Masahiro Yamazakiのブログ -126ページ目

トモダチ

週末は中学のサッカー部時代の友人達と飲みました。

地元の友人と再会すると、一瞬にして子ども時代の関係性が再現されます。長い年月が経って様々な変化や成長をしていたとしても、そんなものは全て飛び越えてしまいます。地元の友人には歯に衣着せぬ人(口が悪い?)が多いので、闊達な意見交換や無責任なアドバイスが飛び交います。それが自分の立ち位置や現状を見直すきっかけになるので、人生の研修になっていると思います。


人生のbefore・afterを体現する地元の友人たちは、大いなる先生です。友達が歩む道そのものが教えになっているので、言葉なんてそんなに必要ないのかもしれません。


それを表現してしまったケツメイシの「トモダチ」は、やっぱり名曲だと思います。

高価な学習教材

ドラえもんの道具に無駄を徹底的に省くという道具があります。無駄な事をしようとすると、道具が「ムダ!!」と言ってそれを阻止してくるんです。だから怠惰なのび太君はあらゆる行動を阻止されてしまいます。


無駄かの基準は人それぞれですが、絶対に無駄なものがあるのは確かだと思います。隣の薬局ではカロリーメートが158円で売ってるのに、それを知らずにコンビニで210円のカロリーメートを買ってしまったら、「あっ、もったいない」と思いますし、家電だと数万の差が出るときもあるので、かなり慎重になります。


同一商品であれば価格だけで判断できるのですが、ちょっとでも機能に差がある場合、判断は急に難しくなります(Ipodの容量・カメラの画素数などではかなり迷います)。とはいえ、機能と価格にある程度納得してから買うので、あとで不満に思うことはあまりありません。


ところが、学習教材に関しては内容と価格のバランスがメチャクチャなものが溢れています。特に通販などで一括購入する教材(数万円単位のもの)については、ほとんどが効果に見合わない値段だと思います。内容自体は1000円くらいで買える参考書などと同じですし、理論についても既に手あかのついたものなのですが、「最新脳科学に基づいた~記憶法」とか「~メソッド」などと謳ってCDなどの付録をつけることで、価格を一気につり上げます。かく言う自分も中学生の頃、新聞広告に載っていた4万くらいの学習教材を買って大失敗したことがあります。


そういった教材が後を絶たないのは、やっぱり近道をしたいと考える気持ちがあるからだと思います。ひょっとしたら革新的な教材(学習法)があるのではないかと考えるのが人情だとは思いますが、やっぱりそんなものは無いんですよね。確かに自分に合った他のやり方はあるかもしれませんが、それは自分の生活リズムや性格をうまく利用して、少しずつ取り入れていくしかないと思います。


人や本がどんなにためになることを言っていても、それを100%実践するわけではなく、自分の中で取捨選択を行います。それの繰り返しが成長であり変化であると思うので、「これを100%実践すれば成功間違いなし!」を謳う教材は、人間の学びの態度とは相容れないものだと思っています。




ペヤング

社会人になってからカップ焼きそばにハマりました。

あの何ともいえないジャンク感と、焼いてないのに焼きそばって言ってしまう適当さがたまりません。色々な種類を試しましたが、やっぱり最後はペヤングに行き着きました。


以前会社で残業しているとき、急にペヤングが食べたくなりました。すでに23時を回っていたので、同じ部署に先輩が一人残っているだけでした。「ペヤング食べたくないですか?」と先輩に声をかけてみると、「あっ、食べたい!」と妙に好リアクション。その先輩もペヤング好きだったらしく、しばらくお互いのペヤングエピソード(ストローでペヤングを食べたことがある・ペヤングのキャベツでサラダをつくるのが夢etc.)を交換した後、「ペヤングで焼きそばパンをつくってみよう!」ということになりました。


