バッタ
自転車に乗る時は、荒川沿いのサイクリングコース利用します。自転車専用道なので危険が少なく、景色もいいのでとても気に入っています。
しかし、土手の上にある道なので、虫が非常にたくさんいます。最近はバッタが多く、走っていると何度か必ずぶつかります。この時期のバッタはとても肥っており、乾電池ぐらいの大きさがあります。そんなバッタがぶつかってくると、結構な衝撃がありますし、なにより気持ちが悪いです。
道路上にいるバッタは、自転車が近付いてくると、くるりと向きを変えて羽ばたきます。ジャンプもしますが、羽を広げて飛行することが多いです。
時速25kmぐらいで走っていれば、バッタは難なく飛び去ってくれますが、時速30kmくらいになると、急な自転車の接近に対応できず、慌ててこちらに向かって飛んでくるバッタが出ます。時速35kmくらいになると、離陸して十分な高度を保つ前に自転車が通過するため、タイヤのスポーク等に接触する可能性が高まります。そして時速40kmに達すると、反応しきれずに自転車に轢かれるバッタが出るのですが、バッタを踏みつぶす時の感触が気持ち悪くて仕方ありません。
それでも、この1週間ぐらいでバッタの数は大分減ってきており、あと1-2週間でいなくなると思います。
自転車では主に、さいたま~熊谷までの片道40kmを走っていて、北に向かって進むことになります。40kmの距離であっても、若干の気温差があり、そのため虫や植物の生育具合にも差が出て、そうしたちょっとした違いを見つけると、何らかを発見した気分になれます。桜前線は有名ですが、バッタ前線やミミズ前線、菜の花前線など、様々な前線を実感でき、これは自転車ならではじゃないかと思います。
この夏は自転車に沢山乗ったので、昨年作ったスーツの腿回りがきつくなっているのが悩みです。不用意にしゃがむとお尻の部分が破けそうになるので、動きが非常にぎこちなくなっています。
英雄的自爆について
バイオハザードⅢを見ました。
それにしてもアメリカ映画は英雄的自爆が大好きですね。ディープインパクトにもアルマゲドンにもインデペンデンスデイにもエイリアンにも英雄的自爆シーンがあります。
しかし、死を代償にした行為が英雄的であると考えるのは、古今東西変わらない気がします。「命は大切だ」と思えば思うほど、特攻のような行為が英雄性を帯びるという、一種のパラドックスを孕んでいるのだと思います。
桜の儚さを愛することと、「ガンとか寝たきりで死ぬより、肉体の全盛期に華々しい死を遂げることの方が価値がある」と考えることは、とても似ていると思います。
「英雄的行為」にはいかんともしがたい魅力があって、その認識を多くの男が持ってしまうことで、戦争などはエスカレートしていくのだと思います(オスの繁殖戦略に、大いに関係があると思います)
このような考えは、平素はどこかで抑えられていますが、いざ非常時になると、何かの機会になだれを打って広がり、若者の心を打ち、年長者には手が付けられない状態になります。太平洋戦争中に流行した「悠久の大義に生きる」という言葉は、何万という青年を死地へ向かわせましたが、これほど命の価値を高めた言葉は無かったと思います。
そうしたプロパガンダが吹き荒れる中でも、世間の風潮とは相反する信念を持ち続けること(白洲次郎みたいに)は、とてもに難しいことだと思います。たぶん自分だったら、特攻に志願していたと思います。
給食用語
中学生の時、同じ学年の友達で「給食用語」というものをつくる集団がありました。彼らは5~6人のグループだったのですが、「給食用語」と称して様々な言葉をつくっていました。
たとえば、違うクラスに遠征して給食をおかわりしにいくことを「ナメック星」と名づけたり、給食のメインディッシュを逆さにしたお椀で隠すことを「秘密の花園」と名付けたりしていました。
そのうち、「給食の時間に今日が自分の誕生日だと言いふらすことを~という」といった具合に、どんどん用語やシチュエーションがマニアックになってきて、給食用語は膨大な数にのぼりました。
ついには給食関係の用語では飽き足らなくなり、学校でのあるあるネタすべてに名前をつけ、「給食用語」の守備範囲は給食の域を超えます。
