでも交渉が成立するほど、S君の商品ラインナップは魅力的だった。


交換が終わると、S君はA君の家に遊びに行く。実はこのS君、スーパーファミコンの本体を持っていなかったのだ。なのでS君は、A君の家で借りてきたばかりのゲームをプレーする。夕方になるとS君は家に帰るのだが、ピクニックカゴはA君の家に置いて帰る。そのため、A君は思う存分S君のゲームを楽しむことができる。


ちなみにS君自身のゲームソフトは1本しか無かった。S君はその1本を元手に、うまく交渉を繰り返し、ピクニックかごを一杯にするまでに至ったのだ。S君に貸したソフトは他の友達の元へ行くことになるが、S君の采配によってトラブルになることはなかった。


スーパーファミコンを買ってもらえないという逆境をチャンスに変えたS君。彼のピクニックカゴには、今何が入っているのだろうか。



いなり

大学の時によく立ち食いそばに行っていたのですが、いつも80円のいなりを付けるかどうかで悩みました。今では平気でペットボトルの水を買っていますが、昔だったら確実にいなり代に回しています。


お金があることによって、大切なものとそうでないものとを判断するときの感度や、商品を得たあとの満足度が低下している気がします。商品を選ぶ目も、携帯電話のプラン見直しも、公共施設の有効活用も、お金があるとついいい加減になってしまう気がするのです。


健康が維持できるレベルの衣食住さえ整っていれば、金持ちが思うほどお金がないことは不幸ではありませんし、お金がない人が思うほど金持ちは幸福ではないと思います。むしろ、そこそこ余裕があるなと思う収入よりも、ちょっと足りないなと思うくらいの方が幸福度が高いような気がするのです。


有効に使えるお金の上限は存外低いのではないかというのを、最強のコストパフォーマー、魚肉ソーセージを食べていて感じました。







テレビゲーム

小・中学生の頃は、とにかくテレビゲームが好きでした。テスト期間中にゲームばかりやっていたため、ゲーム機を隠されたのを憶えています。子どもなりにゲームばかりやっていたらダメだという意識を持っていたのですが、どうしてもやめられませんでした。


当時やっていたゲームは、実は自分の成長に大きな影響を与えていたと思います。理想の町をつくるゲームや、戦国武将になって天下統一を目指すゲームなどが好きでした。考えてみると、ゲームは現実では絶対に無理な地位にプレーヤーを導き、様々な経験をさせてくれます。そのような経験は、想像力や独創性につながっていくと思います。


また、論理的思考力を鍛えるのにもゲームは有効だと思います。ゲームオーバーになった場合、どこで判断を間違ったのかを把握する必要があるからです。課題をクリアするための試行錯誤が、実は頭のトレーニングになっていると思います。


ゲームによっては、音楽や映像が非常に洗練されています。中世ヨーロッパや古代インカ帝国などをベースにした独特な世界観を持った作品もあり、ゲームをクリアすると、一つの物語を読んだ気持ちになります。音楽や効果音がある分、本よりも強いインパクトを受けることができ、それが起爆剤となって、新たな興味を得ることもあります。


友達と遊ぶこと、体を動かすこと、勉強すること。

一般的に、これらをバランス良く行うことが子どもの健全な発育にとって大切とされていますが、その中に、ゲームという要素が加わっても、悪くないのではないかと思っています。


せっかくゲームの国に生まれたのですから、ゲーム=悪というレッテルを貼るのではなく、上手に利用していくことを考えたほうが、社会全体にとっても有益であると思います。







徹底

以前働いていた会社に、松田さんという先輩がいた。

誰よりも猛烈に仕事をし、分からない事はとことん追究し、おまけにとてもお洒落であった。ご飯は一日一回(夜)しか食べない。休日は日産のフェアレディZで首都高を爆走しているらしい。スピードを聞いた時には(きちがい?)と心の中でつぶやいてしまった。何度か車に乗せてもらったことがあるが、サッカー選手のドリブルのように、車と車の間を縫うように進んでいく。高速道路で無茶な運転をするフェアレディがあったら、それは松田さんかもしれない。しかし、松田さんは鬼のような集中力を持っているので、無茶な運転であっても何となく安心できる。そもそも松田さんが一日一食しか食べないのは、学生時代に、車を買うため食費を切り詰めて貯金していたためらしい。その頃に人間は一日一食でも何ら問題はないと気がつき、社会人になってからも一食で過ごしていたのであった。


そんな松田さんは、会社の水泳部の部長をしていた。毎年夏に海運3社(日本郵船、商船三井、川崎汽船)で水泳大会が行われるのだが、川崎汽船は慢性的な部員不足に悩まされていた。自分は体育の授業以外で水泳をしたことはなかったが、松田さんの猛烈な誘いを断り切れず、水泳大会に出場することになった。


水泳大会までの5ヶ月間、仕事終わりや休日はプールに通いつめた。最初は25m泳いだだけで心臓が破裂しそうになった。仕事終わりには江東区や千代田区のプールで泳ぎ、何度か松田さんとも練習した。松田さんは格闘家のような筋肉質の身体を持っており、ぜい肉のない洗練された体はチーターを連想させた。自分はクロールもターンも飛び込みもロクにできなかったので、松田さんに様々なことを教えてもらった。仕事の時と同じく、水泳の練習の際も松田さんの徹底家ぶりは鈍ることがない。夜の屋外プールで、死ぬほどターンの練習をさせられたのを憶えている。


当時自分は門前仲町に住んでおり、茅場町に住む松田さんとは自転車で行けるくらい近かった。終電が無くなった時はよく松田さんとタクシーで帰った。帰り道、銀座の居酒屋や東京駅のバーなどによく連れていってもらった。一日一食しか食べない松田さんは、飢えた肉食獣のような食べっぷりを見せる。何事にも徹底的に取り組む松田さんの話は、刺激的でものすごく面白かった。真夜中の銀座でデートの必勝ルートを案内してもらったこともある。


会社を辞めてからも、松田さんとはたまに食事をする。相変わらずの仕事人間で、現在は自ら考案した社内システム改革のために世界中を飛びまわっている。残業は160時間を超えているらしいが、上司ですら松田さんの情熱を止めることはできない。おかしいと感じることがあると、上司や先輩にも思いっきり噛み付いていく。残業が多すぎるため、労働組合や診療所から健康診断を受けるようにしばしば連絡がある。何が松田さんをここまで駆り立てているのか誰にも分からない。こういう恐ろしい人が、実は日本経済を支えているような気がする。