早速コンビニに行ったのですが、オフィス街のコンビニにはプレーンのパンが売っていないという難問に突き当たります。3軒ほど回りましたが、夜中だったためどこも商品棚はガラガラになっており、結局焼きそばパンはつくれませんでした。


カップ焼きそばはすごい勢いで理性を失わせるので、食べてる時はとにかく夢中になり、噛むことすらもどかしくなります(カレーと一緒です)。食べ終わった後のカップや割り箸に青のりやソースがついているのを見ると、「食った!」という視覚的な満足感も得られて、不思議な充足感が味わえます。


昨年夏、悪ノリでペヤング超大盛(1099kcal)とカールのチーズ味(485kcal)を一気に食べたのですが、その時はさすがに後悔しました…





今日われ生きてあり

今日われ生きてあり (新潮文庫)/神坂 次郎
¥460
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沖縄の海に散っていった特攻隊員の手紙、日記、遺書です。

現在の平和が彼らの犠牲の上に成り立っていることを忘れないために、定期的に読むべき本だと思います。

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僕の生命の残りをあげるから、おばさんはその分、長生きしてください。

特攻隊少年飛行兵たちはこの上なく美しく、限りなく哀しい言葉を遺して空に散っていった。その散華は国や天皇のためではなく、愛する妹、愛慕する父母、愛しい恋人のための勇敢な飛翔であった。そのあまりにも純粋で無垢な魂の呻吟を遺された手紙、日記、遺書、関係者の談話により現代に刻印した不滅の記録。


第一話 心充たれてわが恋かなし

第二話 取違にて

第三話 海のオルゴール

第四話 第百三振武隊出撃せよ

第五話 サルミまで

第六話 あのひとたち

第七話 祐夫の桜 輝夫の桜

第八話 海紅豆咲くころ

第九話 母上さま日記を書きます

第十話 雲ながれゆく

第十一話 父に逢いたくば蒼天をみよ

第十二話 約束

第十三話 二十・五・十一 九州・雨 沖縄・晴のち曇

第十四話 背中の静ちゃん

第十五話 素裸の攻撃隊

第十六話 惜別の唄

第十七話 ごんちゃん

第十八話 ”特攻”案内人

第十九話 魂火飛ぶ夜に


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特攻隊員 遺書

(編集あり)


思えば長き学生時代(慶應義塾大学経済学部)を通じて得た道理から考えた場合、自由の勝利は明白な事だと思います。権力主義・全体主義の国家は一時的に隆盛であっても、最後には必ず滅亡することは明白な事実です。ファシズムのイタリア、ナチズムのドイツは既に敗れ、今や権力主義国家は次々と滅亡しつつあります。


真理の普遍さは現実によって証明されつつ、過去において歴史が示した如く未来永久に自由の偉大さを証明していくと思われます。私の信念の正しかったことは、祖国日本にとって恐るべきことであるかもしれませんが、私にとっては嬉しい限りです。


空の特攻隊のパイロットは一器械に過ぎないと友人が言ったことは確かです。操縦かんを操る器械、人格もなく感情もなく、もちろん理性もなく、ただ敵の航空母艦に向かって吸いつく磁石の中の鉄の一分子に過ぎないのです。理性をもって考えれば実に考えられないことですが、しいて言えば自殺者とでも言いましょうか、精神の国日本においてのみ見られる事だと思います。


一器械である私は何も言う権利はありませんが、ただ願わくば、愛する日本を偉大ならしめんことを、国民の方々にお願いするのみです。


明日は自由主義者が一人この世から去っていきます。彼の後ろ姿は淋しいですが、心中満足で一杯です。言いたい事を言いたいだけ言いました。無礼をお許し下さい。ではこの辺で。                        出撃の前夜記す


人の世は 別れるものと 知りながら 別れはなどて かくも悲しき



筆者・上原良司は1945年5月11日の第七次航空総攻撃に参加。

沖縄県嘉手納の米国機動部隊に突入し戦死。享年22歳。