この給食用語を発明した集団は、ウケを狙いたい一心で始めたようなのですが、その意外な真剣さが他のクラスメートにも伝わり、第三者が新たな給食用語を思いつき、それが給食用語入りするということもありました。
給食用語を管理するにあたって、その集団はかなり組織的に機能していました。一人が必ず「給食用語ノート」に用語を書きとり、そこに書きこまれなかったものは給食用語として認められません。シチュエーションにおもしろみと共感性があるか、用語の命名は適切かなどをジャッジする人もいました。
給食用語が相当な数に達した時、その集団は何を思ったのか、それらの用語をレコーディングし始めました。カセットテープに、肉声で一つずつ給食用語を吹き込んでいったのです。その後、給食用語が整理された冊子もつくられ、何冊か複製されもしました。この複製に当たって、メンバーの一人は、お小遣いを使い果たしたそうです(彼の家は相当な金持ちで、4階か5階建の自宅にはエレベーターが備えてあります)。
大学生になったある日、部活の友人達とラーメンを食べていました。友人達はラーメンをあらかた食べ終えて店を出る雰囲気になっていたので、「全国制覇するからちょっと待って」とつい口にしました。友人たちは、意味不明な言葉に不可解な表情をしています。
給食用語では、ラーメンの汁をすべて飲み干すことを「全国制覇」というのです。「全国制覇」だけは中学卒業後もずっと使い続けていてかなり馴染み深い言葉になっていたので、つい使ってしまったのです。その後、大学の部活内でも「全国制覇」という給食用語は継承され、オフィシャルな言葉にしてもらえました(「全国制覇」は今でも使い続けています)。
日々の現象に固有名詞をつけることで、認識の幅が広がること。多くの人に参加機会が開かれた試みは盛り上がること。利益を求めない情熱は感動を生むこと。などなど、給食用語は多くの事を教えてくれた気がしています。
給食用語の主要メンバーのうち2人は、ニートになりました。
雨のち晴れ
ついさっきまで小雨だったが、にわかに日差しが出てきた。しかし、晴れ間が見えてから明らかにテンションが下がった。せっかく晴れたのに何でだろうと考えていると、ようやく理由が分かった。
理由は単純かつ情けないもので、小中学生時代にサッカー部に所属していた時、雨が降れば練習が休みだったため、雨=練習休み=うれしい という関係ができていたのだ。
雨がやんでしまうということは、練習なしという期待が崩れることになる。だからテンションが下がる。途中でやむくらいなら、最初から降らないで欲しいと思っていたあの頃。その思考癖のカケラがいまだに残っていたとは、思ってもみなかった。
子供の頃の記憶の根強さを思い知った、今日このごろでした。
お隣の国々
世界地図を見ていると、日本という国はつくづくキャラの濃い国に囲まれているなぁと実感します。中国があってロシアがあって、北朝鮮と韓国があって、海の向こうにはアメリカがある。
でも逆に周りの国から見れば、日本にも少なからぬ不気味さがあるはずです。リーダーシップの所在が曖昧で、天皇がまだ居て、経済大国で、軍隊を持たないと言いつつ自衛隊がある。そう考えると、韓国や北朝鮮や台湾が抱える不安はとてつもなく大きいのではないかと思います。実際に日本に国を乗っ取られたこともあるわけですし。
世界の他の地域に目を向けてみると、どこもかなりの問題を抱えていそうです。むしろ隣国と問題を抱えていない国のほうが、珍しいのかもしれません。
それにしても、同じ言葉・同じ宗教で、見た目も同じなのに国が分かれているというのは、日本人の自分としては不思議に思われます。そんなに一緒だったら一つの国にすればいいのにと、つい思ってしまいます。
しかし、お互い様々な共通点があると、むしろ小さな差異が気になって仕方ないみたいです。それが原因で差別が起き、差別が原因で小競り合いが起き、小競り合いが武力衝突に発展すれば、自他の区別はより鮮明になり、同じ国で共存することは一段と難しくなります。そうなってくると、何もかもが違う人たちとの方が、むしろ仲良く付き合えたりします。
「どっちの県が都会でどっちの県が田舎か」という日本ではごく平和的な話題も、様々な共通点を持つ隣国同士であれば、絶対にゆずれない話題なのかもしれません。